お嬢様の嬉しい日①
「明日、マーサさんがアシュレイに会いに来るそうですよ」
「えっ!」
夜、夕飯時。アシュレイには言わずこそこそとマーサのご機嫌取りに行って、帰ってきたところのアルドヘルムが言った。来るそうですよ、とは言っているがアルドヘルムが迎えに行く予定である。アシュレイは驚いた顔をして、でもどこか嬉しそうな顔だったのでアルドヘルムは微笑ましく思う。
「明日?なんで突然……ああ!わかりました、本を届けに来るんですね」
「そのようでしたが……なんでわかったんです?」
アルドヘルムが不思議そうに聞く。マーサは本を渡したいとも確かに言っていたし。そんなアルドヘルムに、今日の授業の復習をして教科書を開いていたアシュレイが答える。
「毎年、私の誕生日には本を一冊くれて、リンゴのケーキを焼いてくれていたんです。明日は私の誕生日ですから。律義な人です」
「そうなんで……ええっ?!そんなの聞いてませんよ!?明日誕生日なんですか?!」
「まあ、聞かれてませんし……最近バタバタしていたので忘れてました。私もあなたの誕生日を知りませんし、おあいこですね」
「おあいこじゃありませんよ!!知ってればもっと前から準備して、盛大なパーティを開いたのに!!アラステア様も怒りますよ!!」
「怒るんですか?!でもまあ、忘れてたものは仕方ないので来年祝ってくださいよ。お義父さんの誕生日や、他の人の誕生日も書き留めておこうかな。私は2月20日生まれです、アルドヘルムあなたは?」
「……私は、7月6日です……」
「夏真っ盛りですね、ハハハ」
「……」
「何まだ怒ってるんですか!!めんどくさいなほんと!!」
「もうっ知りません!!」
「で、出てくんですか?おやすみなさい、ちゃんと毛布かけて寝てくださいね」
「はい」
アシュレイが冷静なのでアルドヘルムは真顔で返事して部屋を出た。
「明日、明日か……」
険しい顔で悩みながらアルドヘルムが廊下を歩く。もっと早く言えとは言ったものの、アシュレイの性格上、聞かれてもいないのに自分の誕生日を事前にアピールしてきたりはしないだろう、とは考えればわかったことなのに。
それに、アシュレイがこの屋敷に来てもう4か月ほどが経過しているのに日常で偶然に世間話とかでそんな会話が発生しなかったことも驚きである。ダレンやアルドヘルム、アラステアの誕生日も夏ごろに固まってあるので誕生日という概念自体が頭になかったのかもしれない。
アズライト帝国は、冬の長い国だ。春はほんの短い時間、夏は3か月程度、あとはずっと冬である。他国には春夏秋冬のはっきりしている国があるし、この国にも秋という言葉はあるものの、夏が終わると急に寒くなってしまうのでほとんど、夏か長い冬という天候である。丁度この帝国がそうなだけで、山を隔てて陸続きの隣国、ネフライト王国は温暖な気候で冬よりも春が短い。
と、そんな話は置いておいて、アルドヘルムが唸りながら歩いていると正面からやってきたダレンと目が合った。
「なんだお前、難しい顔して?」
「アシュレイ様の誕生日が明日なんだ。今知った」
「うへ~?!来てすぐ聞けばよかったな……ていうか、アラステア様は知らないのか?戸籍の書類とかに書いてないのか?」
「書いてあるだろうが、最近は西のほうの国との新たな外交で宮廷中心に特に忙しいからな……忘れてしまっているんだろう」
「お前何プレゼントするんだ?かぶりたくないから教えろよ」
アルドヘルムは、アシュレイ本人以外には相変わらずアシュレイ様と使う。執事なのでまあ、当然のことではあるのだが。ダレンに聞かれてアルドヘルムは少し考える。
「花と……指輪だな。今から買ってくる。急いで」
「重っ!!お前最近ほんと怖いわ……あのお嬢様に指輪って……」
「なんでだ!!」
ダレンもアシュレイが来た最初のときは、綺麗な顔だし性格も灰汁が強くなくていいかも~なんて軽く思ったりしていたが、アルドヘルムの情熱的なアピールを見ていると、まあ頑張れよ……と少し呆れ気味である。
「じゃ、俺はコーネリアス殿下とか他の令嬢のとこに慌てて使いを出してくるかな」
「呼んでどうするんだ?明日だと準備もあまり……」
「使用人全員に伝えればみんな慌てて準備してくれるだろ。お嬢様に日頃親切にされてるやつ多いし」
「ダレン……」
「やめろ!!気持ち悪い!お前のためじゃねえ!!」
アシュレイが居ないところでのダレンは、結構男に対する態度が雑である。握手を求めてきたアルドヘルムの頭を小突き、廊下を駆けていく。もう5時なので、これから方々に手配をするのは大変だろう。
特にコーネリアスなんかは今かなり忙しいので、来られない可能性は高い。王族も仕事がひっきりなしで楽じゃない、というところか。公爵家のアラステアだって忙しいことは忙しいが。
「ええーっ!!アシュレイ様明日誕生日なんですか?!」
「なんで今日言うのあの人は!知ってればもっと盛大に祝えたのに!!」
「とりあえず明日はごちそうを用意しなきゃ!!アシュレイ様の好物って?!」
「なんでもおいしいって食べるからわかりません……」
「僕が焼いた炭みたいなクッキーもおいしいって言ってくれましたよ」
「アシュレイ様に何食わせてんだよお前!馬鹿!」
とりあえず使用人たちにダレンが要件を伝えると、すぐに大騒ぎになった。言い合いをしだす若い使用人たちに、慌ててどこかに走って行くメイドも居れば、料理長は料理ナイフを石で研ぎはじめていたりもした。
