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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
神来襲編
52/135

風の神ミハエレ


どうやらまた意識を失っていたらしい。アシュレイが体を起こし、目をこすっていると横から声がした。


「目が覚めた?良かったわ」


「…………あなたは?」


アシュレイはぼんやりとした意識の中、視界に見えた美しい顔の女に返事をした。アシュレイは今更いまさら痛み出した頭を押さえて起き上がると、その女をよく眺める。柔らかそうな薄緑色の髪、優しげな表情。ああ、なんて綺麗な人なんだろうかとアシュレイは思った。


人間離れしている、と言っていいほどに。


「私は風の神ミハエレ。あなたの本当のお母さんよ」


その憧れにも似たアシュレイの気持ちは、その言葉によって一瞬でかき消えた。あなたの、本当の、お母さんよ。全てが理解不能で、相手は頭のおかしい人間だとアシュレイは感じた。


「……全く話が見えないんですが、その、ミハエレさん?ここはどこです?」


「私の世界よ」


目の前の女から次々に飛び出す頓珍漢とんちんかんな言葉に、アシュレイは困惑をあらわにする。


自分のことを風の神とか言っているし、美しさが常人離れしているとは確かに思うのだが……美しく生まれすぎて自分を神だと思い込んでしまったのだろうか?


または、自分をアシュレイの母親だと思い込んでいる精神異常者なのかもしれない。恐ろしい、たまにいるんだこういう人間は……そう思いながらアシュレイはまた質問をしようとした。


「すいません、あの……」


「ここは私の、風の神の世界。あなたは生贄として山の湖に沈めらて、馬鹿な山の神、ゾルヒムに掴まった。けれど私がそこからこの場所へ連れてきたの」


「……あの……」


神、神って、この人もさっきのゾルヒムと同じで頭の弱い女なのか?とアシュレイは眉間にしわを寄せて困った顔をする。しかし、なんと言ってもこの女は本当に、見た目だけはやけに神々しい。ただならぬ空気をまとっているようにも思えた。


さっきのゾルヒムも触れずにアシュレイを転ばせたりして、普通の人間には見えなかったし。超能力者?魔法使い?そんな非現実的なことがあっていいものなのだろうか。


色々と理解が追い付かないが、ともかくこの女は自分が風の神だと認識している様子だ、とアシュレイはそこだけ理解した。


「私は父親にそっくりの顔に母親と同じ黒髪で、間違いなく人間の子供なので……か、風の神様のあなたとは無関係です、人違いだと思いますよ」


とりあえず、そこだけは弁明しておく。アシュレイは突然現れた、自称風の神様に母親として接されるのはなんとなく気まずかったのだ。初対面なわけだし。


「人違いなんかじゃないわ。私はずっと見ていたもの……あなたのことを、ずっと天界から見守ってきたのよ」


「……」


天界と来たか。この女、相当頭が……アシュレイはそう思いながら、引きつった愛想笑いを浮かべる。頭がおかしい相手は、下手に強く反論するとなにをしてくるかわからないから、怖いのである。


ここは見えるに、どこかの草原。空は普通に広がっているが、草原の先にはずっとずっと見渡しても無限に草原が広がっているだけで、建物一つない。


……ように見える。だから不思議だ。洞窟の周りは山ばかりで、こんな開けた平らな場所があるようには見えなかったのだが。さっきの場所といい、この場所といい、妙だ。もしかしたら気を失うたびにものすごい距離移動させられているのだろうか?アシュレイは少しの間そんなことを考えていたが、とりあえず目の前の女に話を聞くことにした。


「そ、そうですか。ところで元の場所に戻るには私はどこへ行けばいいんでしょうか?」


「あら、戻る必要なんてないのよ?クライア様があなたを天界に迎えることを許してくださったの。これからは愚かな人間たちを守ろうとしなくたっていいのよ?」


「……」


話が通じない上に新たな説明、新たな人物名がでてきたな、とアシュレイは心の中でため息をつく。思い込みが激しい人間というものは、大抵相手の言い分をじっくりと聞いた上できっちり話をつければ、余程の異常者でなければ通じ合える。……はずだとアシュレイは思っている。


果たしてこの女もそうなのか定かではないが、アシュレイはとりあえず献身的に相手の言葉に耳を貸すことにしたのだ。


「私はこの状況をよくこみこめていないんですが、あなたが誰なのか、さっき言ったクライア様っていうのが誰なのか、天界についても一から詳しく教えてもらえますか?」


この女の虚言に興味などないが、話をよく聞いてやって適当に相槌あいづちをうっていれば、そのうち上機嫌になってポロッと解決の糸口を見つけられることだろう。そう信じたいものだ。


