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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
海外遠征編開始編
79/135

またもや二人だけの夜会

明日は土曜日、つまりは今日は華の金曜日である。学校が終わって帰宅したアシュレイは、自室で一人になると机の引き出しから先日ミサキにもらったガラケーを取り出した。慣れない携帯電話を駆使し、覚えたての日本語でメールを打つ。


『今 は 金よう日だから よる 10時からひま です』


漢字というものは、アシュレイはまだ慣れない。本で読んだりミサキに聞いたりもするが、知れば知るほど難解な言語だ。頭がごちゃごちゃになるので、この国に生まれて本当によかったとアシュレイは思う。とはいっても、なんでも勉強することは楽しいのだが。アシュレイはこれで伝わるかなあと少し不安に思いながらメール送信ボタンを押した。


『了解』


3秒くらいで返信が来たのでアシュレイはぎょっとする。そして、これは知らない漢字じゃないか。二文字だけだし、どういう意味なのか分からないぞとアシュレイは不満に思った。だがまあ、迎えに来なければ来ないで普通に眠るだけだが。ミサキの家の図書館からは書物が持ち出し禁止なのが難点である。辞典なんかが手元にあれば、最近「英語」は読めるようになったから意味くらい分かると思うのだが。


その後、少なめに夕食を済ませてシャワーを浴びると、今日は早めに寝ると言ってアシュレイは9時には部屋に戻った。


「もう寝るんですか?随分と今日は早いですね……」


そう言ってアルドヘルムはつまらなそうな顔をしていたが、まあ、騎士団の練習で疲れていたのだろう、大人しく自室に戻って行った。アシュレイが椅子に座って本なんか読みながら待機していると、数分して後ろから突然肩を掴まれ、飛び上がる。


「ギャアッ!」

「私だ」


アシュレイは悲鳴をあげそうになって慌てて口を塞ぐ。下手に騒ぐとアルドヘルムがすっ飛んできかねない。何といってもアルドヘルムの部屋は1部屋挟んで隣にあるのだ。アシュレイが振り返ると、ミサキが呆れたような顔をして立っている。今までは寝ているときに気づいたら天界に連れていかれていたが、今日は起きているときに待ち合わせて移動するのでかってが違う。


「び、びっくりするじゃないですか!!何するんですかアンタほんと、ぶっ飛ばしますよ?!」

「仕方ないだろう。どう出現すれば満足なんだ」


二人でコソコソと小声で会話する。ミサキのほうはなぜアシュレイが小声なのか分かっていないが、相手が小声だからとりあえず合わせておこうと小声で喋っている。


「正面から来てくださいよ」

「正面か。次から気をつけよう」


そう言ってからミサキはしばらく無言になる。アシュレイも黙ったので少し気まずい空気が流れた。ミサキも普段はなんの違和感もなく学校に溶け込んでいるが、なんといっても天界に一人で何千年も生活していた人物だ。対人関係が物凄く得意というわけでもないようだ。多分人と会話するのにも慣れていない。学校では愛想が良いと評判のようなのだが。「アルフレッド先生」を装っている時と違って、素の時はなんというか、テンションが低めで笑顔も少ない。


学校では実際頑張ってキャラを作っているだけで、本当はいわゆる人見知りというやつなのかもしれない。


「……で、どうすればいいんですか。いつもどうやって移動してるんですか?」

「ああ」


ミサキははっとしたように右手を軽く上げた。そのまま横に大きく指先で円を描くと、あっという間に空中に天界行きの入り口のような空間ができた。前から見ても後ろから見ても別の空間が奥に広がっているというのは、何とも不思議なものである。


「こう、空間に穴をあけて繋げているんだ。」


のそのそとミサキが穴を乗り越えて入って行き、ここであまり騒いで気づかれても問題だと、アシュレイも大人しく後に続いた。アシュレイが天界に入りきると、ミサキが空間の穴を閉じた。天界、ミサキの家の中である。家というか、外見は神殿のようだが。いや、神なのだから神殿には違いないが。外見と違って、中は人間の住むためのような設備が整っている。リビングに個人の部屋に謎の和室がいくつか、風呂場に洗面台に、寝室に……まあ、そんな様子で過ごしやすい居心地いい空間だ。なんでも大体そろっているのだ。


