お嬢様の嬉しい日③
部屋にアルドヘルムが迎えにきて、アシュレイは特に何も言わずに後に続いて歩く。
「アシュレイ」
「……アルドヘルム。マーサは?」
「広間の方でおもてなししています。行きましょう」
アシュレイがアルドヘルムに着いて広間の前のドアまで歩いてきたところで、中から大勢の声がしていて驚く。使用人より大人数なんじゃないだろうか?なんだか不穏な予感を感じながら、アシュレイはニコニコしているアルドヘルムに勧められるまま扉を開けた。扉が開くと一瞬その場は静まり返り、アシュレイはそれにぎょっとする。授業中の教室に間違って入ってしまった時のような空気だ。
「おめでとうアシュレイ!!!」
「おめでとうございます!!!」
「おめでとう!!!!」
「えっ……」
大勢からそれぞれおめでとうと言われまくり、アシュレイは動揺を隠せず立ち尽くす。見渡せば、使用人たちも正装してお出迎え、コーネリアスにアニタ、ロイズにミアまでやってきている。というか、コーネリアスは忙しいんじゃないのかとアシュレイは慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「誕生日おめでとうございます!使用人一同、日ごろの感謝の気持ちを込めて準備させていただきました!」
日頃ここまで感謝されるようなことしてたか?と思ったアシュレイは引きつった笑いを浮かべながら再び礼を言う。コーネリアスたちは使用人たちが退くまで雑談していることにしたらしく、向こうで話をしているようだった。せいぜい夕飯が豪華になるかも、くらいの認識だったアシュレイは規模の大きさに「やっぱり貴族は違うな……」なんて、気が遠くなるような気持だった。
「アッシュッレーイ!!16歳おめでとー!!」
「?!お前……」
背後から見慣れたかわいい女の子……いや、男の子が抱き着いてきて、アシュレイは再びギョッとする。驚きすぎてアシュレイが「お前」と言ってしまった相手はマイリ=モルダー。劇団員の一人で、アシュレイの人生では一番古い友人である。
とはいえ彼女、いや彼は平民だ。わざわざ町まで呼びに行ったのか?とアシュレイはびっくりした様子で固まっていた。
「マ……マイリ……いや、アルドヘルム、これは一体……?」
我に返ったアシュレイが青い顔でアルドヘルムに聞くと、アルドヘルムはにっこりと笑った。
「昨日、あれからダレンに誕生日の話をしたら屋敷内にどんどん広まってしまいまして、慌てて誕生日を祝おうとなったんです」
「いや、それは薄々感じてましたがコーネリアス殿下とかロイズまで呼び出さなくても……それに、こんなに花やら料理やら、豪勢に……よく一晩で用意できましたね」
「あれ、嬉しくないんですか?」
すでに気疲れしている様子のアシュレイにアルドヘルムが聞くと、アシュレイはマイリの手をほどきながら言った。
「……それは……嬉しいですよ。当たり前じゃないですか」
「アシュレイって妙なところで素直じゃないよね、マーサさんも来てるよ?」
「!そうだった、マーサはどこに……」
「こちらです。マーサさんは足が悪くなってきたのであそこへ座ってもらっています」
アルドヘルムについて、アシュレイは暖炉のそばの椅子に座っていたマーサの元へと足早に近づいて行った。前より少し、顔色が良くなっただろうか。マーサが元気そうな様子で、アシュレイは安心する。
「久しぶりです。マーサ、元気でしたか?」
アシュレイが冗談めかしたように笑うと、マーサは小さく微笑んだ。そして、本の包みを差し出す。
「……アシュレイ、優しい顔をするようになったわね」
「え?」
渡された包みを受け取りながら、予想外の言葉を受けたアシュレイは少し驚いた顔をした。それに、マーサがあまりに嬉しそうなので。
「アシュレイ、その方は?」
「こんにちは!」
マーサと話していると、コーネリアスたちが歩いてきた。使用人たちも酒を飲んで食べたり話したりしていて、貴族の誕生日パーティーというよりは庶民の宴会のような騒がしさである。だがそれは貴族の学生たちにとっては新鮮なようで、みんな楽しそうだ。
コーネリアスの問いにアシュレイもマーサも少し黙ったが、アシュレイは割とすぐに返答した。
「この人はマーサ。私のお母さんです。というか、お母さんに限りなく近い人物……だと私は思っています」
