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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
神来襲編
51/135

ゾルヒムの世界

どこも痛くなくって、妙に安心するような気分だった。アシュレイは深くは考えず、ただ起き上がるのが面倒なので、横たわったまま目を閉じていた。


「ねえ、あなた、大丈夫?」


鈴が鳴るようなかわいらしい少女の声で、アシュレイは目を覚ました。サワサワと心地良い、優しい風が吹いている。湖の底とは程遠い、ひらけた空間だ。都のはずれ、田舎の畑ばかりの街並みのような。遠くには大きな川が流れていて、空は限りなく青い。そしてどこか、あたたかい。


「……ここは?あなたは?」


「私はメヴァリー、ここに暮らしているの。ここは、山の神ゾルヒム様の世界よ」


「……えっと……」


天国にでも来たのかと思ったらまた宗教関係の場所に移動させられたのか、とアシュレイは表情を陰らせる。しかし、足の縄も手の縄もほどかれていて痛みは無い。


服を着替えた様子がないのに全く濡れていないのが不思議だが、結構な時間が経過しているのだろうか?ぼんやりそんなことを考えているアシュレイに、メヴァリーと名乗った少女がまた話しかけてきた。


「あなたも洞窟の人たちに捕まって湖に沈められたんでしょう?」


「はい……あなたもって?」


自分と同じように湖に沈められたということか?生贄は3年に一人と聞いていたが、この少女は生きている。もしかしたら、殺したと見せかけて別の場所に閉じ込めているのか?そこで洗脳して、洞窟の民の中に取り込んでいるとか……アシュレイは色々と考察を巡らせて、考え込んだ。


「ここに暮らしているのはね、湖から来た子ばっかりなのよ。あの湖の底はこの世界につながっているの。私も、殺されたと思ったけれどここについていたのよ」


「……山の神の世界って、ここは死後の世界なんですか?」


そうだとしたら、自分も死んでいるのか。でも、湖の底がこの世界につながっているということの意味が分からない。抜け通路でもあったのだろうか?しかし近くに山は見当たらないし、物理的に不可能に思える。


「違うわ!私たち、ちゃんと生きてるもの。私たちの中にはおばあさんもいるのよ。ちゃんと歳を重ねて、幸せに生きているの」


……だとしたら、死後の世界ではないのだろうか。


いいや、死後の世界なんて誰も知らない。もしかしたら死んだらみんなこういった場所に来て、歳も取るのかも。でも、そうしたら老人は?死の中で死ぬことなど出来るのだろうか?


ここは見たところ草原に囲まれたごく普通の田舎で、小屋もまばらに立っていて、畑もある。女だけでなく、男もいる。人々が生活を営んでいる様子もちゃんとあった。……妙だ。アシュレイはまた考え込んだ。そしてふと思い出す。さっきこの少女が名乗った「メヴァリー」という名前。自分の国にはあまりないのに記憶にある、その名前は……


「……メヴァリー……メヴァリー=ライナー?」


「そうよ!私のこと知ってるの?」


「あなたのご家族が出した、洞窟の民の告発本に書いてありました。あなたは誘拐されて、生贄にされたとされていましたが……ここに監禁されてるんじゃないんですか?外へ出たいんじゃ……」


「そんなことないわ。確かに家族に会えなくなるのはちょっと寂しいけど、私は心の底から幸せよ。ここに暮らす人たちはみんなそうよ!」


大慌てで否定したメヴァリーに、アシュレイは不思議そうな顔をする。山の神の世界と言っていたが、この少女の目は宗教狂いには見えないし、ごく普通にここで暮らしているとしたら、ここは誰が何のために用意した場所なのか?


「ここから出るにはどうしたらいいんですか?」


「ここから出たら、死んじゃうわよ!」


「は?」


「ここに連れてこられるのは、病気でもう先がない人ばかりなの。ゾルヒム様は病気で先がない娘を選んでここに連れてこさせているのよ。私も心臓が弱くて、1年は持たないと言われていたの。でも、3年経ってあなたが来る今まで元気に生きているわ!」


本には確かにメヴァリーが病気だと書いてあったが、じゃあ何か最新の医療技術なんかがあるんだろうか?でも、本当になんのために、誰が?


神を微塵も信じていないアシュレイは、さらにいぶかし気に思う。そもそもあんな色々な知識の遅れているおかしい民族の人々が、占いなんかで病気の人間を探し当てて連れてこられるのか?洞窟の民は貧しそうなのに、ここは植物も育てていて豊かで、なぜ空も開けているのか?山と違って平地が続いているし。


