最高神、悩む
メールで連絡を取り、アシュレイは夜8時には自室に戻って鍵をかけた。流石にアルドヘルムたちは「早寝すぎじゃない?」という顔をしていたが、まあそこはそれ。鍵さえかければこっちのものである。
いつものようにミサキがどこからともなく現れ、入口を開け、アシュレイもそこから天界に乗り込む。もはや手慣れた様子である。
「お邪魔しますよっと」
「忙しいから飲み物とかは適当に台所で入れてくれ」
ミサキは何やら地図を広げて険しい顔をしていた。右手には筆記具ではなさそうな謎の棒を持っている。魔法使い感があってアシュレイは少しワクワクした。というか、台所とか言われると神の世界感が無くなってしまう。友達の家か。
「あれっなんか機嫌悪いんですか?」
「いや……今忙しくてな」
「今日は、海外遠征に私がついて行く件について話しに来ただけなんですが……」
「その話はもう知っている。だから今忙しいんだ」
ミサキは王宮に住んでるんだから、海外遠征のことも知ってるかもとは思ったが、それに伴って何が忙しくなるのか。アシュレイは不思議そうな顔をする。
「何がですか?出発はまだ何週間か先ですよ?」
アシュレイが思ったままに聞くと、ミサキは顔を上げた。
「いいか、この国にはかなり広い範囲に私の結界が張られている。だから他の神はお前には手出しができない。お前の母神も含めてだ」
「手を出す?結界?どういうことですか」
「ゾルヒムがお前を殺そうとしたのと同じように、お前を殺そうとしている神はいくらでもいる。お前の母親、ミハエレもそのうちの1柱だ」
ゾルヒムとは山の神で、以前信者を使ってアシュレイをさらい、殺そうとした神である。同時に、ミハエレやミサキに出会ったのもそれがきっかけである。とはいえゾルヒムに関しては、病気で余命の少ない若者たちを自分の世界で守り暮らさせていたり、悪い神というわけでもなさそうなのだ。
「半神はミサキみたいに時間経過でどんどん強くなるから、幅を利かせて邪魔だってやつですか。でも私の母親……というか、あの女神はなんで?一緒に暮らしたいとか私の娘だのなんだの馴れ馴れしく言ってたじゃないですか」
「一緒に暮らすならな。お前は一緒に暮らすことを選ばなかった」
「そんなことで?!それってあれじゃないですか!DV!」
家庭内暴力。覚えたての言葉を使ってくるアシュレイに、ミサキは少しウザそうな顔をした。アシュレイは頭がいいはずなのに、なぜこうも察しが悪いのかと。
「そんなこと、じゃない。お前、生まれた時は人間だと思っていた半神の私が今住んでいるこの世界、誰の世界だと思う?」
「誰の世界って?あなたの世界でしょう」
世界世界言い過ぎてわけがわからなくなってきたが、神々にはそれぞれ、現実と隔離された固有世界が存在する。天界ともまた別で、個人個人、それぞれの神にとっての安全地帯であり、家であり、セーブポイントなのである。固有世界内では他の神からの干渉も一切受けない。小学生で言うところの「はい!バリアー張った!」的な、完全鉄壁防御空間なのである。
「半神は生まれながらには自分の固有世界を持たない。だから、自分の固有世界を得るためには親神及びいずれかの神を殺して奪う他ない」
「あ、あぁ……この世界、あなたが殺したっていう元最高神の太陽の神の所持品だったんですか」
仮にも自分の親の遺品をこんなハイパー人間文化全開空間に作り変えてしまうとは罰当たりな。この前アシュレイは実は、ミサキが運転する自動車に乗っていちご狩りをしに行ったのだが、楽し〜うまい〜!!!とはしゃいでいた。イチゴはアシュレイの国にはないし。というか、いちご狩りをできるレベルの量栽培しているのが神らしからぬのだが。昼間は学校だし、いつ畑仕事とかしているんだ?とアシュレイは不思議に思う。
……と、関係ないことは置いておいて、そんな楽しいミサキ世界が、親を殺して奪ったものだったとは。
「そうだ。つまり、ミハエレはこう考える。自分の世界を持たない哀れな娘であるお前は、いつか力をつけたら私を殺して私の世界を奪うに違いない!と」
「ハハ、たしかに自分の固有世界とかあったら本の貯蔵とかに便利そうですけど、殺してまで欲しかないですよ」
「お前がそう思っていてもミハエレはそうは思ってくれないし、お前にだって、100年200年後のお前が同じことを思っているかなんて分からないだろう?
