二人だけの夜会再び
「……あの、明日も学校あるんですけど。昨日寝たの2時半だったんですけど……そして今は12時半なんですけど……」
気怠そうにブツブツと文句を言うアシュレイを尻目に、ミサキは上機嫌で料理なんかしている。アシュレイが椅子に座ったままダラッと背もたれにもたれかかり、天井をぼうっと見つめた。ベッドで寝ている時に前触れなくミサキに連れ去られることは、最近多々ある。慣れ始めている自分にも疑問を覚えるアシュレイだが、神が成すことなのでどうしようもないことのような気もする。
「ほらアシュレイ、今日は晩飯はもう食ったから菓子と茶だ。どら焼きというんだが」
「……なんかこのお茶、緑色じゃないですか?変なの……」
「私が暮らしていた国の茶だ。緑茶といってな、まあそのままだが。お前に名前を聞かれてからたまに日記を読み返していたら、日本の食べ物に最近はまってしまった」
「二ホン?」
「もうないが、私が暮らしていた国だ。」
「こういう食べ物とか、どうやって作ってるんですか?材料とか」
アシュレイがどら焼きを食べ始める。いぶかしんでいた緑茶も平気な顔して食べているため、ミサキのことは一応かなり信用しているのかもしれなかった。ミサキはそんな、疑わずに自分の作ったものをパクパク食べてしまうアシュレイを、子供だなあと微笑ましく思う。仮に自分が料理に自分の血液とかを入れていたとしても、アシュレイは気づかず食べるのだろう。まあそんなことはしないが。
「神はそれぞれ自分の固有世界を所持している。山の神のように人間を住まわせる者もいるが、私は人間は住まわせていなくてな。倉庫や畑として使っているんだ。中には工場やらもある。醤油工房とか。働くのはすべて私だがな、ハハハ、小麦粉など現存するものは人間界で買うが」
「ショウユ?……神様が畑仕事ですか。学校もあるのにそんな時間あるんですか?」
「ばかもの、お前ら非文明人と一緒にするな。畑仕事とはいっても種まきから収穫まですべて機械でやっている、食べるのも私かお前くらいのものだから、そう多く作る必要もないしな。」
「いや、あなたも確か、別に食べなくていいんでしょ?趣味でよくそこまでできますね」
そう、神様は食事を必要としない。故にミサキ以外の神は食事をしないし、食事するミサキのほうが変わった存在とも言える。
「何を言うか、趣味無くして何が楽しい生涯を全うできる。そうだ、本ばっかり読んでるお前なんかは漫画でも読むと良い、莫大な大きさの漫画用図書館があるぞ」
生涯を全うできるだのなんだのと抜かしているが、ミサキは切っても焼いても死ねないので生涯を全うできるのか否かは疑問とするところである。本人も3千年あたりで生きているのに疲れて、飽きてきてはいるのだが。同じ漫画を200回ずつくらい読み返している。
「マンガ?図書館は見てみたいですけど、あなたの世界ってどれだけ広いんですか?」
「広さか。端っこまで見たことが無いので何とも言えないが、お前の国のある島よりちょっと大きいくらいじゃないか?」
「国レベルの広さなんですか?!山の神様の所は村程度でしたけど?!」
驚きながらもアシュレイは目の前のどら焼きを食べるのに夢中である。隣に椅子を置いて座ったミサキは、空になったアシュレイのコップに急須から緑茶を注ぐ。どちらが女か分からない様子だが、ミサキはアシュレイをこうしてもてなすのが意外に楽しみであったりする。連れてきたときはいつも不機嫌だが、何を食べさせても美味しいと感動しているし。
「忘れているんだろうが、一応私は太陽神だぞ。太陽を信仰する人数とあんなちっぽけな山一つの信仰の大きさを比べるな」
「信仰が大きいと自分の家が大きくなるってことですか?年収みたいですね」
「イヤなことを言うな、神聖な神様だぞ。崇め奉れ」
「あなただって神様嫌いだって言ってたじゃないですか。このどら焼きとかいうの、もっと食べたいです」
「そうか。似たようなものだと、たい焼きというものも用意してあるぞ。どうだ?」
「魚ですか?これ」
「魚のような型に小麦粉などで作った生地を流し込んで、中に餡を入れたものだ」
「この、アンっていうのはなんなんですか?甘くておいしいですけど」
「これはあずきという豆を、砂糖で煮た食べ物だ。今度一緒に作ってみるか?あっ、そっちのたい焼きはカスタードクリームだ、自分で言うのもなんだが結構うまくできたと思うぞ。あ、アシュレイ、頬にクリームがついているぞ。ハハハ、拭いてやろう」
「お母さんか!自分で拭きますから!」
嬉しげにアシュレイの世話をするミサキは、さながら田舎のお婆ちゃんと言った風情である。アシュレイはそれがむずがゆくはあるが、たい焼きはやはりおいしいので食べてしまうのであった。
