パレードパレード②
「うわ、街中がなんだかカラフルですね。本当にお祭りって感じです」
「そうですね。出店なんかもありますよ」
パレードを見るため、アシュレイとアルドヘルムは下町に来ていた。10時から王都中心の街でパレード、そのまま下町に下ってきて昼頃にパレードがあるらしい。そんなことよりアシュレイは先ほどから、アルドヘルムがつないだ手を決して離さないことについてすごく気になっていた。さりげなく離れようとしても、固く握りなおしてくる。頑なに、絶対に手を離さないという意思を感じた。
「あ、私飲み物を買ってきますね」
このまま下町を下っていき劇団に挨拶くらいしに行こうと思っているので、手をつないだまま行って知り合いに見られるのは、なんだか恥ずかしく感じる。アシュレイが言い訳がましくそう言って手を離そうとすると、アルドヘルムがすぐに返事した。
「ええ、行きましょう」
ぐ、とアシュレイが苦い顔をする。そしてアルドヘルムは強めに手を握りなおす。アシュレイの手に嫌な汗がにじむ。こいつ……!手を離そうとしているのを分かったうえで離さないでいるのだ。そもそも、なぜ手をつなぐ必要がある?!アシュレイは困惑しながらもごまかしの笑顔を作った。
「あの……私が買ってきますんで……」
「二人で行けば良いでしょう。さあ、行きましょう!」
笑顔のアルドヘルムに引きずられるようにして店に入ったアシュレイは、死んだような目をして二人分の飲み物を頼んだ。金を払おうとするとアルドヘルムが勝手に払ってしまい、やはり手を離すチャンスは失った。
「飲み物のふたが開けられないので手を離してください」
「……そうですね!そこのベンチで少し休みましょうか」
「……はい。」
椅子に座って飲み物を飲み、その後再び手を繋いで歩こうということだろう。アシュレイはアルドヘルムに言われるままにベンチに座り、冬なのに冷たいオレンジジュースを飲んだ。酒かオレンジジュースか水しかなかったのだが、王宮でのパーティの前に飲酒はどうかと思うし、水を買うのに金を使うのも癪なのでこれに落ち着いた。瓶を傾けてごくごく飲んでいると、アルドヘルムが笑顔でじっと見てきたので吹き出しそうになってむせる。
「ンォッ……ゴホッ!!」
「大丈夫ですか?!」
すかさずアルドヘルムがアシュレイの背中をさする。ちなみにアルドヘルムの認識では、今日が付き合って初デート!という日なのである。二人の認識の違いがこうしたすれ違いを起こしていた。
「だ、大丈夫ですけど……飲まないんですか?なにこっち見てんですか」
「かわいいなあと思って……」
「そうですか……」
ガチ説教モードも面倒だが、この恋人面モードもかなりめんどくさいなとアシュレイは思う。将来結婚するみたいなことは確かに言ったが、まだ婚約もしていないし恋人だと明言したわけでもない。こう、急にラブラブのカップルみたいな空気で接されると困惑してしまうのだ。つまり、アシュレイはアルドヘルムを恋人だと思っていないのに、アルドヘルムはアシュレイを恋人だと思っているのである。まあ、アシュレイもアルドヘルムもお互いを好きなわけなので、そこに大した違いは無いように思えるが。
「そろそろ行きましょうか。」
十分ほど休憩し、二人とも飲み物を飲み終わったところでアシュレイが立ち上がった。そしてすかさず両手をポケットに突っ込んだ。立ち上がったアルドヘルムが無言でアシュレイに手を差し出す。
「……」
「……」
無言でその場から動こうとしないアルドヘルムと、アシュレイが見つめあう。アシュレイが手をポケットから出さないでいると、アルドヘルムの表情が笑顔から無表情に変わって行った。
(怖っ!何を目だけで訴えかけようとしてるんだ、こいつ……!)
