騎士団見学に行こう!②
ワイワイ、ザワザワ。騎士団の門を潜って、アシュレイとマリアは見学用の高台のほうに登っていく。わざわざ見学用の場所が作ってあるあたり、普段から見に来る部外者が多いのだろうことが見受けられる。階段を登りきると、そこはお堅い練習場というよりは女性がきゃあきゃあ騒ぐためのライブ会場のようだ。この国にライブなんてないが。
貴族の女性よりは、平民の女性のほうが多いように見える。帝国軍とは違い騎士団は国の直属ではないので、平民の団員も多くいるのだ。よって、平民の団員の知り合いの女性なんかが見に来ているのだろう。アルドヘルムやダレンのように、当然、貴族の団員もたくさんいるが。
「わあ~ほんと、100人は居るんじゃなかろうか。なんか、あいどるみたいですね」
「あいどる?」
アイドル、その語源は英語のidol、つまり偶像、あこがれの的などの意味合いを持ち、文化に応じ、それぞれ異なった意味合いを持つこともある。その中の一つが今アシュレイの言った、日本文化的意味合いでの「アイドル」、歌やダンスなどをする、多くのファンを抱える「華」のある人物のことである。ある意味では、人気俳優であるアシュレイもアイドルと言えなくもない。まあ、この国にアイドルなんて言葉はないのだが。
「あれ?あそこにいるかわいらしいお嬢さんて、ダレンの想い人であるエミリアさんではないですか」
「まあアシュレイ様、エミリアさんの想い人がダレンさんなんですわよ」
「似たようなもんじゃないですか?おーいエミリアさーん!」
別に似たようなものではないが。見学客の中からエミリアを発見したアシュレイは、声をかけながら駆け寄って行った。「あらあら」とマリアは後からしずしずとついて行ったが、見学客の女性たちはちらちらとアシュレイのことを見ている。服装がバリバリ貴族なので目立つのだろうか。はるか昔は紫の布はどこでも高級品とされていたが、今日着ている紫色の服は、この国でも高級品なのである。派手なドレスというわけでもないのだが、そこはかとなくセレブ感が漂っている。他の女性たちは割とラフな服装で来ているので、この場にはむしろ、アルドヘルムのおさがりのボロめの服でも着てきたほうが目立たなかったかもしれない。
「あ、あなた!アシュレイさん……こ、この前はどうも」
「ま~なんのことですの?ちなみに今日はダレンの見学に?」
エミリアの隣に立ち、アシュレイが話しかけるとエミリアは少し、いやかなり動揺した様子で慌ててアシュレイのほうを向いた。王宮でのエドウィンの帰国パーティでの一件以降、接触もなくそのままだったので、接し方に困っているのだろう。アシュレイは「そんなこと忘れちまったぜ」とばかりにスルーしたが、忘れるのは難しい程度には、結構な騒ぎだった気もする。
「ええ、まあ、そ、そうですわ。あなたは?」
「アルドヘルムの見学に来たんです。私、あの人のこと好きだとか言ってますけど正直良く知らないなと思って」
「良く知らないって……良く知らないけど好きだなんて、あ、あなた本当、変、変だわ……」
「そうですか?貴族では二度しか会っていない相手とお見合い結婚、なんてザラにあることでしょう。あなたみたいな純愛タイプも侯爵家くらいになると珍しいんじゃないですか?」
「そ、それは……」
アシュレイの笑顔の圧に、エミリアは再びたじたじになる。たじろぐ必要もない気がするが。別に貴族でも今では恋愛結婚が多いが、家が傾いているところだと、有力貴族と結婚する場合も多いのである。まあ、アシュレイが言っているのは本を読んだ中での印象に過ぎないが。
「あなたはダレンとは確か、幼いころからの知り合いなんでしたわね」
「ちょ、ちょっと!その話はちょっとこっちで!」
アシュレイの言葉に大慌てした様子でエミリアはアシュレイを引っ張って階段を降り始めた。ここの見学者には、当然ダレンのファンだっているのだ。なんとなく視線が気になって話しにくいし、エミリアとしてはダレンの情報をライバルたちに少しだろうが渡したくはないわけだ。アシュレイはなんだなんだと思いながらも、まだ練習が始まっていない様子だったので、大人しくエミリアについて行く。そして、若い女同士のそういう話の邪魔はすまいということで、マリアは再び「あらあら」と見学者たちのほうに残った。
「さ、さっきのことだけど……そう、私たち家同士が近くって、同じ侯爵家どうしだし、なんていうか親が仲良くて……」
「へえ。よく遊んだりとか?」
