王宮に行こう②
「赤いドレスですか。派手じゃないですか?」
アシュレイは仕立て屋のたくさん持ってきたドレスの中から、生地の質なども吟味して選び始めた。案外色々な種類があって興味深い。劇団で使う衣装もこのくらい質の良いものをそろえたいな、なんてアシュレイは思った。しかし、わざわざ家まで仕立て屋がやってくるなんて驚きだ。まあ、今回は急な話なので仕立てるのではなく完成した品を買って丈を直すだけだが。
「そんなことないですよ、似合っておられますよ。それも私がデザインしたんですよ」
仕立て屋の横に立って、そうアシュレイに勧めるのは王室お抱えデザイナーのアドルフ=ライドン28歳である。金髪碧眼、彫りが深めの顔立ちで、綺麗な顔だがこの国では結構、平均的な容姿をしている。
なぜ王室お抱えデザイナーが公爵家に居るのかと言えば、以前コーネリアスに誕生日に贈られたドレスもこのアドルフが仕立てたからである。会ったことが無いのにドレスをデザインしたのが残念だった、ぜひ会って直接ドレスを作らせてほしいと頼み込んで、仕立て屋にくっついて公爵家にやってきたのだ。デザイナーが今日来たところで明後日のパーティにはどうせ間に合わないし、今日来る必要は無いように思えるのだが。
「アシュレイ様は何色でも似合いますね……青もいいな、でもやはり、真っ赤なドレスも捨てがたい……あれ!アシュレイ様は他のご令嬢より筋肉がしっかりついてらっしゃるというか、背も高いですし意外とこのような男物の服なんかも似合うかもしれませんね!あっでも!パーティにはもちろん美しい女性もののドレスをお選びしますとも!この肩の空いたドレスが今は流行りなんですが、やはり昔ながらのフォーマルな品のいいドレスだって素敵だと思うんですよね!」
「ハ、ハハ……そうですね……」
やれ、よく喋る男だ。アシュレイは熱く語るアドルフに、とりあえず愛想笑いを浮かべた。こうやって夢中になるくらい好きな職業だからこそプロになれるんだろうなあと尊敬してしまう。アシュレイにはここまで夢中で語れるような事柄に心当たりはない。
「絶対に明後日のパーティの朝までには完成させるので、ぜひ!今日あなた専用のドレスをデザインさせてください!」
予想外のアドルフの発言に、アシュレイが驚く。
「一晩で?!い、いや良いですよ!!別に明後日以外にもパーティはあるんですから……」
「イヤです!!早く見せびらかしたいんです~っ!!」
子供か。
「まだ出来てもいないものを既に見せびらかしたいんですか?!」
「私は作ったものを少しでも早く見せびらかしたい……そして褒めそやされたい!!そのためにデザイナーになったんです!!」
「そ、そういうものですか……」
部屋の隅の椅子に座ってニコニコと見ているアルドヘルムをちらっと見てアシュレイが苦い顔をする。何がそんなに楽しいというのか。結局、既製品のドレスを念のために購入し、間に合えば新デザインのドレスを着てパーティに出るという約束でまとまった。当日に出来てませんと言われたら一番困るし。
「当日は隣でエスコートされる方の服の色なんかとの兼ね合いもあると思うんですが、わかりませんかアシュレイ様?」
「え?ああ……」
アシュレイが再びアルドヘルムのほうを見る。
「……アルドヘルム、あなたの正装は何色なんですか?」
アドルフがアルドヘルムを見て、えっ執事にエスコートしてもらうのか?という顔をする。アドルフは男爵家らしいし、侯爵家の人間にも詳しくはないので執事は男爵家や伯爵家だと思っているんだろう。女のほうが良い家で男のほうが下の家、という組み合わせは、結構珍しいのだ。
「そうですね……男性の正装は青に近い紺色か、焦げ茶色が基本ですね。男物はあまりバリエーションはないですよ。私は多分、焦げ茶色でしょうか」
