騎士団、午後の一服
騎士団の休憩時間、一人の貴族の団員と、それを囲んで数人の平民団員が机を囲んでいる。外は久々に青空が晴れ渡り、ぽかぽかと、ほんの僅かな期間の春が来ていることを知らせているようだった。
「夏には騎士団東西対抗、夏の合同練習があるんだぞ?!アシュレイ様に応援に来てもらってカッコいいとこを見せるはずだったんだ!俺の誕生日も被ってる!それなのに……ウガーッ!!」
「な、泣かないでくださいよアルドヘルム卿!」
「そうですよ!カッコいいアルドヘルム卿でいてくださいよ情けねえ」
騒いでいるのは貴族、侯爵家の我らがアルドヘルムであった。そして友人のような部下のような団員たち。いつも冷静で取り乱さない、騎士団長より強い憧れの騎士。そんなアルドヘルムのイメージが音をたてて崩れていく団員たちだったが、困っている人間は放っておけない。
「泣いてはいない!問題はどうやってアシュレイ様の外国行きを止めるかだ!!」
「ええ?でも本人が行きたがってるなら仕方ないですよ……アルドヘルム卿は侯爵家なんですから、執事なんてやめちゃえばいいんじゃないですか?で、休暇取ってついて行けば」
一同ドン引きである。ちなみにアシュレイ山の部族誘拐事件の時もこの面子は洞窟に駆け付けた。アルドヘルムを慕っているのである。平民と貴族を区別せずに接する心の広さが人気の秘訣である。あと爽やかな笑顔。だが洞窟事件の時に3時間泳いでいたのにも彼らはかなり引いていた。が、アルドヘルムにとってそれだけ惚れ込んだ相手なのだということは理解しているので、応援したいと思っているのだった。
「執事だから毎日傍に居られるんじゃないか!執事をやめたら私はスペンサー公爵ポジションのようにどんどん影が薄くなり……嫌だーッ!!」
「アルドヘルム卿、最近変ですよね……周りが見えなくなってませんか?あんまりぐいぐい行くと年頃の女の子はドン引きですよ」
「な、なに?!それは困るが」
「困るって言われても……でも、アシュレイ様はアルドヘルム卿と結婚しても構わないみたいに言ってたんですよね?なら良いじゃないですか、別に執事じゃなくても堂々と会いに行けば」
「駄目だ!私がエインズワース家の執事になったのは……」
アルドヘルムが少し口ごもった。
「なったのは……なんでだったんだか……」
「まあそんなのは良いじゃないですか、もうついて行っちゃえばいいんじゃないですか?一応アシュレイ様専属で執事をやられてるんですよね?」
「一応ってなんだ。だが騎士団のほうもある」
「アシュレイ様と騎士団どっちが大事なんですか?」
団員の一人がめんどくさい彼女のようなことをアルドヘルムに聞くと、アルドヘルムは眉一つ動かさずに言った。
「アシュレイ様だ」
「即答じゃないですか。合同練習はあきらめましょうよ」
「くっ……しかし、私が抜ければ団長の独壇場になってしまい、戦力が偏ってしまうだろうが。団長に示しがつかん」
「あ、あなたも大概自信家ですよね……アシュレイ様の執事やってるだけあるっていうか……」
団員の中でもアルドヘルムと付き合いの長いミケは、茶髪の平民、19歳の青年である。付き合いが長いためにアルドヘルムへの態度も他の団員より近しく、呆れた時は遠慮なく呆れた顔をする。別にアルドヘルムは他の団員に対しても貴族ぶってはいないが、平民たちからすると基本的には侯爵家は恐れ多い存在なので、遠慮した態度が多い。
「お前アシュレイ様のことを知っているのか?絶対に近づくなよ。触ったらただではおかないからな」
「情緒不安定ですか!誰も狙ってませんよ!ていうか洞窟の時俺らのこと呼びつけたじゃないですか!!」
「アシュレイ様が大変な自信家なことはもう、そりゃあいろんなところで噂されてますよ。挙句アルドヘルム卿の想い人ですから、騎士団内でも話題はそればかり」
「そうなのか?アシュレイ様はそんなに自信家ではないと思うが」
アルドヘルムの中でのアシュレイは、表向きはナルシストだが実は自分に自信が無く、無意識に自信家を装ってしまう不器用な女の子という設定なのである。あながち間違ってはいないのだが。
「恋は盲目、いやあばたもえくぼってやつでアイタッ!叩かないでくださいよ!!」
休憩終了のベルが鳴ったため、アルドヘルムはさっさと部屋から出ていく。さっきまであんな情けないところを見せていたのに、練習となるとしっかり切り替えて、別人のように真面目になるところも団員たちに慕われる所以である。
「……あーあ、アルドヘルム卿でも女に夢中になったりするんだな。俺も彼女ほしいわ」
「あ、お前洞窟の時いなかったんだっけ?アシュレイ様めっちゃくちゃな美形なんだぞ」「髪が長くないから男の子みたいだったけどな。なんかアルドヘルム卿がああなるのも仕方ないかなって感じだったよ」
「大人しくアルドヘルム卿に抱きかかえられててさ、可愛かったな~」
「……」
「……」
「……」
「よし、練習行くか。」
「アルドヘルム卿結局どうすんだろうな~」
「俺はアシュレイ様について行くに20ドル賭けるね」
「なんで20ドルも。俺は合同練習が終わってから追いかけるに10ドル」
「お前らなあ……」
不真面目な騎士団員たちの、気怠い午後練習が始まる。アルドヘルムは心のなか、今も真剣に悩んでいるのであった。




