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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
海外遠征編開始編
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旅立ちの手前①

馬車が水たまりで止まるなどして、アシュレイは結局、その日は開始10分前ギリギリに劇場に着いた。劇団員達はそれまで、アッシュが来なかったらどうしようと震えていたわけだが、間に合ったので良しとする。反省だな、とアシュレイは申し訳なく思う。


さて、劇の挨拶は今回の主役である団長が開始し、客席いっぱいに座っている老若男女は楽しみそうに目を輝かせている。そんな期待の中ではじまった物語は滞りなく進み、ラスト、アッシュ演じる敵の悪魔が倒され、舞台から退場する。大分省略したが、まあ、大体そんなかんじで舞台は無事に終わった。


アッシュが悪役を演じるというのも珍しいことだったが、いかつい男である団長が主役というのも珍しいことだった。その後、主役の締めの言葉を以って、出演者がアンコールに並んでお辞儀をし、大喝采のうちに幕は閉じた。


アッシュが倒されてもシーンと静まり返っていたあたり、客もきちんと舞台劇の中に感情移入できていたようだ。いつもアッシュが主人公のときは危機に陥ると子供あたりが騒ぎ出すのだが。


しかし、半神であるアシュレイが悪魔を演じるというのも不思議なものだ。アシュレイが楽屋に戻ってくると、良かったぞ!とみんなから肩を叩かれて照れ笑う。なんだか、劇団に来る日数が減るたび、アシュレイは団員達との距離の取り方に困っているようだ。団員達はそんなこと気にしていないが、アシュレイ的には後ろめたいというのか。


「アッシュ、今日までやって来られたのもお前の力あってのことだ。ありがとう」

「な、なんですかライリー。改まって……私だって給料もらってやってんですから、お礼なんて言わなくていいですよ。私、劇、好きですし」


「は〜笑顔かわいい〜!俺はお前みたいな天才美少年に出会えてほんとについてたよ……今日も天才的な悪魔の演技だった……理想の悪魔だ……騙されて地獄に落とされたい…」

「ハハ、何言ってんですか」


アシュレイは、劇に出る直前に1000回目の公演記念だという話を聞いた。だがまあ、いつも本気で演じているのだから、それを貫くだけである。数分すると、楽屋にアルドヘルムが戻ってきた。


「おお、アルドヘルム。どうでしたか?」

「ええ、いつもはアシュレイ様が主役の劇ばかりを見ていたので、今日の劇はまたいつもとは違った雰囲気で大変面白かったです。明るい話ばかりではありませんでしたが、最後には前を向いて進んでいく感じがとても心に響くというか」


アルドヘルムはまた客席で劇を見ていたわけだが、かなり満足そうだ。結構、アルドヘルムは個人的にも劇を見るのが好きになってきているらしい。そのきっかけがこの劇団であることは、アシュレイにとっても嬉しいことだった。


「あ、そうだ。団長」

「お、なんだ?」


「私、来週から数ヶ月間、第3王子の海外遠征について行くことになったんですよ。それに伴ってソヘイル!あなた、ついてきてください。自分の出身国かもしれない国に行けるかもしれませんよ、まだ貿易なども行なっていない、新たな取引相手の獣人の国です」


そう、確か以前ソヘイルの親や家族が居るかもしれない、遠い島国の獣人の国のことをアシュレイが知っていた。アシュレイに渡されたそれ関連の本をソヘイルは何冊か持っているが、文字がまだほとんど読めないので挿絵くらいしか理解できていない。


「俺の……で、でも王子の海外遠征に勝手に俺みたいなのが付いて行っていいのか?」

「私を誰だと思ってるんですか。公爵家なんですからそんなもん連れて行き放題ですよ。団長、てな訳で何ヶ月かソヘイルを持って行っていいですか?」


持って行くってなんだ。勝手にサクサク事を決めてしまうアシュレイに、みんな少し呆れ顔だ。劇団に居た時のアッシュは、言われた仕事を淡々とこなすだけで自分が主体的に何かを提案したりすることは無かったのだが。


「アッシュお前……連れてきたり連れて行ったり忙しいな全く。ソヘイルもようやく今の暮らしに慣れ始めたところだろうに……まあだが決めるのはソヘイルだ。」

「団長、俺は……い、行ってみたい、です。家族が居るかもしれません。俺、ずっと1人だったから……家族が居るなら、会ってみたいんです」


「……そうか、行ってこい。だが……お前に会えなくなるのは寂しいな……」

「団長……」


「え?ま、待ってよ!その国に行ったら、ソヘイルはもう帰って来ないの?!」


みんながソヘイルを送り出す空気感になっていたところで、慌てて口を挟んだのはマイリだった。団員たちはマイリがソヘイルと仲が良いと知っているので少し困ったような顔をしたが、人間関係の事情をよく知らないアシュレイは不思議そうな顔をした。


「マイリ?」

「ダメだよそんなの!やだ、行かないでよ!」


「あ……マイリ、俺は……」

「マイリ、お前ソヘイルの恋人なのか?」


「え?!そ、そういうわけじゃないけど……」

「ソヘイルは生まれて25年、ずっと家族も友人もいない状態で地下で生きてきたんだ。マイリがちょっと寂しいと思う程度のわがままで、ソヘイルの家族探しを留める権利はないよ」