「なんか、これ先日見たアニメに出てくる猫型ロボットの道具に似てますね。たしか通り抜けフー……」

「待て、それ以上は言うな。お前は子供向けアニメばかり見ているな……」


ミサキが呆れた顔で言う。アシュレイは最近、テレビがお気に入りだ。はじめは驚いて色々な角度から眺めていたが、仕組みや設計図を本で読み、なるほど、分からんと唸っていた。まだ化学方面には理解が及ばないことが多いのだ。


「普通の映画とかは言葉が難しいんですもん。あ、そういや、普段はどうやって私を運んでたんですか?」


「お前の寝てる枕元に空間を開けて、その穴からお前の服の襟首をつかんで引きずり込んでいたんだ」

「なんで起きなかったんだろう……」


「ほんとにな」


いつも食事などする一つ奥の部屋にミサキが進んでいくのでアシュレイも後に続く。なんだか最近、美味しい食べ物やら珍しい本、見たことの無いテレビなどの機械や娯楽なんかにつられて自らミサキの家でゴロゴロするのが楽しみになってしまっている。いや、しかしこれは決して浮気とかではないのである。餌付けされてしまっている感は否めないが、まあ、言ってしまえばアルドヘルムとアシュレイは別に婚約者でもなんでもないので浮気と言うには違和感があるし。


「今日は特に寒かったな。ココアとコーヒー、生姜入りのホットミルクにほうじ茶、紅茶のいいやつもあるぞ。あとはこの前と同じ緑茶なんかもあるが。」

「あなたってなんていうか、田舎のお婆ちゃんみたいですよね……じゃ、じゃあその、ここあ?でお願いします。飲んだことないですけど、どんな飲み物なんですか?」


「前にチョコレートを渡しただろう?」

「ああ、勉強の合間には甘いものが良い、とか言ってくれた茶色いお菓子ですか。美味しかったですよ。」


「厳密に言えばチョコレートとは違うが、あれを牛乳に溶かしたものに似ているな。両方ともカカオという植物の実を加工したものなんだが……あ、そうだ。温室を見に行くか?カカオも栽培してるんだ。地上に一々収穫に行くのは面倒だからな」


「そ、そんな、植物を育てて収穫するところからこういうの準備してるんですか?なんか申し訳ないな……」

「勘違いするな、自分が食べるために栽培してるついでだ」


「そこは恩着せとけばいいのに」


といった会話をしたが、カカオ栽培を見学するのはまた別日にということになった。最近のアシュレイはテレビで幼児向けアニメを見つつも漫画を読み、分からない文字を辞書で引くなどしている。英語はアシュレイの国の言語に似ているので、早く覚えられてもそう違和感はない。しかし、数日で理解できるようになるのは普通じゃないし、日本語は実に複雑でさらに学びにくい。それを、ものの数日で簡単な言葉は理解できるようになったのはアシュレイの学習能力の異常さを明確に表しているだろう。


「なんだか最近、何を見てもすぐに覚えられて、それが違和感あるんですよね」

「違和感?」


キッチンでココアを入れているらしいミサキの背後に立って勝手に冷蔵庫の中を覗きながら、アシュレイが話しかける。なんだか今のアシュレイは、彼女の家でダラダラするダメ男のようである。お前の自宅じゃないんだぞ。


「前は、流石にここまで早く理解はできませんでしたから……だって、昔は日本語よりずっと簡単な言語を学ぶのに一年以上はかかってましたから。それくらいが普通だと思いますけど……忘れかけてたのもあったのに、なぜか昔学んだことも最近、明確に思い出せるようになってますし」

「それは、まあ半神の能力が強まってきたんだろうな」


平然とした様子で言うミサキに、アシュレイが腑に落ちないような顔をする。


「まだ16歳になったばかりなのに?」


以前、20歳くらいで体の老化がストップし、そこから徐々に半神としての力が強まっていく、とかなんとかミサキが言っていた記憶がある。あれを言われてからそんなに長い時間は経っていないように思えた。


「なに、能力は年齢だけに依るものではない。例えば、信仰の力だな」

「信仰?」


向かい合ってコタツにごそごそ座りながら、アシュレイはミサキの顔を見る。目の前にゴトっと、例のココアというものが入ったコップが置かれた。少し臭いを嗅ぎ、アシュレイは少し飲む。ああ、なるほど確かにチョコレートと似た味だと呑気に思う。


