お勉強会をしよう!
ようやく教室に戻れたアシュレイは、勉強会を希望したクラスのほとんどの人数を連れて、ミサキが用意した教室に移動した。なんだか大人数で話しながら歩いている感覚がアシュレイには新鮮に感じられて不思議に思う。教室の椅子に各自座り、アシュレイとコーネリアスが机を回って分からないところを簡潔に伝える。
「あれ、ステラも参加するんですか?頭いいのに」
「ふふ、で、でも私アシュレイさんとお話しできるだけで楽しいから」
なんだ、可愛いことをいうじゃないかとアシュレイはステラをじっと見る。同じクラス唯一の公爵令嬢だが、他の令嬢と違ってきらびやかではなく、長い茶髪で、後ろはみつあみ、まっすぐに切られた前髪は完全に目を隠している。それに喋り方もどことなく、どもっている。それと、確か服を作るのが趣味とか言っていたか。ミサキ曰くオタクっぽい、らしいが。
「ウ、ウフ、こうしてアシュレイさんとお勉強会なんかできるなんて、夢みたいだわ、ウフフ」
「ハハ、ステラは勉強会しなくても成績良いでしょ。でもこういうのは楽しいですよね」
なんでそんなに好かれているのかアシュレイには心当たりが無かったが、ステラはアシュレイを大層気に入っている様子だ。アシュレイは理由もなく好かれるのには慣れているが、それはファンの話であって身近にいる人間に好意を持たれるのにはやはり慣れていない。コーネリアスも色々な机を回って、クラスメイト達に指導していた。
「コーネリアス殿下、ここ分からないのですが……」
「ああ、そこは……」
「アシュレイ様、数学も教えてもらえますか?」
「いいですよ」
「エインズワース!!」
「?!」
アシュレイがガラガラと勢いよく開けられた教室のドアを見ると、なんと生徒会長レオンが立っていた。先ほどさよならしたばかりなのに、なぜもうここを突き止めているのかとアシュレイは呆れたが、場所がここであれば忙しいアピールをすることにより早々に話を切り上げることが可能となるのではないか?アシュレイはそんなことを期待する。
「どうなさったんですか、会長?今はごらんのとおりお勉強会でして、ええ。暇じゃないんでございますのよ」
「なにっ勉強会!!……偉いじゃないかエインズワース!お前は自分の勉強だけでなく他のクラスメイト達とも切磋琢磨しているんだな……その心意気やよし!私もその試みに手を貸そうじゃないか!!」
「は?」
アシュレイは笑顔のままで迷惑ですという空気を醸し出してみた。が、この会長はどうも空気を読むとかいうことはできないようで、いたく感動した様子で教室の中にズンズン入ってきた。げっ、とアシュレイが苦い顔をする。
「なに、手を貸すと言ってもこれはさっきの礼だ。さっきお前に汲んでもらった水を飲んでからとても心が落ち着き、そしてお前のことを思うと心が温かくなるようになったんだ……そして不思議とお前の力になりたいと思った。ぜひ協力させてくれ」
「あらぬ誤解を生むようなことを言わないでもらえますか、私がその水に薬物を混入したみたいじゃないですか」
アシュレイは心底迷惑そうにレオンに冷たい態度を取った。実際に迷惑だと思っているので仕方ないが、やはりレオンにはよくわからないようで首を傾げている。クラスメイト達は「え……?」「会長ってそうなの?」なんて話しだしてザワザワしているし。
「ア、アシュレイ……無差別に男を口説かないほうが良いぞ」
「口説いてませんよ殿下!!前科もありませんし!!」
コーネリアスに変なことを教えたのは誰だ、と思いながらアシュレイは引きつった笑顔でコーネリアスの肩をバシバシ叩いた。コーネリアスはそうなのか?ときょとんとしている。世間知らずなのか、コーネリアスはこういうことをポロッと言い出すので困る。
「だがまあ、会長は成績が優秀なことで有名だし、勉強を教える人数は多い方が助かるだろう、アシュレイ」
「え?」
「ありがとうございますコーネリアス殿下」
レオンがにっこりと笑った。流石に王子相手にはかしこまった態度らしい。アシュレイは、え?まあそりゃ教える人数が多い方が合理的だけど、これってクラスメイトで仲良く勉強会やろうぜ!という集まりなんじゃなかったのか?と顔をしかめる。上級生が介入して来たら真面目な勉強会みたいでなんだか堅苦しい気がするのだが。
しかし、クラスメイト達も異存はないという様子だ。
「あ、もうそういう流れなんですか?別にいいですけど……」
「分からないところがあるやつ!!いるか!」
「はーい!!」
「はい!」
「わかんないです会長!」
「分かりませんわ!!」
異存がないどころかみんな乗り気である。アシュレイは今日はじめて知った相手だし、集会にも緊張して出られないような男がこう人気なのは不思議に感じた。
「アシュレイ様、会長はかわいいって有名なんですわよ」
「かわいい?あんなデカくて眼鏡なのに?」
「性格ですわよ性格!乗せられやすくてお人よし、仏頂面してるかと思ったら生徒会員に時折見せる笑顔がかわいいとか、ああ見えて恥ずかしがり屋さんなのがたまらないとか。あとはまあ、成績が良くって頭がいいのにどこか抜けてるところも人気ですわね!」
凄い早口で言ってくるこのクラスメイトの一人のご令嬢、小声だがかなり興奮した様子である。アシュレイからして見れば貴族は全員どこか抜けてる天然な人ばかりなのだが、その貴族間でまでそう言われるということは、レオンはかなり抜けている人物なのだろう。
「そういうのがかわいいんですか」
「ええ。見た目との差がまた良いんですよね」
「へー、私と会長どっちがかわいいですか?」
「へ?!や、やだぁアシュレイ様ったら……」
顔を赤らめるところではないのだが、とアシュレイは微妙な気持ちになる。今の冗談ですよ、笑って流してください。
「アシュレイ……やっぱり男女見境なく口説いてるじゃないか!」
「殿下!誰のことも口説いてませんから!!」
「エインズワース!ちゃんと勉強会をせんか!!」
「うるせー!!!!!」
「す、すまん……嫌いになったか?」
「なんだその質問?!乙女かアンタは!」
「アシュレイ、年上相手だからお上品に話さないと」
「会長、私に指図しないでくださる?」
「キツい!!そう言われたほうが傷つくぞエインズワース!!」
「……お勉強会、ちゃんとしましょうか。」
アシュレイが手をパンパンと二回叩くと、ザワザワうるさくなっていた教室が静まる。この後、アシュレイによって私語厳禁の地獄の猛勉強教室が開始され、クラスメイト達はかなり疲弊した顔で出て行ったが、その次のテストではアシュレイたちのクラスが全体的に成績があがり、アシュレイは大変に感謝されたのであった。
ちなみに、後日アシュレイはロイズと話したものの、生徒会には結局入らなかったのであった。




