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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
海外遠征編開始編
87/135

旅立ちの手前②


「マーイリ。そこにいるんでしょ」

「うぁっア゛ッシュ?!」


アシュレイがソヘイルの家の後ろに回り込むと、丁度通路側でない壁に背中をつけてマイリが座っていた。アシュレイがこの家に住んでいた時も、マイリが親と喧嘩しただの学校の先生にケチ付けられただの言って泣くときは、いつもアシュレイの家の後ろで泣いていた。10歳でアシュレイに出会ったのに、それまではどうしていたのやら。そこで泣いていれば、高確率でアシュレイが話を聞いて落ち着くまで傍にいてくれるので味を占めたようである。


「ひっでー顔。かわいい顔が台無しだ」

「アッシュ……怒ってないの?」


「あらら、そちらさんこそ怒ってらっしゃらないので?」

「……」


「……隣座るよ」


黙ってうつむいてしまったマイリに困った顔をしながらも、アシュレイは隣に腰を下ろす。マイリはまだ泣くのが収まらないようで、ひっくひっくとしゃくりあげていた。まったく、どっちが女だかわからんなとアシュレイは複雑な気持ちになる。アシュレイは人前で泣いたことなんかない。


「……で」

「え?なに?」


「嫌いにならないで、アッシュ……ほんとは、大嫌いなんて思ってないから、嫌いにならないで……」

「なりませんよ、はいはい泣き止もうね」


それが理由で泣いてたのか?とアシュレイは呆れながらマイリの背中をさする。本当、この男は同じ歳のどんなご令嬢より乙女チックだ。


「マイリはさ、ソヘイルのこと好きなの?」

「……うん、すき」


「それはどういう感情で?」

「……男の人として、好き」


いや、それはどういう意味なんだよとアシュレイは更に謎が深まり黙り込む。


「ぼく、僕さ、段々僕じゃなくなっていくみたい……アシュレイのせいじゃないよ、でも段々、男じゃない気がしてくるんだ。……違う、そうじゃなくって、僕、わたし、わたしね

ソヘイルと一緒に居るとね、女の子だったら良かったのにって、女の子に生まれてくれば良かったって思っちゃうんだ。この頃ね、考えちゃうんだよ、ソヘイルは私を女の子扱いしてくれるけど、いつか他の、ちゃんとかわいい他の女の子と結婚するのかもって、悲しくなっちゃうんだ。だから女の子扱いされてもいっつも茶化して男だよ~って言うのに、それでもソヘイルは優しくしてくれるから、ほんとに、好きになっちゃったから、行っちゃうのも、家族が出来て、他の人と結婚とかしちゃうかもしれないのも……」


息苦しそうに、膝を抱えながら、泣きながら言うマイリにアシュレイは息を呑んだ。


ミサキのもとで読んだ本で、同性愛の文化についても読んだことがあった。世界破滅直前にまでも、進みに進んだ文明では大概の国で同性愛は受け入れられていたという。それどころか、古くから少年愛だの同性愛が文化として存在する国もあった。しかし、この国、アズライト帝国内においては同性愛はあまり受け入れられていない。それが良いことか悪いことかは置いておいて、しかし、マイリのそれは同性愛というには不思議なものだった。男であるマイリは、「女として」ソヘイルに愛されたいと願っているのだ。


「マイリ……」


恋とは、愛とは人をこうも大きく変えるものなのか。マイリは、そうまで数か月の間、共にいただけのソヘイルに思いを寄せ、恋をしたのか。友人としても、ただの人間としてもアシュレイはマイリのことをかわいいと思っている。大切にも思っている。優しくした量からすれば、アシュレイのほうが余程マイリに優しく接した自信もあった。


「……人を愛するのに、明確な理由なんていらないのかもね。ねえマイリ、ソヘイルがどう思ってるかなんてわかんないけどさ、マイリが自分を女の子だって思ったなら、もうマイリは女の子だよ。こんなにかわいいんだもん、泣かないでよ、大丈夫だって。誰にフラれても誰が居なくなっても、私の一番かわいいお姫様は、マイリだけだよ」

「アシュレイ……馬鹿、キザすぎ、笑っちゃうじゃん……」


マイリは、袖で涙をごしごし拭いてから笑顔で顔を上げた。アシュレイも笑顔になって、マイリの額に軽くキスする。


「あと!まだフラれてないんだからねっ!こんなにかわいい僕をフる男なんか、こっちから願い下げだもん!」

「ハハ、元気でたね。水道で一回顔洗ったら、楽屋に戻ろう」


「うん」


顔を洗っているマイリの隣に立って、アシュレイはマイリの頭を眺めていた。同時に、友人の見たことの無い取り乱し方に思いを巡らせる。


(泣いちゃうくらい誰かを大好きだとか、誰かのために何かになりたいと思うだとか、誰かが離れていくのが怖いとか、そんなに強く誰かのことを想う気持ちなんて私は知らない。私は全部自分のためだ。自分が評価されたいから、自分が誰かの一番大切なものになりたいから、自分が大きくなるために、誰でもいいから与えたいだけなんだ。それって、寂しいことなんじゃないのかな。マイリみたいに、誰かを、苦しくて泣けてくるくらいに愛してみたい。私は結局、空っぽの人間だ)


