先輩襲来!①
期末テストが終わった。というわけで、アシュレイたちの学校ではあとひと月で夏休みが開始される。廊下にはご丁寧に上位成績優秀者の名前が張り出され、当然のようにアシュレイとコーネリアス、ロイズは結構な数の科目で上位に居る。
「アシュレイ、眠たそうだな。お前が授業中に注意されるなんてはじめてじゃないか?」
「うーん……一日8時間以上は寝ないと私、眠いタイプで……」
「どんなタイプだそれは。まあそれは置いておいて、ここ、分からなかったから教えてほしいんだが」
「へいへい、どこでござんすか殿下」
10分休みにはコーネリアスの質問にアシュレイが答える。数学が苦手なコーネリアス、特に苦手科目のないアシュレイ。アシュレイは前回のテストでは2位の科目がいくつかあったが、今回のテストでは芸術以外のテストではすべて学年首席を獲得していた。芸術の授業は、絵の作者を答えろだの画材に何を使われているか答えろだのという内容だ。貴族のたしなみというか、教養らしいのだがアシュレイは描くのも見るのも大して興味が無い。ので、芸術だけ点数は平均点くらいだ。本気で勉強すればいい点は取れるのだろうが。
「あの、アシュレイさん、私もここが分からなくて……」
「アシュレイ様、俺もここわかんないんですけど」
「みんな先生に聞きゃいいのに、まあいいや。休み時間か放課後に勉強会でもしましょうか。急ぎの人は今聞きますけど」
「えーッ勉強会?!私も行っていいかしらアシュレイ様?!」
「あ、私も!!」
「俺も!!」
便乗に便乗を重ねるクラスメイト達、思いがけず人だかりができてアシュレイは苦笑いをした。コーネリアスもあわあわと周囲を見ている。
「殿下も数学以外は出来ますから、教える側ができますね。一緒に勉強会来てもらえますか?」
「え?ああ、構わないけど……な、なんかみんなと仲良くなってないか?ズルいぞアシュレイ」
「まあ、ハハ、殿下ももっと砕けた態度でいれば仲良くなれますよ」
王族のコーネリアスは、自分でも気づかぬ無意識のうちにクラスメイト達と距離を取ってしまっている。あまり周囲に馴染みすぎても王族としてどうかという感じだが、本人がクラスメイト達と仲良くしたいというのなら仕方ない。それに友人としてアシュレイはコーネリアスが心配だし。コミュニケーションをとるのが結構下手なのだ、演劇オタクのコーネリアスは。事務に特化したコーネリアス、外交に特化したエドウィン、そつなくなんでもこなすオズワルド。結果としてこの国の次期国王には、オズワルドが適任なのかもしれない。
アシュレイの周囲が突然静かになったかと思うと、ガラガラと教室の扉が勢いよく開いた。アシュレイが無意識にそっちの方を見る。と、入ってきたのは教師でもクラスメイトでもない見知らぬ生徒だった。
「アシュレイ=エインズワースッ!!」
「はい?!」
入ってきたのは目測178cmほどの身長の男子生徒、緑がかった黒髪に、黒縁眼鏡、いかにも真面目に生きてきましたという風貌で、制服も気崩さずにピシッと着ていた。アシュレイは突然大声で名前を呼ばれたので引きつった愛想笑いで立ち上がる。男子生徒はずんずんと教室に入ってアシュレイの前にやってきた。
「こ、こんにちは。」
「よくやった。前回は他の科目でも油断をしていたが、今回はほぼ全教科首席だったな。だが芸術は相変わらず点数が低い。苦手科目なのか?良ければ今度、芸術は私が教えよう。」
「ちょ、ちょっとお待ちください、どこかでお会いしましたか?ハハ、人の顔を覚えるのは不得意でして、すみません」
人の顔を覚えるのが不得意というのは全くの嘘っぱちだが、この生徒に見覚えが無いというのは本当であった。黒髪はそこそこ目立つので、話したことがあれば覚えていそうなものなのだが。それになにより、初対面の主席に対してのこの上から目線。精神の強さ。というかまた黒髪か、珍しくもなんともないじゃないかとアシュレイは呆れる。偶然アシュレイの知り合いに黒髪が多いだけで実質の黒髪人口は2%に満たないのだが。
