歓迎パーティ前日
「さっむいなぁ…お婆さんの家の方が寒かったはずなのに、暖かいのに慣れちゃったんだな…」
劇団の練習で平日は朝6時に起きる、という習慣が抜けないアシュレイは今日も朝から起き出して、ベランダへの窓を開けて外に出た。外の空気が吸いたかったのである。自然と寒くてつま先立ちになる。下の方に、歩いているダレンが見えた。
「おはようございますわーダレンー!」
そう言ってアシュレイがベランダから手をブンブン振って挨拶すると、ダレンが気づいて顔を上げた。
「おはようございますわ、とは言いませんよ。おはようございますでいいんですお嬢様」
そう返事しながら、ダレンがベランダのすぐ下に歩いてきた。アシュレイの部屋は二階なので、声はそう大声を出さなくても聞こえる距離だ。
初対面の時からダレンは大柄だとアシュレイは思っていたが、上から見てもやはり大きい。いつもは執事の制服を着ているが、今日は鎧をつけて剣を腰に下げていた。
「朝から何してるんですか?」
「俺は執事ですが、騎士団にも所属しているので朝練から帰ってきたところです」
「ひゅー!!かっこいいですわねー!!給料はどのくらいですの?」
「お嬢様!くだらないこと言ってないでメイドに起こされるまで寝ててくださいよ!」
メイドに起こされるまで寝ていろとは言われても、毎朝メイドが起こしにくるのは8時くらいなので、早起きなアシュレイには待ちきれない。なので先に着替えてしまうのだ。メイドも最近は早めにくるが、まさかアシュレイが毎朝6時に起きているとは思うまい。寒い時期は、メイドでも起きるのは7時である。
「ダレン、令嬢って具体的に何をすればいいんですか?」
「さあ、礼儀作法の勉強と、社交界の勉強とか、あとレース編みとかじゃないですか?」
「レース編みなんてやったことありませんね……そういえば、お義父様に明日歓迎パーティを開くと言われたんですが、具体的に歓迎パーティってどこで何をやるんですか?」
そうアシュレイが話を続けていると、雪を踏むザクザクという音が聞こえてきて、息急き切った声が聞こえてきた。アルドヘルムである。
「アシュレイ様!そんな格好でベランダに出たら風邪ひきますよ!」
そう言われたアシュレイは寝間着のままで、まあ冬の寝間着なのでそれほど薄着ではないが、確かに外に出るような格好ではなかった。アルドヘルムはそれにしても慌てた様子だ。実は結構、過保護な体質なのかもしれない。
「あれっアルドヘルム!おはようございます。その鎧、あなたも騎士団なんですか?執事って騎士団に入る決まりでもあるんですか?」
「いえ、旦那様が騎士団に視察に来た際、私とダレンを指名されて引き抜きでそのまま執事に……じゃなくて!」
「なるほど…あ、話は戻りますがダレン、歓迎パーティってなんですの?」
「……、……」
話をあっちこっちに移動させて、当初の話題を忘れた感じにする。アシュレイの、上着を着に戻るのが面倒だという意思がひしひしと感じられてアルドヘルムはパクパクと言葉もなくアシュレイに説教する寸前の顔をしていた。
「お嬢様、アルドヘルムが癇癪起こして喋れなくなってるんで、さっさと上着を着て来てください」
「わかりましたよ、仕方ありませんね」
そう言ってアシュレイはさっと上着を取って来て着ると、早く説明しろとばかりにダレンに視線をやった。アルドヘルムは上着を着たのを見てとりあえずいいか……と妥協した様子である。
「あ、あー歓迎パーティっすね…お嬢様、公爵家ってのが、王族以外の貴族で一番偉い爵位だってことは、知ってますか?」
「まあ、なんとなくは知ってます」
「その公爵家に養子として血縁者を迎えるってことは、あらゆる方面に大きな影響を及ぼす事態なんです。令嬢だとしても今のところあなたしか跡取りはいませんし。だから、旦那様はあらゆる貴族にお嬢様を紹介しなきゃなりません。そこでその、歓迎パーティとやらですよ。」
