アシュレイという令嬢
オズワルド視点
私は、今日も王子としての立場上、公爵家でのパーティに呼ばれて出向いていた。
王都内を含め、王都の近くある公爵家は全部で11。王族に次ぐ権力を持つ者達のことは、国を治める王族として把握しておかなければならない。ということで今日も、大して興味のない貴族同士の会話を笑顔で受け流す。
「オズワルド様、お飲み物はいかがです?私、以前からぜひお話をさせていただきたかったんですのよ」
笑顔で声をかけてはきても、皆、私を恐れるか女好きと風評するかしか、私を見てはいないのだ。誰にでも愛される素直な弟、コーネリアスとは違って。
この母譲りの赤い髪のせいもある。だが、そうして嫌悪されることは、王になりたくないと思っている私には都合の良いことなのかもしれなかった。静かなのが好きなので、人が寄ってこないことも好都合ではあった。
ふと、以前のパーティーで出会った少し変わった令嬢のことを思い出す。あの日は、今日ほど退屈は感じていなかった。
公爵家に最近引き取られたという元平民の少女、アシュレイ=エインズワース。顔はエインズワース家の血を引くだけあってすこぶる整っていたが、その髪は我々の多くとは異なる、珍しい真っ黒な色をしていた。そして、その瞳も。
……色とは関係なしに、なんだか輝きのない瞳をしていた。
凛としていて意思のある、なんて立派なご令嬢。挨拶だって堂々としていて、少し前まで平民だったとは思えない。公爵家に引き取るのも実に納得できる。
皆がそう言った。私もそう思った。
しかし、何故なのか。何故彼女の瞳は、こんなにも、重く、黒く、輝きが鈍いのだろうか。
はじめて出会った歓迎パーティーの日、彼女にアトリエに来てほしい、あなたを描きたいと言ったのは本心だった。そして、正しくは、その瞳に鋭く光を放つ、生き生きとした彼女を描いてみたいと思ったのだ。彼女の隣には、17くらいまで共に過ごしていた幼馴染のアルドヘルムが立っていた。彼は、私が彼女をアトリエに誘った途端、動揺を含んだ目で私を見た。
私は、噂を知っている。オズワルド=アズライトは、ご令嬢を次々アトリエに連れ込んでは、いかがわしい行為に及んでいると、そんな根も葉もない噂を。
3年離れれば、幼馴染のアルドヘルムですら、噂で私を嫌疑する。私は虚しくなると共に悲しくなった。目の前で何も知らないアシュレイが、ありがとうございますと安心したように微笑んだ顔すらも私を悲しくさせた。
パーティの時に、コーネリアスがやたらと彼女と話しこんでいたことは気になった。コーネリアスは私ほどではないにしろ内向的な性格で、積極的に女と話したがらない。王族だから言い寄ってくる女の相手をするのが面倒といえばそうなのだろうが、単純に異性と話すのが苦手だと思っていた。しかし、彼女と話すコーネリアスは本当に、なんとも嬉しそうな顔をしていた。少なくとも、私にはそのように見えた。
私と同じ光を失った瞳をしていながらなぜ、人に好かれることができる?なぜ笑える?彼女は本当に、心から笑っているのだろうか?私にはとてもそうは思えなかった。私自身がそうだからそう思うのだろうか。しかし、アシュレイはそんな目をしているくせに、時には笑顔で、時には真面目な顔で、身振り手振りなんかも交えながら明るく快活に話をしているようだった。だから得体が知れないと思った。
「兄上、あの……」
パーティのほんの数日後、私を嫌っていると思っていた弟、コーネリアスが話しかけてきた。いつもはもっとビクビクして、足早に去っていくのに。
「実は、お話があって……」
コーネリアスの話というのは、アシュレイのことについてだった。彼女とは、忍んで王都から出て街へ出向いた時に知り合ったことがあったのだという。もとから知り合いだったのか、と私も納得した。
「アシュレイに怒られたんです。噂も何も知らないアシュレイだからこそ、兄上の言葉にそんな悪意は感じられなかったと、噂に踊らされるなと。私は、兄上を尊敬しています。でも、今までは噂のことで近寄り難いと感じていました。兄上は私をお嫌いかもしれません。でも……せめて、私の尊敬や親愛の気持ちを、兄上にお伝えしておかなければと……」
そう、私はコーネリアスに嫌われていると思っていたし、コーネリアスは私に嫌われていると勘違いしていた。この件で誤解も解け、私とコーネリアスは仲の良い兄弟へと変化していったのだが……
なぜだろう、と思う。
アシュレイにとって、身近に信頼できる人間であるアルドヘルムの発言は重たいもののはずだ。だのに、なぜ私が女好きだとか人格に問題があるだとかの情報を、実の兄弟であるコーネリアスに対して「噂を鵜呑みにするな」と言ってしまえるのか?
