大海大決戦①
ゴツッ!
「ウッ!!」
1日目の朝、アシュレイは激しく揺れる船の中で、ベッドの角に頭を打って目を覚ました。気づけば船はものすごく激しく揺れていた。なぜ今まで起きなかったのか不思議なくらいだ。小窓の外を見れば、嵐が吹き荒れているようだった。
「昨日まであんなに晴れてたのに!!」
アシュレイがびっくりして慌ててドアを開け廊下に出ると、アルドヘルムが部屋の前にいた。
「アルドヘルム!どうなってるんですか?!」
「1時間前から急に嵐が襲ってきたんですが、妙なんです」
「な、何が?嵐ってすごい珍しいことなんですか?私、航海についてはあまり詳しくないんですが」
「いえ、雨雲が、我々の五隻の船の丁度真上にのみあって、ついてきているようにぴったりと離れないんです」
「ふ、船が動いてないんじゃないですか?」
「そんなことはありません、向こうの小さな島を通り過ぎる前からずっとここまでその状態なんです」
「そんな、非科学的な……」
非科学的かどうかは置いておいて、アシュレイはまず、これはほぼ確実に海の神の仕業なんじゃないかと考えた。自然現象を神の仕業と考えるなんて、相当毒された宗教家みたいだがアシュレイにとってはそんな軽いニュアンスで済む話ではなかった。先日ミサキから海の神についての話は少し聞いていたし。
「そうだ……アルフレッド先生!」
「私を呼んだか?ああ、アルドヘルム卿は帆を畳むのを手伝って欲しいそうですよ」
「え?ええ。そうですね、危ないですから私も手伝ってきます。アシュレイ様、外には出ないでくださいね」
「は、はい。気をつけてアルドヘルム」
その会話の後すぐ、アルドヘルムは嵐の中、外に出て行った。アシュレイは少し心配そうに見送る。船員たちと一緒に船を立て直そうとやっきになっているが、海は驚くほど深い黒色に見えて、海の上という逃げ場のない状況と見たことのない不気味な雨雲は、船員たちを震え上がらせた。かといっていつまでも震えている場合ではないので、船員たちも必死に帆を調節したり、互いの船が離れないように縄でつないだりしている。
アシュレイが外に通じる小窓から外の様子を見ようと一歩踏み出したところで、ミサキがアシュレイの手を掴んだ。アシュレイが驚いて振り向く。
「外に出る気は無いんだろうが、窓にも近づくな。見つかれば引きずり出されるぞ」
「引きずり出される?!」
その言葉を聞き、アシュレイが一気に窓から後ずさった。
「で、でも見つかればって言っても私、この船に乗ってるのバレてないんですか?窓越しに見つかっても引きずり出されるくらいなら、船に乗り込む段階で……」
「港は私の結界内だった。陸地に結界を広げるのは容易い。だがここは海の上、逃げ場がない。」
「じゃ、じゃあどうするんですか?」
アシュレイは困惑顔でミサキを見る。というか、誰も見ていないんだし今だけパッとミサキの家に移動してしまえばいいのでは?アシュレイが出ていかなければそのうち諦めるだろうし。アシュレイはそう思っていた。
「忘れたか?私は曲がりなりにも太陽の神だ。嵐は私の力で、雲を消し去って止めよう。だが問題は海そのもの。晴れ渡っていようと波を起こし、この船を沈めようとするだろう」
「えっと……何も理解できてないんですが、この〝嵐〟は風の神の仕業で、海の〝大波〟は海の神の仕業、これからミサキは風の神の嵐だけを取り除くってことですか?」
「理解できてるじゃないか」
風を起こして嵐を吹かせる事と雲を発生させて船にぴったりつきまとわせる事は、一見して考えれば「風だけで雲を発生させられるのか?」という疑問もあるが、今回は海と風が一体となっているので何かこう、不思議な力がこの船を確かに沈めようとしているのである。誰がなんと言おうとそうなのである。
風だの海だのはまだしも、ゾルヒムなどに関しては1つの山に1人神が存在したりもしていて、神何体居るの?!問題もあるが、それは八百万の神とか言うし、多いのである。雲の神は居ないのかよ、とアシュレイは思った。
「でも、おかしくないですか?あなたが太陽の神だってことは聞いてましたけど、太陽なんて地球の周りを一定の時間かけて回ってるだけのはずですよね?あ、いや、地球のほうが回ってるんですけどそれは置いといて。
太陽をあなたが自分の意思で好き勝手出来るなら、引力だの地球の自転だのそういった理屈がめちゃくちゃですよ!海だって月の引力で満ち引きがあるわけで、神様の力で好き勝手波が起こせるならおかしいです!」
