第三王子帰国前日
「おはようございます殿下」
金曜日、パーティ前日の学校は午前中だけになった。各家でも何かの準備があるのだろう。王都の中心の街、ガミルバでは大々的なパレードまで行われるらしい。何年かぶりの帰国だからなのだろうが、なんだか第三王子にしては扱いが大きいな、とアシュレイは思った。優秀だからこそなのかもしれないが。
「第三王子ってコーネリアス殿下の弟さんなんですよね、どんな人なんですか?」
朝はまだ教室にはコーネリアスしか居なくて、アシュレイは隣の席に座るとそんなことを質問した。コーネリアスはなぜかいつも、ものすごく早く教室に居る。アシュレイもいつも早く来るので人のことは言えないが、一人の時のコーネリアスは数学の教科書とにらめっこだ。王宮では仕事が忙しいようなので、勉強するために早く来ているのかもしれない。
「うーん……エドウィンはずっと外交で遠くにいるんであんまり交流は無いんだが……12歳の時から色々な国を渡って交渉ごとにたけている天才、だそうだ」
「エドウィン様ですか。何歳なんですか?」
そういえば名前は今初めて知ったな、とアシュレイは思う。実はアシュレイは第三王子にさしたる興味はないのかもしれない。コーネリアスはなんだか兄弟という実感が薄いのか、少し困ったように笑いながら話した。
「私より3か月遅く生まれたが、今は同じ歳の15だな。腹違いの子供だし、話したこともほとんどないけど……」
「じゃあ、デズモンド様もコーネリアス殿下も全員お母さんが違うんですね。王様には何人くらい奥さんが居るんだろう……それにしても、なんだか弟と聞くともっと年下かと思ってました。同い年なんですね」
「そうなるな。王族は元々、正妻以外にも複数の妃を取る慣習だしな。父上には確か、6人だったか。」
本で読むと、他国にはもっと大勢側室を取る王だって珍しくはないし、アシュレイも特におかしいとは思わなかった。が、なんだかコーネリアスのほのぼのした様子を見ていると、王族っぽく感じられない。
「なんか、殿下はそういうイメージないなあ」
「イメージ?」
「なんか、純愛タイプっていうか……一途そうなイメージっていうか?一人しか愛せないってタイプに見えます」
アシュレイの正直な感想だったが、コーネリアスはきょとんとしてから、うーんと首を傾げた。
「そうか?……そうかもな……でも、好きとかよくわからないんだ。結婚相手だって、私が決めるわけじゃないだろうしな。わからないほうがいいのかも……」
好きとかよくわからない、うん、よくわかるぞとアシュレイは軽く頷く。アシュレイだってアルドヘルムを好きなのは確かだが、恋愛だのなんだのについてはあまり詳しくないのだ。それに王族のコーネリアスについては、むしろ平民とかに本気の恋なんかして身分差に苦しむなんてことになるよりも、恋なんてよくわからずに生きていく方が幸せなのかもしれない。恋なんて無理にするものでもないし。
「そうですね。そのほうが楽かもしれないし、結婚した相手を偶然とても好きになれたらラッキーですよね」
「そうだな。アシュレイは?」
「私ですか。そうですね……私はアルドヘルムが好きなんで結婚したいし、あの人も私が好きなのは好都合なんですが……私に最近とある一身上の都合が出来まして、そう簡単にいかなくなったんですよね」
一身上の都合とは、自分が半神半人であることが判明したことである。そんなことコーネリアスに言えるようなことでもないが。
「一身上の都合?なんのことだ?お前はその含みを持たせる話し方をやめろ、気になっちゃうだろう」
「例えばなんですけど、数年後に姿をくらます事態になったりですとか、旅に出るかもですとか……まあ、そんなかんじですね」
「旅に出るのか?!なんで?!」
歳をとるにはどうすればいいか探す旅だ、あるいは天界を巡ることになるかもしれない。そうなると数日間、いや数年の間は失踪する羽目になる。行方不明になるなら事前に旅に出ると申告するつもりだが、もちろん令嬢が一人で旅に出るなんて許されるわけがないので、あるいは養子をいったん白紙に戻すことになるかもしれない。しかし跡継ぎの居ないエインズワース家ではアシュレイが継ぐことになる可能性が高いため、なにかするにしても家も先にどうにかしないといけないし、どうすべきか考えなければならない。
30歳くらいまでは20歳の見た目でもバレないかもしれないが、40、50となっていけば話は別だ。子供を産んで後を継がせてから旅に出るにしても、その産んだ子供が半神半人の血を継いでいると思うと常人として生きられるのか甚だ疑問である。神の血というのは薄まれば普通の人間に近くなっていくのか?そういったことも、ミサキに聞かなければならないなとアシュレイは思った。そもそも結婚しないと子供は作れないが、アシュレイは一生一緒に居てやれもしないのに結婚をする気は無いのだ。
「普通の人間になるにはどうすればいいのか探す旅……ですかね」
