騎士団見学に行こう!④
色々あったが時間通りに練習は開始され、アシュレイはマリアの隣に立って練習場を見ていた。帝国軍と騎士団は、自衛隊と警察くらいの違いなのだが、仲のいい団長たちの気まぐれで合同練習が稀に開かれる。それは月に数回ある場合もあれば、年に2度くらいしかない年もある。
第一部隊は第一部隊同士、第二部隊は第二部隊同士といったように、それぞれ対応した部隊での打ちあいが始まった。カンカンと剣同士がぶつかる音が聞こえてきて、人数が多いのでアルドヘルムはどこかなあなんてアシュレイはぼんやり見ていた。視力は良い方なので、よく見ていればいつかは見つけられると思うのだが。
一方、アルドヘルムの方は正直、あまりこの合同練習への関心はなかった。アシュレイが見に来ているという一点をのぞいては。なぜなら、帝国軍が相手だろうが騎士団が相手だろうがアルドヘルムにとっては大した戦力差はないからである。一対一だし、殺し合いでもあるまいし。まあ殺しあっても負ける気はしないのだが。アルドヘルムがそんな感じで普通にいつも通り練習していると、打ちあっている相手とアルドヘルムの間に剣が一本割り込んできた。
「アルドヘルムーッ!!帝国軍第4部隊隊長のこの俺が!お前に指導!しにきてやったぞッ!!」
開口一番、アルドヘルムの所へ突進するようにやってきた、見るからにお坊っちゃん、という風貌の20歳くらいの見た目の男。この男こそ昔からアルドヘルムに一方的なライバル心を向けてくる、オーガルガン侯爵家が長男、セドリック=オーガルガン(19歳)である。かわいらしい顔立ちから、女性ファンからは陰で「セドリックくん」と呼ばれている。アルドヘルムはまったく気にしていないが、同じ侯爵家の者として対抗意識を燃やしているらしい。アルドヘルムはよく帝国軍に入らないかと推薦を受けるほどの評判なので、自分より目立つアルドヘルムへの嫉妬もあるのだろう。はた迷惑な話だが。
「こんにちはセドリックくん。今日も元気だね」
「は?!なに子供扱いしてるんだ!!背が高いからって調子に乗るなよアルドヘルム!!」
「合同練習は遊びじゃないんだ、お前は第4部隊の担当だろう。早く戻れ」
「な……帝国軍の俺に指図する気か?!馬鹿にするなよ俺を!勝負だ!!」
そういうところがガキなんだよ、とアルドヘルムはものすごく面倒がっているが、大人なので口には出さない。1歳下とは思えないような幼稚さだ。16歳のアシュレイのほうが余程大人だな、とアルドヘルムは思う。
「オーガルガン、自分の位置に戻れ」
「し、指揮官殿……」
「まあまあいいじゃないかベック。うちのアルドヘルムを丁度お前の所の強い若手と打ち合わせてみたかったんだよ」
「む、クレッグ……お前がそういうならまあいいが。確かにオーガルガンはまだ若いながらに第4部隊を任せられるほどの実力者だからな」
「私はどちらでも構いませんが」
「なに?!アルドヘルム貴様……!!」
「オーガルガン口を慎め。ブラックモア、この者の相手を頼めるか」
「ええ、もちろん」
どうでもいいけど面倒だな、とアルドヘルムは目の前で威嚇してくるセドリックを見て思う。必死に威嚇して、なんだか小動物のようだ。アルドヘルムと打ちあっていた兵は、別の団員とすでに打ちあいを始めている。が、アルドヘルムとセドリックが対峙すると、一気に視線が二人のほうに注がれた。団員たちも口々に二人のことを話し出し、観客の視線もそこに集中した。アシュレイは今、ようやくアルドヘルムを見つけたところである。
「お、アルドヘルム卿行くのか」
「馬鹿、帝国軍が居るときはブラックモア卿って呼べって言われただろ」
「なんでだよ?」
「俺たち平民だし、ファーストネームは馴れ馴れしいだろ」
「いつもそう呼んでんのに変なの」
こそこそ。騎士団の平民コンビが話している。アルドヘルム卿の卿はニックネームのようなもので、貴族間ではファミリーネームで呼ぶのが基本だ。それでも貴族間ならまぁ、割とよくあることだが、平民にそう呼ばれているのはあまり体裁が良くない。
「なあ騎士団、ブラックモアさんはなんで帝国軍に入らないんだ?」
「仕事が忙しくなると執事が出来なくなるからだってよ」
「は~、なるほどな。それにしてもお前ッ!平民にしてはなかなかやるな」
「あんたこそ、貴族のわりに良くやるな!」
合同練習ではちなみに、こういった平民と貴族の友情ができたりする現象が良く起こる。意気投合して街で一緒に飲むほどに仲良くなるケースだってある。それは特に、平民への差別意識の少ない下級貴族に多い傾向なのだが。
そしてアルドヘルムは真顔で、セドリックはものすごく必死な顔での打ち合いが開始された。観客席では「キャーアルドヘルム様、クールでかっこいい~!!」なんてな歓声が沸き起こっている。アシュレイは、なんだかアルドヘルムつまんなそうだなあと思いながら見ていた。
「……おい、やっぱ噂通り観客席女ばっかだぜ」
「ハッハーナンパし放題だな!」
