身勝手な神②
「そこで少し待っていろ」
客間、とやらに通されたアシュレイは、客人用の椅子に座って、出て行ったクライアを大人しく待っていた。何をしているんだろうか、とは思いながらも「案外話をまともに出来る相手なのかもしれない」ともアシュレイは感じていた。
ミハエレのように人の話を全く聞かないわけではなさそうだし、さっきもアシュレイのことを「アキル」ではなく「アシュレイ」と呼んでくれた。当たり前のことだが、なんだか言葉を聞いただけで不思議と、まともそうだと感じられた。
数分すると、なんとクライアはトレイに2人分のティーカップと紅茶ポットを乗せて戻って来た。それをアシュレイの前と自分の前に並べ、アシュレイの正面の椅子に座る。
「……あ、ありがとうございます。最高神様にお茶なんかいれてもらっちゃって……」
さっきまで暴言を吐いていた者とは思えない発言である。
「……客はあまり招かないからな、美味いかどうかわからんが」
ひょっとして、もの凄く優しいんじゃないか?とアシュレイは思ったが、いや、ミハエレに子供を作ってみろなんて言ったのはこいつだ。油断してはならないと気合を入れ直した。
「ところで話は戻りますが、私は元の場所に戻りたいのです。どうか、方法をお教え願えませんか」
アシュレイが改めて聞くと、クライアは紅茶を一口飲み、ため息をついた。
「そうするのは勝手だし、帰してやらんこともないが……あと5年もすればお前は普通の人間でないことを思い知ることになる」
クライアの意味深な言葉に、アシュレイが眉をひそめる。
「……どういう意味です?」
「人間と神が交わることが少ないわけを教えてやろう。神というものはな、信仰によって強さが確定している。信仰の最も大きかった時の規格のまま、時が経っても成長も委縮もしはしない。
だが人間は違う。変化し、成長していく。力がないからこそ人間は努力し成長するが……半神半人は話が別だ。神の力を持っていながら、更に成長をしていく。力も体もだ。
今のお前は人間の女よりは少し強い、という程度だろうが……歳を重ねれば、指一本で大男を吹き飛ばせるようにすらなるだろう」
「そんな馬鹿な」
そんな都合のいい、神と人の良いとこ取りが出来てたまるか。アシュレイは、流石にこの話は信じられないと思った。なにより先ほどの超能力のようなものを見せられては、自分にあんなことができるわけないと思ってしまう。
「お前の母親ミハエレも、人間でいえば30ほどに見えるが……この世に存在した時から何千何百年、ずっとあの姿のままだ。まあ、代替わりはあるんだが……
それと、お前も半神ならば20歳にもなれば、体の成長は完全に止まるだろう。周りの友人や家族が年老いて死んでも、お前は永遠に死ねずにそれを見送るほかない……いや、化け物だと言われお前を殺そうとするかもしれないな」
「信じられませんが、そんなこと……」
歳をとらなくなる?しかも、20歳という都合のいいくらいの年齢で?そんなの、本で読んだ吸血鬼みたいじゃないか。神々の存在自体が突飛だが、それが自分のこととなると一気に現実味を感じなくなってしまう。
「半神は成長し続ける。体の成長が止まろうが、その力は更に、永遠に成長し続ける……それも、神などはるかに超えた力を持つ存在に」
アシュレイは出された紅茶を飲みながら、少し考える。それはそうとこの紅茶、飲んだことがないほどに美味しい。アシュレイはそっちにも感心しながら、話を再開した。
「……神と人が交わることが少ないのは分かりましたが、ならばなぜ私を産ませたんです?私が死なずに成長して、何百年も力を成長させて、神より強い存在になったら神を皆殺しにするかもしれませんよ。あなたのことも」
死なないなら、クライアの言う通り修業でも積んでいればどんどん強くなるのだろうか。しかしそれでも、手から衝撃波を出したりとかはできる気がしない。
「……自分は知識欲が強いとは思わないか?……私もそうだった……私も神の気まぐれで同じように地上に産まれ落ち、お前と同じように……本ばかりを読んでいた。」
「……地上に?」
アシュレイがカップを机に置く。
「私も半神半人だ。生まれたのは、5千年も昔のことだが」
「5千年?!そんな昔、人間の文明なんてなかった筈です」
