大海大決戦②
ミサキに連れられてミサキの船室に入ったアシュレイは、そこに座れと言われてミサキの部屋のベッドの上に真面目な顔して正座する。最近ミサキのほうもアシュレイを女として見ていないしアシュレイもミサキのことを男として見ていなくて、勉強も教えてもらったりしているしなんだか師弟のような関係だ。不思議なものである。
結婚して子供を設けたいとか言っているのも知的好奇心が大きいので、実際のところ恋愛と言う観点での印象はミサキにとっては薄い。実はミサキはアシュレイが生まれた時からずっと見ているので、そこらの親よりアシュレイのことを実の子くらいに知っている。少なくともアシュレイの実の両親よりはアシュレイを大事に思っていた。アルドヘルムがアシュレイに求婚しているのを不快に思うのも、嫉妬と言うよりは親心であの男は……というところが大きかったりする。それは置いておいて、ミサキはアシュレイに先ほどのことについての説明をしようと正面の椅子に腰かけた。
「とりあえずの前提だが、生命力に関してはお前はほとんど人間と同じだ。」
「はい。当然です人間ですから」
「だからまず、これを持っておけ」
「なんですかこれ?」
「最近開発した最新型小型酸素ボンベだ。万が一海に飲み込まれても決してそれを手から離すな。沈みそうになったらすぐにそれで呼吸を整えるんだ」
「開発したってすごいですね。あっそういえば酸素ボンベはテレビで見たことあります!でもこれじゃ鼻から水が入りまくるんじゃ」
「鼻はつまんでおけばいいだろうが」
「なるほど」
テレビで見た!などと平成真っ盛りの子供みたいなことを言ったアシュレイに、ミサキが少し呆れた顔をする。テレビを見せすぎたか?と。
「それで、本題だ。本当はな、波も無理矢理沈めようと思えば私だけでできる。だが今回はお前にやらせようと思う」
「やらせようと思わないであんたがやってくださいよ」
「人生経験のうちだ、それに超能力が使えるならやってみたいと言ってただろう」
やってみたい程度の規模なのか?という感じの嵐と大波だが、ミサキは一向に慌てていない。アシュレイは確かに超能力を使ってみたいと言っていたので言葉に詰まる。
「まあできるんならカッコいいし……こう、手から気みたいなのを出して波を吹き飛ばしたりするんですか?」
「私が手から気を出せたのは200歳からだったな」
「ええ……」
200年経てば出せるんかい。とはいえアシュレイもミサキのような超能力的不思議能力には興味深々なので、ミサキの話に真面目に耳を傾ける。
「まず、私が嵐を吹き飛ばす。その次にお前は人の見ていないところで、どこか船の上に立て」
「さっき顔を見られるなとか言ってませんでした?」
「お前が船の上に出てくれば、海の神がすぐに波でお前を飲み込もうとしてくる」
「で、でしょうね」
「次に海の神、見た目は9歳くらいの子供のそいつがお前を確実に殺そうと直接襲ってくる。これは確実だな。海にひきずりこんだだけなら、お前を私がひょいっとつまみ上げてしまうと奴も知っている」
「それ私を危険にさらす意味あります?びしゃびしゃになること前提じゃないですか」
そもそもの話をすれば、ミサキの固有世界を経由すれば船なんか使わなくとも遠く離れた国を渡れるのである。だがそんなこと王子だの家族だのに話すわけにもいかないから、形式上アシュレイは船による旅をしている。それはそうと、海の神と言うとお爺さんだの屈強な男を想像するが、子供なのか。
「これは修行の一環だな。お前が自力で身を守れるようになる第一歩だ」
修行って、お前はどういう立ち位置なんだ?アシュレイは少し思ったが、この状況をどうにかしたいのは確かなので特に言わずに置いた。戦闘民族じゃないから超能力修行なんてする必要ない気がするのだが。
「海の神は最強格みたいなこと言ってませんでした?初陣なのに難易度高くないですか?」
「私はドラクエのレベル上げは強い敵をギリギリで倒しながら上げていく方なんだが」
「私は最初の雑魚敵を延々と倒してレベル上げしてから少しずつ進むタイプです」
「お前勝手にドラクエやってたのか」
「私が勝手にやったのはFFです」
「まあともかく、ゲームオーバーになりかけても即ベホイミかけてやるから安心して特攻しろ。……話を戻すぞ。ここで試すと船が壊れるからやらせないが、お前は既に実は超能力が使えているのだ。だからとりあえずは自信を持て」
「使えているって、使ったことないですけど」
アシュレイが困惑に満ちた目でミサキを見ると、ミサキはアシュレイに洗濯ばさみを手渡しながら平然とした顔で返事した。
「男になっていたじゃないか」
「は?あれは演技であって超能力じゃないですよ」
