いざ、出航の時
アシュレイたちが港の集合場所に着くと、流石に王子の船出だからか、帝国軍の兵が多く待機している。遠征にも何十人かついてくるようで、船は全部で5隻。そのうちの1隻が、王子やアシュレイなどの上級貴族が乗せられる予定の船である。その船だけは他よりも大きめで飾りも豪華、金持ち専用の船、といった様子だ。その船を中心に、船で囲って守るようにして航海するらしい。アシュレイは、あれに乗るのかあ、となんとなく気が引けている。本来、エインズワース家に養子に来なければこんな船に乗ることは一生なかっただろう。ちなみに、マイリとソヘイルも一番小さい部屋ではあるが、同じ船に乗る。流石に公爵令嬢と平民を同じクオリティの部屋にするわけにはいかないのだそうで。
アルドヘルムと並んで船の前に歩いて行くと、向こうの方でコーネリアスが手を振っていた。アシュレイは慌てて駆け寄る。
「おはようございます殿下。エドウィン殿下の見送りですか?」
「え?お前の見送りに決まってるだろう」
何言ってるんだ、とでも言いたげに言ってくるコーネリアスだが、それは兄弟としてどうなんだ?というか、学校でもう別れは済ませたのに何度も会うとなんとなく照れ臭い。それだけコーネリアスがアシュレイを大事に思っている、ということなのかもしれないが。
「あーあ、私も行きたいんだがなあ。」
「普段いい子に仕事してるんですし、わがまま言えば3か月くらいなんとかなるんじゃないですか?」
「うーん……わがままなんて言ったことないしな……それに、私が居なくなると困る人間も多くいるから、仕方ない。代わりに全部やってくれる有能な王子がもう一人くらいいればな~」
わがままなんて言ったことない、とは全く、お忍びで劇場に足しげく通っている王子のセリフとは思えない。しかしそれだけ言えるほど、コーネリアスは大人しく国の仕事に従事しているのであった。頼まれたら断れない、少し人見知りで押しの弱い性格だから自然とそうなったというところはあるだろうが、学生だから仕事も勉強と同時進行だ。そういうところ、アシュレイはコーネリアスのことをかなり尊敬している。
「殿下は良い子ですねえ、王子の鑑です。殿下には一番スゲーッ!てなるような凄いお土産を買ってきますよ」
「いや普通で良いけど。無事に帰ってきてくれよ」
「ええ!きっと帰ってきますとも。オズワルド殿下はエドウィン殿下の見送りにはいらっしゃらないんですか?」
アシュレイが聞くと、コーネリアスは首を横に振った。
「兄上は忙しいみたいだからな」
「そうなんですか」
そんな話をしていると、向こうの兵がザッと道を開けて、護衛を何人か連れたエドウィンが歩いてくる。
「おはようございますエドウィン殿下」
「おはよう。兄上もおはようございます」
「お、おはようエドウィン」
まだコーネリアスはエドウィンと完全に打ち解けたわけではなさそうで、なんとなく「他人感」というか、気を遣っているような空気感がうかがい知れる。アシュレイは、コーネリアスは人見知りさえなければなあと思うが、数か月しか歳の差のない兄弟だからこその接しにくさもあるのだろう。ずっと海外に居たし、気まずい、というのが大きい。
「あと少しで船が出航する。そちらの二人を案内して」
「はっ!では、お二人はこちらへ」
エドウィンに指示された執事の一人が、マイリとソヘイルを丁重に案内する。
「じゃあ、後でね」
「うん!」
と、そこでアシュレイとアルドヘルムは二人と別行動をとることになったのだった。その後、エドウィンについてアシュレイたちも船に乗り込むことになった。
「殿下、ほんの三か月ですが行って参ります。あなたもお体に気をつけて」
別れ際、アシュレイはそう言ってコーネリアスと握手した。コーネリアスは一瞬驚いた顔をしたが、笑顔でアシュレイにハグした。
「ああ!お互い、頑張ろう」
