穏やかじゃない舞踏会②
一緒に来たはずのダレンは何をしているんだ、とアシュレイは非難がましく思ったが、ともかくビクビクしながら健気に立ち向かっているエミリアに助け舟を出そうとアシュレイは思い至った。なんだか見るからに泣き出しそうだし。そんなにビビっているなら放っておけばいいものをとも思うが。
「オズワルド殿下、次で私は抜けますね、少し揉めてるようなので」
「ん?ああ……そうだね、私も行こうか?」
「はい、困ってたらお願いします」
「ああ。揉め事の時は王族の権力を使うに限るからね」
「ハハ、そんなつもりじゃないですけど……」
曲に一区切りがつき、オズワルドがアシュレイの手を離す。アシュレイがダンスの輪を抜けようとしたところで、誰かに手を掴まれてぐい、と無理矢理ダンスに持ち込まれてしまった。アシュレイが驚いて目を見開き、顔を見るとそれは「アルフレッド先生」ことミサキだった。オズワルドもきょとんとした顔で見ていた。強引にダンスを踊らされているアシュレイを心配しているのもあるが、見覚えのない貴族だったからだ。
「なに、してんですかアンタ……!クソ馬鹿力、離してくださいよこのタコ!!」
小声でめちゃくちゃなことを言っているアシュレイだが、流石5千歳、ミサキは余裕綽々でにっこりと笑顔を浮かべている。それにしても、いつの間に広間に紛れ込んだのか。ミサキはアシュレイをリードして見事にくるくると踊っている。力が強くて強引なので、アシュレイは自分で踊っているというか振り回されているようで足元がおぼつかなかった。
「助けに入る気か?話題の争点のお前が?より一層こじれるんじゃないのか?黒髪の化け物が口出すなって」
「アンタも黒髪でしょうが、なにを人間面して踊ってるんですか?離してくださいよ黒髪の化け物」
「そうわめくな、あのお嬢さんも正義感に燃えてあんなことやってるんだ、助けてなんて一言も言ってないぞ?ここで仲裁に入るのはお前のエゴなんじゃないのか?」
「そうですか?私は髪の色について悪口を言われ、それを聞いて不快に思ったから会話に入って行った。それでいいじゃないですか、ジジイ」
ジジイと言われたミサキは流石に少しむっとしたが、大人なので怒りはせずにダンスをつづけた。やはり両方美形なのでかなり目立つ。会場は今度はこの二人に視線が集中した。
「公爵夫人複数人と、公爵家とはいえお前みたいな娘が一人、うまく渡りあえると思うか?そこでだアシュレイ、私が助けてやろう。アルドヘルムと手を切れば、この場をすっきり収めてやるぞ?」
アシュレイはびっくりした、という顔をしてからすぐに呆れたような表情になった。
「結構ですよ」
音楽が一区切りつくと、アシュレイは体をひねらせた勢いでミサキの手を振り払った。ドレスの裾がひらり、美しい振る舞いでスッと距離を置く。ミサキが驚いていると、アシュレイが去り際に言った。
「5千年生きてて女の口説き方も知らないんですか?助けてなんて一言も言ってないが?」
「……」
右手を出して笑顔でミサキの額を小突き、ひるんだところで背を向けて颯爽と歩き出したアシュレイに、ミサキがとっさに手を伸ばす。その手はごつい男の手に掴まれた。その手はグイ、と引かれて相手と向かい合う。ミサキが手の主を見ると、相手はアルドヘルムであった。ミサキは少し眉間に皺をよせる。
「アシュレイ様に何かごようで?一曲お相手いただきましょうか」
威圧を込めた爽やか笑顔。しかしミサキにはそんな威圧は一切効かない。ミサキは舌打ちをしてアルドヘルムを睨みつけた。アルドヘルムは見知らぬ男に睨みつけられて困惑している。アシュレイに気がある男なのだとしたら嫉妬で怒っているのかもしれないが、自分とこの男は初対面のはずだ。
「……お前がそんな顔をするようになるとはな」
ミサキの意味深な言葉にアルドヘルムが首を傾げた。
「……はい?」
「踊りは結構だ。男と踊る趣味は無いし、興が削がれた。もうよい」
「何が……」
ミサキは不快そうにアルドヘルムを一瞥すると、手を振り払って広間から出て行った。アルドヘルムはなんだったんだ?と困惑した顔をしている。そんなこんなで無事にミサキから脱したアシュレイは、揉め事の渦中にあるエミリアの元に優雅な歩き方で近寄った。
「あなた、侯爵家の娘の分際で、誰に向かって口をきいているの!」
