穏やかじゃない舞踏会①
パーティがはじまってしまった。ミアは遠くに両親と立っていて、アシュレイが小さく手を振ると嬉しそうに手を振り返してきた。こういうところを見ると、かわいいなあと思ってアシュレイはつい、笑みがこぼれてしまう。隣に立っているアルドヘルムがアシュレイに飲み物の入ったグラスを渡して、アシュレイはそれを受け取った。
「ありがとうございます。あなたが酒を勧めてくるなんて珍しいですね」
「あなたは飲みすぎますから。酔わなくても、肝臓はどんどんやられていくんですからね。今日もそれだけにしておきましょう。パーティだから一杯くらい良いでしょう」
「そうですね……まあ、健康に気を遣っていただいてどうも」
「もうあなただけの体じゃないんですから」
「誤解を生むような発言は控えてくださいよ腹立つなあ」
「腹の立った顔も可愛いですよ」
「はぁ?」
「ほらほら、王宮ですよ」
なんだかアルドヘルムに遊ばれている気がするなあとアシュレイは腑に落ちないが、ここは王宮なのであまり不機嫌な態度を表に出すわけにはいかない。ご令嬢はおしとやかに、穏やかにだ。アシュレイが黙って、貴族が大勢踊ったり談笑している広間を見渡す。アルドヘルムがアシュレイを右肩をトントンと軽く叩き、広間の奥の人だかりを指さした。
「アシュレイ様、あれが帝王です。見たのは初めてでは?」
「……ええ。なんというか、コーネリアス殿下たちには似てらっしゃらないんですね」
人だかりの中心、綺麗なコーネリアス似の女性を隣につけて、帝王は立っていた。あれは多分、もしかしなくてもコーネリアスの母親の、正妻……王妃だろうか。優し気な微笑みを湛えている王妃とは対照的に、帝王は厳しげに眉間にしわを寄せている。白髪に金髪の混じった髪色に青い目、50代くらいだろうか、ゴツい顔で、決して美形とは言えない。白い髭をご立派に蓄えて偉そうにしている。帝王だから偉いのだが。
「そうですね。王子様方はみんな、お母さま似のようですから」
「厳しそうな方ですね。大人数に囲まれていますし、挨拶はしなくても……」
「何をおっしゃいます。公爵家の新しい養子なんて、必ず耳に入ってらっしゃいますから挨拶しないほうが問題ですよ」
「そうですか。じゃあ頃合いを見て行きますか……」
なんだか怖そうだし、嫌だなあとアシュレイは思ったが、公爵令嬢だから仕方ない。ひょっとしてミサキも紛れているんじゃないかとアシュレイが周りを獲物を狩るような目で観察していると、背後から声をかけられた。
「やあアシュレイ。久しぶりだな」
見間違えようのない真っ赤な髪。そこらの赤毛とは比べられない、完全な赤色の髪。後ろで結んだその長髪に、穏やかな笑顔。女たらしとのデマが流れるような美形。
「オズワルド殿下!お久しぶりです。最近王宮に顔を出せなくてすみません」
「いやいや、君にも色々あったんだろ、怪我とか無かったか?」
「はい。アルドヘルムが助けてくれましたので」
「アルドヘルム、お前は相変わらず頼りになるな」
「はは、そんな。光栄ですオズワルド殿下」
アルドヘルムとオズワルドは確か幼馴染だとか言っていたが、あまり親し気な雰囲気は感じないので、元々あまり仲が良かったわけではないのかもしれない。親同士が仲が良かったからとか、そういう感じで。アシュレイには二人が笑いあっているのがなんだか、いや、なんとなく不自然に感じられたが、特に何も言わず、にこにこと隣で立っていた。
「あ、そうだ。アシュレイ、一曲私と踊らないか?」
「ダンスですか。練習はしたんですが、先生以外と踊ったことはないので上手く踊れるかどうか……」
「いいさ。アルドヘルム、お前と踊りたがってる令嬢がうようよしてるぞ、私はアシュレイを持っていくからね」
「え?ちょっ……」
アルドヘルムがオズワルドをとめようとするが、この場で王族に文句を言うのも問題があるし、アシュレイも別にいやそうではないので連れていくなとは言えない。まあ、アシュレイにしてみればオズワルドは「そこそこ仲のいい友人」くらいの存在なので、ダンスするなんてのも深い意味は無いのだ。他の貴族たちだって、音楽の変わり目には踊るパートナーを変えているし。
「ああ……えっと、アルドヘルム、あなたも後で踊りましょう。行ってきますね」
「……はい。じゃあ次は私と……」
「アルドヘルム=ブラックモア様?あ、あの私と踊ってくださいませんか?」
「あ、待って!わたくしも踊ってください!」
「それならわたくしが!!」
「その次で良いから私と!!」
