学校は大騒ぎ②
なんだか、無駄によく寝てしまった。保健室で寝たのなんてはじめてだったが、保健室のベッドは屋敷の高級フカフカベッドと違い固めなので、前に住んでいた家のボロベッドを彷彿とさせて落ち着くのだ。お貴族様の通う学校といえど、ベッドは質素である。
「どうしたんだアシュレイ、もう大丈夫なのか?」
休み時間、保健室から戻ってきた私にコーネリアス王子が駆け寄ってくる。
「はい。新任の先生、あの人が嫌いな知り合いだったんで、つい目眩がしてしまっただけですよ、殿下」
私は笑顔でコーネリアスの服の襟がひっくり返っているのを直しながら返事した。この人は結構、ネクタイが曲がっていたり襟が片方立っていたり、うっかりしていることが多い。今は慌てて走ってきたせいかもしれないが。私が彼の服の襟を直したりも頻繁に行っているため、コーネリアスはそれについては何も言及しなかった。前に服を裏表に着てきたときには、流石に恥ずかしがって慌てて着替えに行ったが。
「えっ?!嫌いな人だったのか、私がついて行けば良かったな。ごめん」
コーネリアスがしょんぼりとした顔で私に謝る。別に嫌味とかで言ったつもりは無かったのだが。
「殿下が謝らなきゃいけないことなんて何一つないですから、謝らないでくださいよ」
相手に非のないことで謝られると、こちらが責めたみたいでなんだか申し訳ない。それにミサキが今後教員として学校に居るのなら、アルフレッド先生は苦手です、と周りにそれとなく言っておくことが重要なのである。周りが気を遣って、多分、彼と私を分断してくれる……と期待したい。二人きりになるとミサキは私に余計なことを思わせぶりに言ってくるため、大変にストレスがたまるのだ。まあ、この前のように美味しい食事と一緒に対話するなら……数十分くらいの雑談ならやぶさかではないのだが。
「それにしても、どこで知り合ったんだ?遠くから越してきた伯爵家の出だし、家同士で交流なんかないだろう?」
伯爵家出身として学校に雇われているのか。それにしても、家族やら使用人なんかもやはり洗脳しているのだろうか?普段天界に暮らしているミサキが人間の世界で快適に生活できるんだろうか?それとも、学校の時間以外は天界に帰っているとか?洗脳というのはどの程度まで有効なんだろうか。洗脳なんかできるなら、私のことも洗脳すればいくらでも好きなように出来るんじゃないのか?それをなぜしないんだ?
……と言うように、なんだかんだとミサキについて考えてしまう。相手の思うつぼのような気もするが、ミサキという聞きなれない響きの名前からしてここら辺の言語圏とは思えないし、5千年の間に色々な言語を勉強したのかな、そう考えると結構勉強家なのかもな、なんてことも思う。
「伯爵家なんですか。いえね、以前道に迷っているところを助けてもらいまして」
まあ、嘘ではない。道に迷ったというか、人に誘拐されて湖に沈められたのだが。実際、私はミサキ本人に何か危害を加えられてはいないのだし。いや、ここではアルフレッド先生と呼ぶべきか。
「助けてもらったのに嫌いなのか?!」
コーネリアスの当然の疑問に、私はしまったなあと思いながらも笑顔を保つ。
「人間には相性というものがありますからね……私と殿下は気が合ってラッキーですね!」
「え?そうか?エヘヘ……」
照れ笑いするような場面でもないのだが、コーネリアスはそう言って笑顔になった。友達の少ない身としては嬉しいようだ。王子という立場のせいで腫れものに触る扱いを受けるのも大変だということだろうか。それにしてもコーネリアスは扱いが楽すぎて心配になる。そんなに素直で大丈夫か?悪人にいつか騙されなければいいのだが。
そうこうしているうち、他のクラスのロイズたちが教室に入ってきた。休み時間になるといつも自然に、何の示し合わせもなくこの教室に集まるのだが、なぜなのか。クラスに友達はいるのか?大丈夫か?私は別に構わないし楽しいのだが、私とコーネリアス以外はみんなそれぞれクラスがバラバラなのだ。教室で浮いていないと良いのだが……
「アシュレイ!!朝の続きの話!」
ミアに詰め寄られ、私が右手を前に出してそれを制止した。そう、ここはとりあえず落ち着いていただかないと。かといって、彼らが私のどうでもいい事件に思い悩んで授業に身が入らないというのも申し訳ない。
「まあ待ってくださいよ。学校で話すようなことでもないので、週末に我が家でお茶会でもしながらゆったり話しましょう」
ここは、具体的に話す時間を設けることにより丸く収めるという手法を取りたいと思う。週末までにどう説明するのか考える時間もできるし。天界の話なんかすると、ひょっとするとコーネリアスやアニタあたりは信じるかもしれないがロイズなんかは私を病院に連れて行こうとすることは間違いないだろう。
