お嬢様、はじめまして
「着いたんですか!……緊張しますね」
「楽しそうですね、アシュレイ様」
そんなことないぞ、なぜそう思ったんだ?とアシュレイはアルドヘルムを少し不思議そうに見る。アルドヘルムはいまいち感情を読み取れないような、爽やかな笑顔でアシュレイを見ている。食えない男だ。
「行きましょうアシュレイ様、旦那様が心待ちにしておられますよ。ドレスに着替えていただくので、とりあえずウィッグはお預かりしますね」
「ありがとうございますわ」
「その言葉遣いはおかしいでございますよ」
「あらそうですの、オホホ」
「二人とも、旦那様がいらっしゃる前に準備に入らないと……」
アルドヘルムとアシュレイがふざけているあいだに、足音が近づいてきてダレンの背後で止まった。
「だ、旦那様、これは……」
その人物の気配に気づいて、振り向いたダレンの顔色が瞬時に青くなる。
「クリフォード!!」
「うわっ?!」
突然正面から走ってきた誰かに抱きしめられたアシュレイは、驚いて目を見開く。
「ああ、本当にクリフォードにそっくりだ!!なんて瓜二つ、娘だと聞いていたが息子だったか!いや、息子でも娘でも構わないさ。わかるとも、この顔を見れば血縁者だとはっきりわかる。」
「あ、えっと……アラステア様ですか?私は、アシュレイといいます。クリフォードの娘で、正真正銘の女です。よろしくお願いしま……アルドヘルム!この人抱きしめる力が強いんですが!!内臓が破裂してしまいます!」
感激のあまりひしっと抱きしめたままアシュレイを離さないアラステアに、骨が折れそうなアシュレイが悲鳴をあげる。なんだこの男は?!という心境であった。それに、もっとくたびれた年寄りかと思っていたのに思いのほか若い男で、30代前半といった風貌をしている。
それもそのはず、元エインズワース公爵家当主のアラステア=エインズワースは、兄であるクリフォード=エインズワースが平民の女と駆け落ちして家を出たから若くして家を任されることになった若き当主なのである。もっと若い貴族の家の当主だっているにはいるが、多くは50代くらいの人が多いのである。
「あ、ええ……しかし……」
アルドヘルムは流石に主人相手なので、アシュレイのSOSに対しても苦笑いで口ごもっているだけである。アシュレイの必死の言葉に、エインズワース家当主、アシュレイの義父になったばかりのアラステアはようやく手を離して謝った。
「いやすまない、あまりに幼い頃の兄に瓜二つなので、感激してしまったのだよ。アシュレイ、君は今日から私の娘だ。なんでも好きに言うといい。ここが君の家だよ」
そう言って笑ったアラステアの顔をアシュレイは少し面食らったような顔で見ていたが、すぐにお辞儀をして礼を言う。
「ありがとうございます」
そう言いながら、アシュレイはアルドヘルムに視線をチラチラやる。いつまでもこんな、取り繕ったように出してきた劇団の派手な謎の男用衣装の格好でいるのはばつが悪い。息子と勘違いされても文句は言えない。下手したらウィッグを被っていてもロン毛の男に見えてしまいかねないし。
実を言うと、ここ数年のアシュレイはファンが家に押しかけてくるかもしれないと常に男物の服しか着ていなかった。ので、そもそも女ものの服を持っていないのである。書類にサインしてからこの屋敷に直行だったため、服を買いそろえる時間も無かったし。
「坊ちゃ……いえ、お嬢様、私はエインズワース家メイド長のマリアと申します。ドレスを用意してありますので、どうぞこちらに」
「わかりましたわ。ではアルドヘルム、後で」
申し訳程度のお嬢様言葉でアシュレイはそう言って、アルドヘルムに軽く手を振った。なんだかんだで知らない人ばかりに囲まれて緊張しているのである。
「はい、行ってらっしゃいませ」
「お嬢様、ドレスを着るときはメイドたちにやらせるんですよ。自分で着ようとしちゃダメですからね」
「わかってますわダレン、あなたも存外細かいですわね」
5時間ですっかり馴染んでしまった執事二人と別れ、アシュレイはドレスに着替えさせられた。最後に、はじめに持ってきていた黒髪ロングのウィッグをかぶると、すっかり貴族の令嬢という風貌になる。黒髪というのは、実は金髪人口の多いアズライト帝国ではとても珍しい。アシュレイの場合、母が黒髪だったので、遺伝であった。一部では不気味だとか縁起が悪いという者も居る。
「と、とても綺麗ですわアシュレイ様…!私、はじめてアシュレイ様を見たときには美少年だと思いましたけれど、とんでもない!あなたは美少女でしたわ!美術館に飾りたいくらいの美しさですわ!」
「マ、マリアさん…あなたは褒め言葉が独特ですわね、オホホ」
マリアは50代くらいの、そこそこ歳を召した品のある婦人だった。アシュレイはマリアとまわりのメイドたちを見て、空気感を感じ仲が良いんだなぁと思う。アシュレイには、これといった同性の友人は居なかった。
劇団に推薦してくれたマイリも、明かしてしまえば女の格好はしているが本当は男だ。あまりに女女しているので男として接してはいないが、ほとんど劇団だけの付き合いだし。アシュレイが本当に親しいと言える相手なんて、一緒に暮らしていた老婆だけだった。
「私は、平民として暮らしてきました。15歳になって突然貴族になるので至らないところも多くあると思いますが、どうかご指導のほどよろしくお願いします。これからお世話になります」
改まったようにそう言って不安げに頭を下げたアシュレイは、メイドたちから見ても15歳の弱っちい女の子であった。メイドたちは顔を見合わせると、一気に生暖かい目になる。
「ええ、もちろん!光栄ですわ!」
「私たちは、アシュレイ様のメイドでもあるのです」
「気がねなく、なんでもおっしゃってくださいね」
「お腹は空いておられませんか?外は雪が降っていましたね、寒くはなかったですか?今暖炉に火をつけますわね」
「今度のパーティで着るドレスの色と形を相談しましょうか!」
次々とメイドたちから畳み掛けられる気遣いの数々に、アシュレイはどう反応して良いかわからずあたふたとしていたが、なんだか上手くやっていけそうだと思えた。
「外、すごい雪だったので実は寒かったんです。ありがとうございます」
きゃあきゃあと聞こえてくる楽しそうな声を、下の寒い広間で聞いている執事二人は顔を見合わせて、ほんの少しだけ、笑った。