「!……」
アシュレイの回答を聞き、マーサは少し泣きそうになるのを堪える。親子にしては歳が離れすぎているし、いつも「おばあさん」なんて呼んでいたのでアシュレイがそんな風に思っていたとは知らなかったのだ。とはいえ、アシュレイはマーサを、「一般的に見て母親のような存在だろう」と昔から認識していた。
友人たちは別段驚いた様子もなく色々あるんだろうなと察したようで、各々マーサに握手を求めた。
「えっそうなの?!こんにちは!アシュレイの学校の友達のアニタと言います」
なぜか嬉しそうなアニタ。にこにこと挨拶を求めて、マーサも嬉しげに応じる。
「私は第2王子のコーネリアスです。劇場で前からアシュレイさんのファンで……」
平然と名乗ってるけど王子だ。コーネリアスの劇場でのアシュレイのこと語りが長くなりそうなのでアシュレイによって引き剥がされた。
「私もアシュレイさんの友人で、ロイズといいます。アシュレイさんに恋愛感情はありません」
どんな自己紹介だ。ロイズは至極真面目な様子でマーサと握手をかわした。みんな、年寄りには優しいようで物腰がやわらかなかんじだ。
「私も、最近アシュレイの友人になったミアです。伯爵令嬢です。アシュレイさんに会って改心を決めました」
だからどんな自己紹介だ。急に改心したと言われてもマーサも困惑気味である。言わなくていい己の謎の志をアピールしたミアは、一番力強く握手をした。マーサは呆気にとられながら頭を下げて握手をしていた。が、全員との握手が終わると、俯いて静かに泣き出してしまった。
「マーサ?!どうしました、何か気に食わなかったんですか?!」
「違うわ……アシュレイに、こんなに友達がいて……集まって、誕生日パーティーまで開いてくれる人たちがいて、嬉しいだけ……」
「……そういえば、生まれてはじめて誕生日プレゼントくれたのってマーサでしたね!去年までマーサとマイリだけだったし」
アシュレイが、慌てて笑いながらそう言う。友達の居ない自分を実は心配していたのか?とアシュレイはマーサの予想外の感情に動揺を隠せない。その発言はただ懐かしんでいただけだったのだが逆効果だったようで、今度はコーネリアスたちが悲しそうな顔をしはじめた。
「アシュレイ、お前も友達がいなかったんだな……」
「そこ?!」
ロイズはアシュレイと決闘した後に「今まで心からの友人はいなかった」と言うようなことを言っていたが、そういう点での共感を得てしまったらしい。そんなこといって、マイリというそこそこ仲のいい友人は居たわけだが。ロイズに続いてミアも同情的な目を向けてきた。
「誕生日プレゼントくれるのがお母さんだけだったなんて……私は親戚の叔母さんも父様もくれるわ!友達は1人も来なかったけど……」
「あんなにご機嫌取りしてたのに誕生日パーティー来てくれなかったの?!」
ミアもある意味悲惨である。友人という名の取り巻きたちは誕生日すら来てくれない冷たさ。学校で取り巻きの令嬢たちの盾となっていばり散らしていた頃が懐かしいものだ。空気が和んだところで、そういえばとコーネリアスが執事に荷物を持ってこさせる。そこから受け取った包みをアシュレイに手渡した。
「アシュレイ、これが兄上からのプレゼント、画集だそうだ。兄上が描いたやつだが、アシュレイを描いた絵もあるらしいぞ、あとこれメッセージカード」
「ありがとうございます!まさかオズワルド殿下までからもらえるとは」
自分の描いた絵の画集という絶妙なプレゼント。王族だからめちゃくちゃに引くような金額の物を渡されたらどうしようかと思っていたアシュレイだったが、ホッとして快く受け取った。そこらへん、あちらも配慮してくれているのかもしれない。
「それでこれは私から、ドレスとアクセサリーの一式だ。本当はもっとこう、かっこいい服にしようと思ったんだが執事にダメだと言われて……女物ですまない」
「いや、本来は男物の服のほうがおかしいですから……すごく大きい箱ですね、あとで見させてもらいますね」
「ああ!」
やはりコーネリアスはなんだかズレている。アシュレイは仕事で男装していただけであって、別に心は男でも何でもなければ男装好きなわけでもないのだが。ドレスが入っているから仕方ないが、ドでかい箱と重たい画集を抱えたアシュレイは一度、荷物を置くために用意された机にそのプレゼントを置いた。続いてアニタが前に出て包みを差し出してきた。