「そうよ。おそろしい……こんな風に怒鳴るなんて、育ちが悪いんじゃないんですの?」
「わ、私のことは良いですけど、家族を悪く言うのはやめてください!!」
おーおーヒートアップしているな、と思いながらアシュレイはエミリアの真横に立つ。
「ごきげんよう奥様方、わたくしは、アシュレイ=エインズワースと申します。お初にお目にかかる方も多いように思いますが、挨拶が遅れて申し訳ございません。」
にっこり笑顔でドレスの裾を少し上げ、恭しい態度でアシュレイは挨拶をした。隣で泣きそうになっていたエミリアは、驚いて緊張が吹き飛んだようで、困ったような顔でアシュレイを見ていた。アシュレイは黒髪黒目、この論争の渦中にある。
「あ、あら……ごきげんよう。」
「エインズワース家は公爵家の中でも由緒正しい家ですから……アラステア様もよ、良い選択をなさいましたものね。できたご令嬢ですわ」
アシュレイが会話に入ってきた途端に悪態をつくことを中断した公爵夫人たちに、アシュレイは微笑む。思ったよりは気が強くないのかもしれない。仲間と集まっていると気が強くなってしまうタイプの人間なのかもしれなかった。
「ええ。平民として暮らしてきたわたくしですが、エインズワース家の名に恥じぬよう尽力して参りたいと思っておりますのよ。」
「ア、アシュレイ私……」
「エミリア。私、あなたを探していたのよ。以前お会いした時にはあまりゆっくりとお話しできなかったでしょう?」
「お、お二人は友人でいらしたのね」
「かわいらしい二人で……」
公爵令嬢というだけではない。先ほどまでオズワルドと踊っており、コーネリアスともエドウィンとも友人関係という強固な立ち位置を持っていることがアシュレイをかなり優位に立たせていた。
「まあ、公爵夫人様たちにそう言ってもらえて光栄ですわ。この国にもエドウィン殿下の尽力で年々異国からの来客や貿易など、異国の方が増えてきておりますし、髪色も銀色黒色、赤色も紫も、そのうち緑だって青だって普通の髪色として増えていくでしょう。髪の色はただそれだけの存在ではなく、他国との交流に重きを置いているという絆の証明でもあると思うんですの。
中には髪色に呪いだの不幸を呼ぶだの言う、原始人の空想の世界に生きているような方もいらっしゃいますが……皆さんは聡明ですもの、もちろん違いますわね?わたくしのような黒髪の娘にも優しく接してくださいますもの。」
ペラペラしゃべるアシュレイが嫌味で言っているのは当然だが、優雅たれ、お淑やかたれと生きてきた公爵夫人たちは少し目をそらし、困ったように黙った。それから、アシュレイの隣で呆然としているエミリアに謝り出した。良心が痛んだとかではないのだろうが、とりあえず謝らせればエミリアの心も晴れるだろうとアシュレイは思ったのだ。
「……え、ええ。私はもちろん、さっきはエミリアさん、ごめんなさいね」
「からかいすぎたわね。決して悪い意味で言ったつもりはなかったのよ?」
悪い意味でしかないだろ、と言いたいところだが、エミリアは突然のことにオドオドした。
「あ、え……えっと……」
「髪色を悪く言って悪かったわ、ほんの冗談だったのよ」
「でもあなたを悪く言ったわけでもないのに……」
怖気づいた様子の5人の公爵夫人たちに向かい合って、にっこりと微笑んだままエミリアを下がらせて喋る、エミリアより年下のアシュレイ。周囲は少し、アシュレイたちに注目してざわざわとしている。公爵夫人たちの中に、アシュレイはまだしも侯爵家のエミリアに謝るのは嫌だという者がいるようだ。エミリアはもう、そんなのどうでもいいから何してんのあんた!という顔をしているが。なにしろここは王宮だ。
「侯爵家のかたが私たちに口を出すのはどうかと思いますけれどね」
「大好きな人を侮辱されて怒るのはと、当然ですわ!大体、呪いだなんて冗談で済むことでもありませんわよ……」
なんだ、まだ喧嘩する気かとアシュレイはエミリアの口を手で塞ぐ。エミリアはなんだよ?!と言うようにアシュレイを見た。
「公爵夫人様、お忘れかもしれませんがここはエドウィン様のご帰国祝いの舞踏会ですわ?髪色がどうだの、あなた方がどう思うかはご自由ですが。騒がれる場所を間違えていらっしゃるのではありませんか?私どもは貴族だろうが国に仕える一国民。