「なるほど、歓迎パーティというか新作お披露目会ということですね」
ワインやら庭のような物言いだが、アシュレイはお披露目されることについては特に気にしていない様子だ。ダレンは少し「う」と気まずそうにしたが、すぐに冷静な表情に戻る。
「言い方は嫌ですが、まあそういうことです。エインズワース家は大きいですから、多分、男爵家くらいの位の低めの爵位の令嬢もほとんど呼ばれることになると思われます。ですからお嬢様……」
ダレンがそこで黙り込み、アシュレイをじっと見つめる。アシュレイはなんだなんだと動揺した。
「な、なんですか、その目は……私に何をしろというんですか?!」
「他の令嬢に舐められないように、威張った態度で行きましょう!」
「待てダレン!そう簡単な話でもないぞ。アシュレイ様が下町出身ということはもう知れている。あまり高飛車な態度を取ると、他の家の令嬢から反感を買うかも知れない」
ダレンの言葉にアルドヘルムが言い返す。他の人間への印象に気を遣わなければならないというのは、なんとも面倒な事である。というか、アシュレイの出自が知れ渡っているのはなんだか、嫌な情報社会という感じでアシュレイにとっては複雑だ。公爵家ともなると、そういうことも詳しく調べられてしまうものなんだろうが。
「では、気が強そうでありながら謙虚な感じで行きましょう!」
ダレンがまたよく分からないことをいう。
「気が強そうって、つまり威圧的ってことですか?威圧的なのに謙虚って?」
アシュレイがそう言って困っていると、もう一人の人影が現れた。
「待ちなさいあなたたち!」
「あ、あなたはメイド長のマリアさん」
新たに登場したのはメイド長のマリアであった。年齢に見合った落ち着いた雰囲気、品のあるおば様である。初対面時は「お堅そうだ」と苦手に思っていたアシュレイだったが、意外と優しく相手の意向を汲んでくれる気遣い上手なので、今は全く苦手意識はない。アシュレイの身の回りのお世話係筆頭である。
「マリアさん、一般的にご令嬢は、強そうな人よりか弱そうな方が好印象ですよね?」
アルドヘルムの意見である。かくいうアルドヘルムも基本的に表向きは、どんな相手にも下手に出ていたりする。謙虚な社会的弱者を装って同情を引くことは、楽に生きていくための有用な手段なのである。まあ、騎士団の上位陣で侯爵家のエリートであるアルドヘルムを、誰も弱者だとは思ってくれないが。争いを望まない者にとっては、そういう〝角の立たない態度〟が重要なのである。
「いいえ!一概にそうとは言えませんわ。近頃は気の強い女性を好む男性も多いと聞きます。」
マリアはしかし、すかさずアルドヘルムの言葉に反論した。
「令嬢相手の態度の話から、モテるモテないの話題に変わってませんか?結局私はどうすればいいんですか」
アシュレイが困っていると、マリアは待ってましたとばかりに言った。
「私が勧めるのはズバリ、気が強いかと言われるとそうでもなく、流されるほど気が弱くもなく…謎に包まれた不思議な存在感のある影の実力者……そんな令嬢がいいと思います!アシュレイ様はそういう〝謎の美形〟みたいな顔してらっしゃいますから。アラステア様に似てらっしゃいますし」
どんな顔だそれは、とアシュレイは苦笑いする。というか、アラステアも〝影の実力者〟みたいな人だったのか?マリアの熱弁に、アルドヘルムもダレンもうーんと考え込んでいる。
「というか、下町から出てきたばかりなのに影の実力者なんですか?」
アシュレイの疑問に、三人が少し黙る。
「アシュレイ様、お着替えをしてから用意してある朝食を召し上がってください」
「あっ話そらした」
すぐ明日まで迫っている歓迎パーティへの対策は、色々となんだか長引きそうだ。