「あったさ。以前は人間ももっと発展し、文明ももっと進んでいた。お前も他の人間たちも知らないことだろう、世界は今までに2回滅んでいるんだ。1度目は人間同士の争いにより、大規模な戦争によって朽ち果てた結果だったが……1度目の戦争のさなか、私は天界に攫われた。18の頃だったか。……丁度、今のお前のように」
とんでもない衝撃、最高神のくせに半分人間だったのか。アシュレイはクライアが自分と同じ半神半人だと知り、やはり自分も手から衝撃波を出せるようになるんだろうかと少し興味を持った。使う使わないは別にして、出来たらすごいじゃないか。
「5千年も昔のことをよく覚えているもんですね。そんなに生きていては体に苔でも生えてきてるんじゃないですか」
「半神は脳の容量も人間とは桁が違うからな。まあ、それとここに来てからのことは文字に起こし記録しているし。日記というやつだ。……天界にて自分が半神だと聞かされた私は、自分の力を試し、洗練し、限界を探し始めた。家に帰りたかったが帰してはくれなかったし、日々に退屈していた私には未知の天界、という存在は興味の尽きない場所だった……私もお前と同じように知識欲の塊だったからな」
「……」
確かに、この未知の天界に全く興味がないとはアシュレイは言えなかった。元々神すら信じていなかったアシュレイに、この状況は考え得なかったことだったし。しかしお前と同じように、と言うが、ミハエレにしろ、神というものはいつどうやって自分たちを観察しているのだろう……とアシュレイは思う。
「そして私は二度目に人間たちが戦争をはじめ、世界が滅び始めた時に……各地を回り、全ての書庫を焼いた。ありとあらゆる国の書物、地下に厳重に保管された書物も全て焼いた。かなり時間がかかったがな。それこそ数年はかかった。
その時の私は3560歳だった。そして今、生き残ったほんの少しの人間たちの子孫は、生きている人間たちからわずかな知識だけを受け継ぎ、少しずつ、少しづつ進歩してきた。地形だって随分変わったな。世界地図ってものをお前は知らないだろうが、空の上から写真を撮れたんだぞ、昔は。」
「なんでそんなことしたんです?知識欲だのなんだのと言っていながら、本を焼くなんて……もったいない……」
「もちろん一冊ずつは私の書庫に保管してある。貴重な品だ、相当な。膨大な量だが興味があればお前も読めばいい。……ああ、なぜそんなことをしたかだったな。そうしたら今度はどんな世界が構築されていくのかに興味があったからだ。焼け野原で何も残らない場所から、数人のなんの力も知識も無い人間たちが……どのように元に戻って行くのか?」
理解できるようで、やっぱりできない。アシュレイは、やはりクライアと自分は違うなと思った。何千年も生きれば考えが変わってくるのかもしれないが。
「……それで、どうなったんですか?今の世界と昔はそんなに違うんですか?」
「違うとも。テレビ、パソコン、掃除機、洗濯機……聞いたことも無いだろう?運悪く技術者がほんの少数しか生き残らなかったからな、今ではそんな知識を持つ人間の言葉は受け継がれずに消えていった。かろうじて残ったのは建築技術と船の建造、水道などの整備技術くらいか。お前は特に風呂によく入っているようだが」
「見てたんですか」
「……」
「……」
アシュレイがクライアを不審そうに見つめると、無言になって否定しないのでやはり見ていたようだ。後ろめたさを感じているあたり、とても5千歳とは思えない。
「……言語も国も文化も、かなり変わっていったな。お前の住むアズライト帝国のアズライト、も元は鉱石の名前の一つ。隣のネフライトも同じで、石っころの名前だ。
どんどん知識が薄くなり、言葉の意味が分からなくなっていったんだろうな。今では他の語源があることになってるんだろうが。国の境目も変わったのに、貴族制度なんかが復活しているなんて不思議なものだ。身分などないも同然だったんだぞ?権力差があるのは政治職の者か国の指導者くらいのものだった。まあ、国にもよるが」
「身分差別がない世界は……良いもののように思えますね」
自分の知る世界の前に、一度滅んだ、高い文明を持つ世界があった。アシュレイはそういう話を聞くと、今それどころでないと分かっていても妙にワクワクしてしまった。
