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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
学校編1
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嬉しい日の終わり


「アシュレイ、お疲れ様です」


アルドヘルムの声に、自室で座ってぼんやりと外を見ていたアシュレイが、首だけドアの方に向けて振り返る。今はウィッグをつけていないが、この数ヶ月で結構伸びた髪がダラっとだらしなく垂れていた。いつも出かけたりする時はピシッとセットしているので、なんだか自室ではやはり油断しているな、とアルドヘルムは感じる。


「……ああ、いや、アルドヘルム。あなたこそお疲れ様です。色々と忙しかったでしょう」


アシュレイは、パーティー中にも振りまいていた営業笑顔でそう言ってアルドヘルムを労わった。自分に愛想笑いなんかするな、とアルドヘルムは少しムッとする。なんだか壁を感じるから、自分にくらい、嘘の笑顔はやめてしまえばいいのにと思ってしまう。


他の人たちはあまり気づかない、アシュレイの上手な作り笑い。アルドヘルムは、ついつい笑ってしまった時のアシュレイが好きなのだ。


「いいえ。私は慣れてますから。……アシュレイ、これを」


「?ああ、誕生日プレゼントですね、ありがとうございます。なんの箱ですか?開けても?」


「どうぞ」


アシュレイがアルドヘルムに渡された丁寧に包装された小箱を開けると、中に入っていた宝石が天井の灯りを反射して柔らかい赤に光った。アシュレイが物珍しそうにそれを取り出して裏返す。


「……ああ!ブローチですか。きれいですね、素敵です。」


「ネックレスにしようとも思ったのですが、他の人と被るかもと思ってブローチにしました。左の胸につけてくださいね」


「なんで左の胸限定なんですか?」


「心臓が左にあるらしいからです。心臓に近い方が近い感じするじゃないですか」


「意味が分からないしなんか怖いわ……」


左胸につけるのが社交界のマナーなのかとアシュレイは思ったが、理由に苦笑いする。アルドヘルムは、やはり少し変わっているのかもしれないと。


「それから約束通り花です」


「バラですか、綺麗ですね」


「それから最後にこれです。右手を貸してください」


「はい?」


アルドヘルムに言われるまま、アシュレイは手を差し出した。アルドヘルムは手を取ると、アシュレイの右手の中指に指輪をはめる。石のついていない、シンプルな銀の指輪だ。表面には細かい彫刻がしてある。ここで薬指にはめてきたら頭突きでもしてやろうと思っていたアシュレイだったが、含みのない普通のプレゼントだったようでほっとする。


「指輪ですか。綺麗ですし、飾り気が少ないから普段からはめていても邪魔にならなくていいですね。ありがとうございます。なんだか、こんなにいいものを用意してもらって申し訳ないですね」


「いいえ。そういえば、中指の指輪には魔除けの意味があるそうですよ、だから肌身離さずつけてくださいね」


「いちいち重たいですね……」


「私の誕生日にはあなたをくれればそれでいいので」


「代償デカくないですか?」


アシュレイはそのまましばらく、指輪を外して裏返してみたりして、観察していた。アルドヘルムは、ああ喜んでいるんだな、これは。とアシュレイの様子を見て察し、嬉しくなった。


「あ、それで……アラステア様がお呼びです。ようやく仕事が終わったとかで、プレゼントをと」


「……そうですか。わかりました」


アシュレイが花束とブローチを机に置き、立ち上がる。その時のアシュレイの何か考えているような、浮かない顔を見てアルドヘルムが心配する。


「……どうかしましたか?」


「今日はとても楽しかった。これは、お義父さんのおかげですね……だから私は今回は、都合が悪くても……」


「え?」


「いえ。行きましょう」


「待ってください!」


さっさと歩きだしたアシュレイを追いかけて、アルドヘルムも歩き出す。意味深なことを言っておいて説明はナシか、とまたアルドヘルムはムッとしている。だが、さかさか歩いていくアシュレイは何も言ってくれはしない。先ほどまでの笑顔は消えて、真顔である。


