ナルシストVSナルシスト②
二人きりになったアシュレイは相変わらず張り付けたように変わらない笑顔でエドウィンに向かい合った。エドウィンは二人きりになった途端、嫌味っぽい笑顔が消えて急にオドオドした態度になる。もじもじと困ったような様子になったエドウィンに、なんだ?とアシュレイは眉をひそめた。
「アシュレイ……といったか。」
「ええ。アシュレイ=エインズワースです。お見知りおきを」
「お前、手を見せろ」
「え?」
「握手しなくていいから、手を見せてくれと言ったんだ」
「……では、失礼して」
アシュレイは言われたなら見せてやろうじゃないかと白手袋を取って机に置くと、右手をスッとエドウィンの前に出した。エドウィンはなぜか恐る恐る、という感じでアシュレイの手を持ち、裏返したり触ってみたりしていた。急に二人にしろと言ってみたり、手を見せろとビクビクしながら言ってきたり、エドウィンの行動はアシュレイにも理解不能だった。
「……痛くないのか?こ、この、手の甲の切り傷とか……なんで怪我したんだ?」
「これは確か……木に登った時に切ったんだったと思います」
「なんで木なんかに?木登りが好きなのか?」
「まさか。子供が降りられなくなっていたので助けてたんですわよ」
「子供……な、なんで子供なんか」
「なんでって……困っている人間を見たら助けるのが道理でしょう」
アシュレイが持つ基本的な道徳、それらはすべて本で読んで吸収したものだった。絵本のヒーロー、主人公。「良い人間」は、困っている人間を見捨てたりしないのだ。良くも悪くも「善人」になるべく、ただ人間の模範的存在を目指して生きてきたアシュレイにとって、人を助けることに対してなんの疑問も無いことだった。ただ当たり前のこと、アシュレイは純粋に生き過ぎたのかもしれないが。
「親とか、平民の仲間とかが助ければいいじゃないか。お前が……貴族がそんなことする必要ないだろう」
「誰も助けなかったから助けたんですよ。案外人間って、他人に無関心ですから」
「……お前は」
「?」
「お前は他人に関心があるのか」
「無いですが。目の前にあるとつい手を出してしまうだけですよ。だれだって目の前にクッキーが積まれていたら、つい一枚二枚と手を伸ばしてしまうでしょう。それと同じです」
いや、それと同じではないだろ……とエドウィンはしばし困惑した顔をしていたが、ため息をつくと窓の外を見た。アシュレイは、案外この王子は容姿について言及してこないなとぼんやり思う。アニタたちの言っていたことは何だったのか。それにしてもこの王子、紫の髪なんてファンタジーみたいだ。案外綺麗じゃないかとアシュレイは思う。
「……コーネリアスが……」
「……?」
「コーネリアスがお前のことを嬉しそうに話していた。」
エドウィンがアシュレイをまっすぐに見た。さっきまでオドオドとどうしていいか分からないという態度だったのに急に普通になったのでアシュレイも身構える。
「お前は美しい。だからさっき会った時にはコーネリアスがお前を好むのも理解できた気がした。でも……コーネリアスが話すお前の話は……男友達相手みたいに、見た目なんて関係ないような話ばっかりで、楽しそうで……だからこそ、何か騙されてるんじゃないかって……」
「面白いことを言いますね。美しい人間が好かれるなら、全人類が私を好きですよ……コーネリアス殿下と私の仲が良いのは互いに気が合ったからというだけですわ。恋愛ならまた別でしょうが」
本当はコーネリアスがアッシュのファンだったことがきっかけだが、今となってはそんなことは大して関係ない。コーネリアスも最近忙しくて劇場になかなか行けていないし。
「わ、私は!私は見た目が美しいから愛してもらえる!外交だって、見た目が美しいから上手くいくし、お前だって、見た目で得することがたくさんあるだろう?!」
「あなたが愛されるのは別に、見た目が綺麗だからってだけじゃないんじゃないですか?見た目が綺麗でも性格が悪ければ好かれませんよ。だれがそんなくだらないことを……」
「みんな……きっと言ってるんだ。私は見た目だけが取り柄で、無能だって……みんなそう思ってるんだ……」
「……」
な、なんだ?人生相談か?初対面なのになんなんだコイツ……と思いながらも、アシュレイは笑顔を作った。十分くらいもうたった気がするのだが、特にドアの外からのアクションはない。
「直接聞いたんですか?無能も何も、外交、得意なんでしょう?上手くいってるってさっきあなたも言いましたし、色々な国と貿易ができるようになったのはあなたのおかげらしいじゃないですか。」
「私が美しいからみんな構ってくれるし認めてくれる……外交だって、相手が勝手に私の言葉をすべて良いように受け取ってくれるから、うまくいくんだ……俺には何もない……私は見た目が美しいだけで他には何もないんだ……」
