パレードパレード③
アシュレイとアルドヘルムは劇場につくと、裏口に回った。表には本日閉館との立て看板があり、完全に締め切ってあったからだ。第三王子帰還祝いパレードは、国をあげての大規模な催しなので、今日舞台をやったところで客も少ないだろうと休みになったらしい。そのことはあらかじめ知っていたので、暇つぶしに劇場に住み込みの団長とライリーに会いに来てみたのだが、裏口の前まで来ると、中から大人数の騒ぎ声が聞こえた。
「おはようございます」
アシュレイが入って声をかけると、近くに居たマイリがすぐに駆け寄ってきた。今日も大きなフリルのついた、かわいらしいワンピースを着ている。普段は仕事の一環だからまだしも、アシュレイはもはやマイリが男の格好をしている姿を見た記憶がないくらいいつも女装しているので、マイリにとって女装はもはや人生の一部であり、趣味なのかもしれなかった。
「アシュレイ!どうしたの?今日とか、貴族だと忙しいんじゃないの?サボり?」
「まさか。王宮でのパーティは3時からだから、時間つぶしに散歩してるだけだよ」
マイリは、女の格好をしているアシュレイのことはアッシュとは呼ばないことが多い。アッシュはファンの中では男なので、それはバレてはならないことなのだ。ここに部外者が居ないにしろ気を付けている。プロ意識という奴なのかもしれない。アルドヘルムはと言うと、仲のいいマイリには敬語を使わず砕けた話し方をしているのを見て少しうらやましそうにしていた。
「王宮のパーティ?!すごーい!!流石公爵令嬢って感じ!アルドヘルムさんは今日はこの後どうするんですか?」
「はい、私はアシュレイ様のパートナーとして出席させてもらいますよ」
さっきまで嫉妬で拗ねていたとは思えないような大人の余裕を感じさせる、アルドヘルム必殺の爽やか笑顔である。マイリもついポッとしているが、お前は男だ。
「というか、執事とお嬢様が一緒にパーティに出ることってあるの?」
「アルドヘルムは執事と言っても侯爵家の人だからね。おかしいことじゃないよ」
「侯爵家?!なんでそんな人が執事なんかやってるのさ?」
「それは長い話になりそうだから、まあいいじゃない。で、マイリたちは?なんでこんなにみんな集まってんの?今日休みだよね、団長とライリーくらいしかいないと思ってたよ」
「なんか、劇場閉まってると暇だし、今日お祭りだし!で、酒と料理を持ち込んで騒ごうってことになったんだよね。お母さんたちはデートに行っちゃって家にいてもつまんないし」
「そうなんだ。楽しそうだね……」
「アシュレイ様、酒はダメ、ですよ?」
「わかってますよ」
人前でも手を繋ごうとしていたくせに、アルドヘルムは人前で「アシュレイ様」と呼ぶ。それがアシュレイにはなんだかあべこべに感じて、もやもやした。アシュレイが見渡すと、ソヘイルも団員たちに交じって酒を飲んでいる。幸せそうに見えるので、なんだかアシュレイも良かったなあと微笑ましく思った。ソヘイルのほうを見ていると、アルドヘルムがグッとアシュレイの腕を引いた。
「なんですか?」
「デート中です、ちゃんと私だけを見ていてください」
「……」
そのまま手で顎をくいっと上げられ、アシュレイはアルドヘルムを見つめる。デート中……これはデート。アシュレイはそう思いながらも、昔マイリに言われた言葉を思い出していた。
『他の女の子のこと見てなかった?私のほうがかわいいでしょ!よそ見しないで!』
今のアルドヘルムの言葉とこれを同一視するのはかなり失礼なような気もするが、アシュレイはアルドヘルムが満足いくまで見つめてやろうと思い、そのままアルドヘルムの顔を凝視していた。横でそれを見ているマイリが「キャッ」と恥ずかしそうにしている。
「……」
「顔が赤いですよ、なんですか?あなたが見ていろと言ったんでしょう」
「そ、そういう意味じゃなくって……!」
年上をからかうもんじゃないな、とアシュレイはアルドヘルムの手を外し、マイリのほうを向いた。アルドヘルムはもう、すっかり大人しくなってしまった。
「冗談ですよアルドヘルム。あ、マイリ。もう少しでここら辺をパレードが通るよね」
「そのはずだよ。僕たちもパレードが来たら見にいく予定。……だったけど、まあ、みんなもう酔っぱらってるから行かないかもしれないけどね」
「そうだね……アルドヘルム、パレードの時間までここで休んでいきましょうか」
「そうですね。外は寒いですから」
今日は下町も外の人通りが多く、活気がある。定期的にこういう祭りみたいなものを開催してくれれば街も盛り上がっていくと思うのに、なんてアシュレイは思った。アシュレイは特別騒ぐのが好きなわけではないが、みんなが集まって和気あいあいと楽しそうにしている空気感のようなものが好きだった。その点、貴族のパーティは各自がお上品に静かに踊ったり話をしたりしているので、楽しいのかと言われると別に楽しくはない、というのが現状だ。みんな大人しくパーティに出ているのだからアシュレイも大人しく出るし、そこに不満は一切ないのだが。
