身勝手な神①
アシュレイは昔から、他人に頼るのは嫌いだった。
何かを自分で成し遂げて、それを自分以外の功績にされるのが嫌だったからだ。手柄を立てたら誰かが自分の存在を認めてくれる。それが出来るのであれば、誰にでもわかるように何かを自力で遂げたかった。
もし相手に対して「あなたのおかげです」とアシュレイが言っていたとしても、それは大抵本心ではない。アシュレイは、自分で成した事は自分の功績として評価する。それは謙虚さがないだとか傲慢だとかでなく、客観的に見てそうだった場合の話だが。
だが最近、アラステアやアルドヘルムが自分の味方だと表明してくれたことに、アシュレイは心動かされた。心の底から安心するという感覚。いつも何か自分という存在に不安を抱えていたアシュレイにとって、何ものにも変えがたい大切な感覚だった。
誰か自分でない他者の行動でこうも自分の心のあり方が変わるとは、とアシュレイは感謝している。自分に今までなかった気持ちを貰えるのは、なんだかとても尊いことに思えたからだ。
そして、自分は信頼に足る人間だと認めてもらえた気がしたからだ。
半神だからなんでも人より優れていただけだ。
アシュレイはその言葉をすぐに否定したかったが、それは、まるで的はずれとは言えないものだった。確かに刺繍なんかの生きるに不必要なものこそ苦手だったが、そのほかで不器用なことは特に思い当たらない。
何をしたってはじめから、他の人よりは簡単にできた。
だがそれが、この傲慢な女神の権能を受け継いだからだとしたら?アシュレイは、自分が恥ずかしく、悔しく、悲しくなった。自分が努力して手に入れたと思っていたものは全て、この女から受け継いだ血のおかげで手に入れたものだった?
アシュレイではなく、この女の性能がすごいのか?
そうであれば、自分はこの女の子供である以外に取り柄などあるのか? 自分は、本当にアシュレイ=エインズワースなのか?……もし本当にそうだとして、それを知ったらアルドヘルムやアラステアは味方でいてくれるのか?
ミハエレに引きずられて天界への門をくぐると、白い世界の中、あらゆる神らしき人々が歩いていた。視界に入るのはそれらの神々と、あとは何故か等間隔に並べられている巨大な白い柱たちだけ。空はやたらと近く感じ、息を吸うだけでいつもの空気と違う、ここが人間の世界でないとわかった。
もう、非科学的だなんて言っている場合ではなくなってしまっていたのである。
「……私をどこへ連れて行く気ですか……」
「言ったでしょう。最高神クライア様のところよ」
「なんのために……」
「挨拶よ?これから天界に暮らすんだから、最高神様に挨拶するのは当然だわ」
「暮らしません!」
アシュレイが少し緩んだミハエレの手から、体を勢いよく捻らせて逃げ出した。そのままの勢いで全速力で駆け出すが、前方から豪風が吹き、押し戻されてしまった。
「無駄なのよ。勝てるわけないもの、私に……良い子にしなさい。アキル」
「……」
「もうすぐよ。最高神様の前では良い子にしていなさい」
アシュレイは、黙ってついて行くしかなかった。そして歩きながら、最高神様とやらの前でこの女にどうやって恥をかかせてやろうかと思案していた。いつまでもどうしようどうしようと不安がっている弱いアシュレイではない。
そうしてアシュレイが頭の中で色々と考えながらしばらく歩いていると、白い世界の中に、ぽっかり穴が開いたように真っ黒な大きい建物が建っていた。
アシュレイは、その建物を前に呆然と立ち尽くす。その光景は現実とは思えないような、違和感の塊のようであった。
「クライア様、娘を連れて参りました」
「入れ」
ミハエレが言うと、すぐに返事が聞こえて、轟音が響き渡り、ゆっくりと重たそうな扉が開いた。高さは3メートルほど、厚みなんかは50センチはあるんじゃないだろうか。どうやって建てられた物なのだろうか、とアシュレイは思う。
そして、中に入るとその「最高神クライア」らしき人物が立っていた。太陽の神と言っていたが、髪はアシュレイと同じく真っ黒で、目も真っ黒。要は、色合いはアシュレイそっくりであった。
カラーリングが、なんというか太陽の神らしくない。ただ、かなりの美形だ。中性的ではなく男らしい顔立ちで。身長はアルドヘルムくらいだろうか。
それは置いておいて、アシュレイはすうっと息を吸うと、大げさな様子で片膝をつき、うやうやしく首を垂れた。
「太陽神だかなんだか知らないが、これ以上拘束する気なら舌を噛み切って死んでやる!馬鹿にするなよ、クソ野郎!」
はきはき、大声、よく響く声。
こんなに乱暴な口調で誰かを怒鳴りつけたことって人生で初めてかもしれないな、なんてアシュレイは思う。
この女からはどうせ逃げられない。となると、この最高神を怒らせて殺されてやろう。そうすればこの女に大恥をかかせられるし、自分もここにいつまでも閉じ込められて悩むことはない。生にあまり執着のないアシュレイはそう思った。隣ではミハエレが、今にもアシュレイを殺すんじゃないかという目で睨んでいる。
……が、本命の最高神クライアは怒らなかった。
「よく来たな。茶でも飲んで行け」
「は?」
真顔のままで何の動揺も見せずに手招きをしたクライアに、アシュレイはきょとんとした顔で間抜けな声を出してしまう。ミハエレも驚いた顔でクライアを見つめていた。
「ミハエレ、お前は帰れ」
「え?し、しかし……私の娘が、失礼なことをしたら……」
「帰れ、と言ったのだ。」
「そんな……きゃあっ!」
クライアが右手を振ると、何か衝撃波の様なものが出てミハエレを建物の外まで勢いよく吹き飛ばしてしまった。ミハエレが外に出ると、また物凄い轟音がして、ドアがバッタリと閉まる。隣にいたアシュレイは、余波で少しよろめいただけで済んだ。
「……」
アシュレイは、少しキョロキョロと周りを見た。外から見ると真っ黒な建物だったが、中は普通の大理石のような白っぽい内装だった。天井にはこの世界らしからぬ、シャンデリアなんかが飾られている。
「アシュレイ。天界は嫌いか?お前には自殺願望があるようだな」
「ありません。でも、ここに一生居なきゃいけないなら生きていても無意味なので、殺してください」
「私はお前の、結果に向かって努力する姿勢が好きだったのだが……そうだな。お前は無神論者だった、ヤケになるのも仕方がない。」
そう言ってクライアが、一歩アシュレイの方に近づいた。
アシュレイはクライアの目を見る。自分の何を、どこまで知っているのか?このクライアという神は、何のために自分を呼んだのか?ミハエレになぜ人間と子をなせと言ったのか?聞きたいことは山程あったが、アシュレイの言葉はただ一つだった。
「殺さないなら、私の家に帰る方法を教えてください」
「……」
クライアが黙る。そして、奥の扉を指差した。
「客間で話そうか」
そう言った。
これといって死ぬ以外に打開案もないアシュレイは、無言でクライアの後に続いて、客間とやらに歩みを進めることにしたのであった。




