歓迎パーティ②
音楽が鳴っている。広間には昼に運ばれてきたのであろう大きなピアノが置かれていて、脇には小規模ながら音楽を奏でる奏者たちがならんで緩やかな音楽を奏でていた。
パーティに招待された貴族たちはそれぞれ談笑しており、華やかでそこそこに騒がしい、独特の空気感がある。
アルドヘルムに手を引かれておずおずと足を踏み出したアシュレイは、広間のあまりの人数の多さと煌びやかさで、精神が参りそうだった。
ジャラジャラと宝石をつけた令嬢、長い髭をたくわえた紳士たち、ちらちらと視線を送ってくる同年代くらいの少年たち。全員生まれながらの貴族で、甘やかされて育ってきたボンボンだらけだろう。こんな空気、まったく、やってられないなとアシュレイは心の中でため息をついた。
「アルドヘルム……私の歓迎パーティなのだから仕方ないとは分かっているんですが、じろじろ品定めするように見られて、正直なところ居心地が悪いです」
「アシュレイ様が綺麗だから見てるんですよ。仕方のないことです」
「ハハ、そりゃどうも!」
「本音ですよ、怒らないでください」
アシュレイとアルドヘルムはそんな会話を交わしながらも、周囲を確認してこれからの行動を決めることにした。皆はアシュレイをあえて遠巻きにして、あまり積極的に話しかけようという者は見受けられない。距離をはかっているようだ。
だが、王子たちが居るからそんなに目立たないが、今日の主役は一応アシュレイなのである。故に、それらの人々皆に挨拶をして回らなければならない。
「アシュレイ様、どこから挨拶に回りましょうか?」
「アルドヘルム、あの……エスコートして頂いてるんですし、アシュレイと呼び捨ててください」
「いいんですか?では、アシュレイ。まずは第一王子からです」
「そ、そうですね…偉い人から行った方が…そう、私は嫌いなものから先に食べるタイプなので…」
「単純に挨拶回りは位の高い人から行くもんなんですよ、アシュレイ」
「そうなんですか。分かりました」
アシュレイはアルドヘルムに手を引かれて、第1王子であるオズワルドの前に出る。
赤くて長い髪を後ろで結んだオズワルドは、今年で18歳。事前にアシュレイが聞き得た情報だけでいくと、不愛想で、仕事に厳しい男だという噂であった。
「初めて会うな。あなたがアシュレイ嬢か。」
そう声をかけられ、アシュレイはすっかり『あがって』しまった。王族と聞くと、演劇ばかりやっていたアシュレイにとっては、少し機嫌を損ねると首をはねられるようなイメージがある。オズワルドの話し方は思っていたより柔らかく、感じは良かったのだが。
「は、お、お初にお目にかかります。この度……」
オズワルドの前で、一国の王位継承者の前ですっかり緊張してしまったアシュレイは、言葉に詰まってしまった。アルドヘルムはそれを見て、背中をトン、と叩いた。そして、耳打ちする。
「アシュレイ、大丈夫ですよ」
「……」
アシュレイは、黙ってアルドヘルムの顔をしばらく見てから言葉に頷くと、一度息を吐き、吸い込んでから、オズワルドに向き直った。
オズワルドはなんだか、少し品定めするような目でアシュレイを見ている。アシュレイはそれを見て、まず爽やかな笑顔を浮かべた。これは演劇だ、舞台が現実になったというだけで。そう思って乗り切ろう、とアシュレイは思った。
「オズワルド殿下、本日は私の歓迎パーティにお越しいただき、ありがとうございます。私はつい先日まで下町で貧しい暮らしをしておりまして、何かと至らぬ点がございましょうが、どうかよろしくお願い致します」
そう言ってから、息をゆっくりと吸って、アシュレイはオズワルドの目を見た。オズワルドは注意してみればわかる、というくらいの笑顔を浮かべてアシュレイに頭を上げるように言う。それから、アシュレイを安心させるように優しく言葉を紡いだ。
「……ああ、よろしく。あなたは下町からきたばかりと思えない、しっかりしたひとだね。あなたのような美しい人には中々出会えない。私は趣味で絵を描くんだが、ぜひ今度、私のアトリエに来てほしい。あなたを描きたい」