コーネリアスでさえ信じた、アルドヘルムですら信じた、貴族の間で有名な、私の耳にも届いてしまう噂を。私と少し会話しただけで嘘だと思ったのか?なにか、彼女の言動には私の理解の及ばない部分があった。彼女はあの暗く沈んだ瞳の奥に、密かな情熱の炎を灯らせているのだろうか?
私は、それから彼女のことがすごく気になった。最近ではコーネリアスとは週に2度、勉強会を兼ねた茶会をするようになっていて、そこではアシュレイの話が多く出る。
公爵家の男子生徒と決闘して素手で勝った話には、本当か?と笑って、呆れてしまった程だ。アシュレイは、聞けば友人の令嬢が泣いてしまった途端に決闘を申し込んだのだと言う。
相手に手袋を投げつけたが、手袋を脱いだ方の手の皮が硬そうで、指は長くてゴツゴツとしていたらしい。ようく観察していたんだな、と感心してしまう。それがまた、コーネリアスには格好良く思えたと言う。アシュレイの話をするコーネリアスは、物語のヒーローに興奮している子供のようだった。彼女は、女の子だというのに。
「兄上!ア、アシュレイが風邪を引いたらしいので、薬を持って行ってやりたいんですが、兄上はそこらの医者なんかより薬学に詳しいと聞いて……」
そしてつい先日。コーネリアスが珍しく私の書斎に飛び込んできて、そう言った。
「風邪?そんなに慌てることなのか」
友人だからといって、風邪くらいでこんなに走って帰宅して、薬をすぐに届けてやろうなんて執着し過ぎなんじゃないだろうか、と私は少し呆れた。が、次のコーネリアスの言葉ですぐに考えを改めた。
「溺れた令嬢を助けて、雪の中、荒れた川に飛び込んだんです!……肺炎になってしまうかもしれないし、見舞いに行きたいと思って……」
泣きそうな顔をしているコーネリアスのことが気にならないくらいに、私は驚いていた。冬の川に溺れた人を助けに飛び込んだ?大雪が終わったばかりで荒れている川に?それは聞いただけでわかる、明らかな自殺行為だった。確かに肺炎になる可能性は高い。しかし、そんなことではない。私は、酷くショックを受けていたのだ。アシュレイの目の光は、自分と同じだと思っていたからだ。
私は荒れた川にコーネリアスや、母や、父が流されていったら迷わずに飛び込んで救えるだろうか?いいや、きっと、迷って結局誰かに止められて、何もできない。自分も相手も死ぬくらいなら、自分だけでも生き残った方が正解だと思うだろう。なのに、彼女は助けてみせた。彼女は居合わせた友人に手を掴まれなければ、川に流されて死んでいただろうとコーネリアスは言う。
私は恐ろしかった、アシュレイが。自分なんかとは全然違った、「なにか」を持っているアシュレイが。
「この薬を……」
「ありがとうございます!!」
大急ぎで、一番良い薬を調合してコーネリアスに持たせた。コーネリアスは礼を言うと、また走ってすっ飛んでいった。私は呆然とそれを見送る。
「アシュレイ……」
呟いてみると、自分の頭の奥底がザワザワと妙な感覚に支配される。
絵が描きたい。アシュレイの絵が。あの目に鋭く光を灯して、自分の世界と戦う彼女を描きたくなった。その時、彼女はどんな気持ちで、どんな顔をしていたのだろう。私のこの、謎の感情はなんだろう。胸が苦しくて、心臓が重たくて、彼女を描けば心がスッキリするんじゃないだろうか、なんて確証もないことを考えて。
彼女の風邪は、ちゃんと治っただろうか。あの後、私もこの家の訪問に出張、コーネリアスも1ヶ月遠征となったので経過が聞けていない。気になる、気になる、気になってしまう。考え始めれば考え始めるほど、その気持ちが止まらない。
彼女は私と同じなのか。
それとも私と全く違うのか。
「オズワルド様、私、少し疲れてしまいましたわ。向こうで休みませんか?」
袖を引っ張られて、ハッと我に返る。この家の令嬢、名前はなんだったか。
「ええ、そうですね。椅子のあるところへ行きましょうか」
私は、作り笑いでそう返事をした。




