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カフェ・アーカーシャ~幽霊のいる喫茶店~  作者: 月城こと葉
二杯目 おばあちゃんの思い出
8/29

肆 写真

「ちょっとちょっと! 待ってくださいよ鶫さん。私まだ心の準備が……」

「え?」


 何か問題でも? といった顔で振り向く俊哉。そして、玄関のドアが開かれた。


 五十代くらいだろうか、中年の女性が顔を出した。門前に立つ見知らぬ女に対し、女性は不思議そうな顔を向ける。


「あわぁ……」


 もうこうなったらやるしかない。リラはぐっと拳を握り、気合を入れてからドアに歩み寄った。


「えーと、こんにちは!」

「こ、こんにちは……」

「こちら、サダさんのお宅でしょうか」

「サダは死んだ義母ははの名前だけど、あなたは?」

「う、うちの……。私の祖父が昔お世話になったらしくて、お話聞けたらな、と思ったんですけど……。そうですか、お亡くなりに……。お線香あげても?」


 女性は警戒を解き、娘を見るようにリラを見た。


「ありがとね、お義母(かあ)さんも喜ぶよ」


 どうぞ、と玄関へ案内される。追い返されずに済み、リラはほっと胸を撫で下ろした。リラに続いて俊哉も家の中に入る。


 女性に連れられ、リビングに向かう。途中にあった階段を見上げていた俊哉は、上を見てくると言ってリラと別れた。見えないからこそできる業だろう。


 リビングの隣が仏間だった。壁にかけられた遺影には、アーカーシャを訪れた老婆と同じ顔が映っている。サダの家で間違いないという証明だ。リラは線香をあげて手を合わせた。直接本人に出会っているのに仏壇が目の前にあるというのは、なんとも不思議なものである。


 リビングに戻ると、女性がお茶を淹れてくれていた。コーヒーを既に飲んでいたが、出されたものを断るわけにもいかない。そう思って、リラは一口だけ飲んだ。


「祖父の遺品を整理していたら、サダさんとの思い出の品が出てきたんです。とても楽しそうな写真や日記で、そんなにも祖父と仲良くしていたサダさんってどんな人だったのかなって……」


 リラの祖父は父方も母方も存命である。


「あら、そうなのね。お義母さんが亡くなったのは二十年も前なのよ」

「ああ、じゃあ、私が祖父から話を聞いていなくてもおかしくないですね……。昔の友人には連絡が取れなくなった人が多いって祖父が嘆いていたので、サダさんのことにも気が付けなかったのかもしれません」


 心の中で二人の祖父の顔を思い浮かべ、「おじいちゃんごめんなさい勝手に殺してごめんなさい」と繰り返しながらリラは嘘の情報を語る。母方の祖母が亡くなっているので、そちらの友人ということにしておけばよかったと後悔してもすでに遅い。


 風もないのにリビングのドアが開いた。女性は不思議そうに立ち上がり、ドアノブに手を伸ばす。閉められる直前に俊哉がリビングに入って来た。ソファに座るリラに近付き、そっと耳打ちする。聞こえないのだから大きな声を出しても構わないのだが、つられてリラの声が大きくならないようにするための配慮であろう。


「おそらく、この家に住んでいるのはその女の人と旦那さんと、サダさんの旦那さん。子供は独り立ちしているみたい。で、サダさん視点で説明するけれど、息子さんは今仕事で留守だ。だから、家にいるのはお嫁さんと旦那さん」


 俊哉は廊下を指差す。


「旦那さん、寝たきりになっているみたいだ。話を聞くことはできなさそうだよ」


 ソファの背に肘をついて、俊哉はリビングを見回す。


「リラさん、それなりに打ち解けたみたいだから思い出の花について訊いてみたら。アーカーシャのことは出さないでね」


 リラは女性に向き直る。


「あの、祖父がサダさんからもらった手紙に『あの花をあなたにも見せたい』って書いてあったんです。旦那さんとの思い出のお花らしいんですけど、ご存知ですか。丁度今頃の時期に見頃だそうで」


 思い当たることがあるのか、女性は席を立つと「ちょっと待ってね」と言ってリビングを出て行った。そして、アルバムを手に戻ってくる。リラが湯呑を避けると、女性はテーブルにアルバムを広げる。


 サダと、その夫と思われる男性が仲良く旅行をしている写真がたくさん収められていた。どの写真からも二人の仲の良さが伝わってくる。


「たぶん、これじゃないかしら」


 女性が指示したのは、ピンク色の絨毯が広がる丘で撮った写真だった。


「これ……芝桜、ですか?」

「そう。滝上たきのうえに行った時に、とっても感動したそうよ」


 滝上町。オホーツク海側に位置する街であり、一面に広がる芝桜が非常に有名である。


 リラの後ろから俊哉もアルバムを覗き込む。顔の距離が近くなり、リラは一瞬ドキッとしてしまった。近くで見るとその端整さがより際立って見える。美形男子を攻略するゲームに登場しても申し分ないだろうとリラは思った。彼女はその手のゲームを実際にプレイしたことはない。それでもそう思ってしまうほどなのだ。