「そうかもしれないな。だが実際、文明が進みすぎたからこそ戦争の規模も大きくなり世界が滅ぶほどになった。一部、海が蒸発した場所もあったほどだ」
「海は見たことはありませんが、永遠に広がっていると聞きましたから……想像がつきません」
「海が永遠に広がってるだと?アハハ!馬鹿を言う。お前には色々教えてやりたいな……」
「……いや、待ってください。元々の質問、なぜ私をミハエレに命令して産ませたのか聞いてません」
「産ませたとはなんだ。ミハエレが人間に恋したというから子供でも作ればいいと言っただけだ」
「神より強くなるなら禁忌とされているんじゃないんですか?それに、現に今私をここに連れてこさせている」
「色々と、知識欲を満たしていく中で思ったんだが……半神と半神の間に子を作ると何が生まれるんだろうかと気になったんだ。だからお前を作らせた。お前は未来に、いつか私と並ぶかもしれない存在と言うわけだ。
禁忌としているのも神々の都合だしな、私が支配している以上逆らえる神も居ないし。まあ、半神は他にもいるんだろうが私はほとんど把握していないから、分かりやすく存在のわかっているお前を選んだというわけだ」
「……子を作る?私とあなたがですか?5千歳差ですよ?」
そんな、人体実験のような事のために自分を作らせたのか?!アシュレイは信じられない気持ちだった。しかも、だとしてなぜこのタイミングで自分を連れて来させたのか?その理論でいくなら20歳になってからでいいじゃないか。
「なに、我々は歳をとらないのだから関係あるまい。」
「嫌ですよ!それとあなたが最高神と聞きましたが……あなたは一応、太陽の神なんですよね?元は神じゃなかったのにどうやって?太陽を司ってるんですか?ほんとに?」
「人間の女を孕ませた私の父親が、太陽神で最高神だったんだ。それを私が殺して最高神になった。太陽神云々なんて、名前だけだ。多少天候を操るくらいは出来るが、私が存在していればただそれだけで太陽は成立する。山の神なんかは何十柱も居るぞ。山ごとに。」
天候を操れる時点でおかしいのだが、神って結構お気軽な存在なのか?とアシュレイは微妙な心境だ。
「殺して位を継ぐなんて、随分と野蛮な世界ですね。というか、神って死ぬんですか?概念なんじゃないんですか?」
「死ぬさ、首を落とせばな。ミハエレだって簡単に殺せる。試しに殺してやろうか?……そう、でも神同士で殺し合いはほとんど起こらない。この世に存在し始めた時から力の強さは同じだから、戦って勝てるかどうかなど分かりきっているからな。
そして、神たちは知らなかった。半神は成長を続けるということをな……成長した私は父親をあっさり殺し、周りの神に恐れられる存在となったが……誰も逆らわなかったのは意外だったな。そして今に至るというわけだ。
神たちは私の言いなり、まあ無茶な命令なんかはしないが、恐怖政治と言うやつだな。文明人の私らしくもないが」
「……興味深いお話でした。で、私はあなたと子作りする気は無いので帰っても?」
「……話を聞いてたか?ゾルヒムがちょうどお前を殺そうとして湖に沈めたから……これで居なくなれば神隠しで片付いて、お前の家族や友人も納得するだろう」
クライアがため息をつく。人間の世界では目立ち始めるからやめておけ、という事だ。それと、話の中から推測するにゾルヒムがアシュレイを殺そうとしていたのは、第2のクライアを生み出さないため、だったようだ。そう考えれば仕方ないことなのかもしれない。
「満足いくまで年を取ったら首でも吊って死ねばいいでしょう?私は天界を支配したいだのと思ってはいませんから、ここに居ても仕方ないし……」
「首を吊ったくらいでは死ねないぞ?火に焼かれても死ななかったし……高いところから落ちても死ななかった。」
自殺しようとしてたのかこいつ?!とアシュレイは内心少し思っていたがそこは口にしないでおく。
「私はやけどをしましたし、骨が折れたこともありました。腹にはナイフの刺し傷がありますよ?あなたは5千年も成長してるからアレですけど、私はそんなに長生きしたくないので、頑張れば死ぬんじゃないかな」
