コーネリアス殿下
「コーネリアス殿下、お見苦しいところをお見せしてしまいましたわね、オーッホッホ!!」
自分の社交界デビューの日に、はじめっからどうでもいい見知らぬ令嬢のために他の令嬢と争い、嫌味を言って立ち去るという正気ではない行為を。よりにもよって、アズライト帝国第2王子のコーネリアスに見られてしまった。
アシュレイはコーネリアスにどう接しようか迷ったが、下手に気に入られては面倒なので高笑い高飛車典型お嬢様として接してみようと考えた。口元に手を当てて高笑いをする。ところが、コーネリアスは何とも言えない嬉しげな笑顔を返してくる。
「オホホ……」
「……」
にこっ!
なんだその顔は…なぜ黙ってるんだ?とアシュレイはコーネリアスの顔を見て笑顔をひきつらせる。第一にここは庭の中。外は雪が積もっているので庭には客が居ないし、ここにいるのはコーネリアスとアシュレイだけであった。
万が一コーネリアスが変な気を起こして襲い掛かってきたところで、劇団の大道具運びなどで鍛えられた筋力がこの儚げ王子に負けるとは思えない。
もっと大人になればまた話は別だが、今は互いに体も出来上がっていない15歳。一瞬にしてアシュレイはそこまで考えを巡らせ、高飛車笑いを引っ込めて鬼気迫る顔をした。
しかし当然コーネリアスには特に敵意はなく、他意もなくただ話をしようと言っただけである。突然臨戦態勢になったアシュレイに、コーネリアスは冷や汗をかいた。
「なにを険しい顔をしているんだ?私はお前と話がしたいだけだ」
「いえ……私、下町で育ちましたので至らぬことが多く、貴方のような位の高い方とお話しすることによるやっかみや争いごと、これから襲い来る貴族社会の波を待ち構えて神経質になっていたのでございますわ。先ほどの令嬢方の態度を見るに、エインズワース公爵家はそこまで好かれているとは思えませんし……」
「正直だな。だから私とは話したくないか……だが、気にするな!あの者たちは平民出身のお前に偉ぶりたかったけど失敗してムカついていた、というだけだろうから」
「まあ!私が喧嘩を売ったから争いになっただけですわ!やはり貴族社会ともなれば上下関係があるのは当然のことですわよね。私、お育ちが悪いものですから弱い者いじめに耐えられなくて……自制心のない者は王族様の友人にはふさわしくありませんわね。あ、これじゃアラステアお義父様に失礼でしたか?オホホ!!」
そんな風に言うだけ言って、アシュレイはコーネリアスの顔色を見た。引け、今ならまだアシュレイを下として相手にしなかったということで済むことだ。関わらないでおこうぜ?そんな気持ちである。
ところが、コーネリアスの表情に変化はなかった。笑顔のままだ。
「いや、そういうのはいいんだ。実のところ、私はお前のことを知っている。その顔は、何十回も見てきたからな」
「何十回も?……まさか!!あなた、まさか……」
嫌な予感がして、アシュレイが青くなる。しかし、それを考えれば初対面からやけに積極的なコーネリアスの態度にも説明がついてしまう。アシュレイはみるみる青くなっていく顔を隠しもせずに、コーネリアスの次の言葉を身を乗り出して待った。
「そう、バレンダット劇団、お忍びで何度となく通った。最前列で見たことだって何度もあるぞ。お前は劇団の花形、アッシュ!正解だろう?最近お前が出てこないからどうしたのだと思っていたが、まさか公爵家の養子がお前だったとは」
やはりそうであった。確かに劇場は毎回満席で、王族だろうが平民だろうが混ざっていればわからないだろう。コーネリアスはつまり、演劇ファンであったのだ。お忍びで見に来ていたのだ。
「……あ、ああ……だから友人になろうと……」
「そうだ。お前が男だと知っているのは私だけか?いや、公爵は知ってるはずか。なんで女装しているのかはわからんが、相談にも乗れるし、また劇団に出るなら手助けもするぞ」
「え?」
コーネリアスの言葉にアシュレイが固まった。今、男だと知るのは私だけ、とか言ったか。
「いやなに、あまりにドレスが似合っているので私も一瞬、実は女なんじゃないかと思ったよ。でもなにしろ、お前の出た劇のポスターは毎回買い取って取ってあるんだ、顔を見ればわかるよ。正直、生でこんな近くで見られて感動している。サインをくれ」