「写真で見ても綺麗……。きっと、実物はもっと綺麗なんですよね……」

「ええ。義母はこの写真をとても気に入っていたわ」

「……リラさん、確認は済んだ。アーカーシャに戻ろう」


 小さく頷き、リラは女性に感謝の意を述べた。


「祖父の代わりに、私がサダさんのおすすめを見てこようと思います。ありがとうございました」





 アーカーシャへ戻る途中、リラは地面に転がる小鬼を見付けた。両手で掬い上げることができそうな、二十センチもないような小さな鬼だ。


「鶫さん、鳴家やなりが落ちてます」


 古い家に住みつき、その家を軋ませるといわれる妖怪、鳴家。


「どうしたんでしょうか……」

「不用意に近付かない方がいいよ。齧るかもしれない」

「ねえ、どうしたの? お腹空いてるのかな?」

「……リラさん俺の話聞いてる?」


 リラは屈んで鳴家を見下ろす。小さな鬼は力なく小さな小さな口を開き、消えそうな声を出した。


「はら、へってる……」

「やっぱり。じゃあ、これあげるね」


 バッグから飴玉を一つ取り出し、鳴家に差し出す。小さな手がそれを受取ろうとした直前、飴玉はリラの手から転がった。俊哉に勢いよく首根っこを引っ張られてバランスを崩したのだ。尻餅をついたリラはやや怒った顔で俊哉を振り向く。


 俊哉は警戒心を露わにして前方を見ている。リラもそちらに視線を向け、息を呑んだ。先程まで鳴家が倒れていた場所に巨大な生首が鎮座していたのだ。


「っ、これは……」

「見たまま。大首という妖怪だよ」

「さっきの鳴家は……」


 大首は大きな口を歪めた。


「うまそうな人の子だ。弱った小物につられて立ち止まるとはお人好しな奴だな」

「わっ、わたしはただ霊感があるだけなので食べても美味しくないです!」

「馬鹿ッ、話の通じる相手じゃない! 早く立って! 逃げる!」


 俊哉に急かされるが、リラは腰が抜けてしまって立ち上がることができない。


「い、いやっ、来ないで!」


 ずっと避けてきた。向こうから話しかけてこない限りは関わらないようにしてきた。しかし、出会ってしまったのだ。優しい人に。困っている相手に、人間も妖怪も関係ない。カウンターの中から客を見て、この数日の間にリラは妖怪への考えを少し改めた。それが仇になったのだ。


 大首は鳴家のことを見える人間を呼ぶための餌にした。用済みとなった鳴家は飴玉を手に逃げてしまったようで、どちらの味方にもなるつもりはないらしい。


「リラさん!」

「駄目、動けない……」

「だから近付くなって言ったのに」


 俊哉はリラの手を取りやや乱暴に立ち上がらせた。そして、手を引いて走り出す。体、もとい頭の大きな大首は動きが遅い。しかし、俊哉の足も遅かった。途中からは調子を取り戻したリラが先導する形になる。


 新緑の間を縫って来た風が頬を撫でる。俊哉の旧友の話に合わせると、風を感じている二人は風流を味わっているといっても問題はない。全く風流ではない状況の中、二人は風を身に受けていた。


 地下鉄の駅に着く頃には大首の姿は見えなくなっていた。執拗には追ってこなかったようだ。二人は揃って息を吐く。そして、手を繋いだままであることに気が付くと慌てて離した。


「ご、ごめんなさい。足とか手とか痛くなってないですか」

「……リラさんほんと足速いね。俺、なんかもう、足ががくがくしてる……」


 よろよろと歩く俊哉をいたわりながら、リラは改札を抜けて地下鉄に乗り込んだ。今度は立っているのが辛いのか、空席に俊哉も座った。


「飛歌流さんや真白みたいに良い妖怪ばかりじゃないんだから気を付けてよね。さっき君自身が言っていたように、君は霊感があるだけだ。霊媒師や祓い屋のように戦闘手段を持っているわけじゃあないし、俺も戦うのは得意じゃない。怪しい者には近付かないで」


 リラはメッセージアプリに『ごめんなさい』と入力した。隣に座る俊哉は口を開かずに、無言でスマートホンをタップする。リラの元に返ってきたのは『わかればよろしい』という台詞が添えられた麻呂眉のキャラクターのスタンプだった。


 


    


    

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