「人民がお前を信仰する、するとお前の力が高まる。」


「信仰って、つまりファンのことですか?……でも、そんなこと言ったら私のファンなんて前からいっぱい居たと思いますけどね」

「まあ確かに平たく言えばファンのことだが……。お前を、神聖視しているファンのことだな。神のようにお前を崇拝し、心酔する者。学校にも何人か居たな。劇場でのファンはお前を俳優として見ているだろう、それは神聖視とは違う」


「学校に私を神のように心酔する人が?ハハ、なんか気持ちわりーな」

「筆頭はコーネリアス王子だな」


「ええ~……あの人は友達ですよ、友達。……う、うーん、でも確かにあの人、元々アッシュフォードのファンだったしな……でもそれは俳優としてのファンだし……」


アシュレイが微妙な顔で唸る。コーネリアスは天然で、どこか夢見がちな部分があるのは確かだし、何かを勘違いしている可能性もあるのだ。錯覚というか、思い込みというか。


「私には私を信仰する人間が居なかったので、20歳くらいで力が強まり出して、それまではほぼ普通の人間だったが。先代最高神を殺したのなんて300歳の頃だしな」

「5000年生きてることに換算すれば割と序盤に殺してるじゃないですか。最高神を倒せるレベルにしては若いですよ」


「何を。16年しか生きていない赤子のくせに」

「赤子呼ばわりしておいてアンタ、私と結婚したいとか言ってたくせに」


「言っておくが、私はお前が300歳くらいになったころに結婚することを計画してるんだ。16歳なんて私にすれば生まれたてのようなものだ。とてもではないが恋愛対象ではないな」

「なんでフラれた感じになってんのか知りませんけど、そんな100年単位で私を餌付けする気だったんですか?あなたって案外、ものすごいゆっくりさんですね。私はそんなに長生きする予定無いんですけど」


「だからこうして、長く生きても暇つぶしはいくらでもあると教えてるんじゃないか」

「た、たしかにここにある漫画や本を読み終わるのには何百年とかかりそうですけど」


アシュレイはなんとなく納得、という顔をする。働かずにひたすら本を山ほど読んで生活できるなら、それはそれで楽しそうだなと思ってしまうからだ。食事も美味しいし。とはいえ、食事など全部ミサキが作って働かずに生活するのは、アシュレイがヒモみたいで良くない気もするが。


「……お前はなんで日本のものばかり読むんだ?」

「英語はもう覚えましたし、あなたは日本の人なんでしょう?私はここでこうして楽しい思いしてるんですし、あなたの国のことを知っておくのは礼儀というもんです」


「もう存在しない国だ。言葉も別に使う相手がいないから必要ないし、私も使うことはない。よってお前が学ぶ必要もない」

「懐かしいとか思わないんですか?現に、あなたわざわざ、しょうゆとかめんつゆを製造してますし、こたつとか、あと奥にある畳の座敷なんて、モロ日本のものじゃないですか!よく何千年ももちましたね!」


「そ、それは居心地がいいから……食の好みはそんなに変わるものでもないから維持しているだけだ。言葉だの、お前が知りたがる国の歴史だのは知る必要ないだろう、時間の無駄だ」

「あれ~?時間なんていくらでもあるじゃないですかぁ。あなたの恥ずかしがるポイントが本当に理解できないですよ、相手のことを知るのは恋人になるにあたって大切な事なんじゃないんですか」


「恋人になる気などないくせに、思っても居ないことをペラペラと」

「ハハ、どうせ300歳まで恋愛対象じゃないんでしょう?私が死ねないままアルドヘルムが寿命で死んで、そこから数百年したら考えないでもないですよ」


「アルドヘルムと結婚は決定事項なのか」

「あーまあ、どうなるか分かりませんけど……筋は通しますよ。あの人は私のことが本当に好きなようですから、誠意を以って接しないといけないと思います」


「……お前の好き、の基準はなんだかズレているように思えるがな。相手がどう思っているかより、お前が相手をどう思っているかが一番の問題だろう」

「頭が固いですね」


「頭が固いのはお前だ、お前」


その後、二時くらいになってアシュレイはエインズワース邸に戻った。自室のベッドに横になってから、アシュレイはガバッと起きあがる。


(海外遠征、ついてこないか聞こうと思ってたのに忘れてたな)


そんな呑気なことを考えていたのであった。明日は土曜日、なんだか後ろめたいのでアルドヘルムをデートにでも誘おうかな、なんてアシュレイは思った。





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