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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
神来襲編
63/135

パレードパレード①

午前10時、街ではパレードが既に開始された頃だろう。王宮でのパーティは午後三時からあるらしい。


コン、コン……二回のノックの後、アシュレイの聞きなれた声が聞こえた。


「おはようございますアシュレイ、昨日届いたドレスはいかがでしたか?」

「入ってください。ドア空いてます」


メイドのシェリーと時間を潰して紅茶を飲んでいたアシュレイが、ドアの向こうのアルドヘルムに返事する。アシュレイはアルドヘルムと目が合うと立ち上がって一回転し、最低限の動きでドレスを披露した。アルドヘルムもにっこりである。


「綺麗ですが、なんか派手じゃないですか?」

「そんなことありませんよ、良くお似合いです。とても綺麗ですよ」


アシュレイのためにデザインされたという青いドレスは、二着あった。


一つは男物の青い正装。これもサイズ的にアシュレイ用なんだろうが、王宮でのパーティに男装していく気は毛頭ないし、これは当然のようにスルーだ。それにしても男用の正装にテカテカの青って……アシュレイは芸術家のセンスは理解できないなと苦笑いする。もう一着は同じ色だが綺麗な女性用ドレスだ。意外と普通のデザインのような気もするが、生地が触っただけで高級品だとわかる質だし、宝石がちりばめられているし、両肩まで出るドレスなのでアシュレイは少し不安だ。手袋をしないと荒れた手がバレてしまう。あと多少、鍛えてしまった上腕二頭筋が目立つ気がするし。


貴族令嬢というのは元々、手は綺麗じゃないといけないのだ。貴族令嬢は水回りの仕事だってしないし、もちろん重いものを持ったり働いたりなんかしない。それが良い家だという誇りにもつながるのである。アシュレイのような人間は手袋をしないと、「これだから平民上がりは」とか後ろ指をさされてしまうかもしれない。そういうことを言われるのは別に気にならないが、エインズワース公爵家の評判が落ちるのは不愉快だ。アシュレイはそこだけ気にしていた。前の時は袖の長いドレスだったので気にならなかったのだが。


「手袋しても良いですよね?私手がゴツゴツで汚いんですけど」

「アシュレイ様の手って、かっこいいです。私は好きだけどなあ」


「ありがとうシェリー。でも他の人はそう思わないだろうからね」

「そうですよね……すみません。あ、シルクの白い綺麗な手袋がありますよ!」


アルドヘルムはそんな二人の様子を見て少し黙る。手は確かに、令嬢としてとても重要視すべき点なのである。美しい手は育ちのいい証だからだ。でも、アシュレイは働く。働かずにはいられないし、止めたってアシュレイは止まらないのだ。日頃からアシュレイが手袋をして手をできるだけ守るように心がけているのは知っているが、それでも畑仕事なんかしていると手を怪我することが多い。


「じゃあ、私はマリア様のお手伝いをしてきますね!」

「はい。ありがとうシェリー」


シェリーが嬉しそうに部屋を出ていく。大きな祭りは少ないので、今日はみんな心なしか浮足立っていた。大きな像を運びながらの音楽演奏パレードもあるらしいし、アシュレイにもあまり想像がつかなかった。そもそも、今まで祭りなんか興味も無かったのだ。今回は知り合いの弟が中心だから興味はあるが、どんなものなのかも想像がつかないし。アシュレイがぼうっと窓の外を見ていると、アルドヘルムが椅子に座っているアシュレイの手を取って椅子の横に跪いた。


「な、なにしてるんですか?座るなら椅子に座ってくださいよ」

「アシュレイ、私はあなたに手が生えていなくたって愛していますよ」


アルドヘルムはそう言うと、アシュレイの左の手の甲にキスした。アシュレイは別にもう手のことは気にしていなかったのだが、アルドヘルムの恥ずかしい行動に硬直し、ボッと顔を赤くした。


「あ、あなたって結構恥ずかしい人ですよね」

「あなたに言われたくありませんが」


「あなたの手は綺麗ですね。私よりきめ細かくて」

「アシュレイだって、雑務をやめれば綺麗な手になりますよ。指が長くて細くて」


「……やめませんけどね、ええ。」

「おや、顔をそらしましたね?」


「あなた、性格悪いですよ。大人のくせに私のような思春期の学生に対して」

「すみませんね、珍しく照れているようだったので」


アシュレイはアルドヘルムの頭を軽くバシッと叩くと、座れと向かいの椅子を指さした。アルドヘルムは大人しくそれに従い、アシュレイは今日の予定が書かれた紙を机に置いた。