他の神はそれと関係なくもお前を殺したがっている。もちろん、神のエゴで生まれた可哀想なお前を守ろうとする神も割と居るが。」
ミサキは先代太陽神とは対立せず、子として親を慕って居るそぶりで接した。自分が安全に歳を重ねるためであったが、太陽神はまんまとミサキの演技に騙されて、成長したミサキに殺されたのである。そう考えると、ミサキのほうはかなり強かだ。自分の家族への執着はあったが、下手に神に逆らって皆殺しにされたらどうしようもないし、まず5千年経ったからそんなこともほとんど忘れてしまった。
「……ちなみに、さっき言ってた結界っていうのは?私がさらわれるまでもずっと張ってたんですか?でもさらわれましたよ?」
「だから神本体ではなく信者が来ただろう。神本体はこの国には入ってこられないんだ。国内の土地神も、自分の居る空間からは出てこられない。お前が神と繋がる場所にピンポイントで飛び込まなければだが。
お前が生まれたその日から、この街には結界を張っている。幸いお前は今まで、街の外に出ることはなかったしな」
「そうなんですか。閉じ込められてるのはちょっと気の毒ですけど、生まれてからずーっと守ってくれてたんですね。ありがとうございますおじいちゃん」
「だれがおじいちゃんだ。そのせいでお前を未だに赤子同然にしか見えないんだがな、ハァ、まあそれはどうでもいい。お前が通る国や海に並べて結界を張っていきたいが、海が問題だ」
「海!見たことないんですよね、楽しみです。テレビでは最近結構見ましたけど。映画とかで」
幼児向けアニメを見て言語をある程度学んだアシュレイは、普通の映画にも手を出している。写真集なんかも見たりして、残っていればエジプトとか行ってみたかったなあ、なんて思っていた。風景をカラー画像として見放題の機器を知ってしまったのは、幸か不幸か。
「わかるだろうが、海はとてつもなく広い。船も高級だろうがちょっとの嵐で沈むショボい船だ。気候にも左右されるし、どの経路で行くかの明確な道筋もわからん。挙げ句、海の神はとてつもなく強い。もちろん最高神の私のほうが強いに決まっているが、海は広い分崇め奉る信者も多いんだ」
「大変ですねえ。ご迷惑おかけしますほんと、ありがたいですわ〜さすが神様、助かります」
「礼が軽い。肩を揉め肩を」
「やっぱおじいちゃんじゃないですか」
台所で麦茶をコップについできたアシュレイは、自分のとミサキので、2つテーブルに置いた。そして、立って地図を広げているミサキの隣の椅子に座る。
「ああ、私の分も持ってきたのか。気が利くな」
「海の神様って、あれですか?ポセイドンてやつ」
「それはギリシア神話の話だろう。神は人間の想像で生まれるが、海は広く恐ろしい故に信仰するものは各国に大勢いる。信仰が強いから力も強い……というのは置いておいて、名はポセイドンでもスミノエでもエーギルでもない。不公平だろう。人間は呼んでいない名だ。私、太陽神だって色々な呼び名があるだろう?アメンにラーにバステトにアリンナに…女神設定も多い。だが神たちには私はクライアと呼称されている」
「なんで太陽神はエジプト神話周辺ばっかなんですか?」
「うるさい。いちいち調べてないんだ知るか」
「しかし、なんだか芸名と本名みたいでウケますね。太陽神いいなあ、強そう」
「お前も私と同じ歳になれば同じ強さだろう」
「5000年かかるじゃないですか」
ミサキが話しながらも地図に次々線を引いていっているのを見て、ミサキもミサキで色々と忙しいんだなあ、とアシュレイは何となく尊敬する。自分に気があるわけでもない16歳のミサキからすれば生まれたてみたいな年齢のアシュレイをわざわざ保護して忙しくして。5000年も生きていると暇になりそうなので、それくらいの方が本人にとってもいいのかもしれないが。
「私本読んでていいですか?」
「そのために来たんだろう」
「へへ、まあそうなんですけど」
大人としてはかなり尊敬できるんだよなあ、とアシュレイはしみじみ思う。これで自分の母神をクリフォードとくっつけるようけしかけた相手でなければ尚良かったのだが。それは置いておいて、アシュレイは本棚に向かい、先日読みかけだったシャーロックホームズのシリーズの一冊に手を伸ばした。




