パーティの終わり
アシュレイが広間に戻り、皇帝のほうに歩みを進めると皇帝と目が合った。そらしてはならない、と思う。皇帝の周りの取り巻きの貴族たちも、その空気感を察して、アシュレイに静かに道を開けた。
「お初にお目にかかります。エインズワース家がアラステアの娘、アシュレイと申します。お目にかかれて光栄でございます、皇帝陛下」
アシュレイは、自分でもこういう場にかなり慣れたなあと思う。というより、相手が皇帝であろうが王子であろうが、所詮は人間なのだと思うと、神相手に渡り合うよりよほど気が楽なのだ。余程の不敬を働かなければ殺されることも無いだろうし。
「……コーネリアスからお前の名は先ほど聞いた。ずいぶんと……目立ちたがりなようだな。」
「……ええ。昔から目立ちたがりな性格なんですの、わたくし」
皇帝の嫌味に対してにっこり微笑んだアシュレイに、おお、受けて立つかというように皇帝がにやりとする。隣のアルドヘルムは真っ青だが、アシュレイは余裕のほほえみである。別に喧嘩を売っているわけではないし、皇帝を侮っているわけでもないが、完全にへりくだってオドオドした態度を取るのも家の評判に影響を与えてしまう。ここは堂々と、怖気づかずに接することで皇帝に気に入られるのが最適解である。
「コーネリアスはお前を偉く気に入っているようだな」
「ええ。学校でよくお話しさせていただいております。」
「私相手に目をそらさず堂々と話の出来る若者は少ない。……大したものだ、と言いたいところだが。先ほどの場の納め方はやり手とは言えまいな。貴族のルール、公爵家は王族に次ぐ存在だ。まあそれはお前も含めてだが。……それをお前は、王子が友人という立場を以ってねじ伏せた」
「わたくし自身に力があればもう少し、穏やかに納められましたが……今回はわたくしに非があります。以後、身の程をわきまえた行動を心掛けて参ります」
「ふん、心にもないことを」
「いえ、滅相もございません」
張り付けたようなにっこり笑顔。美形の笑顔では大抵のことが許されてしまう。現に皇帝の取り巻き貴族たちはアシュレイの顔面に見入っているし、注目も集まっていた。子供に見えるが、反省の色も怯えも見られない。とんだキツネだと皇帝は心の中でアシュレイに呆れる。いずれ王になるべき息子たちの友人としてはいかがなものかという感じである。
「コーネリアスには頭のいい、狡い友人が必要なようだ。あれは何分、純真なもので」
「ええ。殿下は心優しく、心優しいからこそ守るべき方でございます。友人として」
自分が頭が良くて狡い人間だということには肯定も否定もしない。ここら辺がアシュレイの狡いところである。
「令嬢が王子に守るべき方、と申すか……まあいい。アラステア公は優秀だ。お前にも私は期待している。だが、あまり敵を作るな。考えないというのは、愚か者のすることだ」
「……肝に銘じます。」
暗に気に入った、と言われたようだ。アシュレイは深刻そうな顔で皇帝に頭を垂れたが、心の中はにっこにこ、満面の笑み、してやったり顔である。なぜなら遠くに見える先ほどの公爵夫人たち、その悔し気な表情。皇帝に怒られると思ったんだろう、ざまあないわ。
アシュレイはスッと顔を上げ、にっこりと笑って膝を曲げてスカートをもって行儀よく挨拶をすると、颯爽と皇帝の前から立ち去った。アルドヘルムに腕を掴まれ、振り返ると真っ青な顔をしている。
「まあ顔色が悪いわアルドヘルム、悪い者でも食べた?」
「ア、アシュレイ様こそ酒を飲み過ぎたんじゃありませんか?」
「あなたって気を遣いすぎなんじゃありませんか?今日の職務は終了です。遅くならないうちに帰りましょうよ、私疲れました」
「……はあ、あなたは本当、自由なんですから……」
「あら、貴族歴1年未満の平民にしてはなかなかうまくやったんじゃないかと思ったんですがね。落第でございますか、アルドヘルム卿」
「……及第点です、アシュレイお嬢様。私の寿命を3年ほど縮めたので」
「それは残念、じゃあ帰ったら肩でも揉みましょう。ご加護がありますよ、寿命が5年は延びますとも」
「なんの加護ですか、まったく」
文句を言いながらも、アルドヘルムはもう怒っていないようだった。こうやってなんだかんだではぐらかされてしまうのがアルドヘルムの甘いところだなと自分で振っておきながらアシュレイは思う。これが自分に対してのみならいいが、あらゆる人間に甘いのだとすると心配だとアシュレイは思う。アルドヘルムが甘く見てやる相手などアシュレイだけなので、それはいらぬ心配だが。
綺麗なドレスを着て自分の前をずんずん進んでいくアシュレイを追いかけながら、アルドヘルムはとりあえず終わった、と安堵のため息をつくのであった。




