騎士団見学に行こう!③
「……この建物かな?」
アシュレイは、ダレンが先ほど指差した青い看板の下がった建物の前に辿り着いた。看板には、第2部隊本部と書かれている。結構向こうまでは長そうな建物だが、本当にここにアルドヘルムが一人で居るのだろうか?アシュレイはそう思いながらも、実は用意していた差し入れのクッキーの籠があるので、建物の扉をノックした。
「アルドヘルム、居ませんか。アシュレイです」
扉の向こう側に声をかけると、ガタガタッと椅子が倒れたりズレたりするような音がした。この時点でアシュレイは、絶対一人じゃないな、と察する。ダレンがアルドヘルム一人だと言ったのは、ひょっとして仕返しのつもりだろうか。残念ながらアシュレイは、こういったことでは人目とかはあまり気にしないのだが。
なんて考えているうち、勢いよく木の扉が開けられる。まったく、扉の目の前にアシュレイが立っていたらどうなっていたことか。一歩下がっていて正解だったとアシュレイは思う。
「ア、アシュレイ様、ど、どうしてここに……」
「アルドヘルム。騎士団の見学に来てみたんですよ。これ、クッキーです。なけなしの女性らしさを使って、女性らしい差し入れを考えてみたんですが」
ちなみにマリアの差し入れは、練習の終わった頃に渡しに行くらしい。実はアシュレイはダレンたちと別れた後に、マリアの所に少し寄って「差し入れ渡しに行きませんか」と聞きに行っていたのであった。
「そ、それはまさかアシュレイ様が作ったんですか?!」
「そうですよ」
「わざわざアシュレイ様が手ずから……嬉しいです。一生大事にしますね」
「いや食べてくださいよ」
なんともオーバーな態度で感動したそぶりを見せるアルドヘルムに、アシュレイは少し困惑気味だ。確かに屋敷に来てから料理はほとんどしていないので、アルドヘルムがアシュレイの作った料理を食べるなんてことも、これがはじめてになるのだが。
建物の中に招き入れられたアシュレイは、隅の方に向かい合って座った。アシュレイとしては差し入れを渡したらすぐに立ち去る気だったため、なぜか招き入れられてしまったことに困っている。立ち去るタイミングを逃してしまったというか。一方、アシュレイがわざわざ騎士団の見学に「自分を見るために」やってきたことが嬉しくて、アルドヘルムはすっかりご機嫌モードである。
「アルドヘルムは第2部隊、なんですか。無知をさらけ出すようでアレなんですけれども、第2部隊ってどんな?騎士団て有志の集まりだし、ボランティアみたいな感じだと思ってたんですが……何部隊もあるんですね」
「確かに有志で集まった面子ではありますが、国からの要請があれば戦争にも赴きますし、給料も少しは出ますし……まあ、人数が多いですからね。何部隊かに分けないとまとまらないんですよ。この場所には第5部隊までが集まっていて、郊外のほうにもう一か所ある騎士団舎には6から8までの本部があります」
アズライト帝国における騎士団の立ち位置とは、日本で言うところの地元の消防団……の、大規模なやつ。というかんじだ。地元の自警団のようなものというのか、基本的にはやりたい人が集まって、経験者に剣術などを習う訓練場のような存在だ。剣術を習いたい平民の男子向けでもある。給料は、一応国から少しは出ている。なので街で犯罪者を取り締まるような仕事もする決まりになっているのだ。状況に応じて消火活動やらテロ対策なんかも行う。国からすれば安値で雇える便利な存在なのである。
「へー……思ってたよりずっと、騎士団舎って大きいから驚きました。あ、それはそうと今日は帝国軍との合同訓練なんでしたね。帝国軍はやはりそれが本職だから、騎士団より強いんですか?」
他の団員もいるのにストレートに聞くなあとアルドヘルムは思う。そんなところも割と好きだったりする。そんなことより、近くで好奇心に満ちた目をしている団員たちが目について邪魔なのだが。真面目なアルドヘルムがダラダラと愚痴を垂れるほど執着しているご令嬢、興味がないわけないのである。
「まあ、それは人によりますが……」
アルドヘルムは少し考えてから、にっこりと笑った。
「私の方が強いですよ。」
「そ、そうですか」
そうでしょうね、となんとなく思ってしまったのは、以前ソヘイルと出会った日に駆けつけたアルドヘルムのすさまじい形相を覚えているからだろうか。
「そうですよアシュレイ様!アルドヘルム卿の強さったら他の追随を許さないんですから!団長も役目を代わってくれって頼むくらいなんですよ!」
「おお、あなたたちは……洞窟の件では大変お世話になりました。なかなかお会いする機会がなく挨拶が遅れてすみませんでした。アシュレイ=エインズワースと申します」
「いえいえ存じておりますとも、なあお前ら」
「ええ。アルドヘルム卿はこの頃、あなたの話ばかりですから」
「アルドヘルム、私のなんの話をしているんですか?」
「い、いえ、ハハ、何も余計なことは話していませんよ、もちろん」
ギッとアルドヘルムに睨まれて、団員たちが慌ててささーっと離れていく。少なくとも第2部隊の中ではアルドヘルムが一番強い、基本上司のような存在なのであまり機嫌を損ねるとマズいのである。男所帯なので、アシュレイのような美少女がやってきて浮足立っているというのもあったが、皆、我に返ってしまったようだ。
「ああ、睨むからあんなに怖がってますよ。あなたって意外と性格が悪いんですか?アルドヘルム」
「いえいえ、あなたに対しては性格が悪かったことなんて全くありませんとも」
「まあ私に対して悪くないなら、確かに他はどうでもいいですけど……」
どうでもいいんかい。意外と自分本位なアシュレイに団員たちは「なんか変わってるなあ」と思うが、アルドヘルムは変わらずニコニコしている。
「アルドヘルム卿のあんな笑顔初めて見た、こえ~」
「執事らしいしそんなもんなんじゃねえの」
「それにしてもだろ」
「でもアシュレイ様ってかわいいな~アルドヘルム卿くらいの美形になるとあのくらいの美形じゃなきゃ釣り合わないしな」
「あっアルドヘルム卿がこっち睨んでるぞ!刀の手入れでもしとこうぜ……」
団員たちはこそこそと喋っていたが、アルドヘルムに睨まれておもむろに刀の手入れを始めた。アシュレイは状況を察して、はやくここから出ていきたいなあと思うが茶を出されてしまったので飲み切るべきかと思案している。
「アルドヘルム、確か時間が」
「ああ、あと15分くらいですね」
「私はそろそろ客席に戻りますね。みなさん、お邪魔しました。私は失礼いたしますね、ごきげんよう!!」
「お疲れ様です!」
「またいらっしゃってくださいね~っ!!」
茶をぐっと飲み干すとアシュレイは立ち上がった。アルドヘルムは、もう行くのか……と残念そうな顔をしているが、アシュレイは10分前には定位置についていたい性格なのである。にこやかに挨拶をするとさっさと本部から出て行った。
「良く晴れたなあ、暑い……」
マリアに日傘でも持って来ればよかったか、とアシュレイは観客席のほうに歩きながら思った。