国に貢献なさっているエドウィン様のご帰国を心よりお祝いする気持ちが無いのであれば、この舞踏会に参加する資格はありませんわ。この舞踏会に呼ばれた方々は、男爵家、伯爵家、侯爵家、公爵家どの家の方だろうと列記とした王宮からの招待客。そんなことは、元平民のこの私にもわかるのですから……ほら、みなさんあなた方を見てらっしゃいますよ。みっともないですわね」
「み、みっともないって、誰に向かって……」
猫を被っていたくせに、結局エミリアに食い掛る夫人に苛立って割と大きめの声で恥をかかせてしまった。アシュレイはやってしまったなあと思いながらも両手を軽く上げて降参のポーズをとった。
「まあまあまあまあ。そんなに恐ろしい顔をなさらないでくださいまし、せっかく頑張って飾ったお洋服やお化粧が台無しですわよ?」
アシュレイがにっこりと狐のような笑顔で夫人たちをからかう。夫人たちは顔が怒りでみるみる真っ赤になって行き、エミリアはドン引き、真っ青である。アシュレイが次はどうしようかと考えていると、背後から年配の公爵たちが数人、歩いてきた。今度は夫人たちの顔が青ざめていく。
「その通りだな、みっともない」
「だ、旦那様!」
「何を騒いでいるんだみっともない……恥をかかせるな」
「わ、私はただ……」
「お前も何をしてるんだ、こんな公共の場で」
公爵たちが予想外に自分の妻たちを回収していった。アシュレイにエミリアがすぐさま詰め寄った。
「あ、あ、あなたなに考えてるの?!公爵夫人が5人もいたのよ?!そ、それなのにあんなこと、あ、あんなこと言って……!」
「まあまあエミリア。あなただってたかが侯爵令嬢の分際で怒鳴りに行ってたじゃないですか。私は髪の色を呪いのせいにするのは前時代的すぎると思うだけですよ。お父さんには悪いことをしました……やばいですかね?」
「私に聞くの?!知らないわよ!私だってヤバいかも……」
エミリアに揺さぶられながらも、アシュレイが「エミリアが結局泣かなくてよかったな」なんて抜けたことを考えていると、背後から肩をポンと叩かれた。アシュレイが振り返ると、オズワルドとコーネリアスが立っていた。
「なに、私たちが悪いようにはしないさ。大丈夫だよアシュレイ。それにしても、君は相変わらず気が強いんだな」
「相変わらずとおっしゃいますが、オズワルド殿下に本性を見せたのは初めてでは?」
「コーネリアスから話には聞いてるからね」
コーネリアスが何か言いたそうにしているのでアシュレイがどうぞと手で差すと、コーネリアスは嬉しそうに言った。
「貴族に成りすましたならず者!って感じでかっこよかった。アシュレイ、学校でも頻繁にこういう場面を作ってほしいな」
「いや、劇じゃないんですから……」
アシュレイが苦笑いしながらコーネリアスと話していると、向こうからダレンが走ってきた。一直線にエミリアに向かってだ。今までどこに行ってたんだよとアシュレイは少しジトッとした目でダレンを睨む。アニタにはロイズがぴったりついているから、問題なく平和にしているのに。パートナーが面倒を見るべきだ。
「なんで公爵家なんかに喧嘩売ったんだ、エミリア」
「ご、ごめん……」
「ごめんじゃなくて、理由を言えよ」
ここで「エミリアはあなたのために……!」とか言うと劇っぽくてコーネリアスが喜びそうだが、痴話げんかは二人でやれとアシュレイは思った。
「ダレン、あなたが目を離したからこんなことになったのに偉くデカい態度ですね。謝れという気はありませんが、二人でテラスにでも出て頭を冷やしたらどうですか」
「は、はあ……お嬢様なに怒ってるんですか?」
「観客が多すぎましたから、私は広間から退散しますね」
「お供しますよ」
「アルドヘルム。あなたはここで永遠に踊っていてください」
「なんでですか?!」
「貴方は目立ちますから」
アルドヘルムに笑顔を置いて、アシュレイが広間から出て行ってしまう。アルドヘルムはすぐさま令嬢たちに引っ張りだこ、先ほどまでの騒ぎは風化して、音楽に合わせてまた貴族たちは優雅に踊りはじめる。オズワルドとコーネリアスはアシュレイを控え部屋に案内すると言ってついて行った。
居合わせた帝王は、アシュレイを強い視線でじっと見ている。第三王子も一部始終を見ていたので、なんとなくアシュレイのほうを視線が追っていた。
良くも悪くも目立ってしまったな、いや、悪くでしかないかとアシュレイは自分の気の短いことにまたもや後悔するのであった。