なにやら嬉しそうに恥ずかしそうに話し始めたエミリアを見て、アシュレイは「やっぱ話したいんじゃねえか」と思うが、まあ恋する乙女の話は楽しく聞くのが良い。アシュレイも、やはりそういうことに全く関心がないわけではないし。
「ええ、小さい頃は私、ダレンより背が高かったんですよ?それが、あんな……2メートルもある大男になっちゃって……」
「でも好きなんでしょう?」
「当たり前です!で、でもあんなに大きく、かっこよくなっちゃったら、ライバルが増えちゃうでしょう?!私が好きって言ってもダレン、逃げるし!」
「でもこの前のパーティ、あなたと出席してたじゃないですか。公認ですよ公認。公認カップル。は~お熱いことで。ヒューヒュー」
その理屈で行くとアシュレイもアルドヘルムと公認カップルでお熱い仲ということになるわけだが、そういう発想は無いらしい。本当にアルドヘルムのことを好きなのか甚だ疑問である。しかし、おだてられてもエミリアは意外と喜ぶ様子はなく、逆になんだか落ち込んだようにうつむいた。なんだよ、とアシュレイが顔を覗き込む。
「……あれは、私たちの両親に言われたから仕方なく来てくれただけで……ダレン、私のこと多分、嫌って避けてるし……普段から……」
「ああ?ありゃ嫌ってんじゃないでしょう。大人しい人がタイプとか言ってたみたいですけど、ありゃ嘘ですよ嘘。パーティのときに二人が話してるのはじめて見ましたけど、ダレンはあれ照れて……」
「なーに余計なこと話してくれてらっしゃるんですか、お嬢様」
「?!」
アシュレイがバッと振り向くと、そこには今話題の大男、ダレンが立っていた。身長と、珍しく怒ったような顔が威圧感を増しに増している。アシュレイもギョッとして苦笑いで後ずさる。エミリアも驚いて、今の話聞かれたかも?!と言うように青い顔をしていた。
「あれ、ダレン~練習は良いんですかぁ?」
「練習は30分後ですよ残念でしたねぇ~!」
「いでででで!!公爵令嬢様の頭を鷲掴むんじゃないですよ!!」
ダレンがアシュレイの頭を右手で掴んでグググ、と力を込めて圧迫する。エミリアは更に青くなって慌て、まだ余計なことはそんなに言ってないぞ、とアシュレイは理不尽な暴力に呆れ顔をする。アシュレイは頑丈なほうなので痛いだけで平気だが。
「ダ、ダレン!やめなよ、私が悪いんだよ……」
「そうだ。お前はこっちに来い。」
「え?う、うん……」
「あと。お嬢様、アルドヘルムは向こうの建物に一人で準備してますよ。行ってきたらいいんじゃあないですかねぇ~ッ!」
「そうですか……」
何をキレてるんだお前は。本命の前ではそういうかんじなのか?アシュレイは普段の無気力で結構テンションの低いダレンを思い出し、再び呆れ顔をした。いまいち考えがわからないというか、そんなに気のあるご令嬢が居るなら、アシュレイに「別に俺は良いですけど」などと軽口を叩くんじゃないよと思ってしまう。相手がアシュレイでなくて本気にされていては大変だ。それとも、言ったその瞬間は本気だったのか?いや、ないか。引っ張って行かれるエミリアを目で追いながら、アシュレイはダレンの背中に声をかける。
「ああ、それとダレン。あんまりぶっきらぼうだと好きな女に逃げられますよ」
「分かってますよ」
エミリアは「え?!」というような、わけがわからないという顔になったが、そのままダレンに建物の裏に連れていかれ、怒られるのかと黙り込む。
「さっき、俺がお前のことを嫌ってるとか言ってたな」
「だ、だって!ホントじゃない、避けてるし、この前エインズワース邸に行った時も居なかったし!周りのみんなも私の片思いだって馬鹿にしてるし!」
「俺はな、親に言われたからって好きでもねえ女と人の多いとこに行くほど意志薄弱じゃねえ!お前を避けてんのは、お前が、お前が……」
そこまでまくし立ててから、ダレンはわなわなと震え出した。何?!とエミリアは困惑してダレンの顔を覗き込むが、ダレンは再び起こった顔で大声で言った。
「お前がムードも何もねえからだよッ!!大体、なんで女のほうから求婚してくるんだよ!!静かに待ってればいいだろうが!俺は出遅れてどうすればいいかわかんねんだろうが!!」
「な、なにそれ?!逆ギレじゃん!!どうしろってのよ!!」
「待ってりゃいいんだよ!!そ、その日が来るまで待ってろ!」
「う、うん……私……じゃあ、待ってるよ。」
「お、おう……」
なんだか、告白してるようなものなんじゃあないのか?と思えるが、ともかく、そんな感じで二人の恋愛模様は進展を遂げていたのであった。そしてその頃、アシュレイはダレンに言われたアルドヘルムが居るという建物へと、足を運んでいるのであった。




