執事さんはお嬢様と踊りたい
握られた手が冷たい。
アシュレイはアルドヘルムの体温の冷たさに少し驚いていた。しばらく外に居たのだろうか。
ゆっくりと手が離れる時には、アシュレイはアルドヘルムの目を見ずにはいられない状態だった。
「アシュレイ、今日は私がエスコートするという話でしたよね」
少しかがんでアシュレイにそう言ったアルドヘルムはいつも通りの笑顔だったが、なんだかいつもの朗らかな笑顔ではなく、圧のある笑顔だった。
確かにアルドヘルムを放っておいてコーネリアスと長々話してしまったので、そこは申し訳なかったと思う。いやしかし、そもそも彼はエインズワース家の執事なのだから、拗ねられるいわれもないような気がする。パーティ前も「王子となら仲良くして良い」みたいに言っていたし。
「あ、アルドヘルム……すみませんでした。怒りましたか?」
「怒ってはいませんが、拗ねています」
「素直な物言いですねアルドヘルム。あなたのそういうところ、好きですよ」
アシュレイが呆れたような顔で笑う。アルドヘルムは相変わらずのにこにこ笑顔で、本当に拗ねてるのか?と疑いたくなるような様子だ。
「そう思うなら、私がエスコートするので一曲踊ってくださいますか?」
アルドヘルムに手を差し出され、アシュレイはすぐに手を伸ばしかけるが、少し躊躇する。苦笑いを浮かべてアルドヘルムに言った。
「……うーん……足を踏むほど下手ではないと思いますけど、上手でもないと思いますよ?」
「私はエスコートがとっても上手ですので、大丈夫ですよ」
「わっ」
笑顔で嫌味っぽく言ったアルドヘルムにぐいと手を引かれてホールの中央、何人もが踊っているほうへと歩いていき、さっさと踊りがはじまる。アルドヘルムの手は大きく、繋いだ手の感触にアシュレイははじめて異性に対して不思議なときめきを感じた。
力強くリードされ驚くほどうまく踊れて、アシュレイは動揺する。
少し年上で、騎士団で、金髪碧眼で、美形で、踊りも踊れて……年頃の少女であるアシュレイがアルドヘルムにときめいてしまうのは多分、仕方のないことだ。そしてそれを、アシュレイも自分でわかっている。そんな人に構われたら、男慣れしていない女の子はきっと、好きにならずにいられない。
「アルドヘルム、あなたはかっこいいですね。あなたのことを好きになってしまいそうです」
「本当ですか!では、気が変わらないうちに私と婚約してしまいましょうか」
アルドヘルムが踊りながら軽口をたたくように返事する。アシュレイは少し考えたが、数秒で返事した。
「ダメですよ。私のことを本気で好きになったら、私がもっと大人になれるまで待っていてください。」
「アシュレイ、貴方は自分を子どもだと思っているんですか?」
「思っています。少なくとも、貴族については無知も無知。まだ齢15の未熟な私は、あなたという狡い大人に騙されているのかもしれませんから。」
「子どもはそんな現実的な事言いませんよ、アシュレイ」
アルドヘルムはつまらなそうにそう返す。
「あ、一曲終わりましたよ!戻りましょう」
「いえ、パーティは終わりです。今の曲で」
「そうなんですか?……ああ、なるほど!それで強引に踊り出したんですか」
「正解です。お部屋に戻りましょうか、お送りしますよ」
「ありがとうございます」
全体への挨拶とかしなくて良いんだろうか、と思ったがアラステアがオズワルド王子と話しこんでいる間に客も減っていたので、流れ解散というやつなのかもしれない。そういうところ、ガバガバだ。
アシュレイは少し疲れていたので、アルドヘルムについて大人しく歩いて行った。廊下には誰もおらず、窓の外に目を凝らすと、まばらにだが何人もの人々が帰って行っていた。
「アルドヘルム、少しこちらを向いてもらえますか?そう、それでかがんでください」
「なんです?」
アシュレイは、言われた通りにかがんだアルドヘルムの肩に手を置き、頰にキスをした。アルドヘルムは驚いて目を見開く。そのままフリーズしているようだ。
「あれ、アルドヘルム。驚いているんですか?こんなの挨拶みたいなものですよ」
「いえ、アシュレイ。私はこう見えて結構モテるんですよ。あなたのような子どもに頰にキスされたぐらいで動揺している自分に驚いているんです」
「あら、大人を動揺させてしまいましたね。それでは、おやすみなさいアルドヘルム=ブラックモア」
「おやすみなさい、アシュレイ・エインズワース」
扉を閉めると、部屋は静かだった。アシュレイは沈んでいく夕陽を見ながら、自分で寝間着に着替える。最近はメイドがやりたがるので、メイドに着させてもらっていたから、なんだか自分で着るのは久しぶりな感じだ。
王子2人、あの後どうなるのだろう。……令嬢たちには嫌われてしまったかもしれない。これから、付き合い方をよく考えていかないと……そんなことを考えながら。
コーネリアスは、アシュレイのファンだった。オズワルドも噂よりはまともらしい。これから、また会う時のことを考えるとまた、2人の関係がどうなっていくのか無限の想像が頭の中で見えては消えていく。
そういえば、アルドヘルムはかっこよかった。
アルドヘルムは……
アシュレイは、ベッドに沈み込むとそのまま眠ってしまった。寒い。寒いのに、眠気に勝てない。
「……」
扉を静かに開けて入ってきたアルドヘルムは、アシュレイの上にシーツと毛布をかけて、ウィッグを外してベッドの横の椅子に置いた。放って置いたら、風邪を引いてしまう。
「おやすみなさい」
なんの邪気もない子どものようなアシュレイの寝顔を見て、アルドヘルムはふふっと笑った。
生意気なこども、かわいいこども。
アルドヘルムは、静かに扉を閉めると、パーティの片付けの手伝いをしに、階段を降りていった。