「そうよね……あなたは何も知らないで生きてきたのだものね。一から説明するわね。そこに座って?」


ミハエレと名乗った女が手を横にスッと動かすと、アシュレイの背後にびゅうっと風が吹き抜けて、突如として切り株が出現した。


アシュレイはギョッとしたが、いや、もしかしたらこの切り株は元々ここに生えていたのかもしれない、偶然見えていなかっただけだ……と、そう思うことにして平静を装いながら、大人しく切り株に腰を下ろした。


「私たち神は普段は天界に暮らしているの。ゾルヒムみたいな例外は自分の世界の領域から出たがらないけど。そこから、自由に人間たちの生活を観察している。元々人間に人間界で直接の干渉をする神は少ないのだけれど……はじまりは、私があなたの父親のクリフォードに恋をしたことからはじまったわ」


「!クリフォード……」


この女、私の父親を知っている!アシュレイはぎょっとした。ストーカーか?!という点で。


「私は彼が子供のころからずっと、何年も彼を見ていた。神にとって一年なんてあっという間だから。でも、そのうち彼は人間の女と恋をして……私はつらかった……自分も人間に生まれれば、とさえ思ったのよ?でもね、そんな私に天界の最高神、太陽神であるクライア様が声をかけてくださったの」


「……」


アシュレイはとりあえず黙って聞いている。クリフォードが屋敷を出た経緯まで詳しく知っていることが気持ち悪くてならない。


「クリフォードという人間が愛しいなら、人間との間に子を設けてみるのもいいだろう、とね。最高神から良いと言われたのだから、大手を振って私はクリフォードの元に向かうことにしたの。それで私はさっそく人間と同じように人間界で実体化して彼を誘惑したのだけれど……彼はカミラを愛しているから、と私をはねのけたわ。嫌悪感を見せるほどにね。」


まあ、あの夫婦の愛しあっている様子は尋常でなかったから、ほかの女に惑わされることはないだろうなとアシュレイは心の中で納得する。だが自分を生んだのは間違いなくカミラだ。それは間違いない、記録だって残っているのだから。


「だから私は、カミラに入ることにしたの。」


「カミラに……入る?」


カミラ、それはアシュレイの母であり、自分が黒髪を受け継いだはずの生みの親。話半分に聞いていたが、カミラに「入った」とはどういうことなのか。


「知ってる?カミラは、本当は子供を作れない体だったの。それを私が体内に入って同化して、その間に子供を作って生んだのよ。それがあなたなの、アキル。あなたは正真正銘、私の中から生まれた私の子供……だからかしらね、あの女はあなたが自分の子じゃないと本能的にわかっていたのかしら?きちんと世話もせずに、かわいそうに……寂しかったでしょう?」


「……」


まるで現実とは思えないが、総合して、もしそれが本当の話だとしたら……


いいや、想像や妄想だとしても気持ち悪い、とアシュレイは思った。他人の体に寄生して、面白半分に子供を作って、気が向いたら自分の子として迎えようと言う。


神と言うものは本を読んでいても、なぜ信仰するんだ?と思ってしまうような身勝手な逸話が多いが、もしこの女が本当に神で、自分の親なのだとしたら本当に気分が悪い。それに、会ったことも話したこともないのに勝手にオリジナルの名前を付けて呼んでくる傲慢さだ。


「神が人間に寄生して、子供を?他の鳥の巣に卵を産んで育てさせる鳥の話を聞いたことがありますが……」


「まあ、ふふ、寄生だなんて!人間なんかに神が宿ることなんてほとんどないのよ?でも私が憑依したカミラは神気に当てられすぎて、すぐにガタが来たわね。あなたを産んだらすぐに天界に帰ったのだけど、それでもカミラのような普通の人間では体が耐えられなかったのね」


ガタがきた、というのもあのカミラの病気が治らなかったことと繋がっているようで、アシュレイの背中に嫌な汗が伝う。なにか酷く気分が悪くて、寒気がして、目の前の美しい女が不気味に思える。


この女の言葉が一言一句すべて虚言だったとしても、それでも気味が悪いと思える。それに、なぜだかその話を〝現実味がない〟と思えない自分がいることが、なおも不気味だった。


「……あなたは私の母親じゃないです。黒髪の、説明も、つきませんし……」


「半神は黒髪になることが多いのよ。例外ももちろんあるけれど。アキル、あなたも薄々、自分が普通の人間じゃないと気づいていたんじゃない?」


「私は……ごく普通の人間ですよ……」


「アキルは半神だから、勉強だって色々な才能だって他の人間の子とは比べ物にならなかったでしょう?周りの人間がみんな下等な動物に見えなかった?本は一度読めばなんだって理解できたし、運動も、演劇も、なんでも簡単にできたでしょう?人間の子供にはそんなことできないわ。習いもせずに難解な文章を自分で解読して理解できる。怪我をしたってすぐに治ったし、大きな病にかかったこともない」