「体の成長が止まるようになったらすぐに治るようになるぞ?そんな怪我、無かったことになる。怪我もしなくなる。切られても、空気に触れたところから勝手に治る」
化け物か。アシュレイは呆れた顔をする。半神というか、切っても死なない特殊な生物のように思えてしまう。自分がそうなるかもしれないと思うと妙な気分だが。
「でもそうなれば、もっと多くの人を救えますね」
「楽しいことより情が勝るのか?」
「あなた、5千年生きてるからマヒしてるんじゃないですか?こんな建物しかない真っ白な虚無の世界、退屈で死んでしまいますよ。全然楽しくないです」
アシュレイがそう言うと、クライアは目を伏せた。
「そうだ。……本をみんな読んでしまったから、退屈なんだ、私は。ゲームだってやりこみすぎた、やっていないソフトがもうない。読む本が無さすぎてあやとりだの折り紙だの風水の本にまで手を出した。丸暗記してしまった……でも、もっと色々なことが知りたい。色々な気持ちも……」
オリガミたかフースイとか、何言ってるんだこいつ?とやはりアシュレイは思っていたが、旧人類の文化の何かなのだろうと勝手に納得する。平静を装って、世間話風にアシュレイは話を続けた。
「ちなみに、神様の誰かとあなたで子作りは試したことあるんですか?」
この2人の、互いに子を成すことについての事務的な実験的な扱いはなんだか妙である。微塵も下品な話に飛び火しないというか。アシュレイはまだそういうことに特に関心がなく、クライアは年数を経すぎて子どもが生まれるということを現象くらいにしか捉えていないからというのもある。
「私は神は嫌いなんだ。同じ境遇のお前のことは好きだ。子供を得るには好きな人間と結婚しなければならない。だから神とも人間とも子どもなど持っていないし触れたこともない」
アシュレイは途中までふーん……という感じで聞いていたが、衝撃を受ける。こいつ、五千年も生きているのに童貞なのか?!失礼だが、それはもの凄い話だぞと。というか、好きな人と結婚しなければ子供を得られないという考え方が五千歳と思えない。
「実験みたいに生まれた子供が可哀そうだとは思わないんですか?私みたいに」
「私は自分を不幸だとは思っていないからな。私も実験のように生まれたがそれなりに人生楽しんでいる」
自分の価値観を他人に押し付けるんじゃない、という感じだがそもそもアシュレイにその気はないのである。実験みたいだからとかそういうことは置いておいて。
「……で、書庫には興味がありますが私はここに居たくないので、帰してもらえますか?まさか最高神様はミハエレのように、私の好きな人間に寄生して私を口説くつもりもないでしょう」
アシュレイが懲りずに畳み掛けると、クライアはようやく頷いた。
「……それは、そうだ。同意の上でなければ私も気分が良くないからな。だが……定期的にお前を連れ出すぞ。気が変わったら言え」
「書庫を焼き払ったり神を殺したりする割に話が分かりますね」
「お前と同類だからな、そう争うこともあるまい。時間ならいくらでもあるんだ、私たちにはな」
時間ならいくらでもある、重みのある言葉だ。実際にこの半神は五千年生きているのだから。アシュレイには、自分がそうだという実感はやはり全く無かったけれど。
「同類と言う点は同意しかねます。……今日は、色々とありすぎて疲れました。アルドヘルムのいるところへ、返してください」
「……湖の中に居るぞ、あの男は」
「は?!」
「何度も潜ってお前の死体を探している。数時間ずっとな」
「ば……馬鹿な!……あの、湖の底に移動することはできますか?」
「……アルドヘルム、か……あの男は……」
クライアが手を前に出して円を描くと、地面に円を描いて水面が出現した。
「10秒で消える。飛び込め」
「は?!わ、わかりました。さよなら!」
アシュレイは大慌てでその中に飛び込む。下向きに飛び込んだのに、飛び込んだ先には向こう側の水面からの、光が見える。そして、足元の穴はすぐに消えてしまった。何かが水に飛び込む音がする。
アシュレイが見上げると、それはアルドヘルムだった。
アシュレイが手を伸ばすと、アルドヘルムの驚いた顔が見える。何度も何度も飛び込んだのだろう、顔白くなった顔。
馬鹿な男だ、アルドヘルムは
アシュレイが伸ばした手を、ようやくアルドヘルムは捕まえた。