何言ってんだお前、演技力の才能が超能力とでも言うつもりか?アシュレイが渡された洗濯ばさみを掌で転がしながら真面目に話せ、そして急げと心の中で思う。
「馬鹿め、演技で声帯をあんなに変えられるか。お前は男を演じていたんじゃない、“男になっていた”のだ。現に私も“女になれる”しな。体も多少なりとも変化しているだろうに、お前が気づいてなかったことに驚きだ。元々胸が無いからか……?いやでもアレも……」
「……?!は?!ホントに何言ってるんですか?!冗談言ってる場合ですか!!」
「冗談じゃない。お前はその気になれば女相手に子を設けることだってできるし私がお前の子供を産むことも物理的には可能だ」
「怖っ!!え?!本当に私は男になってたんですか?!気づいてなかった!!」
5000年生きているミサキができると言うならなんとなくそうなのか?!とゾッとする。なににゾッとするかって、アシュレイは過去に舞台でマイリ演じるお姫様を助ける王子役をやった際、マイリを可愛いと思い、一瞬本気の恋心を抱いたことがあったからだ。あの時の自分は、女としてのマイリを男として好きになりかけていたのかと思うと、アシュレイはややこしすぎて気が狂いそうだった。何年も前の話だが。というか、じゃあ男にあって女にないものが生え、女にあって男にないものが自分に生えたり引っ込んだりしていたというのか。気づけよ!とアシュレイは自分で思って心の中で突っ込む。
「まあ、変化しているのはお前が自分を男と思っている間だけだからな。舞台の上以外でお前は自分を男と思っていないから気づかなかったのか」
「そりゃ演技以外で自分を男だと思ったことは無いですけど、ば、バケモンじゃないですかそんなの!両性具有って、カタツムリじゃあるまいし!!認めませんよ!!」
「カタツムリとか趣のないことを言うな。むしろ神っぽいだろう。ギリシャ神話にもそういうのあるぞ」
「現実の話してるんですよォオッ!ワアッ!めちゃくちゃ揺れてる!!さっさと話を進めましょう!!」
船は今なお常にぐらぐら揺れている。ミサキは平然としているが、アシュレイは外に船員やアルドヘルムもいるし、出来ることならさっさとこの状況を打開したい。自分の体の変異のことは気になって仕方ないにせよ、今はその話を悠長にしている場合ではないのだ。
「そこでだ。想像によって生まれた神と人間の間の私たちの力にとって、思い込みだの想像力だのというのは直接の力となる。お前はとりあえず、自分には何でもできると思い込め。」
「さっき手から気を出せるのは200歳からとか言ってたじゃないですか」
「お前の想像力次第でもある。今回、お前が海の神への攻撃に使うのは、この拳銃だ。」
「いや、めちゃくちゃ物理攻撃じゃないですか。前に神を殺すには神か半神が自分の力で殺すしかないみたいなこと言ってませんでした?めちゃくちゃ人間が作った武器じゃないですか」
とは言いつつも、ゾンビ映画などで見て銃ってカッコいいと思っていたのでアシュレイは少しワクワクしながら受け取る。
「拳銃はあくまで補助に過ぎない。粘土で像を作る時に中に芯を入れるだろう。その芯たる拳銃に、お前の想像力で肉付けをする。本来なら拳銃なんてびしゃびしゃに濡れれば撃てやしないが、お前の力がそれを可能とするんだ」
「粘土で像なんか作ったことないんでよくわかりませんけど、分かりました。ともかく海の神を絶対殺せると頭の中で思い込みながら引き金を引いて、頭を吹っ飛ばせばいいんですね?」
「端的に言えばそうだが物騒なことを言うな。そうだな、足を撃つ程度にしておけ。海の神には代われる神もいないし、殺したり再起不能にすると海がめちゃくちゃになる。警告程度に痛めつけろ。まあ、首を切断しなければ多分死なないからお前には無理だが」
「あ、でも海の神様って最強格なんでしたよね?私が出来なかったら絶対助けてくださいね?死んだら一生恨んで祟りますからね?」
勇ましいのかビビりなのか分からないアシュレイの発言に、ミサキはにっこりと笑った。
「よし、私もそろそろ揺れすぎて船酔いしてきたところだ。嵐を止めてやるから、海の神にお前の力を見せつけてやれ。アドバイスとしては、ともかく自信を持て。なんでもできると思えば何でもできるのが私たち半神の利点だ」
「さっき渡してきたこの洗濯ばさみは何に使うんですか?」
「決まっているだろう」
ミサキが立ち上がったので、アシュレイもベッドから降りてドアの前に立つ。
「鼻をそれでつまんでおけば酸素ボンベを口にくわえただけで呼吸できるだろう?」
「ああ、鼻から塩水入ったら痛そうですもんね」
なんともかっこ悪い会話を最後に、二人は船の外に向かって歩き始めたのであった。