「これ、どの家でも配られるんですか?10時から王都内でのパレード、そのまま下って行き12時からは下町でのパレード、3時から王宮でのパーティ、受付は2時から……」

「こういう時は混むので早めに受付を済ませたほうが良いですよ。貴族だって人数が多いですから。爵位の低い家は1時には王宮に到着しているでしょうね」


「なんでそんな早くに」

「下手に公爵家なんかと時間がかぶって、先に通されてしまったりすると角が立ちますから」


アシュレイはそれに対して微妙な顔をした。そもそも貴族が全員一堂に会することなんてできるんだろうか?もう時間交代制でパーティをすればいいだろう、とアシュレイは思う。王宮は広いので全員入るのかもしれないが。


「はあ、そんなもんですか。待たされるのが不快だと?」

「そんなもんですよ。貴族全般、プライドが高い人たちばかりですから」


「……アニタが心配なので、早めに行ってもいいですか。1時にしましょう。ロイズにエスコートされるそうなので心配はないと思いますが……公爵家のロイズと一緒に居ることに対する嫉妬から嫌がらせを受けるかもしれませんし。常に一緒というのも難しいでしょうからね」

「アシュレイは心配性ですね」


心配性と言うが、往々にしてあり得ることだろうが、とアシュレイは心の中で思う。しかしアルドヘルムにとってはアシュレイ以外の令嬢のことなんてどうだっていいのでそこまでしてやる必要あるか?と思ってしまうのだ。冷たいかもしれないけれども関係ないし……と。


「そうですか?令嬢同士のカースト争いというか、そういうのは多いんでしょうが……あまり気分の良いものではありませんからね。平等だの博愛だのとは言いませんが、目にはいる範囲は止めます」

「アニタ嬢に限らず?」


「限らず。ちなみに、ダレンは誰と行くのか知ってますか?あの人言わないんで」


友人に限らずに助ける気なら平等だの博愛だの言ってるんじゃないのか。アルドヘルムは少しむすっとした。アシュレイは紙を裏返してみたり、紙の質を触って確かめてみたりしている。これは本当に、場繋ぎのどうでもいい雑談なのである。


「ああ……言ってないんですか。あいつはエミリア嬢と行くらしいですよ」

「本当ですか?!一方通行かと思っていたら、案外ダレンも彼女に気があったんですね」


「はあ。まあ、彼女のダレン愛は分かりやすいですから、ああも好きだとアピールされると心も傾くでしょうよ。ダレンの誕生日なんか雨の中、両親の目を盗み屋敷から抜け出して、ずぶぬれでダレンの家まで赤い薔薇の花束を持ってきたそうですから。100本」

「えぇ……そ、それはむしろ引かれませんか?すごいですけど……」


「ダレンは喜んでるっぽかったですけど……あいつのことはよくわからないので。エミリアは馬鹿でひたむきなところが良い感じだと言ってましたよ」


「良い感じって……」


雑談はこのくらいに、ということでアシュレイはアルドヘルムを部屋から出すと、パーティまで動きにくいからと普段着に着替えた。とはいえ、今日はスカート、普通の町娘スタイルである。


「アルドヘルム、まだ何時間もありますから町のパレード見にいきませんか」

「えっデートですか」


「……ええ。デートですよ。ぶん殴りますよ」

「なんで怒ってるんですか?!」


照れ隠しが分かりにくいうえにかわいくないアシュレイであったが、アルドヘルムは分かっているぞ、と生暖かい微笑みを湛えていた。普段基本的に素直なので、こうした動揺するアシュレイを見るのが楽しいのである。手袋を机の上に置いたアシュレイの手を取って、アルドヘルムがニコニコ顔で歩き出す。


「おお、二人ともパレードを見に行くのか?」


階段を降りたところでアラステアに遭遇し、アシュレイは急いでパッとアルドヘルムの手を離す。アルドヘルムはふーん、というつまらなそうな顔をした。人前で手をつなぐのは嫌だと申すか。


「はい。お父さんはお仕事ですか?」

「いや、妻も結局帰らないし……一人で行くと気まずいから留守番だな……」

「そ、そうですか……」


そういえばアラステアにも奥さんが居るんだったな、とアシュレイは思い出す。確か、旅行に行ったまま遊んでいて帰ってこないんだとか。寂しいことだが、アラステアの温厚な様子を見ていると、あまり強くは言えないんだろうなあと思う。


「すぐに帰りますね、お父さん。パレードが楽しみで」

「ああ、楽しんできなさい」


玄関から出ると、アルドヘルムが無言で見つめてきたのでアシュレイが困惑した顔をする。なに怒ってんだ?という気持ちだったが、アルドヘルムが無言で手を強めにつなぎなおしてきたので、「こいつ手を離したから怒っているのか……」と納得した。アシュレイはぎこちない様子で歩きながら、二人で街に向かって歩き出すのであった。


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