ミサキの家及び固有世界の図書館で読みまくった地球だの環境だの惑星の話だのを思い返せば、おかしい事だとアシュレイは思った。雲が出来る仕組みや風が起こる仕組み、雨が降る仕組み、全ては科学で説明の出来る、何か要因があっての理にかなった現象のはずなのだ。
「そうだ。この世界はお前に自由に読ませた昔の地球の物理法則に沿っていない。神なんて昔は表立っては居なかったんだからな。だが今のこの地球は、人間の空想によって成り立っている。」
「空想?」
「大体、本当ならばもう地球なんて無いんだ。太陽との距離が隕石などの衝突により何百年もの間にズレて、本当ならばこの星は生物が平気で住める状態じゃない。人間が想像で作り出した、人間の信仰無くしては存在できない様々な神が、自分たちの存在を保つために人間を保護しているんだ。
枯れ果てた地に植物の神や森の神が一度に草木を再生させた。汚染された空気や雨を浄化の神が一掃した。干からびた海を、海の神が広げ直した。それぞれの神が死んで跡継ぎがいなければこの世界は成り立たない。この、今の世界においてあらゆる神は自然現象として実在している。実体があり、意思があり、人間に干渉する。」
「想像が……実体を持って世界に影響する?じゃあ、え、あの……太陽との距離がどうとか言ってましたが、太陽って人間の想像で動かせるような規模なんですか?地球そのものよりめちゃくちゃでかいのに」
「正確には我々の見ている太陽は、過去の文献で言う太陽とは全くの別物だ。別の、太陽神が生み出した〝太陽のようなもの〟に過ぎない。それを地球のまわりに無くなった太陽の変わりにすげ替えているんだ。
そうした点で言えば、人間は現在、神に確実に〝管理されている〟と言える。自然環境、雨だの台風だのは全て神の意思によってランダムに起こる。この世界に〝自然現象〟というものは限りなく少ない。災害も聖書のノアの箱舟のように、神の意思によって降りそそぐ。自然に起こる物事ではない」
「本来は存在しなかった神という架空の存在が、人間の想像の力によって現実に具現化していて、本来滅ぶはずだった地球がその神たちによって保護され、普通に存在しているかのように私たちは暮らしていると?」
「そうだ。宇宙の法則も全て無視した矛盾の空間の中に我々は、お前たちは生きている。だからこそ、何百年経ってもお前たちは戦争の銃器の技術も進化しないし、自然の研究も進まない。自然現象について〝何故そうなるのか〟が読み解けないからだ。もちろん、それだけではなく神々が人間がまた戦争をして滅ばないよう、これ以上進歩させないようにしている部分もあるが。
神が本当に自分の自由に行動するから、そこには規則性が生まれない。高気圧だから、雲がこういう形状だから、ここは北だから南だから。そういったものも全て神の思いのままだ。お前の国はコンパスで言えば南にあるのに冬がなぜあんなに長いのか?正解は冬の神の居住地だからだ。」
「そんな馬鹿な……そこまでの変化が起これば、誰もが神の存在に気づいたりおかしいと思うはずですよね」
「どうやって確かめる?気象衛星や宇宙船どころか飛行機すら開発されていないこの世界で。オゾン層がどうなっているか、雲の動きがどう動いているか。分からないだろう。人間には確かめるすべがない。想像するしかない。想像すればするだけ、神はその想像を信仰として力を増幅させる」
「……こんな世界、めちゃくちゃだ……」
呆然としているうち、船が再びものすごい角度に揺れてアシュレイは後ろ向きにのけぞり、外に通じるドアとは反対の壁まで転がっていって頭を打ち付けてしまった。
「いってぇえーー!!!!!!頭がぁ!!!」
「大丈夫か?!」
突拍子も無い話に驚き、夢中になって忘れていたが、この船は今にも神々の手により沈められようとしているのだった。本当に忘れている場合じゃないが。アシュレイはともかく、この状況で悠長に話を聞いていてはいけないと思った。今後、聞こうと思えばいつでも詳しく聞ける話だし。
ミサキが慌ててアシュレイに近づき、手を差し出す。アシュレイはミサキの手を取って立ち上がると、真剣な顔で話を再開した。
「じゃあ海の神は?あなたはさっき、風の神が作り出した嵐は止められると言いましたよね?海の波はどうするんですか?」
「お前だ」
「はい?」
「お前が海を静めろ。」
「はああ?!出来るわけないでしょ!16歳のただの子供に何を要求してるんですか!大体、さっき見つかるなって言ってたでしょう!」
「これから話してやるから、落ち着け子供」
ミサキの言葉にアシュレイが黙りこむ。
外にいる船員たちは、あいも変わらず勇敢に嵐と格闘していた。