「おいっアッシュそんな言い方ないだろ」

「マイリだって分かってくれるよ」


普段マイリには誰より甘いアシュレイが冷たく言ったので、団員たちが驚いてアシュレイを見る。マイリはアシュレイにこんな冷たい態度を取られたことがなかったので、泣きそうになっている。ソヘイルは泣きそうなマイリと仏頂面のアシュレイに挟まれて困り顔だ。アシュレイはソヘイルにとって恩人で信頼できる人間だし、マイリは優しくて自分と親しくしてくれるかわいい子で、好きだし。


マイリとソヘイルは16歳と25歳。10歳近く離れているので、アシュレイからすればマイリがソヘイルに好意を持っていたとしても二人が恋人になるのは現実的ではない。それに、家族に囲まれて幸せに暮らしてきたマイリと家族を知らないソヘイルでは分かりあうのが難しいと思うし、マイリの家庭は平民の中では裕福なほうなので、親も多分反対するだろうし。ソヘイルは行きたがっているあたり、マイリに恋愛感情があるようにも見えないし、そもそもマイリは男だし。性別の壁を乗り越えて恋人になるならまだしも、「友達」程度の相手がソヘイルをとめるべきではない。


そもそもソヘイルの25年というのも、何か記録が残っているわけではなく、洞窟の民たちからの情報聴取で聞いたことなので明確にそうとも言い切れない。誕生日すら分からず、ファミリーネームも自分の出身地も洞窟の民族の元に引き取られることになった事情も分からない。きっとアシュレイたちのように自分の生まれた環境は理解できていて、家族も明確に血がつながっているとわかっている人間も存在する人間たちには分からない不安感だろう。だからこそアシュレイは、マイリがソヘイルを好きでこう言っていると分かっていてもキツい口調になってしまった。


「ともかく、決めるのは全部ソヘイルだよ。家族に会ってもやっぱりマイリのもとに戻ってきたいとソヘイルが思えばそれでいいし、家族探しに行く選択をはなから止めるのは違うでしょ」

「分かってるもん、アッシュの馬鹿!大嫌い!」


「はあ?」


馬鹿だの大嫌いだの言われてアシュレイがカチンと来たぞ、というような顔をする。というか、分かってるなら行くな、なんて言うなとアシュレイは困惑する。


「ちょ、ちょっと二人とも……」

「私出てくるから!アッシュもソヘイルもついてこないで!」


半泣きで走って楽屋から出て行ったマイリを、みんな呆然と見送る。ソヘイルが一番困ってオロオロしていたが、まあ、ソヘイルに非はないので誰も責める気はない。アシュレイはマイリがこんな態度をとるのがはじめてのことだったので、考え込んでいた。


「マイリはソヘイルとそんなに仲が良いんですか?」

「え?ま、まあ劇団の中では一番いいんじゃないか?マイリはソヘイルによく懐いてたよ」


「いっつもぴったり一緒に居たもんなあ」

「はは、カップルみたいだったよな」


団員たちがなんだか茶化すように言う。アシュレイはマイリがこの25の男とそんなに仲が良かったのか、と意外に思いながら、ソヘイルを見た。以前のマイリは同年代が好き、だからアッシュが一番!とか言っていたのだが、人は変わるものだ。というか、本当にマイリがどう思っているかは本人にしか分からないが。


「マイリはよく俺の家に来て飯を作ってくれたり、街のことを教えてくれたりして、すごく優しくしてくれた。俺は、マイリにすごく恩を感じているし、好きだ。だから……どうしてもマイリが行くなと言うなら俺は……行かないよ」


ソヘイルがそう言うと、アシュレイは急に再び怒りの表情になった。


「アンタがマイリと離れたくないからここに残る、って言うなら私はそれでいいと思いますよ。でもなんだ?マイリが行くなと言うなら行かないって、人のせいにするなよ。アンタは地下から出て1年も経ってなくて何事もどうすればいいのか迷うのは分かりますよ。でも半端な気持ちで妥協して、それを後悔してマイリを傷つけたら私はアンタを絶対に許さない」


あれ、最終的にマイリがどうこう言う話なのか。現彼氏のソヘイルと元彼氏のアッシュが争っているような構図は異様だが、マイリは男である。アシュレイが凶悪な顔で凄んでいるので団員たちは恐怖でドン引きしているが、アシュレイの後ろでずっと黙って置物のように立っているアルドヘルムは、眉一つ動かさないすまし顔のままである。この気まずさの中で動じないのも、ある種強靭なメンタルだ。


「……ああ、そう、だよな……」

「私はマイリを連れてきますから、あなたはどうするかそれまでに考えておいてください」


「あれっアッシュ、ついてくんなって言われてたじゃん」

「怒られるぞ~大嫌いって言われてたじゃないか」


「バーカ、マイリが私を嫌いになるわけないじゃないですか」


どこからやってくる、その自信。団員たちはしかし、「たしかに」というような苦笑いをした。アッシュが劇団に居た時の、マイリのアッシュ好きは劇団内でも飛びぬけていたのだ。ある意味幼馴染だから、マイリのことはアシュレイが一番分かっているし。にっこり笑って楽屋を後にしたアシュレイ、の後に続こうとしたアルドヘルムは団員たちによって引き留められた。


「アルドヘルムさん、申し訳ねえけど二人で話させてやってくんねえか、すぐ戻ると思うからよ」

「はあ……まあ、そうですね。私はお邪魔でしょう」


マイリは男なのである意味複雑なアルドヘルムだが、この空気では致し方ない。


楽屋を出たアシュレイは、迷わず自分の元住んでいた家、現ソヘイル宅に向かった。



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