騎士団見学に行こう!①
朝6時、キッチリと起床したアシュレイはさっさと服を着替え、軽い運動を済ませると朝の読書を開始した。7時ごろになると部屋の扉がノックされて、アシュレイは立ち上がる。これは多分、メイドのシェリーだろう。足音と、扉をノックする高さで判断するにだが。
「どうぞ」
アシュレイが声をかけると、扉がゆっくりと開いて、予想通り、シェリーが笑顔で立っていた。いつも笑顔で、アシュレイはシェリーのことが好きだった。笑顔の人を見ていると、それだけでいい気分になるのは、何もアシュレイに限ったことではあるまい。
「おはようございますアシュレイ様!」
「おはようございます」
「朝食が出来ておりますわ!なんと!今日はお庭の木で取れたリンゴがありますの!あの木からはじめて収穫されたんですのよ!何年も昔、ザックさんが種を埋めたのがようやく採れたそうで!」
「そうなんですか。すごいですね、種から……何年もかければ出来るもんなんですね」
「ええ、まあ、初めてとれた物なので少し小さい実なんですけれど、ザックがぜひアシュレイ様にって届けに来まして!」
「そうなんですか。嬉しいですね」
アシュレイもにっこりと笑う。机に本を置くと、シェリーに続いて食事をするため階段を降りた。ここで、アシュレイはアルドヘルムが居ないことを不思議に思う。いつもは階段を降りたあたりで遭遇するか、部屋に朝訪ねてくるかするのだが。それに、今日はアルドヘルムをデートにでも誘おうかと思っていたので、なんとなく気抜けした気分だ。
机について黙々と食事する。使用人と令嬢が共に食事をすることは無いし、アラステアも仕事が忙しく生活の時間がゴチャゴチャなので、アシュレイは基本的に一人で食事をする。アルドヘルムが居ても、結局食事は一人である。貴族というのはこういうのが居心地悪いなあとアシュレイは思うのだが、シェリーに「一緒に食事しよう」なんて言っても困らせるだけなので言わないでおく。ちなみに、庭で採れたというリンゴは、小さくて硬くて酸っぱかった。アシュレイは文句ひとつ言わずに完食するが、これ、ジャムにでもしてから食った方がいいんじゃないのか?
「アルドヘルムは今日は居ないんですか?」
食後の紅茶を飲みながらアシュレイが聞くと、後ろに立っていたシェリーは、思い出したように言った。
「え?ええ、アルドヘルム様もダレン様も、今日はいらっしゃいませんわ。なんでも、騎士団に今日だけ帝国軍からの指導官さんがいらっしゃるそうで。特別訓練だそうです」
「はぁ〜土曜日だってのに、ご苦労なことで」
「ふふ、でも、光栄なことなんですわよ。帝国軍の中で訓練を見る指導官さんなんて、かなり上の人ですもの。あ、今日、お暇でしたら騎士団に見に行かれますか?」
「え?見学ですか?迷惑じゃないですかね」
興味はとてもあるのだが、騎士団とか、堅苦しい感じの訓練場に面白半分で顔を出すのもなんだかな、と思うのだ。アシュレイがそう言うと、シェリーは少し楽しげに笑った。
「騎士団は普段から、見学に来る人は多いんですわよ?特に女性が。ファンというやつですわね、騎士様ってかっこいいですもの。ふふふ、今日は帝国軍コラボの大々的な公開訓練だからよりお客さんは多いと思いますわよ」
「へ〜。国に属してる軍隊の力を見せつけるイベントみたいな感じですか。行きたいな。行っちゃお」
てな具合に、軽いノリでアシュレイの騎士団見学は決定した。見学しますか、なんて言ってきたから、てっきりシェリーが付いて来るんだとアシュレイは思っていたのだが、なんとそうではなかった。見学に行くと言うと、マリアが行くと言い出したのである。シェリーは行ってらっしゃ〜いとにこにこで送り出してくれたが、一体なぜマリアが率先して行きたがるのか謎だ。
「マリアさん、騎士団とか見るの好きなんですか?」
「いいえ、確かに訓練は見ていて飽きませんけれど、ふふ……実は、騎士団長は私の夫なんですのよ」
「へ〜そうなん……えぇ?!そうなんですか?!騎士団長様が?アルドヘルムたちの上司が?!」
「驚きましたか?うふふ、でも、だから見に行くのが好きなんですわ」
「驚きましたけど、納得いきました」
そう、マリアの年齢的に、結婚相手は騎士団長になるくらいの年齢の男性であることは大体わかる。マリアは50代くらいなので、騎士団長もそれくらいなのだろう。詳しくはないが、まあ、集団というものは年長者が上に立つものだ。それに、騎士団ならそう高齢になると戦うのが難しいだろうし。お年寄りには親切に、だ。マリアが持っている大きなバスケット、これはひょっとしてサンドイッチとか、そんなかんじのものだろうか。
夫の職場にお弁当を持っていく奥さん、いいな、愛じゃないかとアシュレイは感心する。自分も将来アルドヘルムの所にサンドイッチなんか届けに行ったりするんだろうか。……思い浮かばないな、情景が。アシュレイはそう思って少し笑う。でも、こういう夫婦は良い。見ていて幸せな感じがするし、微笑ましい。
「マリア、私ってアルドヘルムのことが男として好きなんでしょうか?」
「え?!そ、そんなこと私にはわかりませんわ……それは、アシュレイ様自身が決めることですわ」
当たり前である。まあ、そう、当たり前なのだがアシュレイは納得したように頷いた。同時に、人妻に何を聞いてるんだ私は……と反省モードである。恋を自覚するきっかけなんか、小説やら漫画で腐るほど読んだので大体わかるが、自分はアルドヘルムに対して、心臓がバクバクしちゃうよ〜!とか、綺麗な景色を見たときに真っ先に教えたくなったとか、そういうことはこれといってないのである。たまに大人な一面を見て、かっこいいっドキッ!ときめいちゃった!なんてことは無くもないが、それって果たして恋なのだろうか?とも思うのだ。恋なんてそもそも、勘違いの連続なのかもしれないが。
「大丈夫ですよ、アシュレイ様は若いんですから。私は24の時に団長様と結婚しましたしね」
「24ですか。貴族女性にしては遅めですね」
アシュレイは昔の資料を読みすぎているので、20代なら全然早めの結婚だろうなんて思ってしまいがちだが、この国の貴族では15歳で結婚する女の子も多いし、また、20歳を越すと結婚しないのかと後ろ指を指されがちなのである。結局マリアも結婚しているから問題ないわけだが……
「恋に落ちるのは突然です。いえ、私の場合は、でしたが……相手がアルドヘルム卿でも、そうでなくても、いつか、ああ、この人のことが世界で1番大好きだ、と思える日が来るんですわ」
「そんなもんなんですかね」
「そんなものですわよ」
うふふ、とマリアはなんだか嬉しそうに笑う。16歳の女の子が恋愛相談なんかしてきたら、微笑ましく思われても致し方ない気もするが。まあ、その基準で行けばあと8年ほどは平気な顔して生きられるだろうとアシュレイは安心した。さて、ともかく今の所、暫定未来のお婿さんのカッコいい騎士様姿を拝見しに参ろうか。アシュレイは馬車が止まると、先に馬車から降りて、マリアに手を差し出した。
「お手をどうぞ」
「……アシュレイ様は、まず紳士を卒業するのが先ですわね」
女たらし、無意識にレディーファースト。首をかしげるアシュレイに、マリアは困ったように笑った。




