ナルシストVSナルシスト①
「アシュレイ!」
受付を済ませて待合室のテーブルで待機していると、そんな女の子の声が聞こえてアシュレイが振り返る。アルドヘルムはにこにこと隣で静かに座っていた。
「あれ、ロイズとアニタも早く来てたんだね」
しらじらしい、わかっていて早く来たくせにとアルドヘルムが微笑む。別に今は微笑むようなところでもないが。なんでもかんでも微笑ましく思ってしまうのである。
「ええ。やっぱり私は男爵家だし、早く来るのが礼儀かなって……ロイズには申し訳なかったけど」
「私は気にしてない。それに、こちらから誘ったんだからアニタにすべて合わせるよ」
「ヒュウ~!なにいちゃついてんですかこの色男!」
「やめろ!ここぞとばかりに冷やかすんじゃない!」
ロイズとアシュレイは殴り合いをして和解した過去がある。それだけだと青春かな?という感じだが、その際にロイズはアニタを泣かせたこともあった。それでもアシュレイがロイズに特に何も言わないのは、ロイズが改心しているのが分かっているというのもあるが、アニタが嬉しそうだからというのが大きい。女性を悲しませることはあってはならないとアシュレイは思っている。そしてもちろん自分も女性なわけだが、悲しんでいると思われたくないので人前では決して泣かない。人前でなくとも泣いたことなんてないが。いや、この前あったか。
「私たちはさっき殿下に会ったぞ」
「あ、そうなんですか?私も挨拶してこようかな」
学校で毎日昼食をとって放課後も一緒にトランプや勉強会なんかしている仲なのに、まだコーネリアス「殿下」なんて呼んでいるのは一見するとよそよそしく思えるが、これは別に友達だと思っていないわけではない。殿下というのはつまり、ニックネームなのである。オズワルドだって、帰国したエドウィンだって「殿下」が付くが、アシュレイたち友人の中で「殿下」とだけ呼称するとき、それはコーネリアスのことに他ならない。コーネリアスもそれをわかっているので気にしていない。
「ちょっと行ってきますねアルドヘルム」
「ええ?いや、私も行きますよ」
「そうですか?じゃ、アニタ、ロイズ、また後で」
「ああ、あと……エドウィン様に会ったんだが……お前とは相いれないタイプかもしれないぞ」
「そ、そうですよね……アシュレイとは……」
「なんで?」
二人の微妙そうな顔を見てアシュレイが不思議そうに聞く。
「すっごいナルシストで、唐突に俺のほうがかっこいいなとかお前より俺のほうが美しいなとか言ってくるんだ。私たちは心が大人だから耐えられるが、お前のように容姿に自信のある人間はいら立ちを感じるかもしれない。殴り合いに発展したら危険だ」
「心が大人とかどの口が言ってるんですか、あと私を何だと思ってるんですか、ぶん殴りますよ」
ナルシストだとは噂で聞いていたが、本当だったようだ。しかし、アシュレイはまるで自分が常に喧嘩腰みたいに言われて腑に落ちない。容姿を侮辱されて怒ったことなどない。まあ、アシュレイは容姿を侮辱されたことなんかないが。
「でも、ホントにあんまり長話しないほうが良いと思うな……喧嘩になりそうだし……」
「いや、私は自分に何か言われても怒ったり取り乱したりはしませんよ」
「……そ、そう言われてみればそうかも。アシュレイ自分のことではあんまり……でも、温厚な私でもイラッとしたから気を付けてね」
「自分で温厚とか言うんだ……でもね、問題は誰に何と言われようが私が一番美しいってことなんだ。仮にエドウィン様が自分のほうが美しいって言ったとしてもそれは変わらないから」
「え?」
アニタが首を傾げると、アシュレイはピシッとホールの隅に置いてある花瓶を指さした。
「そこにある薔薇の花を、例えば私が“馬車だ”と言い張っても、あれは薔薇の花であって馬車ではないでしょ?言葉に出したところで私が一番美しいという事実は揺らがないから、気にならないよ」
「そ、そっか」
「そうだな、お、お前なら大丈夫だよな」
普通にドン引きしているアニタとロイズであったが、アシュレイの顔は今日も美しいので妙な説得力がある。アシュレイはかっこいいしかわいいので後光が差しているように見えるほどなのであった。アルドヘルムはうちの人がすみませんね、みたいな苦笑いをしているが内心ではその通りですと思っている。
「というかまあ、私は殿下に挨拶に行くんであって第三王子は万一会ったらって感じですね」
「いや、殿下と一緒に居るんだ」
「……そ、そうなんですか」