「あの、これは確かに美味しいんですけど、明日も学校ですし私にも都合というものがありますので……うーん、学校とかで暇な時間を伝えますから、予告なしに連れてくるのはやめてほしいというか、いつも目が覚めたらここにいるし」
「そうか……そうだな。いや、あれを渡しておこうと思っていたところだったんだ。連絡を取る用に。色々あるが、まあお前くらいだとガラケーで十分だろう。あまり機能が多くてもお前には訳が分からんだろうからな。」
そういってミサキが懐から取り出したるは文明の利器スマートフォン、ではなく、ものすごい年代物の、いわゆるガラパゴスケータイである。当然世界が滅ぶ前にはスマホより進んだ連絡機器もあったのだが、その頃は既にミサキは天界におり、天界では当然携帯電話なんかで連絡を取り合う相手も居なかったので、特には持っていない。電波も王宮の「アルフレッド先生」の自室にアンテナを設置しているだけなので、天界ではどうせ通じないし。
「ちなみに色は赤、青、ピンク、緑、パステルピンクなんかがあるがどうする?」
「どうするってなんですか、それ何に使うものなんですか?」
「電話だ。お前の国では最近ようやく有線電話が作られたようだが」
「でんわ?私はそれは知りませんが、何をするものなんですか?」
アシュレイは手渡された謎の機械を手に取り、いろんな角度から見たりしてソワソワしている。アシュレイにとってはなんでも不思議、未知の道具なのである。
「ここをこうしたら開くから、それでこのボタンを押すと電源が入る。」
「うわっ光った!え?こ、これは文字ですか?読めないんですが」
「ああ、日本語設定になってるから……えっと、英語に……といっても微妙にお前たちの言語は英語ではないんだよな。どうしたものか……とりあえず一番近い英語に設定しておこう。」
「英語っていうのはどこの国の言語なんですか?」
「イギリス。お前らの住んでる周辺に、昔あったところだ。イギリスは島国だったが、なんだ、もう吹き飛んで地形も変わったから、どこと指名することも出来ないな。」
「いぎりす……あ、知ってます、知ってますそれ!始まりの人間たちが暮らしていたって、伝承の本で読みました。でもなんか腑に落ちないんですけど、文明がすべて消え去るくらいのことがあったのに人間が生き残っているのが不思議じゃないですか?」
アシュレイが質問する。学校でも授業、夜中も授業でミサキも大変なことだが、アシュレイは学問やらには熱心なので話していて嫌な気はしない。何を言っても驚くので見ていて楽しいし、嘘はついていないが、あまりに全く疑わないし。
「大爆発が起こる直前、時を司る神が人類滅亡を神々に伝えた。神ってのは人間の信仰ありきで生き残ってきた存在だ。姿は変わらずとも信仰する人間が一人もいなくなると、そこで消えてしまう。だからそれを恐れた神々は、それぞれお気に入りの信仰の深い人間を自分の固有空間にかくまった。世界がすべて滅んだあとで、記憶を消してそっと地上に帰す。更地になった地球を人間が開拓して今に至るというわけだ。」
「え、でもそれなら残った人たちは最新鋭のこういう不思議な道具とかも持ってたはずですよね?」
「そういう機器は珍しいからと神々が取り上げたり、処分したりしたんだ。それに普通にこれを使ってたとして、機材に使う金属パーツ、中身の組み立てやら全部を覚えてる人間なんてそうはいないぞ。記憶だけを頼りに電化製品を再構築するのなんて、相当難しいことなんだ。」
「まあ、そりゃそうかもしれませんけど……」
アシュレイは茶を飲みながら少しうーんと考え込んだ。ミサキはテーブルの皿にどら焼きを追加すると自分の携帯電話を開いてアシュレイのに番号を登録した。
「そうして、口伝に“こういうものがあった”という記録は何百年かすれば消えていき、今のように神話に伝えられるか伝えられないかという程度まで消えていったんだ。だがそれは神々にとっては都合のいいことでな」
「なんでです?確かに神々は食事とか必要ないから文明なんてどうでもいいのかもしれませんけど……」
「神はな、その頃にはもうほとんど必要じゃなかったんだよ。神なんていなくても人間は生きていけるし、神を恐れないから世界が滅亡するほどの戦争をした。もちろん信心深いままの人間もいたがな、そういうものほど早く死ぬ」
「神様が必要じゃない?って、そもそも必要とか不必要とかいう存在なんですか?神様は人間にとってどういう存在でありたいんですか?」
困惑するアシュレイに、ミサキが時計を見て肩を叩いた。
「お前は質問ばかりだな、今日はもう2時を回ったから帰りなさい。明日も学校なんだろう?歯磨きしてくるんだ。洗面台は奥にあるから」
「お母さんか!!」
その後、大人しく歯磨きをしたアシュレイは、ミサキに送られて部屋に戻った。ミサキの所は地味に暖房が効いていたので、部屋が寒く感じてアシュレイは毛布にぐるぐるとくるまって寝るのであった。