「……私は五体満足で、まったくもって健康的な人間です。病気もないしだから帰りたいんですが」


「ええ?じゃあなにか、手違いなのかしら……でもね、この世界は隔離された空間だから出られないわよ?そうだ!ゾルヒム様に直接聞いたらどうかしら!」


「山の神様……ですか?」


「そう!とっても優しい人よ」


「若い娘しか助けないのに?」


「そんなことないわ!ここ数十年、男の子が増えてきたから女の子を選んでるだけよ。優しい王様だわ」


メヴァリーがそう言って慌てて否定したので、アシュレイはさらに困惑顔だ。


増えてきた、というのはここの住民同士で子供を作って、それが男に偏ってきたということか。


「王様?」


「この世界を統治してるんだもの、王様みたいなものでしょ?行きましょ!」


「え、あっ……」


メヴァリーに手を引っ張られたアシュレイは、まあ他に行く当てもないし、とそのままついて行った。


「新しい子ね!久しぶりだわね~」


「馬鹿ね、3年ごとなんだからそろそろだって話してたじゃない」


「かっこいい女の子ね!ウフフ」


街の中を歩いていると、バラバラとそんな声が聞こえてくる。よく見ると人種も性別もバラバラ、そんな人たちが楽しそうに幸せそうに生きている。どうして、無理やり連れてこられて不幸に死んだと思っていた人々が、何の不満もなく「山の神」とやらに感謝して、こんな風に過ごせている?ソヘイルが悩んでいたのは一体なんだったんだろうか?


「この建物よ。おーい、ゾルヒム様ー!」


メヴァリーが、石造りの大きい建物の前でそう大声を出すと、中からヒョロヒョロの疲れてそうな男が出てきた。白髪で、神様というよりはやせ細った年寄りという感じだ。アシュレイは黙ってメヴァリーの横で立っていた。


「なんだ!今ボトルシップを……うわーッ!!メ、メ、メヴァリー!!!今すぐそいつから離れろ!!今すぐだ!!」


「え?どうしてですか?」


「いい、い、いいから!!離れて、自分の家に行け!!早く!!」


「はあーい」


メヴァリーはそう返事すると、すんなりとどこかへ走って行ってしまった。なんだこの男は?初対面なのに失礼な。アシュレイがそう思ってゾルヒム様と呼ばれた男を見つめると、ゾルヒムはキョロキョロと目をそらし、冷や汗を流して勝手に追い詰められたような顔をしていた。


「い、いや、お前は殺したはず……なんで生きてるんだ、迎えに行かなかったら溺れ死ぬはずなのに、おかしい……こんなはずじゃ……」


「あの」


「ひっ!こっちに近寄るな!そこに居ろ!」


ゾルヒムはビクッとしたかと思うと怯えたように両手を前に出してアシュレイを制止する。アシュレイも不思議に思いながらもその場に立ち止まった。


「あの、あなたは宗教の教祖様か何かですか?どうやって病気の人を選んでるんです?なんのためにこんなことを?病気の人を湖に沈めさせるなんて気が咎めないんですか?ここはどこにある場所なんですか?元の場所に戻るにはどこに行けば良いんですか?殺したはずってどういう意味ですか?私を殺そうとしたんですか?」


「う、う、ううっ!!一気に聞くな!おまえの話を聞いていると頭がおかしくなりそうだ!こ、こっちに来るな!」


ゾルヒムは更に怯えた様子で、後ずさって頭を抱えてしまった。アシュレイは聞くなと言われてもこの状況では質問するべきことが多すぎて聞かずにいられない。単純に言うことを聞く気がないとも言うが。


「なぜ私を選んだんですか?私は病気じゃありませんよ。なぜ私を怖がっているんです?何を目的としてここに人を連れてきてるんです?あなたはどこの国の人種で何歳で、洞窟の民族とはどのようなかかわりがあるんですか?」


「う、わ、私は、お前のことは今のうちに殺しておかないと、大変なことになると、思って、う、うう!!お前が、ヤツみたいに、なる前に……!」


「ヤツ?よくわかりませんが、神様なら私のことくらいひょいっと殺せるでしょう。あなたは神じゃないですよね?なぜ神のフリなんか……」


「わ、私は人間じゃない!神を、信じてないだろうお前は!た、確かに今のお前くらい簡単に殺せるが、直接いきものを殺すなんて、こ、怖いだろう!!!だから溺れ死なせようと思ったのに、なんでこっちに……」


殺そうとしたが死んでいなかった、だの直接殺すなんて怖いだの……謎が深まるばかりで、アシュレイは困惑した。それに、何をした覚えもないのにこうも怖がられると気分が良くない。


「あの……」


アシュレイがしびれを切らしてゾルヒムのほうに一歩踏み出そうとした瞬間だった。ものすごい強風が吹いて、アシュレイは3メートルほど後ろに吹き飛ばされた。


背中から草原にズザーッと落下し、起き上ると怯えた目で手を前に出したゾルヒムが、遠くからアシュレイの方を見ていた。


「……今、どうやって……」


人ひとりを吹き飛ばすほどの強風、台風でもあるまいし不自然だ。アシュレイは信じられないという目でゾルヒムを見ながら立ち上がり、今度は近寄らずに立ち止まった。


もし本当に彼が神で今のような能力を持っているとすれば、ただの人間である自分アシュレイにここまで恐怖するのは違和感があるし。そう思いながらアシュレイがゾルヒムと睨みあっていると、上から女の声が聞こえてきた。


「何をしているの、ゾルヒム。なんのつもりか知らないけれど、下級神の分際で私の子に手を出すなんて」


「お、お前は……」


ゾルヒムが上を見上げてまた、怯えた顔をする。アシュレイが聞こえた声のほうを見上げようと首を上に向けた途端、視界が真っ暗になった。


そしてまた、アシュレイは全身に暴風が駆け抜けたような感触を感じて、暗闇の中で目を閉じた。



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