「あっお嬢様!ちょっと待ってください!」


……と、シリアスモードのところで後ろからダレンが走ってきた。アシュレイが振り返って立ち止まる。


「ダレン。お疲れ様です」


「いや、忙しくてあんまり会えなかったからこれ。プレゼント遅くなってすんません」


ダレンが包みをガッと差し出してきたのでアシュレイが受け取る。部屋に今から来ようとしていたんだろう。それを出ていくのを見つけて全力疾走してきたというわけだ。


「いえ、ありがとう。今回はあなたが一番走り回って色々手配してくれたんですよね、今日はあなたのおかげでとても楽しかったです」


「いや、そんな別に……プレゼント開けてみてくださいよ」


ダレンはなんだか照れているようだ。しかし働いたことを褒められたのは嬉しいようだ。ダレンは照れると目線がキョロキョロするということをアシュレイは知っている。


「あっはい。……あっ!!これ……木彫りの熊じゃないですか……?」


「ピンク色だから女の子は好きかと思って……」


なんでだ。ダレンからのプレゼントはアニタからもらった木彫りの熊のピンク色バージョンであった。アシュレイの部屋にはこれで木彫りの熊が二つ並ぶことになる。


「ン、フフッ……いや、あ、ありがとうございます。部屋に飾らせてもらいますね」


「あっ何笑ってんですか!悩んで選んだんですよ!」


「いや、嬉しいですよ!アハハ」


また再び部屋にその木彫りの熊を置きに戻って、再びアラステアの部屋に向かった。ダレンはまた下の階に戻って行ったので、後片付けも大変らしい。アシュレイはアルドヘルムを後ろに歩かせながら、髪を手でガシガシとまとめ直す。アラステアにはキチッとした格好で会うとアシュレイは決めているのだ。


「アシュレイ、そういえばさっき言っていたことは……」


「あなたも部屋に居れば聞けますから、何の話かは後で」


「……」


アルドヘルムはそれで、おとなしく黙っていることにした。あまりしつこく聞いても嫌われるかもしれないと思ったのだ。アラステアの部屋の前につくと、アシュレイはドアを二度ノックして言った。


「アシュレイです。入ってもよろしいですか」


「ああ、入ってくれ」


ドアを開けて入る。アラステアが書斎の机の向こう側の椅子に座っていた。


「誕生日おめでとう。最近忙しくてな、気づかなくてすまなかったね」


「いいえ。今日はみんなから祝ってもらえてとても楽しかったです」


「それはよかった。私からのプレゼントは、この国の歴史書だ。アシュレイは読書が好きだったね?いろいろかき集めたんだ」


ドーンと置かれたたくさんの本。下の方の本のくすみ具合から見て、かなり古いものもあるのだろう。アシュレイはそれを見て、驚いた顔をしてから笑顔がこぼれた。


「!ありがとうございます!すごい、こんな珍しいものを……」


「目が輝いてるな、ハハ、本当に本が好きなんだね。知識欲ってやつか」


そう言われてアシュレイが少し恥ずかしそうに苦笑いする。それから、はっとして真面目な顔に戻る。アシュレイはある話をしようと思っていたのだ。


「あ、それで……私、今日は話があって」


「なんだい?なんでも言いなさい」


「これは、ずっと黙っていたのでいまさら言うのははばかられるのですが……」


アルドヘルムはアシュレイが何を言い出すのかと固唾をのんで見守る。アシュレイは、少し緊張した面持ちで言葉を紡いだ。


「クリフォードは生きています。つい最近街に行った際、昔住んでいた家を外から見てきましたが……窓の外から中が少し見えて、確認できたんです」


アラステアが驚いた顔をして言葉を失う。アルドヘルムも、アシュレイの背中を見つめて、アシュレイが何を思って今こんなことを言いだしたのだろうかと不思議そうな顔をした。


「クリフォードが……?」


「……はい。あなたが私にここまでしてくれるのは、私がクリフォードに似ているからでしょう?そこまでクリフォードを好きなのですから、話しておいた方がいいと思いまして」


「……アシュレイ、その話は嬉しいが、君を大切にするのは別に、クリフォードに似ているからじゃないんだよ。私だってはじめは君がクリフォードによく似ていたから嬉しかったが、君がいい子だから幸せになってほしいと思うだけだ。それは分かってほしい……君がクリフォードから離れて暮らすことになった経緯は分からないけれども、君はもう、クリフォードの代わりなんかじゃないんだよ」


「……ありがとうございます。」


アシュレイが穏やかに笑って礼を言う。それを、アルドヘルムはハッとした目で見た。「信じていない」笑いだ。そんなこと、アラステアは気づいていなかったが。


楽しい誕生日だったはずなのに、なぜアシュレイはこの日にこんな話をしたのだろうか?アルドヘルムは廊下をアシュレイに続いて歩きながら聞く。


「どうして暗い顔をしてるんです?もしかしてその、実父とは仲が悪いんですか?」


「私は前から、父のことはよく覚えていないと言っていましたね……あれは嘘です。私はよく覚えています、あの人が私を睨む、憎々しげな目を」


アシュレイは振り返らなかった。顔の見えないアシュレイの言葉に、アルドヘルムは驚いた顔をして立ち止まる。


廊下には静寂が満ちていた。


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