1学期終了のお知らせ
朝の教室、まだまばらにしか生徒はいないが、いつも早く来るコーネリアスとアシュレイは隣同士の席なので話をしていた。窓の外には昨日久々に降った雪が薄く積もっている。アズライト帝国は、ロシアほどは寒くないが雪の降る時期が長い。
「夏休み、ってなんか変な感じですよね。まだ寒いし」
「そもそも気候的に、夏なんかほんの少しの間だしな。春のはじまりから再び冬のはじまりまで休ませて、学校ではずっと寒いままなのはどうなんだか」
コーネリアスが言うと、アシュレイがふと思い出したように言った。
「秋、というか夏の終わった頃には確かクラス対抗の運動大会があるんですよね?そういうのは汗かくから多少涼しい方がいいですけど」
「ああ、だが園遊会を景色が綺麗だとかいって雪景色の中でやらされるのは寒くてかなわない、本当に苦手だ。私は寒がりだしな」
「園遊会とか慣れてそうな殿下でも苦手とかあるんですね」
「それはそうだろう。王子に生まれたのだってたまたまじゃないか」
たまたまって、そりゃどこに生まれてもこの世の全員たまたまそこに生まれたんだろうけども。一国の王子がそんなこと言っちゃっていいのォ〜?なんてアシュレイは思う。はじめてアシュレイの歓迎パーティーで会った時もそうだが、コーネリアスは基本的に人付き合いが苦手らしい。アシュレイだって、劇団のアッシュだと知ったから熱心に話しかけてきただけだったし。その点でいうと今の王位継承権1位のオズワルドは、なんでも卒なくこなせて王様向きなのかもしれなかった。
「殿下は休みの間どうしてるんですか?」
「……仕事だ、書類仕事、書類仕事、書類仕事……やだなぁ……エドウィンはアシュレイと海外旅行できていいよな……」
死んだ目でコーネリアスが答える。この国から出たことのないアシュレイは海外遠征が楽しみなので、休みも働かされるコーネリアスには実に同情心がわいた。
「海外旅行じゃないですけどね、ハハ、そんなに忙しいんですか?」
「私じゃなくて良くないか?みたいな謎のショボい書類までやらされるから忙しいんだ、ほんとにやめたい……でも頼まれると断れない……」
「そこは断りましょうよ……」
お前は日本人か。コーネリアスは家庭教師やら秘書やらに強めに頼まれるとなんでも大体「わかった……」とちゃんと全部引き受けてしまうし、サボるという発想もない基本的に真面目な王子様なのだ。アシュレイとはある種、全く反対の受動的な性格と言えるだろう。
「あ、確かエドウィン殿下もこの学校通うんですよね?まだ通ってないんですか?クラスはどこなんでしょう」
「帰国してから色々忙しくてな、挨拶しにくる貴族の対応とか。明日から休みだろう?今日は暇だったが、1日だけ来ても仕方ないということで休み明け、また帰国してから通いはじめるそうだ」
「この前帰国パーティーあったのに3ヶ月とはいえまたすぐ海外行きって、落ち着かないなってかんじです。自国の言葉忘れちゃいそう」
「そうか?部屋に閉じ込められて書類を書かされ続けるより楽しいと思うぞ」
「まあ、それは言われてみれば……」
コーネリアスは余程嫌なんだなあ、と思う。内向的だからといって書類仕事が好きなわけでもなく、観劇が趣味。コーネリアスは案外、オタク気質なのかもしれない。
「おはようございます殿下、アシュレイ」
「おはようミア」
「おはよう。今日早いんだね」
「最終日だし、1秒でも長くみんなと居たいじゃない」
「わーお殿下、こんなこと言ってますよ。いじらしいなあ」
「あの気が強くて高飛車だったミアがなあ」
「突然前のことを掘り返すのやめてくださいまし!」
あわあわとミアが慌てて恥ずかしがる。アシュレイはこういうのを見ると、女の子だなあと感じた。自分は特にそういうことは考えていなかったが、ひょっとしてコーネリアスも最終日はしばらく会えなくて寂しいとか思っているんだろうか?なんて思う。
「4ヶ月の休み、長いよな……なんかもっとこう、冬に2ヶ月、夏に2ヶ月休みとかに分割して休みをくれたらいいのにな」
「ああ、それは確かに。でも3ヶ月でこの国には帰って来ますから、休み中に遊びましょうよ。こう、遠乗りとか」
「アシュレイ、馬に乗れるのか?似合いそうではあるが」
「ないですけど、平気平気!やってみたいんですよね」
「落馬して死ぬ人もいるのよ?私恐ろしいわ…」
ミアは不安そうだ。この国では貴族同士で馬に乗って森に狩りに行ったりすることもあるが、女性で馬に乗れる人は少ない。基本スカートドレスだし。
「そうなんですか?そんなことで死ぬのはちょっとなあ」
「馬から落ちて死ぬ人数より馬車に轢かれて死ぬ人数のほうが多いけどな!ハハハ」
