先輩襲来!②
「生徒会には入るのか?」
「あー、まだ迷ってます。めっちゃ真面目な感じだったらパスかな」
ギィ、とアシュレイが座った椅子の背もたれに寄りかかると軋むような音がする。机に向かって別の椅子に座っているミサキは、書類を片手に何か仕事をしていた。
「ちなみに私の国では自分より年上のことを先輩というんだ。試しに私に三咲先輩と言ってみろ」
「ミサキセンパイ」
「うん、良いな……そういうのも悪くないな……」
「……って、それはいいですけど何で呼び出したんですか?用事ですか?」
本日最後の授業が終わると、アシュレイはミサキに教員部屋に呼び出された。アシュレイたちの学校では各教員に小さいが個室が与えられており、書類などはそこで管理されている。流石は金持ちの通う巨大な学校というところか。アシュレイの質問に、ミサキ及びアルフレッド先生は思い出したように振り返って話しはじめた。
「ああ。お前勉強会をすると言っていただろう?一階の広い教室を貸し切っておいてやったから、そこでしろ。廊下の一番端の多目的教室だ」
「え?……な、なんでそんなことしてくれるんですか、何も出しませんよ?気持ちわりいなあ」
「なんだその言いざまは!!教師として勉強熱心な生徒たちに環境を用意してやるのは当然のことだろうが。私も勉強、というか何かを学ぶのは嫌いじゃないしな」
「な、なんか……アンタ何を真面目に教師やってるんですか……?」
アシュレイにちょっかいを出すために教師になってみただけかと思っていたが、仕事はちゃんとしているし生徒からは授業が分かりやすいと好かれている。見た目が良いので女性徒には特に人気で、アルフレッド先生の授業は真面目に聞くものが多いと聞く。そして生徒に愛想もいいとくれば、まあ、ご立派なことだが。それはなんというか、とても……神様っぽくないとアシュレイは思った。
「何を言う、手出しするなら最後までキッチリだ。教師に擬態したんだから教師として真面目にふるまうのが筋というものだ。」
「そ、そうですか……ありがとうございます、使わせてもらいますね」
なんだ、なんだかちょっとカッコいいじゃないか。アシュレイはそう思ってしまったのを不服に思いながら教員室を後にした。廊下に出て自分の教室に向かっていると、教室前の廊下にさっき見たような人物が立っていてアシュレイは驚く。
「会長……?」
自分の教室の前に立っているのだから、十中八九、自分にまだ用事か?とアシュレイは思う。が、まだ生徒会についてロイズに聞いていないし返答を返すことはできない。どうしようかとアシュレイが少し離れた場所で立って考えていると、会長の頭がぐるんっと回ってアシュレイのほうに向いた。アシュレイはびっくりして硬直する。アシュレイが立ち尽くしていると、会長はすごくいい姿勢でザッザッと素早く歩いてきた。
「こ、こんにちは」
「エインズワース、さっき言い忘れていてな。今空いている役職は書記が2枠と副会長の座だ。みんな副会長になりたがらなくてな。ずっと右腕的な存在がほしかったんだが……副会長の仕事っていうのが外回りや説明の時に横で補助をする役割で、お前はこう、表に立って人に話をするのとかが得意みたいじゃないか?副会長とか向いてると思うんだがどうだろうか?」
どうだろうか?じゃないよとアシュレイは引きつった愛想笑いをする。考えてロイズにでも書類を渡しておけと言っていたくせに、完全に生徒会に入る前提で話してくるレオンにアシュレイは困惑した。先ほどと同じで長文で言葉を挟む隙も無く話すし。そして、人に話をするのが得意とはいったいどこからの情報だ。
「あ、あのまだ生徒会に入るかどうか決めてなくて……」
「なにっ!そうだったか……だがおすすめだぞ?いい経験になるしこう、領主になった時に役に立つと思うんだが」
「いやっそれはさっき聞きましたけど……忙しいのとか苦手なんで……」
「でもおすすめだぞ?そんなに忙しくもないし土日や休み中も別に仕事はないし所属しておいて損はないと思うぞ?勉強も教えてやるぞ」
「い、いや……遠慮しときますやっぱり、別に勉強も困ってませんし」
「おすすめだぞ?」
やかましい!どんだけおすすめなんだとアシュレイはムカついた。が、まあ相手は年上だ。アシュレイは努めて冷静に、決して突っ込まずに場を収めようと思った。
「私には向いてないですよ」
「おすすめなのになあ」
「きっと他に向いている人が居ますって」
「駄目か?」
「だ……駄目ですね。はい。駄目です。すみません」