アシュレイが難しい顔をした。コーネリアスは彼と面識がないと言っていたが、そんな癖の強い王子と二人で居て大丈夫だろうか?一応兄弟なんだから気にすることでもないかもしれないが。
「行きましょうか。アルドヘルム」
「はい」
アシュレイはロイズたちに挨拶をすると、コーネリアスがいるという応接室に足を運んだ。執事はアシュレイの顔を見てハッとしたように慌てて案内してくれた。以前男装して来たときにコーネリアスが説明したのかもしれない。
「アシュレイ=エインズワースです。コーネリアス殿下、いらっしゃいますか」
ドタドタと足音がして、すぐに扉は開いた。きっちり正装してすっかり王子様という感じのコーネリアスは、なんだか安心したような嬉しそうな笑顔でアシュレイたちを招き入れた。奥の椅子に第三王子らしき紫髪、紫目の美青年が座っている。同じ歳とはいえ、アシュレイやコーネリアスたちよりは一回り体格が大きくて年上に見えた。だが、アシュレイはそれを見てただ「なんだ、私のほうが顔が良いな」なんて思っていた。
「アシュレイ!さっきロイズたちも来たぞ、お前たちは早いなあ」
「遅く来て混んでいても面倒ですしね。」
「あ、アシュレイ。弟の第三王子、エドウィンだ。」
「アシュレイ=エインズワースと申します。お噂はかねがね、お目にかかれて光栄です、エドウィン殿下。コーネリアス殿下とは学校で友人としていつもお話しさせていただいております」
「ああ……よろしく。」
隣のアルドヘルムは、アシュレイの営業モードにほっとした顔をする。コーネリアスという友人が居て王子相手だという感覚がマヒしてしまっていないか心配だったのだ。第三王子とはいえ、馴れ馴れしい態度を取って機嫌を損ねるのは得策とは言えない。エドウィンは立ち上がると、笑顔で手を差し出した。アシュレイはぐ、と少し硬直する。握手を交わすときは手袋を外すのが礼儀なのである。だが、手袋を外すと傷だらけの手が露わになってしまう。
「……手は見せられないか?ド平民。パレードの時に見えたぞ、そこの男もな」
ん?とアシュレイは少しエドウィンを見て考える。これは、喧嘩腰と言うことなのだろうか?コーネリアスはびっくりした顔でエドウィンを見て固まっている。しかしパレードの時に見たとか顔を覚えているあたり、よくよく周りを観察する人間なのかもしれない。アシュレイのほうはパレードの時にエドウィンの顔を見ていなかったし。しかしここで喧嘩を買うほどアシュレイは子供ではなかった。
「あら、見られてしまっておりましたか。わたくしは街を見て回るのが好きなんですのよ。昔は下町に住んでおりましたから、今も友人に会いに行っております。お気を悪くされたのなら申し訳ございません」
腰の低い態度だが、アシュレイはにっこり笑顔で申し訳なさそうな表情は一切ない。
「そうか。そういえば平民出身だったな」
「ええ。至らぬところもあるかもしれません」
「平民出身だからそれを許せと言い訳しているのか?王族に次ぐ公爵家に入っておいて」
「エドウィン、お前何を……」
「あら……あるかもしれません、と言っただけですわ?言い訳も何も、私には今のところ至らぬところなどありませんからね。自分のすべきことをしたうえで他のことをしているんですのよ」
「ずいぶんな自信だな、平民出身が勉学や礼儀作法でそうそう貴族に追いつけるわけあるまい」
うっ、微妙な雰囲気になってきたぞとアルドヘルムとコーネリアスが表情をかたくする。アシュレイもこめかみのあたりの血管がビキビキと動いているような気がするし、エドウィンのほうもなぜか嫌味な笑顔を浮かべて拳を握りしめているし。
「何をおっしゃいます、私は勉強も学年1位ですし礼儀作法だって問題視されたことはございませんわ。エドウィン様は外交がお得意で、下町に降りてきてまでパレードをなさるほど民を思ってらっしゃるのにささいなことを気になさるんですのね。」
「……」
ケツの穴の小さい面倒なガキめ、アシュレイは内心でそう悪態をつきながらも笑顔を崩さなかった。エドウィンは少しびっくりしたような顔をしていたが、数秒沈黙してから椅子に座った。
「兄上、少し彼女と二人にしてもらえますか」
なんで?!とその場のエドウィン以外全員が思っていたが、コーネリアスがあたふたしているとアシュレイがコーネリアスの肩を叩いた。コーネリアスがアシュレイの顔を見ると、「いいんですよ」というようなにっこり顔。
「ああ、じゃあ……10分ほど出ているから」
「アルドヘルム、10分待っててください」
「でも……」
「アルドヘルム」
「分かりましたよ」
そんなこんなでアシュレイはエドウィンと二人きりで対話する羽目になったわけだった。