心当たりがないわけじゃないからこそ、アシュレイは嫌な気分になった。なぜそんなことをこの女が知っているのか、それも不気味で仕方なかった。「神様は全部見ているのよ」なんて言葉はよく聞くが、この女が神だとしたら気分が悪くて仕方ない。


運動も演劇も勉強も、才能があるから出来るのだと思ったことは無かった。でも、他の人間ほど何かにつまずいたことも無い。努力して出来るようになったつもりでも、はじめから人よりは優れていた。


「……私は、アシュレイです。二度とアキルと呼ばないでください」


「……何を怒っているの?お母さんはあなたに幸せになってほしいから迎えに来たのよ?」


「私は友人や周りの人間を下等だなんて思ったことは一度だってありません。私は神でも半神でもない、ごく普通の人間の、アシュレイです」


「あなたがどうして迷いなく人間たちを守ろうと行動できたかわかる?あなたには本能的に死の恐怖が無いからよ。あなたは本能で、自分は馬車に轢かれたくらいでは死なないと理解している。火の海に飛び込もうが溺れようが、風邪を引こうがあなたは大抵の場合死ぬことはない。そりゃあ、体を切り刻まれて焼かれたりしたら死ぬでしょうけど。アキル、あなたは優しいから……人間たちが自分より弱いことを理解していたから、守っていたんだわ。それって人間を下に見ていることだって思わない?守るって、守られるものよりも強い者にしかできないものね?」


「アキルじゃない!!私は、そんなこと考えてない!目の前にいたから助けようとしただけです!」


「母として厳しくしつけなきゃいけないから言うけれど、あなたはもう、人間の世界には帰れないのよ。それにあなたがなんと言おうが、私があなたの母親なのよ。あなたはアキル。アキルアルガルド!あなたは今日からそうなのよ!」


言うことを受け入れないアシュレイにイライラしたのか、急にミハエレはヒステリックになった。


「いいえ。私はアシュレイです。ここから私を永遠に帰さない気でも、私はあなたの娘として生きるより、死んだ方がマシです。私はあなたのことが嫌いだ」


この身勝手さ、この傲慢さ。アシュレイの考える、嫌いな神の典型のような女だった。話しているだけで気分が悪くなって、アシュレイは眉間にしわを寄せる。この女相手にはビジネススマイルなんてできそうになかった。


そうして、アシュレイはこの女の言うことを信じている自分にも驚く。


「アキル、でもここにずっといるわけにはいかないわ、クライア様にご挨拶に行かなくては」


「触らないでください!あなた、本当に話が通じないな……ずっと見てたなら知ってるでしょう、私は気が短くて野蛮なんですよ」


「人間が自分に逆らったら怒って当然じゃない、野蛮だなんて思わないわ。さあ、くるのよ」


「!」


アシュレイはこの女に手を掴まれ、息を呑んだ。掴まれた腕がピクリとも動かせない。細そうで繊細な腕なのに、信じられないほどの力を持っているのだ。直感で、確かにこの女は人間ではないのだ、とアシュレイは感じた。


そして、今までの話が一気に実感として身体中に広がってきて、恐ろしくてたまらなくなった。


「離せ……離して……離してよ!!嫌だ、あんたは嫌いだ、嫌だ!!!」


「アキル、怖がっているのね。神の存在すら知らなかったんだもの、私や高位の神に出会うのははじめてなんでしょう?でも、なにも酷いことなんてしないわ。安心して私についてくればいいのよ……」


にっこりと美しく笑ったミハエレに、アシュレイは本当の恐怖と言うものを感じた。腕が震えるのを感じる。家事に飛び込んでも高いところに登っても恐怖心なんて持ったことはなかったのに、目の前のミハエレの笑顔だけが驚くほどに恐ろしい。


本当に、この女神はアシュレイにとって自分と暮らすのが最も幸せなのだと信じて疑わないのだろう。ずっとアシュレイを見ていたとは言うが、それを見てアシュレイが今、一番に幸せであったことなど気づきもしないのだ。


アシュレイはミハエレの強力な力に逆らうすべもなく、腕を掴まれたまま引きずられるようにして運ばれていくしかなかった。


靴で踏む地面に感じる草の感触があまりにも一定で、緑に溢れているのに妙に無機質に感じる。頭の中が恐怖で麻痺して、冷たくてたまらない。気温は少し高いくらいなのに。


寒い


アシュレイは、掴まれていない方の手で自分の口元をおおった。


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