……ところに、水を差すようにガラの悪い男たちが6人ほどぞろぞろやってきたのである。今までにも何回も合同訓練はあっただろうに、なんでこう、アシュレイが居るときに限ってトラブルの火種が喜び勇んでやってくるんだか。不思議なものである。だがまあ、ものすごい悪事でも働かない限りは下手に口出ししないに限る。そもそも、ここは別に女性限定で解放されているわけでもないし、中には普通に見学の男だっている。一般開放されている見学場、という括りなのだ。ならず者がやってきたところで、何もしなければ自由なのである。
「よっお嬢ちゃん、俺たちと飯でも食いに行かねえ?」
「美味い飯屋知ってるからさぁ~」
そして古典的なナンパ。この程度ならまあ、日常会話として看過できないこともない。しかし不愉快な事には違いない。平民ならず者6人組が色々騒ぎだし、見学場はなんだか不穏な空気間になってきた。
(うるさいな……)
アシュレイは、せっかくアルドヘルムを見に来たのに気が散ってしまってイライラし始めた。マリアは自分の夫の雄姿に見入ってうっとりしているので、好きな相手を見ている時なんてこんなものなのかなあとアシュレイは思う。夫婦だからかもしれないが。
「うるさいわね!離しなさいよ、私はダレンを見てるのよッ!!」
「おーおー、俺は気の強い女もタイプなんだよ、たまんねえな」
こんなに大人数の女が居るのにピンポイントでお前がナンパされるんかい、とアシュレイは面倒そうな顔で振り返る、その怒り声の主は当然、エミリアであった。ダレン聞こえてるか、お前の彼女(?)が連れて行かれそうだぞ~。
「お前その女にすんの?俺はこっちのかわいこちゃんにしよ~」
そして当然のように、次に手を掴まれたのはアシュレイであった。なんの会話のやり取りも無しに連れて行くことを確定するんじゃない。アシュレイはこめかみあたりの血管をピクピクと引きつらせながら苛立ちを増しに増した。殴り倒して縛って城壁に吊るしてやろうか。
「あなた!アシュレイ様の手に気軽に触れるとは何事ですか、離しなさい!」
「なんだよババア、お前に用はねえよ!ていうか何?お嬢様なのキミ~?アシュレイちゃん?っていうの、可愛い名前だね~」
アシュレイはすぐに手を勢い付けて振り払うと、マリアを自分の後ろに移動させて男に向かい合った。マリアのような運動などしなさそうな女性が男に小突かれでもして、転んでけがをしてはいけないと思ったのだ。
「ご婦人に向かってそのように無礼な口を利く男と、茶を飲む程度の時間だろうが関わりあいになる気はありませんね。大体、その不細工な顔で私のような上玉を連れて行けるとでも思ったんですか?家に帰って鏡でも磨いているといいわよ、ドブネズミ」
「な、なんだと?!ちょっと顔が良いからって調子に乗るなよ!!」
「乗ってませんわ。事実を述べたまでです、この場に似合わない、無粋で品性下劣な掃き溜めのゴミども」
うーん言いすぎ、マリアは後ろで恐ろしがってぶるぶると震えているが、割とアシュレイは暴言を吐く方の人間だと知られてしまった。サンドイッチを台無しにされた件の時にも思ったが、アシュレイは、自分はもしかしたらマリアのことを大切に思っているのかもしれないなあと思う。今も頭に来ているし。手を掴まれたのもかなり不愉快だったが。
「離して!!あなた誰に断って私を連れて行く気なの?!」
「いーからいーから、ちょっとだからさ?」
そうこうしているうち、エミリアが階段のすぐ前まで引っ張られていっていた。アシュレイはチッと舌打ちすると、少し声を張った。
「マイリ!来い!」
「えーアシュレイ、私面倒ごとヤダよ?」
居たんかい、というかんじだが居た。騎士団の見学に興味津々、お前心まで女になりかけてないか?という感じだが、マイリはちゃんと、正真正銘男である。貴族同士で話してるみたいだから他人のフリしとこ、と思っていたのだが、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンである。マリアはポカンとしている。
「このご婦人、マリアさんを向こうの方で守っててよ。午後の公演、ちゃんと出るからさ」
「守らなくてもちゃんと出てよ!いいけどさ、マリアさん?ですね、あっち行きましょ!」
「え、え?!ア、アシュレイ様!どうなさるんです!」
「ちょっとエミリアさんの保護に。ドブネズミさん、行きますよ」
「うわっ!!な、なん、この馬鹿力女!なにすんだよ!!」
「説教と物理的な説教ですわ」
アシュレイはドブネズミことならず者男Cの襟首をつかむと、引きずるようにして、エミリアを連れて行こうとしている男の所に歩いて行った。目の前に到達すると、ドブネズミをその男に投げつけると同時にエミリアの腕を引いて自分の後ろに立たせた。男二人は勢いよく地面に倒れ込んだ。確かに、信じられない馬鹿力である。エミリアも当然、めちゃくちゃびっくりした顔になっていた。
「ってめえ!!階段の前だぞ!!あっぶねえ……死んだらどうすんだ!!」
「死んでないじゃないですか」
「あ?!」
「何言ってんだてめえ!!頭おかしんじゃねえのか?!」
見学場から出られる階段はここ一つだけ。よって残りの男4人もアシュレイを通過しなければここから出られない。まあ、他四人はまだ気づいていないが。
「ちょっと私とお話ししましょうか?」
アシュレイはにっこりと微笑んだ。