「お願いしてもか?」
アシュレイはこうして会長が押しかけてくるまで、事と次第によっては生徒会に入ってもいいかもと思っていたので、この会長の行動は全くの逆効果、墓穴を掘るような行動であると言える。結果として数十パーセント残った可能性を、アシュレイの機嫌を損ねたことで消滅させてしまった。
「……現状、困ってるんですか?」
とはいえ困っている人間のことは気になってしまうアシュレイだ。素っ気なくしながらもレオンにそう尋ねる。
「困ってるな。私は人と話したり大勢に説明したりするのが苦手なんだ。あがり症でな。集会も代わりに同学年の生徒会庶務、ギルバートに頼んでいる」
だから、アシュレイは生徒会長の顔を知らなかったのである。アシュレイが入学する少し前まではレオンもたまに集会をしていたが、最近は専らギルバートが集会に出ている。
「じゃあそのギルバートさんが副会長やればいいじゃないですか」
「そんな責任は負いたくないそうだ」
「私も負いたくないですよ!!」
「じゃあ書記か?」
「入りませんって!!というか、副会長が居なくても成り立ってるからいいじゃないですか、そのままで頑張れるでしょう」
「……冷たいんだな……」
「は?」
「ロイズが、アシュレイは優しいやつなんですといつも言っていたから……期待していたんだが……」
チラッチラッと見てくる眼鏡会長に、アシュレイはスッと真顔になった。ロイズを交渉材料に使おうとしているのか、考えるではないか。しかしそんなことで釣られるアシュレイではない。そもそも、ロイズが上級生に勝手に自分の情報を話していたことが驚きだ。彼女のアニタの自慢であれば分かりこそすれ、友達の話を「いつも」と言われる頻度で話すんじゃない。
「ともかく会長、私は生徒会には入らないことに今決めましたので。それから今から私はクラスのメンバーでお勉強会がありますので失礼しますね」
「ま、まて!話し合おう」
「いや、今話し合ったじゃないですか」
「まだ!まだだ」
ひょいひょいとアシュレイの行く手を阻んでくる会長に、アシュレイはひょいひょいと左右に揺れて応戦する。向かい合って反復横跳びのような状態になり、アシュレイは呆れた顔で会長を見ていたが、驚いたことに会長はすぐに疲れて壁によろついてぶつかってしまった。
「だ、大丈夫ですか?!そんなに運動してないですよ!!」
「ハァ、ハ、ハァ……ウッ、ウゥ、わ、私は運動神経は悪い方なんだ、あまり動かさないでくれ」
「アンタが勝手に動いてんですよ!!ほら、ちょっと、とりあえず座ってください」
「すまないエインズワース、ハァ、ハ、ハァ……」
「水持ってくるんで、座っててくださいね」
「すまない……」
水道に走りながら、何やってるんだ私はとアシュレイは自分に呆れる。水道の横には消毒済みのコップが入っている入れ物があるので、その中からコップを一つ取って水を注ぐ。こぼさないようにしながらも早足でレオンのもとに戻った。その間5分に満たない。
「さあ、ゆっくり飲んでください。本当に顔色が悪いですね。風邪とかじゃないでしょうね」
「あ、ああ大丈夫だ、なんとも……」
アシュレイは座っているレオンの前に片膝をついて屈むと、前髪をどけて右手をレオンの
額につけた。アシュレイは他意はなく、単に相手があまりにか弱いので心配になってした行動だったが、レオンはびっくりして固まってしまった。貴族社会において、婚前の女性が男に簡単に触ることは良くないこととされているのだ。中でもレオンは真面目も真面目、勉強ができる人間以外には一切と言っていいほど近寄らない男なので特に慣れていない。
「熱は……ないみたいですね。本当に、あなたが貧弱なだけで。」
「あ、あわ……あ、ああ……」
「なんです?顔が真っ赤ですよ、やっぱり熱があるんじゃ」
「ちが、赤くなんかなってない、わ、私は失礼する!」
「あ、ああ……急に立ち上がって大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!ま、また来る」
「はあ、お気をつけて」
アシュレイはよろよろとコップを持って立ち上がったレオンを見送る。結構時間を使ってしまったので、早く教室に戻らなければ。
「あれ、会長。結局勧誘には失敗したんですか?」
「ギルバート、わ、私は病気かもしれない……心臓のあたりが痛いんだ……」
「はあ?」
レオンに予期せぬ恋の病が発病してしまっていたのは、また別の話だ。