「む?自己紹介していなかったか、それはすまない。私の名前はレオン=ウェストベリー。三年の主席、加えて生徒会長をやっている。」
「さ、三年の方でしたか、わ、わざわざお褒めの言葉ありがとうございます」
上級生かい!本当に何をしに来たんだとアシュレイは困惑する。生徒会と言うと、確かロイズも生徒会だったように思うがこの生徒会長のことは全く知らなかった。周囲のクラスメイト達は知っているようで、ざわざわと羨望の眼差しでアシュレイとレオンを見ている。アシュレイが反応に困ってレオンを見つめていると、レオンは紙を一枚差し出してきた。
「アシュレイエインズワース、生徒会に入らないか?生徒会は男ばかりなので居辛いかもしれないが、エインズワース家の跡取りはお前だけだと聞いた。いずれ民衆を率いる領主として、いい経験になると思うんだが。これからは女も社会で働くようになるだろうと言われているし、お前のように成績の優秀な者は、性別関係なく色々なことに取り組んで将来への可能性を広げていくのもいいことだと思うぞ。その気になったらその書類に記名し、ロイズにでも渡しておいてくれ。友達なんだろう?ではチャイムが鳴ったから私はもう行くとしよう。これからも勉学に励んでくれ、期待しているぞ」
先生かお前は!!!アシュレイが思っている隙も無く、言うだけ言ってレオンは教室から出て行った。会話が成り立たない一方的さである。良く噛まずにそんな長文を話せるなとアシュレイは思ったが、生徒会長なので話し慣れているんだろうか。アシュレイが慌てて廊下まで少し追いかけたが、既に後ろ姿さえ見えなくなっていた。
「な、なんなの……」
「あれはお前の頭脳に勝手に惹かれた、いわゆるパラメータ萌え、パラ萌えってやつだな。上げていない好感度が、自分が上げたパラメータに応じて勝手に上がっていくというシステムだ。生徒会に入るとルートが大体アレに確定されるだろう。今のところは恋愛感情ではないが、共に生徒会で過ごすうち会長がお前への恋心に気が付くといった展開が王道だな。だがルートが確定しても好感度上げとパラメータを上げるのを怠ってはならないぞ」
「ミサッ、ア、アルフレッド先生?何意味わかんないこと言ってるんですか?!」
「なに、ギャルゲーの話だ。さっさと席に着かないかエインズワース」
いつの間にか背後に立っていたアルフレッド先生は先生ぶってアシュレイに席に座れと背中を押した。そう、次の授業はアルフレッド先生の世界史の時間である。本当の世界史を知るミサキにとっては馬鹿馬鹿しい授業に他ならないだろうが。それにしても自分と同じくらいしか寝ていないだろうに、ミサキは全く眠くなさそうだとアシュレイはうらやましく思う。そもそも神には睡眠なんて必要ないのかもしれないが。
「アシュレイ、生徒会入るのか?」
「うーん、別に入ってもいいんですけど忙しそうならちょっと……」
「そこ!私語は慎みなさい」
「はい!」
「すいません」
「はい、じゃあ皆さんテキストの30ページを開いてくださいね~」
何やってんだこの神様は、とアシュレイは思うが、太陽神が学校で人間に世界史なんて教えている光景が見られるのは貴重な事なので、文句は言うまい。アシュレイはテキストの30ページを開き、もう家でやったから余裕だなと思いながら、生徒会役員規約の文言なんかを読んでいた。拘束時間は基本週一の放課後のみ、イベントごとのある期間には居残りで仕事する場合もあるが、休みの間は特に何もないと書いてあった。
別に大変そうでもないし悪くないが、まあ仕事というものは得てして書面通りにはいかないのが世の常だ。ロイズにも生徒会のことを聞いた上で熟考しようとアシュレイは思った。




