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陸 姉弟

 大学構内、よさこいサークルの部室の前でリラはスマートホンを手に佇んでいた。祭りは目前、この一番忙しい時に胡散臭いような話を振ってしまって大丈夫だろうか。


 メッセージアプリのアーカーシャのグループ画面には恭介の「頑張って」という言葉が表示されていた。デフォルメされたかわいらしい八咫烏のイラストがアイコンになっている。


「恭介さん、カラス好きなのかな……」


 外に出よう、と恭介が決心したため、かっちゃんの姉に声をかける日が決まった。なにもこんな直前にしなくても、と思ったものの、何かを言えばすぐに部屋に引っ込んでしまいそうだったため皆黙って頷いたのだった。


 部室の中からはミーティングをしているらしい声が漏れ聞こえている。別のサークルの声もあちらこちらのドアから聞こえていた。


 リラは心の中で「大丈夫大丈夫」と唱える。片手にスマートホン、片手に御守り。ライラック柄の御守り袋を握りしめて成功を祈る。厄除けの御守りだが、持っていると安心できた。仕事の邪魔をするものも追い払ってくれそうである。


 おつかれー。という声と共に部員がぞろぞろと部室を出てきた。かっちゃんの姉を見付け、リラは声をかける。


「あ、あの」

「ん……。あなた、この間写真撮ってた人……」

「あっ……。覚えてました? あの、ちょっと訊きたいことがあって。この間聞こえてしまったんですけど、弟さんのこと……。えっと、なんて言えばいいのかな」


 女子学生は小首を傾げて不思議そうにリラを見る。


「ちょっと、お話、したいんですけど……。あ、怪しい者じゃないです」

「そういう人が一番怪しいんですよ」

「す、すみません、ええと、えっとですね」


 リラはスマートホンと御守りを握りしめる。自分はアーカーシャの店員だ。これは仕事だ。やると言い出したのは自分なのだ。


「……私、霊感があるんですよ。信じるも信じないもあなた次第ですけど。あなたの弟さんに会いました。あなたの演舞を見たいって言っていましたよ」


 言ってしまった。恭介を表に出して誤魔化すつもりが、自分から言ってしまった。変なやつ、と思われてしまうだろうか。嘘を吐くな、と怒られてしまうだろうか。リラは女子学生の様子を窺う。


 女子学生はじっとリラを見ている。疑うように、探るように、見定めるように。そして、泣き出した。ぎょっとしてリラは「うおっ」という声を出してしまった。他の部員は既に立ち去っており、他のサークルの部員も部室から出ている者はなく廊下には二人きりだ。思わず後退しかけたリラの手を女子学生は掴む。


「ひえっ」

「かっちゃん!」

「は、はいぃ!」

「かっちゃんが私の演舞見たいって、本当ですか!」

「うあっ、はい! そうです! 信じて、くれるんですか……?」


 女子学生は首が取れるのではないだろうかという勢いで首を縦に振った。リラの手を掴んだままぶんぶんと手も振る。御守りの紐が激しく揺れる。


「嘘とか、ほんととか、どうでもいいんです。かっちゃんが見てくれてるんだって、自分以外の人にもそう言ってもらえるとそれだけで嬉しくて。弟のためにも一生懸命踊らなきゃって、思えるんです」

「大切な弟さんなんですね」

「はい」

「弟さんもお姉ちゃんが大好きだって言っていましたよ。あなたの演舞を見たくて、現世に留まっているんだって。当日、ちゃんと連れて行きますね」

「ありがとうございますありがとうございます」





 もう少し話がしたいんですけど。リラは女子学生を連れて大学から近い公園へ来ていた。ベンチに座っている羽織姿の男が手招きしている。部屋でぐだぐだしている時とは異なる、ほつれもなくよれよれでもない、綺麗な着物である。


「わぁ、かっこいい人」


 道中、女子学生もといかっちゃんの姉は美紀みきと名乗った。リラは美紀に恭介のことを紹介する。


「陰陽師の火野坂さんです」

「陰陽師さん! 初めて生で見た……。妖怪と戦ったり悪霊退散ってやったりするんですか」

「私はあくまで陰陽師だからね、専門は占いなんだ。一部の強すぎる人やフィクションみたいな芸当は期待しないでほしいかな」


 恭介は美紀のことを見て目を細めた。小さく「なるほど」と呟いたが、美紀には聞こえていない。かっちゃんとの繋がりを見ているのだろうか、と思いながらリラは恭介の動きを待つ。


 公園で遊んでいる子供達の声が聞こえている。


 甘ったるそうな缶ジュースを弄んでいた恭介が手を止め、缶をベンチに置いた。ゆらりと立ち上がって美紀の顔に手を伸ばす。鍛えるという言葉を知らなさそうな細い指だ。式が式なら主も主で体力と筋力がなさそうである。そんな指が、美紀の顎に触れる。