「それより聞いた?第三王子のエドウィン様の話!」
「いや……ほとんど聞いてない。外交が上手で幼少時から天才だったとか……それくらいかな」
「それがさ~、すっごいナルシストになって帰ってきたらしいよ?見た目がカッコいいから全然問題ないらしいけど。異国のお母さん譲りの世にも珍しい薄紫色の髪に紫色の目、背が高くってスタイルもすっごく良いみたい。私たちと同じ歳なのにね」
「外交に特化しているのにナルシストで務まるもんなのかね。仕事はまた別か」
マイリの情報はミーハーな女か!というような内容ばかりだったが、見た目について言及したことは無かったので、紫色かあとアシュレイは珍しく思う。この国においては、黒髪金髪銀髪以外にあまりバリエーションは無いのだ。黒髪でもかなり珍しいし。
「パレード用の馬車の上にエドウィン様ものってるらしいから、楽しみだな~」
「ああ。でも、何時間も本人が乗ったままパレードって大変だね……」
「そうだよねえ。でも、ナルシストだとしても平民のためにわざわざ体力使ってパレードなんかしてくれるの、僕、好感持てるな。偉ぶってない感じするじゃん?」
「うーん……そうかもね。どんな人なのか楽しみだな、帰国したなら同じ学校に通うかもしれないし、一応コーネリアス殿下の弟だしね」
「そっかあ。アシュレイはコーネリアス様と友達だったもんね」
アシュレイとマイリが似非ガールズトークを繰り広げている間、アルドヘルムは団長はじめ年長劇団員たちに引っ張られていって囲まれている。酔っぱらいばかりなのでアルドヘルムもたじたじである。
「お兄さんよ~まさかうちのアッシュに手だしてねえだろうな~」
「団長~酔ってるからって貴族様に絡むもんじゃないですよ」
基本的にはお上品な貴族界育ちのアルドヘルム、酔っ払い平民にはあまり耐性が無い。しかしここはアシュレイの実家のような場所、親しい劇団員たちの前で引けを取るわけにはいかないのだ。瞬時に作った爽やかな笑顔で、アルドヘルムは返事をした。
「まだ手は出していませんよ。アシュレイ様はまだ学生でいらっしゃるので。」
「偉いっ!偉いぞぉ~お兄さん!あいつは昔から男も女も相手にしねえんで、機械人形か何かかと思ってたけどよ、ちゃあ~んとあんたみたいな男なんか作っててよ、安心したよ俺はよ」
「あ~、舞台の上だと表情豊かなのに普段は何があっても動揺したりしませんでしたもんね。貼り付けたような爽やか笑顔がデフォルトで」
「今は違うんですか?」
アシュレイの恋人扱いを受けて急激に機嫌のよくなったアルドヘルムは、にこにこ笑顔になり、酒臭い団長に対する悪感情も吹き飛んで行った。
「おう。お前さんと話してるときなんか、も~かわいい笑顔浮かべちゃって!俺は寂しい!あいつは俺の息子みたいなもんなんだ、大事にしてやってくれよ」
そこはやはり男扱いなのか。しかし、アルドヘルムはやはり上機嫌でにこにこしている。それを複雑そうに見つめる獣人ソヘイルは、すっかり劇団に馴染んで目立たないくらいの存在となっていた。そしてソヘイルはアシュレイにかなりの恩義を感じているので、この執事が恋人だったのか……と驚いているのだった。以前の二人はそんな風には見えなかったのだ。
洞窟誘拐事件から、アシュレイはアルドヘルムへの好意に急に自覚を持つようになった。それが大きいのかもしれない。それに合わせてアルドヘルムの愛情表現も大胆になって行ったというのもあるが。
「ソヘイルさん……でしたか。この前の件では、アシュレイ様の救出で、かなり助けられましたね。ありがとうございました」
「ああ、いや……そんなこと……元々は俺のせいみたいなもんですし……」
ソヘイルは内心、あんたに礼を言われる筋合いは無いが……とひねたことを考えていたが、アルドヘルムから感じる、笑顔の裏に隠された“圧”のようなものを感じて苦笑いでそうごまかした。アルドヘルムは、よし、引いたな。私の勝ちだと勝手に勝ち誇っていた。さっきアシュレイがソヘイルのほうを見ていたのが気に食わなかったのである。
「ソヘイル、最近女性客に人気なんですよ~!耳がかわいいって!な~!」
「や、やめてくださいよライリーさん……」
そんな騒ぎの中、少し遠くから、音楽が聞こえてきてアシュレイが立ち上がる。
「パレードじゃない?行こうかマイリ。行きましょうアルドヘルム、あなたも」
「はい!」
アルドヘルムが立ちあがってアシュレイのほうに小走りでかけていく。それを劇団員たちがほほえましそうな目で見つめていた。
「いいなあ。俺も恋したいな」
「団長はもう遅いですよ」
「なんだと?!まだ30代だぞ!」
「顔が怖いですもんね~」
「そうそう」
結局パレードを見に出て行ったのは、マイリとアシュレイ、アルドヘルムだけだった。