「……」
無言、無表情でただじっと手を差し出して待機するアルドヘルムに、アシュレイは青ざめた顔をしながら仕方なく手を差し出した。アルドヘルムがすぐに笑顔に戻って手を繋ぐ。上機嫌で歩き出したアルドヘルムに、引きつった笑顔で引っ張られるアシュレイという光景はおかしなものである。この町のあたりにもアッシュのファンは多いだろうが、スカートを履いて髪を編み込んでいるので誰も気づいていない。ただの美男美少女カップルに見えないことも無いだろう。アルドヘルムが美形でなければ誘拐犯に見えるかもしれないが。
「アルドヘルム、あなたって案外、大人げないですよね……」
「なにがですか?」
さっきあんな威圧的な態度を取ったばかりのくせに、アルドヘルムはしれっとしている。アシュレイはなんだか最近、アルドヘルムの本性のようなものが分かってきた気がして嬉しい反面知りたくなかった点も多い。優しい保護者お説教純愛執事キャラとして見ていたが、腹黒お説教恋人面愛が重い執事キャラになりつつあるのだ。
「焼きリンゴだ。気になるけど、パーティ前だしあんまり物を食べないほうが良いですよね」
「アシュレイはアップルパイも好きですもんね。リンゴがお好きで?」
「私、アップルパイが好きなんて言いましたっけ?」
「……」
アシュレイの質問に、アルドヘルムは少しの間考え込む。それから、この情報は確か、アシュレイの育て親のマーサに聞いたのだと思い出した。そして、マーサとたまに会っていることはアシュレイには申告してないことを思い出した。こそこそと黙ってアシュレイのことを調べていたようで、バレるとどう思われるか心配である。
「マーサさんに聞きました。アシュレイのことを聞きたくてよく会いに行ってるんです」
だが言う。アルドヘルムはいずれバレそうなことは隠さないのである。
「そうですか」
アシュレイは案外、動じずにしばらく黙って歩いていたが、数十秒してから言った。
「じゃあ、私もあなたのことを調べにあなたの家に隠れて行きましょうか」
「え?!両親への挨拶ですか、私は構いませんよ」
「私とあなたの会話には齟齬が生じているように思えるんですけど……」
「将来結婚するんでしょう?なら同じですよ」
「うーん……」
「アラステア様は良いって言ってらっしゃいましたし、ほぼ公認カップルですよ。時間の問題です」
「時間の問題なんですか」
まあ、いいけど……とアシュレイは再び反応に困った、というような顔をした。アルドヘルムも嬉しそうだ。アシュレイにとっては、一緒に居る人間が幸せか否かが最も重要なことなのである。大抵のことは、みんなが楽しそうだし……ということで片付く。
「あ、そうだ……今着てる服はマイリに借りたんですけど、かわいいですか?」
「とってもかわいいですよ。頭のリボンも似合っています。森に住んでいる美少女って感じです」
「森に住んでいる美少女って……そんなもん見たことないですけど……」
「大丈夫です!私も見たこと無いですから」
なんだこいつ、頭をやられたかとアシュレイは呆れた目でアルドヘルムを見る。しかしまあ、かわいいと言われたので悪い気はしない。
「知り合いの前であまり手を繋いだりとかしたくないんですけど、劇場についたら手、離してくれますか」
「……どうしてですか?見られたくない相手でもいるんですか?例えば……マイリとか」
「マイリ?いや、あの子は女の子みたいなものですから……というか、どうしたんですか?いい歳して16歳の男の子に嫉妬ですか。そんな面倒な男でしたっけ、あなた」
「面倒な男ですよ、どうせ。でも、隠したい理由でもあるんですか?私と恋人だと……」
「はぁ?」
「え?」
「……」
「……」
アシュレイは、ここで「アルドヘルムは私を恋人だと思っていたのか」と気づく。そして同時に、まあそう思っても仕方ないのかもしれないな、と思う。でもキスしたこともないのにそんなことある?自分はまだ16歳だしなあとも思う。20歳と24歳だとなんの問題も無いのに、16歳と20歳ではなんとなくマズい感じがするのは不思議なものだ。
「恋人になるのは私が20歳になってからでいいですか?私、まだ事の分別も出来ない若輩者なので、20歳のあなたに騙されている可能性があるでしょう。現に私はまだあなたを恋人だと思っていませんでしたよ」
「思ってなかったんですか?!!?!!!!じゃあ今まで私だけ恋人だと思い込んで接してたんですか?!?!??!!!」
アルドヘルムからしてみればかなり恥ずかしい話である。アルドヘルムはボッと顔を赤くして慌てた。
「平たく言えば……いえ、平たく言わなくてもそうですね。私はあなたのことが好きなので“両想い”ではありますが、“恋人”ではないです」
「……違いがよくわかりませんが、恋人じゃないなら手を繋がなくていいです……」
流石に拗ねたか、とアシュレイは困った顔をする。だが、自分が普通の人間でない以上、恋人になってアルドヘルムの人生を縛るのは気が引ける。20までには何か解決策を考えるつもりだが、今のところは両想いなだけ、ということでお茶を濁しておきたいだけなのだ。
「まあそう言わないでくださいよ、手くらい繋げばいいじゃないですか、繋ぎたかったんでしょう?それに友達とかに見られて冷やかされたら恥ずかしいじゃないですか。そういう学生らしい羞恥心ですよ。私もあなたが好きなので、手を繋ぐのも少しくらいは嬉しいんですよ?駄目ですか」
「そんな早口で言い訳がましいですよ。」
とか言いながらも、アルドヘルムの手はアシュレイの手をしっかりと握っていた。二人は祭りで沸き立つ街を手を繋いで、劇場に向かってゆっくり歩いた。
(めんどくさい人だなあ)
(素直じゃないなあ)
お互いにそんなことを考えながら。