「はい」
ハグしてるー!!と周囲は色めき立ったしアルドヘルムの笑顔は引きつったが、このハグは友情のハグであって、コーネリアスはそういう意味は全くないため色々と誤解を生んだだろう。が、二人の屈託のない笑顔を見た周囲はすぐに、微笑ましげな空気へと変わって行ったのであった。
船に乗り込み、甲板へ。船着き場から船への渡し板が取り除かれる。エンジンなんてこの世界には無いので、それはもう原始的な帆船である。いや、エンジンが活躍していても現役の帆船だって結構あったので、原始的というのは失礼か。帆を張り、それが風を受けて進む船。海賊映画に出てくるようなものを想像してくれればそれである。アシュレイは甲板にアルドヘルムと並ぶと、船着き場で手を振っているコーネリアスに大きく手を振り返した。
「殿下ーーーー!!行ってきまーーーす!!!!」
「行ってらっしゃーーーい!!!」
親子か?というような対話の後すぐ、船が船着き場から離れていく。見送り兵たちは皆整列してエドウィンを見送っていた。今日は風が強いので、船も調子よく動き出した。
「殿下ーーー!!言い忘れましたけど右の襟立ってますよ~!!」
「え?なんて言ったか聞こえないぞーーー!!!」
「コーネリアス殿下、襟が立っているそうですよ」
今言うな、という感じだがコーネリアスの執事がアシュレイの言葉をコーネリアスに伝言する。
「ああなるほど。わかったーーー!!!ありがとーーー!!!」
そうしてアシュレイたちの乗る船は出航したのであった。コーネリアスはそのまま馬車に乗って王都に帰り、再び馬車馬のように働かされるのである。甲板でエドウィンと向かい合ったアシュレイは、とりあえず再びお辞儀をした。
「今回の遠征、お招きくださって本当にありがとうございます。お役に立てることは無いかもしれませんが、国の役にたてるようしっかり勉強させていただきますわ。」
「ああ。私もお前とたくさん話ができると嬉しい」
どういう意味だ、とアルドヘルムが笑顔のままだが眉を少し動かす。深い意味はないのかもしれないが。アシュレイはエドウィンと握手を交わすと、部屋の番号を聞いてそこに向かった。ちなみに、今日は手袋をしていない。半神の力が強まってきたせいか、手にあった小さい傷なんかが、数日で消え去るようになった。よって今日のアシュレイは、多少ゴツいが怪我のない綺麗な手なのである。
「部屋番号からして、アルドヘルムは離れた部屋なんですね」
「ええ。執事などの使用人は入り口の方だそうですよ」
かなり大きい船なので、一部屋が3メートル四方くらいはあった。まあ、広いかどうかは置いておいて、寝るには十分である。それにアシュレイは狭いところが好きなのであった。
「えーっと、あと二つ隣の……」
アシュレイの部屋を探していると、少し先の部屋のドアが開いた。アシュレイはそこから出てきた人物を見て顔をしかめる。
「ミサ……アルフレッド先生?!ど、どうしてここに」
「特別に同行させてもらったんだよエインズワースさん、ちなみに今回の旅で使用する最新の羅針盤は私が提供させてもらっていてね……」
「へ、へ~そうなんですか」
どうやら進んだ文明の便利グッズで、無事乗船許可を取り付けたらしい。しかも、一番良いこの船に。ちゃっかりしているというか、しかし、先日の話ではアシュレイの命を狙う者から守らなければならない、みたいなことを言っていたのでそのために同じ船に乗るのかもしれない。アルドヘルムは二人の間に流れる謎の空気に不思議そうにしているが、先生、と呼んでいたし教師なんだろうな、で片づけた。アルドヘルムは、ミサキと先日のパーティで出会ったことはなぜか忘れているようだ。
このメンバーで船の上で2週間~?とアシュレイは少し気がかりだが、ともかく、こうしてエドウィン一行の海外遠征は始まったのであった。