こいつッ!ナルシストはナルシストでも、被害妄想ナルシストだったか!悲劇的な感じを装いながらも自分の容姿にはしっかり自信を持っているのも鬱陶しい、アシュレイはものすごく面倒になって表情をこわばらせた。初対面の兄弟の友達に人生相談をするんじゃない。アシュレイはとりあえず、感動的なことを言ってこの場を済ませようと頭を巡らせた。
「あなたの周りの人にもちゃんと聞いたことがあるんですか?街の人たちは少なくとも、あなたが立派な人だと認めています。容姿だけで何でも上手くいくわけないです。それに、仮にあなたが本当に見た目だけだとしても、ちゃんとあなたについてきてくれる部下が居るんです。人徳があるからこそですよ。」
「そ、そうかなあ」
よし、ほだされたなとアシュレイは満足そうに笑う。同じ歳で見た目は年上に見えるくらいなのに、こう見ると心の中はまだ幼いようで好感が持てる。
「そうですよ、大体、美しいだけが取り柄なら見た目だけでも一番になってくださいよ。見た目だけなら私のほうが美しいじゃないですか」
「……な、なんだと?!私のほうが美しいだろう!バカ!」
「ハァ?!誰が馬鹿ですか、馬鹿!」
「王子に向かって馬鹿とはなんだ!あと私のほうが美しいんだからなっ!!」
雲行きが怪しくなってくる。アシュレイも大人なようでいて全然大人じゃなかったのである。怒っているわけではないが、エドウィンのようなうじうじしたタイプはあまり好きじゃないのだ。
「何言ってるんだか、はじめから自分と私の容姿を比べなかったのは自信が無かったからでしょうに。その点私は自分に絶対の自信を持っている。それに見合った努力はしてきたつもりだ。あんたは努力してないから不安なんだろ、そうでなければ、自分に自信がない自分のことを好きなだけだ。だから悲劇のヒロインぶってるんだよ、王子様」
「な、な、なんだお前急にっ二重人格か!!」
久々のアッシュモード、男のような低い声で、笑顔でエドウィンに近づいていく。エドウィンは顔を真っ赤にして後ずさり、アシュレイとの間に書類を立てて顔を隠した。生娘かお前は、とアシュレイは苦笑いをこぼす。
「コーネリアス殿下の兄弟なら、しばらくはよく会うでしょうし……私は友人には猫を被らないことにしているんです。私と友達になってみましょうか、エドウィン殿下?仲良くなったらあなたが無能かどうか、客観的に教えてあげられますが」
「そ……そ、そんなこと、はじめて言われた……わ、私と友達になりたいのか?!」
嬉しそうなのかビビっているのかわけのわからない表情で、エドウィンがアシュレイに質問する。
「なんじゃその質問は?!え、ええ、まあしかし、私はあなたと友達になりたいですよ。友人の兄弟ですし、異国の話にも色々興味があります。詳しいんでしょう?」
「ま、まあな!異国の話を知ってる数には自信が……ある……と思う」
チョロいな。アシュレイはニコニコしながら手袋を取った右手をエドウィンに差し出した。エドウィンは面食らったような顔で首を傾げる。
「そうですか。では、私の傷だらけの手と握手願えますか?エドウィン王子様。平民の汚い手ですが、友人なのでお許しください。」
「ああ。汚いなんて……全然思ってないけどな。私は……でも、平民とはあまり仲良くしちゃいけないって言われてるから、その、さっきは……」
エドウィンはアシュレイと握手を交わしながらも、なんだかばつが悪そうに下を向いた。
「いいんですよ、気にしてません。それに私は公爵令嬢でございますよ、間違えないでくださいね」
「うん。でも、私は美しいよな?」
「でもってなんですか。美しいですよ、人間にしては」
「人間にしてはって、お前も人間じゃないか」
そんなところで、ようやくドアがノックされた。
「そろそろいいか、エドウィン、アシュレイ」
「はい兄上」
ガチャリ。エドウィンがドアを開けるとコーネリアスとアルドヘルムが入ってきた。コーネリアスは不安そうな顔、アルドヘルムはにこにこしているが、笑顔でエドウィンを威圧していた。
「アルドヘルム、待たせましたね」
「いえ。楽しいお話ですか?」
「容姿にただならぬ自信を持つ者同士、そういった語らいを」
「どういった語らい!?」
「それは冗談として、友人になっちゃいました。殿下、エドウィン様はおかわいらしい方ですね。同じ歳とは思えません」
「そ、そうか?そういう印象は無かったが……そうなのかエドウィン?」
「か、可愛いと言われたことはないです……」
おや、コーネリアスの前では猫を被っているのか、とアシュレイはにこにこする。手袋をはめなおしたアシュレイは、ドレスを翻して部屋を出た。エドウィンは控えめに手を振って微笑んでいた。薄紫色の髪と、整った顔のパーツも相まって儚げに見えた。
「アルドヘルム、やっぱり私の方が綺麗ですよ」
「自分で言いますか」
何があったのか後でよく聞かなきゃな、なんてこっそり思っているアルドヘルムであった。