事前に少し聞いていたが、オズワルドは絵を描くことが趣味らしかった。アシュレイは美術には疎いが、機嫌を損ねなかったことに安心して笑顔がこぼれる。
「ありがとうございます、オズワルド殿下」
「アシュレイ、そろそろ行きましょう。オズワルド殿下、失礼致します」
「ああ、アルドヘルムもご苦労」
アシュレイは、なぜか挨拶が終わってすぐ立ち去ろうとしたアルドヘルムに質問する。
「どうしたんです、急いで」
「水を差すようですが、オズワルド殿下がアトリエに女性を誘うのは、夜のお誘いらしいと噂に聞いています。半分社交辞令として、受け流されますよう」
「えぇ?!今会ったばかりですよ?!」
「まあともかく、気をつけてくださいね。あの人、基本的に女性のタイプに、厳しいらしいのですが……見た目が気に入ったら手を出すこともあるようなので」
「詳しいですね、アルドヘルム」
「王宮の周りではもっぱらの噂ですから。実を言うと、オズワルド殿下とは幼馴染でして、昔はそういう印象は全くなかったんですが……最近は話す機会も無いので、なんとも言えません」
「そうですか。アルドヘルムにも色々あるんですね」
噂かあ、とアシュレイは苦笑いする。今まで自分がファンたちの間で噂されることはあっても、人のうわさ話なんてしたことが無かったのだ。
幼馴染のアルドヘルムが「そんな印象はなかった」と言うくらいなので何かあったか、根も葉もない噂なのかもしれないが。はじめて令嬢の専属の執事になったぶん、アルドヘルムも念には念を入れて、少しの噂でも気にして、アシュレイを守ろうとしているのだ。
しかし、王子ともなればあることないこと色々言われても仕方ないのかもしれない。今後、自分も何かしたら噂されるようになるのかなあ、気をつけないと。とアシュレイは思った。
「アシュレイ、次は第2王子、その次にほかの令嬢たちに挨拶しましょう。……あれ?コーネリアス殿下がいらっしゃらないな」
「いらっしゃらないなら先にご令嬢たちへの挨拶を済ませてきますね。アルドヘルムは、コーネリアス殿下がいらっしゃるまでここで見ていてください」
「お一人で大丈夫なんですか?」
「女相手は慣れているんですのよ、オホホ」
そりゃあ男の格好をしている時の話だろうとアルドヘルムは思ったが、まあ、本人が平気と言うならば平気なのだろう。多分。アシュレイと離れたアルドヘルムは、しばし周りを見ながら周囲の声を注意して耳で拾った。
「まあアシュレイ様はなんて綺麗なんでしょう、流石にエインズワース家の血を引く方は整ってらっしゃいますわね…」
「エインズワース公爵様は奥様とお二人で、御子様もおらず寂しがっておられたとか…」
「更に奥様は隣国の南の島へ遊びに行って2年戻らないとか…」
「お気の毒です、アシュレイ様がおられて良かったですわ、本当に…」
年配の貴族の婦人たちは、そんな風にアシュレイに好意的な雰囲気だった。というよりも、アラステアに同情的といったほうがいいか。
下町から引き取られてきたということを加味しても、アシュレイの顔はどう見てもエインズワース家の血筋に見えるらしい。髪も目も黒いのにそう感じられるということは、ある意味すごいが。顔の雰囲気が似ているのだ。
「ごきげんよう、はじめまして、アシュレイ=エインズワースと申します。本日は、私の歓迎パーティにお越しいただき……」
アシュレイは、令嬢たちへの挨拶は思ったよりスムーズに出来て、令嬢たちのほうも公爵家の娘相手なので割と下手に出ており、好戦的な態度はなかった。アシュレイには、だが。
「アニタさん、あなた飲み物を持ってきてくださらない?喉が渇いたわ」
「あ、私にも持ってきてくださる?」
「は、はい……」
アシュレイは、令嬢たちの会話を聞いていて、アニタと呼ばれる令嬢がアゴで使われていることに気がついた。どこにいようが結局、弱い者がいて支配欲を持つ者がいる。仕方のないことだ。使われる者は結局いつまでも使われる者だろうし、使う者は自分を偉いと思い込んでいるし。
