歓迎パーティ①
「アルドヘルム、う、ドレスを着るのがこんなに苦しいとは思いませんでした、内臓が飛び出すかもしれません」
朝からドレスを着せられて着飾ったアシュレイは、手すりに手をつきながらホールでパーティの準備をしているアルドヘルムによろよろと近づいた。
アルドヘルムは驚いた顔をしてから満面の笑みを浮かべる。それがなんだかオーバーなリアクションと言うか、わざとらしい反応に感じてアシュレイは少し複雑そうな表情になった。
「アシュレイ様、とてもお綺麗ですよ!しかし、男が近づいてきても下手に相手にしちゃダメですからね!あっ王子とかだったらいいかもしれないですが…」
「権力の問題ですか!?」
だがまあ、当然のことである。下手に下級貴族の男に口説かれて恋仲にでもなると家的には不都合だ。嫁に行くなら王族か公爵家同士が望ましい。ついでに欲を言えば、跡取りのいないエインズワース家には、貰えるなら婿養子を取るのが望ましい。
「それにしてもアシュレイ様、男装も似合ってましたが……やはりそういう女の人らしい格好が一番素敵ですね、女役での演劇も見てみたいです」
「へへっ、そうですか?そんなに似合ってます?」
褒められたらすぐ喜んでしまうのがアシュレイの結構チョロいところである。アルドヘルムは少し褒めたらすぐ挙動不審になるアシュレイを見るたび、実はこの人は単純馬鹿なんじゃないだろうか?と微笑ましい気持ちになった。
初対面時が「仕事人間」感ありありだったためのギャップもあってそう感じるのかもしれないが。
「とはいえ私が少年の頃に着ていた服なんかも似合うと思うので、男装したいときはおさがりでよければいつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます!それは楽しみですね」
そんな話をしていると、向こうの入り口からダレンが走ってきた。アシュレイはそれに気づいて手を振る。
「お嬢様!ヤバいですよ、今日、第1王子と第2王子が来るらしいんです。絶対お嬢様を婚約者候補として見定めに来るんですよ、怖ー!!」
なんだかダレンは、初対面の時とは全然態度が違う。一度打ち解けると一気に距離が縮まるタイプの人なのかもしれないとアシュレイは思った。図体もデカいし基本は仏頂面だし、きっと誤解されやすい人なのだろう。
「公爵家に養子に来たとはいえ、下町に住んでた人間を王子が見に来ることなんてありえるんですか?いえ、ありえまして?!」
「ありえちゃうんですよ、公爵家の直系となれば!」
そう、ダレンは深刻そうな顔で畳み掛けた。それに対して、追い討ちをかけるようにアルドヘルムが重々しくしゃべり始める。
「しかも、私はパーティとか結構出るタイプなんで令嬢たちの顔も大体把握してるんですが……王子様と同年代、アシュレイ様くらいの年齢の令嬢はほとんど……容姿が……」
「なんてこと言うんだお前!失礼だろ!」
失言をしたアルドヘルムをダレンが軽く殴る。余計な一言であった。
「な、なんと…王子様とはいえ顔は選びたいでしょうから最悪の場合、消去法で私が選ばれたり…いいえ!そんなことにならないように対策を講じましょう。王子に気に入られなければいいんですし」
「ええっどういうことです?!アシュレイ様!王子様に危害を加えたらダメですよ!」
ダレンが人聞きの悪いことを言うのでアシュレイが呆れた顔をする。
「そんなことしませんよ!……そうだ!アルドヘルム!あなた、よくパーティに出るとか言いましたね?」
アシュレイは色々と考えを巡らせて表情をコロコロと変えていたが、そう言ってビシッとアルドヘルムを指差した。アルドヘルムはギョッとした顔で硬直する。が、すぐにいつもの爽やか笑顔に戻った。
「はあ、私の家は公爵に次ぐ権力の侯爵家ですので、パーティに出ろと声がかかることが多いんです」
「あなたは婚約者とかいらっしゃいます?」
「いませんが?」
「であればアルドヘルムに一緒にパーティに出ていただき『付き合ってるっぽい』雰囲気を醸し出して欲しいんです!付き合ってると明言すると後々不都合なので、あくまでも付き合ってるっぽくない?という程度に、匂わせる程度に一緒にいてくれませんか?私は王子に目をつけられると面倒だと思います」
「下町から出てきたばかりだと知られているのに?!…いや!むしろ、下町に迎えに行った私がアシュレイ様に一目惚れし、お付き合いを開始したという設定のほうが信憑性があるかもしれませんね!15歳と20歳なら十分あり得る年齢差ですし」
アシュレイの目標が王都での劇場の建築であると知っているアルドヘルムは、そう言ってアシュレイの案に賛成した。王家に嫁げは劇団員なんかやってる暇はないのである。
が、そんなこと知らないダレンは当然のようにアルドヘルムを叱りつける。
「アルドヘルム!何乗り気になってるんだ!王子に気に入られれば生活に不自由もなく悠々自適に暮らせるんですよお嬢様?!」
「ダレン、私は今も十分に悠々自適の生活を送っているわ。なんたって公爵家ですからね!変化を求める必要性を感じられないわ!」
アシュレイの言葉に、ダレンが言葉に詰まる。確かに!王家に嫁げば面倒な式典にも出なければならないし、自由に出かけられもしない。公爵家なら割と自由に暮らせるし、かなり豊かな生活を送れる。
つまりは言うことなしなのである。跡取りが居ないからいずれは家を継いで仕事をしなければならない、という点を除けば公爵令嬢とは実にお得な役回りなのだ。
「待ってください…いや…アルドヘルム!俺だって立って客の相手するよりはお嬢様と付き合ってるフリしてパーティで飲み食いしたい!俺も侯爵家ですよお嬢様!」
本音はそれか!とアシュレイは呆れの目をダレンに向けたが、まあ気持ちは分からなくもない。パーティならご馳走が出るだろうし。規模の大きいパーティなら仕事も忙しくなるだろうし。
「ダレンあなたは……そ、そうだ!ジャンケンにしましょう!それがいいわ!」
「そうしましょう!」
基本運がいいことに自信のあるアルドヘルムは実に乗り気だが、ダレンは浮かない顔になった。
「えっ俺ジャンケンめちゃくちゃ弱いんですけど…」
「俺はグーを出すぞ、ダレン」
「心理戦やめろ!!」
色々騒いでいたが、最終的に当初の話通りにアルドヘルムがパーティでアシュレイをエスコートすることになった。
アシュレイはアラステアと一緒にパーティ前の説明なんかを聞いていたが、ドレスがキツくて半分くらいは右から左に抜けていった。
いつもは鳴らない午前11時の鐘の音がなって、アシュレイ=エインズワースの歓迎パーティが始まった。