「ハハハじゃないですよ全く」
お貴族様流ブラックジョーク、実に笑えない。だがまあ、コーネリアスの乗るような馬車は王家のものなので人を轢くような危険な運転はしないが。成金の育ちの悪い横暴貴族は平民を怖がらせるためわざと荒い運転で街を走ったりする。半端者ほど威張り散らすのはどこでも同じなのだ。
「まあ、それは置いておいてもみんなで会いたいな。王宮だとみんな緊張するだろうし、アシュレイの家とか」
「いいですけど、みんなの家からだとアニタの家の方が近いですよ。入ったことないから知らないですけど、話によると」
「アニタの家か。うーん、男爵家に急に王子やら公爵令嬢やらが押しかけたら怖がらせるんじゃないか」
「そうかもしれませんけど、どうせアニタは公爵家のロイズとお付き合いしてるんですし」
「え?」
「どうせとはなんだ、どうせとは」
「私の家なら大丈夫ですよ、お菓子でも焼いて待ってます」
「ああ、おはよう2人とも」
そこでロイズとアニタが仲良く登場した。コーネリアス、アシュレイ、ミアはなんとなくじとっとした目で2人を見る。仲間内でカップルが誕生するとすかさず冷やかしたくなるのがうら若き学生としての心情である。というかアニタ、アシュレイと出会う前にロイズにフラれたとか言ってなかったか?仲良くなって再告白からの成功か?そんなことある?
「本当に二人は仲が良いな!」
「付き合ってんだから仲良くなきゃおかしいでしょ」
「えっ付き合ってるのか?!ロイズとアニタが?!」
「気づいてなかったんですか?!気づいてそうだったじゃないですか殿下も!鈍感か!!!」
「そうですよ、私だって気づいてましたわ」
「こ、この話やめない?は、恥ずかしいし」
「お付き合いすることは恥ずかしいことなんかじゃないですよ。冷やかしますけどね」
「恥ずかしいことじゃないのに冷やかすのか?!」
明日から休み、もう当分顔を合わせることもないというのになんだか、本当にいつも通りの日常だ。あまりにも普通過ぎて、アシュレイはなんだかそのほうが、これから彼らに会えなくなる期間を思って少し寂しくなる。そして、これが寂しいって感覚なのかな、とぼんやり思った。なんだかんだ、仲が良いもと近所住みのマイリだって、公爵家に来てからもしょっちゅう会っていたし。親しくなった友人と長く離れるという経験は今までにないことだ。
「お土産、何が良いでしょう。何があるか分かりませんけど」
「私は何か、飾れるものが良いな」
アニタが答える。それって誕生日にくれた木彫りの熊に準ずるものか?ミアも少し考えてから言った。
「うーん……そうだ!私はみんなとお揃いのが良いですわ」
「ミアはほんとかわいいね。どうしたの?」
「どうもしませんわよ!!さっきからどういう意味なのアシュレイ?!」
答えはからかっただけ、である。ミアは慌てたり怒ったり、表情がコロコロかわって見ていて面白い。
「私はアシュレイがくれるものならなんでもいいぞ」
「殿下はこう、サラッと照れること言いますよね。ロイズはなにかあります?」
「そうだな……この国にない紅茶とか、茶葉のような乾燥した食品が良いな」
「乾燥した食品?!さ、探してみますね」
友人に土産物の希望を聞かれて「乾燥した食品」と答えるか?という感じだが、まあ行き先の国についての情報が無いため、仕方ない。北海道に行く人にカニだのラベンダーだのと具体的な注文をするのとはわけが違うのだ。アシュレイはうんうんと頷くと、一人ずつに手を差し出して握手した。みんな首をかしげていたが、アシュレイは終わるとにっこり笑う。
「海外遠征で、人間的にも体力的にも知力的にもパワーアップして戻ってきますね。3か月くらいで忘れられるとは思いませんが、寂しいです。私を忘れないでくださいね」
「お、お前なんて忘れられるか!!」
ロイズは本気で何言ってんだこいつ、という顔をする。3か月ごときで大げさな。
「私も寂しい、アシュレイ」
「私だって寂しいに決まってるわよぉ~わぁあ~!!」
アシュレイに抱き着くアニタに、状況につられてとうとう泣き出すミア、女子二人に抱きしめられて困った顔のアシュレイ。コーネリアスとロイズは、でも3か月じゃん……と不思議そうだ。女にしか分からない世界なのかな?とも思うが単にアシュレイが芝居がかりすぎているだけである。
「とかいって、今日普通に授業あるんですけどね。泣くのは放課後にしましょうかミア」
「台無しぃ!!」
さて、学校も終わった明日から一週間は旅の準備、その後すぐに船で出航である。時間が経つのは早いよなあ、なんてアシュレイは思った。