しかし、アシュレイはあまりそういったことが好きではなかった。弱者が消費されるのを見過ごすのはアシュレイの心が許さなかった。
「あらあら、エインズワース公爵家には沢山の使用人がおりますのに、わざわざご令嬢が飲み物を運ぶ必要なんてありませんわ。ご命令なら我が家のメイドにどうぞ」
「……」
もちろん嫌味で言ったので覚悟の上だが、令嬢たちの間の空気がサッと不穏なものになった。アシュレイに嫌味を言われた令嬢のほうは、せっかく仲良くしてやったのに、と思っているのが顔に透けている。
「アシュレイ様、あなた下町の出身だと聞きましたわ?下町といえば、さぞ貧しい暮らしをしておられたのでしょう?」
「来た来た」とアシュレイは思う。釣れてしまったこの喧嘩を、どこで落とすか。初のパーティで騒ぎを起こすのもどうかという感じだが、やってしまったものは仕方ない。
「いいえ、私は働いておりましたので……幸運なことに、それなりに裕福な生活をしておりましたわ。案外、平民も困窮はしていないんですのよ。わが国は王の統治の恩恵で豊かですから」
「まあ、働いていたの?!女の人が働くだなんて、私にはとても信じられないわ……下町で女が働くなんて〝そういう〟仕事くらいしか……」
令嬢が隣にいた令嬢に目配せするが、周りの令嬢たちは怖気付いて目も合わせずに狼狽えている。アシュレイの口調が強めだからかもしれない。ここに居る王族は王子二人のみ。
権力からいえば、残りはわずかにいる自分と同等の公爵家か、更に残りは下ばかりだ。今のアシュレイに恐れるものは特にない。悪役に徹しても勝てる状況である。まあ、あまり意地の悪いことをしても体裁が悪いが。
「あら、どんな仕事を想像なさったんですか?高貴な方々が平民の女の一般職についてどのような認識を持っていらっしゃるのか、興味がありますわね」
売られた喧嘩は買う主義、というわけでは全くない。しかし、弱い者いじめがアシュレイは嫌いなのであった。自分は別に弱いわけではないので自分に言われる文句は気にならないが、さっき他の令嬢をいじめていたので気に気わない。
「あ、あなた、下町出身のくせに、私に向かって……」
「ミア伯爵令嬢様は、下町に嫌な思い出でもお有りで?」
「わ、私の名前……」
名前を把握されていると分かった途端、ミア伯爵令嬢は顔を真っ青にした。当然、彼女に失礼なことを言われたからといってアシュレイは義父に言いつける気も制裁を加える気もないので、彼女が怯える必要は特にないのだが。
アシュレイは決着だな、と判断したので、呆然としている先ほどのパシリ令嬢…アニタの持っていた飲み物の片方を取り上げてくっと飲み干した。そして、ウェイターの盆に空のグラスを置く。
「アニタ男爵令嬢様、あなたって気が弱いんですのね。いつまでも使われる者でいたいのなら話は別だけれど、嫌なら距離を置くべきだと思いますよ。」
アニタにだけ聞こえるように言うと、アニタが驚いた顔でアシュレイを見る。アシュレイはアニタに背を向けると、ほかの令嬢たちに向かって恭しくお辞儀をした。貴族よ優雅たれ、である。
「ああ、皆さま、私そろそろ失礼致しますわね」
そう一度に言って令嬢たちの塊から早急に立ち去ったアシュレイは、近くの草むらに入って歩きながら、自分の頭が急速に冷えていくのを感じた。
「ああ……やりすぎた、馬鹿みたいじゃないか……」
「落ち込むくらいならあんなこと言わなければ良いものを。下町出身と聞いていたが、物怖じしないんだな。お前のような奴なら、友人になりたいと思える」
頭を抱えていたアシュレイは、背後から聞こえてくる声に心臓が脈打つのを感じた。
まずい、まずい、まずい。見られたにしても、この人物は、相手が悪すぎる。
「第2王子、コーネリアスだ。アシュレイ=エインズワース、私と話をしないか?」
「は、はい……」
アシュレイは衝動のままに行動するのをやめる気は全くないが、いつだって衝動のままに行動すると、良くないことばかり起こるのだ。