「謎の部族に連れ去られる事件ってお茶会でゆったり話すようなことなの?」
「でもまあ、話してくれるなら待つが」
「私もそれでいいです。アシュレイ、私今日、みんなの分サンドイッチ作ってきたんですけど」
「アニタ!そうですか、中庭で食べましょう」
みんな、私が聞いてほしくなさそうなら深く追求してこない。それが私には楽で心地いいのだ。居心地のいいところに居ると、なんだか不安になるが。得意じゃないのだ、心配されたり気を遣われるのが。私は人が幸せなら幸せだ。私が幸せに生きるためには、私の目に入るすべての人間は幸せでなければならない。貴族は生活に困らないから幸せだ。私が演劇をしているのも、今となっては客が幸せになれるからだと思っている。
たまに演劇をやって、学校に行って、手伝いをそこそこやって、家ではのんびりしていて。私は今のままでいいのだろうかと。
「アシュレイ?」
「え?ああ、すみません。ボーっとしてました」
アニタの作ってきたサンドイッチは美味しかった。間に挟んであったチーズは、アニタの家の近くの農場で作られたものらしい。アニタは私の隣に座って、先週の学校の話をしてくれた。それに三人が相槌を打ったりうちのクラスではこれがあった、なんて補足をしたり。学生らしい!これぞ学生らしい生活と言えるだろう。
「そういえばジェニがまた殿下にちょっかいをかけに来ていたな」
ロイズがぼやく。私が居ない間も休み時間仲良し会合は続いていたらしい。休み時間にはコーネリアス目当ての女子だって来るんだろう。稀だが。結構貴族には奥ゆかしい女性が多く、王族に自ら話しかけに行くものは男でも少ない。それにしてもジェニと言えば、以前サンドイッチ犠牲事件において私を怒らせた身の程知らずの女だったか。たしかにあの時コーネリアスへのアピールは勝手にしろとは言ったが、普通来るか?気まずいとか思わないのか……と思ってしまう。ちなみに男関係は清算してきたんだろうか?
とはいえコーネリアスはその時、仕事で遠征だったのでそんな事件は知らないが。ロイズたちにも殿下が気を遣うから言うなと口止めしてある。
「ジェニ?ジェニ=マクレーンですか。積極的な女性ですねえ……」
私が半笑いで言うと、コーネリアスが首を傾げた。
「ジェニとは特に接点がないんだが、なぜか私の所によく来るんだよな」
うーんこいつ、鈍いというのかあざといというか。実はすべてわかっていて天然ぶっている養殖天然男なんじゃないのか?と思うことがある。王族なんだからしっかりしろ!国を背負え!
「そりゃ殿下に気があるんですよ、馬鹿ですね殿下は」
「馬鹿?!アシュレイ!お前最近口が悪いぞ!」
「私たちはお友達ですからね、本音で行きましょう」
にっこり友好の笑顔で言うと、コーネリアスはまた笑顔に戻った。人は人を映す鏡と申します、笑顔で接すれば誰しもほだされるものなのです。
「えっそうか?そうだな、正直にな!」
「騙されてますよ殿下……」
ロイズが苦笑いでコーネリアスに言う。比較的思慮深いロイズも、きっとコーネリアスのことは心配だろうな、と私は思う。今後もコーネリアスの友人としてロイズが付き添って生きていくべきなんじゃないだろうか。王子秘書みたいな?
「そういえば新しい先生、アルフレッド先生!あの先生かっこいいよね!昨日はうちのクラスに挨拶に来たんですよ!」
「ああ、今日はうちのクラスに……」
「待てアニタ!!!アシュレイはあの先生が物凄く嫌いなんだ、吐き気がすると思うからアシュレイの前では控えよう」
「そうなんですか?!」
「そこまでではないですよ!!!」
話を盛るんじゃないコーネリアス、あれは仮病だ。私はみんなから同情的な目で見られて慌てて否定する。苦手だから距離は置いておきたいが、全く情報が入ってこないというのも問題なのだ。
「あっチャイム!教室に戻らなきゃ」
「そうだな。ああ、そうだ、アニタ」
「はい?どうかしましたか、ロイズ……」
「サンドイッチ……とても美味しかったぞ」
「あ、ありがとう!」
知らんうちに良い感じになるんじゃない。なんだ?付き合うのか?ロイズもアニタも照れあっていて、コーネリアスは不思議そうな顔、ミアはあからさまににやにやしており、おばさん臭いぞ、やめろという感じだ。そういえばアニタは昔ロイズのことが好きだったとか言っていたか。罪な男だ、期待させるなら絶対お前から告白しろよと思う。
その後は教室に戻り、放課後、明日は週末の予定をちゃんと立てようかと話しながら各自帰宅した。馬車に乗り込むと今朝の調子でアルドヘルムが正面に座る私を凝視してきたのでなんだか鬱陶しかったが、なんだか本当に、日常が帰ってきたなあと感じた。
それにしてもあの最高神、どうしたものか。