「あの……劇場に出ていたのは私で合っていますが、私は正真正銘女ですよ。」
「なにっ?!そんな馬鹿な!!体を見せろ!!」
コーネリアスが突如驚いた顔で掴みかかってきたのでアシュレイが掴み返してもみ合いになる。
「ぎゃああ!!何考えてんですか!!やめてくださいよ!セクハラですよ!大体、性別と名前を偽って養子に入れるわけないでしょう!意味もないし!」
アシュレイの言葉にコーネリアスは胸倉をつかんでいた手を離し、唸った。
「そ、それもそうだな……しかし声も立ち姿も凛々しさも、男そのものだったのに……私は10歳からあそこに通い、男たる者のあり方をお前の劇から学んでいたのだ。まさか、女だったとはな…5年も見ていて気付かなかったことが悔しい!」
「10歳から、5年も?!コーネリアス殿下、あなた……」
10歳と言えばアシュレイが舞台に立って間もない頃のはずだ。そう考えるとこの王子、かなりの深入りのファンではないか。アシュレイは単純に、こんなところにまで劇団のファンがいたことに嬉しくなった。それも、熱心なファンが。気づいてなかったのに変な話だが。
「私とぜひお友達になりましょう!」
「え?!ああ!」
突然態度の軟化したアシュレイに面食らいながらも、コーネリアスはアシュレイと強い握手を交わした。相変わらず、アシュレイは真摯な褒め言葉には弱いのだ。そんな風に友人となった二人であったが、草陰からぬっとあらわれたアルドヘルムに驚いて固まる。
「アシュレイさ……アシュレイ、楽しそうな所悪いんですが、こんなところに居ては風邪をひきますよ」
「アルドヘルム!コーネリアス殿下は、私の劇団のファンでいらっしゃるそうなんですよ!」
「聞いてたので知ってます、お二人とも風邪をひきます、広間に戻りましょう」
15歳の二人を見ていると、アルドヘルムはなんだか、二十歳の自分がやけに大人に思えてしまって少しばかり微妙な気持ちだ。広間に戻りながらもアシュレイとコーネリアスはしきりに何かを話しているし。
というかアシュレイは王族に目をつけられると面倒だみたいに言っていたと思うのだが、アルドヘルムからしてみれば、なんでファンだったくらいの理由で仲良くしてるんだ?という感じである。
「私はマイリのファンでもあるんだが、やはり近くで見るともっと美人なんだろうな……」
「ああ、あいつ男ですよ」
「なに?!」
話している内容は至極くだらないが、王子と仲睦まじく話しているアシュレイに向けられる視線は良くも悪くも多い。あらあら、かわいいカップルね!なんて声まで聞こえてきてアルドヘルムは微妙な気持ちだ。公爵家の執事としてはお嬢様が王子様と仲良くしているのだから喜ぶべきなのだろうが。
と、いうところでアルドヘルムはこちらを見る視線に気が付く。第1王子オズワルドであった。赤い髪はこの国でも珍しいが、縁起がいいとはされていないため彼に寄ってくるのは権力欲の塊ばかり。
見た目は美しいので女性にはモテるが、性格が卑屈なのであまり長続きしないし、一夜限りということも多いらしい。それも噂だが。
アシュレイにはあまり近づけたくない人間だとアルドヘルムは認識している。何かと好かれる弟のコーネリアスを羨んでいるのは以前から噂されていたし。なんにしろ、恐ろしく禍々しい視線に感じる。
「アシュレイ、先ほど見ていたのだが、兄上のことは、その……」
オズワルドの視線に気づいたコーネリアスは、アシュレイに少し気を遣って言葉を濁す。アシュレイは特に気にしていない様子で、ウェイターから受け取ったカクテルを飲んだ。酒には強いほうだ。まぁ、あまり女性は酒を飲むものではないのだが。アシュレイは劇団の打ち上げなどで飲んでいたし、元から酒豪なのである。
「いいんですよ殿下、私は気づかなかったということで。それに、男として活動してても買おうとしてくるホモのおっさんもいるんですよ?慣れてますから……いや、王子様相手なら一晩でも喜んで伽に上がる女性はいくらでもいるのかな?比べちゃ失礼ですね」
「お前は、公爵家の令嬢なんだから……そんなことはしなくていいだろう」
なんだか話題にしにくそうに、コーネリアスは微妙な顔をしている。そんなコーネリアスを横目に、アシュレイはよれたドレスのスカートの裾をさっさっと直した。