アシュレイが少し離れると、たちまち令嬢たちに取り囲まれてしまった。アシュレイは苦笑いする。そう、アルドヘルムはかなりモテるのである。顔もかっこよくて強くて、公爵家に次ぐ侯爵家というのは、なんとも優良な物件なのである。若い令嬢だけでなく、アルドヘルムより少し年上の美人も群がっている。そんなわけで、アルドヘルムは向こうに押し流されてしまった。残ったアシュレイとオズワルドが顔を見合わせる。
「アルドヘルム、モテるだろ?やっぱ爽やかで強い男が人気なんだな」
「オズワルド殿下も格好いいですよ。綺麗な赤い髪ですし、頭も良いですし」
「ありがとう。アシュレイは優しいな、お手をどうぞ」
「はい。オズワルド殿下」
オズワルドがアシュレイの手を取って踊りはじめる。赤と黒。目立つ組み合わせと、絵になる二人は結構周りの目を引いた。アルドヘルムも他の令嬢と踊りながら、アシュレイたちのほうをチラチラと見ている。アシュレイは慣れない踊りに専念していてアルドヘルムを見ているどころではない。
「上手じゃないかアシュレイ、ちゃんと練習していた証拠だな」
「あ、ありがとうございます。体を動かすのは比較的得意なので」
「そのようだね。ふふ、ロイズくんと殴り合いなんかしたんだろう?」
「コ、コーネリアス殿下が話したんですか。余計なことを……」
黒歴史を言いふらされていると気づいた中学生のようにアシュレイは引きつった笑顔を浮かべた。コーネリアスは天然なのでかっこいい武勇伝のように語っているのだろうが、貴族のご令嬢が将来家を継ぐ公爵家の息子と殴り合いの喧嘩なんかするなんて、下手したらかなりの大問題だ。ロイズの親とアシュレイの親が友人同士でなければ大ごとになっていただろう。
「まあ……お似合いの二人じゃない?オズワルド殿下の髪色と良く合って……」
「アシュレイ様は真っ黒な髪で、どんな色とも合うじゃありませんか?」
貴族のご婦人方が、アシュレイたちを見て話している。大半は褒めたり、二人が付き合えばいいと思っている。オズワルドは証拠もない悪評で女が近寄らないため、第一王子でありながらも一生独身疑惑すらあるのである。王子の妃となれば公爵家や他国の姫などが一般的、アシュレイはとてもちょうどいい相手なのである。
「黒だなんて。不吉な色ですわ。でも、恐ろしい赤色とはお似合いかもしれませんわね」
「ま、まあ、なにおっしゃるの。王宮で王子の悪口なんて……」
公爵家の中でも派閥のようなものがあり、王位継承権第一位のオズワルドはそういったしがらみによく巻き込まれるのだ。第一王子オズワルドの母親はもう亡くなっており、第二王子のコーネリアスの母親が王妃なので、コーネリアスを次の王にという声は結構ある。それにはオズワルドが邪魔なのである。
「みなさん言ってるじゃありませんか、いつも……黒い髪なんて赤い髪なんて、人間じゃないみたいだって……紫色の髪だってそうだわ。見た目の美しさに騙されて、恐ろしい……」
「そんな、エドウィン様は他国でも実績を上げられてますし……」
「……でも、確かに昔から神の色は我々の金色の髪が神聖だと言われてますわ」
「王もコーネリアス様を特にひいきにしてらっしゃるみたいですし……」
「どこの国から来た血なのかも分からないですわよね。おそろしいわ。特に黒い目なんて、何を考えているんだか……」
「恐ろしいわ、私、黒髪の人間は呪われているって聞いたことがありますもの」
オズワルドの話から、徐々にアシュレイの悪口に飛び火し始めている。公爵家のご婦人方がそんな話をして、不穏な方向に話を持ってきているところで、それを遮る声がした。
「あの!今の取り消してください!!」
まだ年若い令嬢。凛とした表情で、公爵夫人たちの前に立ちふさがっている。
「はぁ?なんなのあなた……」
「あら、マクレガー侯爵のところの……何を取り消せとおっしゃってるのかしら?」
自分たちが公爵家なので、余裕しゃくしゃくのご婦人方。それに対して心臓はバクバクで、涙が出そうに怖がっているのに強がっているその娘は、ダレンに恋する侯爵令嬢、エミリア=マクレガーであった。
「黒髪が……呪われてるなんて!ダレンだって黒髪だわ!髪が黒いからって、自分たちと違う色だってくらいで、酷いことを言わないでくださいませ!!わたし、わたしはそんな風に好きな人たちを侮辱されるのは、許せません!取り消してくださいませ!!」
少し大きめの声で言われ、婦人たちが少し怖気づく。
デズモンドと優雅に踊っていたアシュレイは、横目でそれをしっかりと見て、聞いていた。