昔から感情豊かなマイリをうらやましく思っていたが、今回ほどにそう感じたのは初めてだった。アシュレイは歩きながら、マイリと手を繋ぐ。マイリは最初は不思議そうにしていたが、強く手を握り返してきた。アシュレイの表情が心なしか不安そうに見えたからだ。アシュレイがマイリを知っているだけ、マイリもアシュレイのことを理解しているのだ。


劇場の前に着くと、マイリがドアを開けた。アシュレイはマイリの後ろに立っている。


「ソヘイル、さっきは変な事言ってごめん。私、止めないよ。でもこれだけ言わせてもらいたいんだ」

「……マイリ、俺は」


「待って!私が先だから、ちょっと黙ってて!」

「あっああ……」


「あのね、私、ソヘイルのことが好き!ずっと一緒に居たいくらい、好きだよ。だからね、向こうで家族に会っても、ソヘイルが私と一緒に居たいって思えたら、帰ってきてほしいんだ。」


その場に心配で残っていた団員たちは、「こ、こんな公衆の面前で言うのか?!」と顔を赤くして照れているが、マイリが男だとか突っ込む無粋な人間はいなかった。ソヘイルはマイリの言葉に驚きながらも、ゆっくりと口を開いた。


「マイリ、俺も考えたんだ。俺は、お前のことが好きだ。大切に思ってるし、俺だって恋人になって一緒に居たいが……俺に家族がいるなら、ただそれを確かめたいと思ってる。家族が居れば、それだけで、お前に近づける気がするんだ。俺には、その……何もないから。今は、俺は劇団に勤めさせてもらって、ただ生活ができているだけの何もない男だ、いずれは俺も俺にしかできない仕事を見つけて、お前に見合う男になりたいと思っている。順番に、俺に足りないものを埋めていきたいんだ」

「……うん……」


うん、じゃなくてお前も当たり前みたいに両想い宣言をするな。団員たちはそんなことある?と言うように呆れて顔を見合わせあっている。アシュレイもびっくりである。互いが男だと理解したうえで平然と恋人になりたいと思っていたのか。アシュレイが奥に立っていたアルドヘルムの方を見ると、ばっちり目が合ってしまったが、さらにアルドヘルムがにっこりと笑ったので何となくどうすればいいか分からなくなって視線を下げた。


「じゃあ、ソヘイルも行くってことでいいですね?何ならマイリも行く?両親との顔合わせみたいな」

「え?!いいの?!」


「団長、ダメですかね」

「う、マイリが抜けるのは結構きついんだが……ま、いいだろう!数か月なら」


団長の許しを得て、ソヘイルとマイリの遠征同行が決定した。でもマイリがなあ、わかんないもんだなあなんて帰り道、アルドヘルムと並んで歩きながらアシュレイは思う。アルドヘルムはそれにしても今日は全く喋らないなあと更に思ったので、アシュレイは歩きながらアルドヘルムの方を向いた。


「あんな大騒ぎすることじゃありませんでしたね。拍子抜けしましたよ」

「私としましては、あそこ二人がくっついて安心しましたよ」


「あれ、なんでです?」

「二人とも男性なので」


「アハハ、嫉妬みたいな?」

「はい。」


「……」


こいつも結構重たい愛情向けてくるよなあ、とアシュレイはしみじみ思う。先日もヒースに手を握られただけですっ飛んできてヒースに襲いかかったし。そういえば今日、客席にはヒースが居たのに楽屋に押しかけてこなかったなあとアシュレイは思う。


「そういえば、客席でヒースに会いませんでしたか?この前のごろつきの」

「ああ……見ませんでしたよ」


「……そ、そうですか」


なんか目に光が無かったし、嘘くさい返答だったがあまり追求しないほうが良さそうだとアシュレイは引きつった笑いで誤魔化した。アルドヘルムはそんなアシュレイの様子を見て微笑むと、そっと手を取る。


「?」

「手を繋いで帰っても?」


「……良いですよ。かわいい人ですね、あなたも」

「もってなんですか」


なんだか、アルドヘルムのことはきっといつか、本当に好きになってしまうんだろうなとアシュレイは思う。なんとなくそう感じるのだ。アルドヘルムとこうして手を繋いで歩いていると、急がなくてもいつかその気持ちを知ることが出来るのだろうと予感する。


「ああ、そういえば今日は早く寝ますね。明日は早いので」

「そうでしたか。帰ったら急いで夕飯の支度をしましょう」


さて次は、ミサキに遠征の報告だ。もう知っていそうではあるが、念のため。あとは携帯の充電も。



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