アシュレイが悩ましいという顔でそう言うと、コーネリアスは苦笑いした。
「アシュレイ……お前はかっこいい顔で誤魔化されてるけど、結構痛いやつだよな。旅に出る前に自分を見つめなおしたほうが良いぞ」
「殿下も最近かなり正直になってきましたよね、私に失礼ですよ」
「アシュレイもな」
言いたいことは分かるが、痛いやつ認定はなんだか癪に障る。アシュレイはコーネリアスの右の頬を軽くつねった。あまりにも柔らかくてムニムニとした肌だったので驚いたアシュレイだったが、コーネリアスは痛くはないので特に抵抗はしなかった。
「まあ、事情があるなら聞かないけど、お前はなんだか普通の人とは違う感じがするから……なんか、深いわけがあるって言われたらそうなのかなあって思うな」
「ほお、普通とは違う感じがしますか。どのあたりが?」
「なんか……神々しいっていうか、舞台でもだけど、みんなの視線をしっかり捉えて離さないっていうか?なんか、舞台上のアシュレイと目が合うと、私でもポッとなってしまうし」
「そんな、女の子じゃないんですから……」
ポッとするんじゃない。アシュレイはコーネリアスの少し恥ずかしそうな顔を見て苦笑いする。男の娘はマイリだけで充分である。でも、神々しいと言われると少し驚いてしまう。半分神だしなと。そうこうしている間に教室には結構生徒が登校してきはじめ、その頃に、アニタが教室にやってきた。
「おはよう殿下、アシュレイ!明日のパーティ、男爵家なのに私も呼んで貰っちゃいました!」
「おはようアニタ。私も出ますよ」
「アシュレイは公爵家だから当たり前じゃない!エスコートはやっぱりアルドヘルム卿にしてもらうの?」
「まあそうですね。アニタは?」
男爵家のアニタが王宮のパーティに呼ばれるのはやはり、コーネリアスと友達だからだろうか。他の貴族の女にいじめられないようによく見張っていなくてはとアシュレイは思った。
「じ、実はロイズから一緒に行こうって申し込まれて……受けちゃった!は、恥ずかしいっ!」
「そっか……」
「よかったな……」
アシュレイとコーネリアスが苦笑いする。こう浮かれていると、5人組が1カップルと3人になってしまう日も近かろう。アニタも来たのでパーティの話に戻そうと、アシュレイはコーネリアスに質問をした。
「殿下はパーティは一人ですか?」
「まあ、下手に女性とパーティに出ると結婚相手だと思われてしまうしな」
「王族は大変ですねえ」
まあ、公爵家だって王宮でのパーティに一緒に出ればすぐに婚約者認定を受けるものなのだが。つい昨日花束を持ってアシュレイを尋ねてきたランドルフだってパーティに来るんだろうが、アシュレイはそのことは全く眼中にないようで、ランドルフも大概気の毒である。
「あ、そうだ!お前の所にデザイナーのアドルフが来ただろう?」
「えーっあの有名な?!」
アニタのワクワク顔を見ると、やはり王宮お抱えのデザイナーは有名なんだなあとアシュレイは思う。ドレスが特別好きなわけでもないのに自分がそんな人にドレスを特注してもらうことへの罪悪感が凄い。服に興味がないわけではないが、他にいくらでもドレスをデザインされたい令嬢はいるだろうに。
「来ましたよ、なんか明日の朝までには届けるとか言ってましたけど、ドレスなんか一晩で作れるわけないじゃんねえ?って感じですよ」
「いや、今朝できたとはしゃいでいたぞ」
「昨日帰ってから今日の朝までの数時間で?!」
「あいつは元々作業が早いんだが、アルフレッド先生が遠くの国から手に入れた“みしん”とかいう道具を提供してくれたらしくてな、すぐに終わったそうだ」
「へ~みしん……アルフレッド先生?!あの人、王宮に居るんですか?」
「ああ。家が遠いとかで、王宮の空き部屋で暮らしているんだ。私も空き時間に数学とかを教えてもらってるぞ」
「へ、へ~」
とんでもないことを知ってしまった。何を考えているんだ、あの男は。アシュレイはさっき聞いたみしんという道具も、多分文明が滅ぶ前に存在した機械なんだろうな……と思う。一体なぜ。
「朝のホームルームがはじまるぞ、マクシェーン、教室に戻りなさい」
「は、はい!おはようございますアルフレッド先生」
アニタは、アルフレッドに笑顔で声をかけられて駆け足で教室に戻って行った。アシュレイは「げっ」という顔でミサキを見たが、ミサキはにっこりと笑って上体を倒すと、アシュレイの耳元で囁いた。
「ドレスが間に合って良かったな?ア・シュ・リー」
「うっ!」
気持ち悪い呼び方をするんじゃない!と言いたかったがアシュレイは引きつった笑顔で挨拶をした。
「お、おはようございますアルフレッド先生。いい天気ですわね」
「そうだね、エインズワースさん」
にこにこと教卓のほうに戻って行くミサキの背中を、アシュレイは睨みつけながら見送る。
「大丈夫かアシュレイ?今日は雨だぞ」
隣で心配そうな顔をするコーネリアスにアシュレイは苦笑いした。
「そうでしたね……」
今日も、アルフレッド先生の授業が始まるのであった。