その頃、食事も終わったアシュレイはこんな大ごとになっているとも知らずに呑気に読書中である。知っていれば手伝いますと言っていただろうから、知らなくて正解だが。
「ええーっ!?アシュレイ、明日誕生日なんですか?!パーティとかやるんですか?プレゼントどうしようかしら……」
「は。執事のダレン=アルダートンより、アシュレイ様の友人の方々を招待したいと。アシュレイ様には伝えずに急いで支度してパーティをするそうです。」
アニタの家が一番近かったので、最初に使いが届いた。流石公爵家、手配すれば伝達だけならあっという間である。まずはじめに使いが届いたのはアニタ=マクシェーン、マクシェーン男爵家の長女のもとである。つつましやかで大人しいマクシェーン家の人々は、公爵家からやってきたゴツい馬車を見て大慌て、ひと騒ぎであった。
「分かりました!じゃあ明日は1時、必ず伺いますわね!」
「ありがとうございます。アシュレイ様もきっと喜ばれます。」
そんな調子で、ロイズの家にも使いが行った。こちらにはアラステアの名前での使いが出された。
「アシュレイの誕生日?今日会った時はそんなこと言ってなかったのに、あいつ……」
「なんだ、誕生日会か?私は忙しいからいけないが、ロイズ、ちゃんとプレゼントを用意していくんだぞ」
「はい父上。招待は受ける、そう伝えてくれ」
「はい!それでは失礼いたします」
その次、伯爵令嬢、ミア=マートランドの家に使いが届いた。
「ええっ?!アシュレイの誕生日パーティ?!そんな、聞いてませんわよ?!」
「私どももついさっき知りましたので……急なことですし、ご都合が悪ければ、無理にとは申しませんが……」
「行きますわよ、当たり前ですわ!明日家が燃えたとしても行きますわよ!!」
「そ、そうですか……ありがとうございます!アシュレイ様も喜びます」
問題はコーネリアスである。他はまだ家の仕事をしていないただの貴族学生だが、本物の王子様の多忙さはかなりのものだ。アズライト帝国の王子は、オズワルドとコーネリアス、他国を回って外交にいそしむかわいらしい王子と噂の第三王子で全員である。
オズワルドが生まれてすぐにオズワルドの母である側室が暗殺され、それに心を痛めた皇帝は、その後は側室を取らなかった。よって、子供はその三人だけだ。第三王子は現女王の実子で、つまりオズワルドだけが正妻の子供でなかったというわけだが。
まあそんなことは置いておいて、王子のもとへはダレンが直々に尋ねた。盛大なパーティならばオズワルドやら他の公爵家なども呼ぶのだが、慌ててこしらえる即席小規模パーティなので、アシュレイと特に仲の良い友人たちや親しい人物たち、使用人たちも混じってのアットホームなパーティになりそうなのだ。多少ショボいパーティでも怒らなそうなメンバーだけかき集めたという感じだ。
「おお、ダレン、どうしたんだ?待たせてすまなかったな」
「コーネリアス殿下、お忙しいのに申し訳ありません……その様子ですと難しいかもしれませんが、実は明日アシュレイ様の誕生日で……」
「誕生日?!明日がか?!聞いてないぞ!!」
「ええ、我々も知ったのはつい3時間前でして……本人は別に祝わなくていいと言っておられましたが、我々はぜひ祝いたいと」
「私も行くぞ!仕事は今日全部終わらせてしまえばいいんだ、1時だな?わかった、待ってろ、兄上も誘ってくる」
「まーーーっ待ってください!あ、あの、我々も今日知りましたので小規模な会になると思われますので、アシュレイ様のご学友や近しい人物だけでささやかにできればと……」
「そうなのか?でも兄上も行きたいと思うけどなあ」
天然のコーネリアス、悪気はないがこれ以上王族が増えるとアシュレイが逆に気疲れしてしまう気がする。ダレンは慌てて引きつった笑いを浮かべながらコーネリアスを止めた。……が、ダレンの背後から話の中心の人物が現れた。
「なんの話だ、コーネリアス?」
「?!ぎゃ……」
ダレンは青ざめて頭を下げる。コーネリアスは気にしていないようで、声の主……第一王子オズワルドに普通に説明をした。
「兄上!明日アシュレイの誕生日パーティがあるんですが、皆今日知ったので事前準備ができずショボいパーティになりそうで、とても兄上を招けないそうなんです」
確かにそうだけど!とダレンは心の中で突っ込む。確かにアシュレイもコーネリアスは天然だと前に言っていたのだが、ここまでとは思わなかった。
「そうなのか、私はショボいパーティでもぜひ行きたいんだが、だめか?ダレン?」
オズワルドも少し天然なのかもしれない。
「ダ、ダメというか、その、ハハ……」
「オズワルド様、困っておられますよ。それに仕事があるでしょう」
ダレンが困っているところに思わぬ助け舟、オズワルドの側近の青年が口添えをしてくれた。ダレンがそうだそうだとほっとしたような顔になる。
「うーん……仕事はな……仕方ないか、コーネリアスにプレゼントを一緒に持たせよう。今回はあきらめるよ」
「はい!楽しんできますね、プレゼントどうしようかなあ」
そんなこんなで、方々への招待状は届けられた。今度はごちそう用の食材の用意だの、平民のアシュレイの友人への通達もしなければとまたダレンは急いで街へと向かった。