「貴女と弟さんは、死別して尚強く繋がっている。人と人との繋がりは保とうと思えばいつまでだって繋げていることができるんだよ。忘れないで、この繋がりを」

「っ、は、はい……」


 恭介はどちらかというと整った顔立ちをしている。顎に手を添えられ、顔を近付けられ、美紀は動揺しているようだった。視線は定まらず、頬に赤みが差している。


「必ず弟さんを連れて行く。彼のために、踊って。思い残すことがなくなって成仏しても、貴女との繋がりは消えないから」


 美紀から手を離し、恭介はベンチに座り直す。


「あの、かっちゃん……弟は今どこにいるんですか。ここに?」

「私の店……事務所にいるよ。いい子だね、あの子は」

「頑張ります、私。なんか、からかわれてるみたいじゃないっぽいし、かっちゃんのことを教えてくれてありがとうございます、木山さん、火野坂さん」


 二人に礼をして、美紀は公園を出て行った。リラは恭介の隣に腰を下ろす。甘くて飲んでいるうちに飽きてしまいそうな缶ジュースのプルタブが開かれ、中身は仕事用の顔を早速捨てている陰陽師の腹に収まって行く。おはぎまで置かれていることにリラは気が付いていた。飲み終わったら今度はおはぎを食べるのだろう。


 甘党なわけではないのだ、と俊哉と飛歌流は語る。あくまで消費したエネルギーを補うための栄養として糖分を取っているのであり、本人は実際のところかなりの辛党なのだ。賄いの料理にタバスコをぶちまけているのをリラも見たことがあった。どちらにせよ体にはよくなさそうである。


 空になった缶をベンチに置き、恭介はおはぎのパックを開ける。


「リラちゃんも食べる?」

「いいんですか」

「いいのいいの。お疲れ様ぁ」


 お言葉に甘えて、とリラはおはぎを手に取った。北海道産の小豆と米を使用しているとパッケージに書かれている。一口含み、もぐもぐとしているリラの頭を恭介は撫でた。


「んえっ?」

「自分から告白するとは思わなかった。これから先学校の中でかっちゃんのお姉さんにあった時、『霊感の人だ』って思われるんだよ」

「ん。はい、そうですね……。でも、いいんです」


 初夏の風にリラの髪が揺れる。


「私はアーカーシャの人間です。これはその仕事ですからね」

「いいの? 知られて?」

「……不特定多数に知られて不気味に思われるのはやっぱり嫌ですよ。けれど、仕事の中で出会う人だったら、いいかなって。だって美紀さん嬉しそうだった。喜んでもらえるのなら、この目のことを知られても構いません」

「この仕事、楽しい?」

「はい。見えない人にこの目のことで感謝されるの初めてなんです。昔は嫌いだったけれど、この目が役に立って嬉しいです。私、アーカーシャで働けてよかったです」


 恭介はにこりと笑う。もう一度リラの頭をいい子いい子と撫でてからおはぎを頬張る。


「隼人君とマキリが何か言ってたって飛歌流に聞いたけれど、大丈夫そうだね。正直私もどうしようか少し迷っていたんだ。真白と飛歌流が見付けてきた見える子、ただ見えているだけの子。俊哉も君といると楽しそうだし、まあいいかなって思った。サダさんのことも解決してくれたし、頑張っている君を見ていると私もいつまでもだらだらしていてはいけないなあと思ったしね。だらだらしたいけど。でもやっぱり、見えるだけの子を巻き込んでしまって本当によかったのかなって」


 長い前髪が目にかかっていた。おはぎを平らげ、空を仰ぐ。そして、ほっとしたように恭介は息をついた。空っぽのおはぎのパックを見下ろし、原材料が書かれているシールを特に意味もなくなぞる。


 リラはおはぎを咀嚼しながらそれを見ていた。黙っていればいい男なのに、部屋は汚いし仕事をやりたがらないし残念な人だ。そう思っていたが、オーナーとして考えていることはたくさんあるらしい。


「心配しなくてもいいみたいだね。でも、不安なこととかあったら言ってね。私のことを札幌のお父さんだと思ってくれてもいいよ」

「恭介さんの年ならお兄さんですね」

「あれ、お兄さんがたくさんだな……。まあ、俊哉でも飛歌流でもいいんだけど、私達には君をアーカーシャへ連れ込んだ責任がある。しっかりサポートする」

「鶫さんも同じようなこと言ってました」

「長く一緒にいると似るのかなあ……。まあ、頑張って行こうね。今回はかっちゃんを無事に送り出そう」

「はい」


 缶とパックをゴミ箱に捨て、恭介はまだおはぎを食べているリラの近くをうろうろと歩き始めた。すぐ傍にリラが座っていて、先程まで会話をしていたのだから二人は知り合いなのだということが分かる。もしもリラがこの場にいなければ、子供達の遊ぶ公園を若干猫背気味にふらふら歩いていて時々薄ら笑いを浮かべる前髪の長い和装の男という状態で、保護者に通報されかねない。待機している間は問題なかったのだろうか。


 リラがおはぎを食べ終わったタイミングで戻ってくる。青々とした木々を思わせる緑色の羽織姿。黙って立っているとやはり綺麗である。立ち止まっていると背筋も伸びていて受ける印象が全く違う。


「お外辛い、早く帰る。帰って寝る」


 オーナーモードからぐだぐだモードに入っている。先程の頼りがいのありそうな様子とは一転して頼っては駄目な人になっていた。


「恭介さん……」

「今日の私はとても偉いと思う」

「そう、ですね……」


 ふう、と息をつくと今度は再びきりりとした表情へ変わる。


「祭りの日まで、かっちゃんが安定しているといいな……」


 幼く状態の不安定な幽霊は出会った時に既に瘴気を纏っていた。真白と遊ぶことでその進行は抑えられているものの、確実に悪霊へと変化し始めているのだ。


 霊媒師の世話にはなりたくないね。と零した恭介を見て、リラは厄除けの御守りを握りしめた。投げ付けることになりませんように、と祈りながら。







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