「あなたはオズワルド殿下が嫌いなんですか?」
「私が兄上を嫌いというか、兄上が私を嫌いなんだ」
「あなたはオズワルド殿下のことが好きなんですか?」
「私は、兄上を尊敬しているが……兄上は、薬学や天文学などに詳しく、宮廷での女にだらしないだとかいった噂とは少し、違うんだ。私はそういうのは、兄上にはないと思う。ただ、多分髪の色がコンプレックスになっているというか……」
「なるほど、コーネリアス殿下は、オズワルド殿下のことを好きなんですね。好きだという点はとても重要な事ですわね、そう思いません?」
「お前の言いたいことはよくわからない…兄上はほら見ろ、あんなにこちらを睨んでいる」
コーネリアスは先ほどまでの楽しそうな様子とは打って変わり、すっかり落ち込んだような顔になった。アシュレイはオズワルドのほうを見ながらコーネリアスの肩に手を置いた。
「本当に彼はあなたを睨んでいるのか?彼はもしかしたら目が悪くてじっと目を凝らしているだけかもしれないし、アトリエに呼ばれた女性たちは、自分が手を出されたと吹聴しているだけかもしれない。
私に〝あなたを描きたい〟と言ったのも、そのままの意味かもしれない。実際に見聞きしていないのに、噂に踊らされてはいけません。幼馴染であるアルドヘルムでさえ彼をそう思っていたとしても、実際の彼の人格なんて彼本人にしかわからないんですから」
「……そう、かもしれないな。うーん……実際、私は兄上とちゃんと話す機会が少ないんだ。」
アルドヘルムも、言われてみれば最近話していないしなぁと少し反省しているようだ。しかし、そうかもしれない、というだけであって本当にオズワルドは女にだらしないのかもしれないし、髪色のコンプレックスで性格がねじ曲がった人間なのかもしれない。
アシュレイはオズワルドについてこれといって詳しくないので適当である。ただ、兄弟なのに互いによく知らずに仲が深まらないというのは残念な気がした。
「そうですか!それではよく話してみてください。経験上、自分を好いている相手を嫌うことは大抵の人間には心苦しいものですからね。そうすれば、血につながった兄弟ですから……いつか、あなたたちはお互いにとって大切なものになれるかもしれませんね」
「大切なもの?」
コーネリアスが少し不思議そうな顔をする。アシュレイは話を続けた。ホールの端のほうに居るので、話が聞こえるのはコーネリアスとアルドヘルムだけだ。こういった話は、そう大人数に聞かせるものでもないし。
「ええ、私の目標です。私はいつか、誰かにとって一番大切な存在になりたい。お客さんたちには家族が、ほかの人にも愛する相手が。友人がこの世で一番大切なんて人はごく稀です。私には共に育った家族もいませんし、育ての親だったおばあさんの一番大切なものにも私はなれなかった」
黙って聞いていたアルドヘルムは、ああ、あの老婆が別れ際に言っていた「なれなかった」というのは……と納得する。自信満々なようでいて、15歳の子どものアシュレイにはまだまだ足りないものが多いようだ。
「お前の熱狂的なファンにとってはお前が一番なんじゃないか?」
「一瞬の熱の上がり方は……舞台で動くアッシュに感動している人々の感動を嘘だとは思いませんが、それは決して一番なんかじゃないし、客にとっての一番になりえたとしても。それはアシュレイではなくアッシュが持ちえた一番なんですから。」
「……お前は女だものな」
コーネリアスが少し反省したような、悲しそうな顔をした。それを見たアシュレイは、慌てて笑顔を作って明るく話しはじめる。
「長話をしてしまいましたが、ほかの方と話さなくてよろしいので?コーネリアス殿下と踊りたそうにしている令嬢がたくさんいらっしゃいますよ」
「アシュレイは踊らないのか?」
「はは、私は……男役でしか踊ったことないので。練習しておきますよ、今度までに」
「そうか……じゃあ、家の付き合いがあるご令嬢が居るから、失礼する」
「お話、楽しかったです」
「私もだ」
和やかな雰囲気でコーネリアスと別れ、さてパーティでの挨拶周りも終わって一安心。アシュレイがため息をついたところで、ずっと黙ってむすっとした顔でアシュレイを見ていたアルドヘルムがアシュレイの肩をポンと叩く。
今日のエスコートは私ですよ、の意であった。