「アシュレイ、私からはこれを。花柄のレースのハンカチなの、刺繍は私がしたんですよ。それと木彫りの熊です」
「わぁありが……木彫りの熊?!なぜ?!」
「朝から色々と王都のお店をプレゼント探して見て回ってて、かわいいなあって思って!」
「そ、そうなんですね。ありがとう!大事に部屋に飾らせてもらいます」
アニタも天然を炸裂させている。ロイズやミアは「なぜそれにしたんだ?」と困惑した顔をしているが、コーネリアスは「かわいい~」と言うような顔をしている。アシュレイも木彫りの熊なんか本でしか見たことがないが、確か東の方の国の土産物として有名だとかだったなと思い出す。
「あ、私はこの難しそうな本を」
「難しそうな本?!具体的にはなんの本ですか?」
「アシュレイはいつも何語か分からない文字の小さい重たい本を読んでいるから、私、何語かわからなくて分厚くて文字の小さい本をたくさん用意したの。重いと思ったからその中から5冊包んできたわ」
「あ、ありがとうミア、解読するのが楽しみです」
ミアも実はやはり馬鹿なんじゃないかという疑惑が浮上しつつあるが、まあ知らない言語の本を読むのは勉強になるしアシュレイはそういうのを読むのが好きではあるので、アシュレイへのプレゼントとしてはある意味正解なのかもしれなかった。ずっしり重たい謎の言語で書かれた謎の本を机に置くと、今度はロイズが前に出た。
「銀のネックレス、これは魔除けになるそうだ。それからこれは腕時計。確か、アシュレイはまだ持ってなかったよな?それとこれは昨日鍛えなおしたばかりの短剣だ。護身用にと」
「おお!実用的で助かります、ありがとう!」
短剣は方向性がおかしいような気もするが、腕時計などは確かにあるととても便利だ。アシュレイは実はロイズが一番まともなのかもしれないなとしみじみ思う。いや、思ったより色々ともらってしまってなんだか申し訳ないなと思いながらもアシュレイは友人たちの好意が単純に嬉しくてむずむずした。
そして食事でもしながらゆっくりするかというところで、使用人たちが集まってきた。なんだなんだとアシュレイは驚くが、使用人たちも個人でプレゼントを用意しているらしい。
「アシュレイ様!俺からはこれです!」
庭師見習いの青年、エドがバサッとカバー布を外すと、1.5メートルほどの巨大なアシュレイの銅像が登場した。しかも学校の制服姿の像である。美術的なものというよりは、完全にこいつの趣味なんだろうなとわかるこだわりの造形、クオリティの高さである。
「うわっ……想像で作ったんですかこれ?!すごいですね、本来ならドン引きですがクオリティが高すぎてうっかり感心してしまいました、ありがとう」
「いや~それほどでも……」
エヘヘと照れ笑いをする18歳の青年エド、田舎臭さは感じさせるが素朴な好青年である。コーネリアスたちも「素人が作ったのか?!」と驚いている。モチーフはともかく芸術家顔負けの技術である。
「私は8段のケーキを作りました!!」
運ばれてきたアシュレイの身長より大きいケーキを見て、アシュレイはギョッとする。アシュレイの驚いた顔を見て、料理長は満足げだ。まさか昨日知った誕生日にこんな非常識なまでにデカいケーキを焼くとは、驚きの行動力、やはり公爵家の料理人は違うなとアシュレイは感心する。
「凄まじいですね、デカい!すげえ!料理長、流石です。ありがとうございます。この人数が居てもはたしてこんなに食い切れるのか疑問ですが、正直デカいケーキというだけでテンションが上がりました」
「よかったです!」
「アシュレイ様!本日来られないランドルフ=スペンサー公爵から大量の花が贈られてきました!」
「あの人まで呼んでたんですか?!」
その日はそのままどんちゃん騒ぎ、コーネリアスの執事もあたふた、アシュレイはプレゼントの受け取りに大忙しだった。アルドヘルムはその間、ニコニコしてずっとアシュレイの後ろについていた。「なんだか今日はコイツあんまり喋らないな」とアシュレイが思っていたのは秘密である。実はアルドヘルムは「自分はみんなが帰ってから二人きりの時にプレゼントを渡すのだ」という余裕の笑みであったのだが。
アシュレイの16歳の誕生日は、本人の予想とかけ離れて騒がしい一日になった。