「そんなことありません!!私は男物の服もたくさんデザインしていますよ!あなたも今度の機会にぜひデザインさせてください!うーんでも、……焦げ茶ですか……じゃあ青もいいな……」
「焦げ茶と青って合うんですか?やっぱりさっきの赤いドレスも良いかも……」
「それもアリですね!でしたらこのような新しいデザインのドレスもございまして……これを応用して……」
アシュレイがアドルフと話し合いを始める。劇団での衣装は劇団員が選んだものを着ていたので、こうして自分でも意見を出して選ぶのにはまだ慣れていない。でも、なんだか楽しそうだ。
「ふふ……」
普段は飾り気のないアシュレイだが、服なんかを真剣に選んでいるのを見ると、女の子だなあとアルドヘルムは嬉しくなってつい笑ってしまう。しかし、あまり綺麗に着飾ると他の貴族に求婚されるかも……と気がかりだ。が、アシュレイは意外と気が強いので大丈夫かもとも思う。貴族の男のほとんどは気の強い令嬢に耐性がないのである。
「ではそんな感じでお願いします。仕立て屋さん、今日はこの赤いドレスを買っておくので、丈を直してもらえますか」
「はい!かしこまりました!」
それからは割と早々にドレスは決まり、アドルフはインスピレーションが大事なんだとか言って屋敷から飛び出していった。芸術家ってのは分からないものだ。アシュレイは仕立て屋が帰っていくと、ドレスをメイドのシェリーに手渡して自室によたよたと戻って行った。
「大丈夫ですか?なんだか疲れてるみたいですが」
「はあ……別になんともないですよ、ただアドルフさんがよく喋るもんで、気疲れしただけです。アルドヘルム、ちょっとそこ座ってください」
「はい?ベッドですか?」
「膝を貸してください。2時間たったら起こしてください」
「え?!」
アシュレイはアルドヘルムをベッドに座らせると、膝枕させてゴロッと寝っ転がった。そっぽを向いて寝てしまったので、アルドヘルムが複雑そうな顔をする。
「アシュレイ、私は男ですよ……わかってるんですか、無防備すぎるんじゃありませんか?」
別にアシュレイは無防備なわけでも無意味にこんなことをしているわけでもなかった。今回こんなことを言っているのは、どこかで見ているかもしれないミサキに対し「執事と普段からこんだけイチャついているぞ、バーカ」というアピールである。今後も定期的にこういった行動を日常に差し込んでいく所存なのだ。そしてアシュレイは、アルドヘルムが自分に了承なく何かするとは一切思っていないし。実際にアルドヘルムは何もしない。
「あなたは私と結婚するんでしょう、このくらいでいちいち……文句言わないでくださいよ……」
「結婚してくれるんですか?!」
「あなた次第ですし、私次第ですね……」
「ど、どういう意味ですか……」
「……」
「ええ?!そこで寝るんですか?!」
「……」
アシュレイがドスッと布団を殴ったので、アルドヘルムが黙る。都合の悪いことにはとりあえず黙っている暴君である。なんでこんな人好きになっちゃったんだろう、でも好き!アルドヘルムはアシュレイの頭をなでながらため息をついた。
「分かりましたよ、二時間ですね……」
固い膝だ。マイリの膝枕のほうがまだ柔らかいとアシュレイは思うが、そういえばアルドヘルムはかなり鍛えているんだったか。何十年かすれば自分がアルドヘルムを片手で吹き飛ばせるようになるとは信じられない。いや、でもアシュレイとミサキが必ずしも同じように力をつけていくとは限らないんじゃないか、という可能性もある。ミサキは元々、最高神の子供だったわけだし。歳だってとれるかもしれないし。
歳をとれるようだったらお前と添い遂げてやるからな、アルドヘルム……アシュレイはそんな風に考えているわけだが、アルドヘルムからしたら思わせぶりに思えて仕方ないわけだ。
「……パーティ、めんどくさい」
「そうですね」
ふふ、とアルドヘルムが笑う。外はもう、結構暗くなっていた。




