反省は帰り道で
がたがた揺れる馬車、今日はいつもの馬の定期健診なので、代わりに年寄り馬が引いている。なのでいつもよりもゆっくりな上に揺れが激しくて乗り心地はいまいちだ。
「多分解決しました。個人情報をさらった意味はあまりありませんでしたね……この件で得られる教訓は、あまり殿下と目立って仲良くしないほうが良いかも?というところでしょうか」
今日もいつもの帰りの馬車で、アシュレイはアルドヘルムと一緒に優雅にご帰宅である。アルドヘルムが早く早くと詳細を尋ねてきたので、今ちょうどアシュレイからの説明が済んだところだ。アルドヘルムはじっと黙って聞いていたが、アシュレイが話し終わったようなので喋り出した。
「あまり人数の多い相手とは対立しないようにしてください。あとで何をされるかわかりませんから、そんな非常識な者たち相手だと……少しイラついても適当に穏便にすませたほうがいい。それと、もっと人に頼るとか……あなたにも味方が居るんですから」
アルドヘルムが怒ったように言う。アシュレイは少し面食らったような顔をしたが、目をそらして拗ねたように窓の外を見た。
「今回は特例です。始まりから目撃者が多すぎましたから、私も面目を気にしてしまったんですもん。今後は争いの起こらないようにします」
「おや、今回だってあなたが何もしていなくても争いの火蓋は切って落とされましたよ」
「あれっ、アルドヘルム。今日は意地悪ですね?そんなにしょっちゅうあるわけじゃないでしょう、大袈裟な」
アシュレイが、それでも説教しようとするアルドヘルムにムッとした顔をする。
アルドヘルムが心配して言っているということは分かっているのだが、アシュレイは他人に頼るのが基本的には嫌いなのである。見られたら「余計なことするな」なんて言うと角が立つので、気を遣って追い払わないだけだ。
本音を言えば、自分を守るために大勢に取り巻かれるのも嫌いだ。守ってくれようとする心遣いは嬉しいが、自分は一人でいたい。自分以外に争う人間を増やしては、いさかいが大きくなっていくだけだからだ。それは、アシュレイの望む方向ではなかった。争いは小規模で済ませたいのだ、できれば。それに、人数が増えれば便乗してそう言っているだけの人間も増える。足かせが大きくなっていくだけだ。
「私が学生の頃も、ご令嬢同士の男を巡っての争いは絶えませんでした。もちろん令嬢を巡って男同士が争うこともありましたが」
「そうですか……ちなみに、あなたを巡っても争いとか起こりました?」
アシュレイに少し面白そうに聞かれ、本当に自分には恋愛感情がないんだな、とアルドヘルムは軽く落ち込む。しかし、意地になって平気な顔で返事を返した。
「当然です。私はモテますから」
「そうなんですね……」
むくれたような顔で窓の外を見たアルドヘルムに、アシュレイが苦笑いする。アルドヘルムはとりあえず話題を変えようと、感じていた疑問をアシュレイにぶつけた。
「私の見える範囲でのあなたはそんなに好き好んで争うような、〝元気な人〟ではないんですが。学校でのあなたはなぜか喧嘩が絶えませんね」
「私の人間としての未熟さのせいですね」
アシュレイが言う。アシュレイは自分の行動が大げさで、やりすぎたということは自覚しているのだ。でも、その勢いを止める気はなかった。ロイズたちだって別に止めなかった。それは、ジェニが明確に悪かったとわかっているからではあったが。
誰だってこのくらい怒るだろう、普通は。そう思ったからだ。
「あなたはまだ15ですから、多少感情的になってしまうのは仕方ないんじゃないですか?まあ、あなたを怒らせる要因が学校に多すぎるのかもしれませんがね」
「劇団ではなんの争いもありませんでしたし、ファンとのトラブルはありましたが……このような経験は、学校に入って初めてでした。私は精神的に弱い。貴族には向いてないのかもしれませんね」
アシュレイは、10歳までは屋敷で静かに本ばかり読んで過ごし、劇団に入ってから公爵家に来るまでの5年間、ボロ家では暮らしていたものの、劇団で平穏に過ごしていた。少なくとも、団員同士で色恋沙汰のトラブルやいじめなんてものは特になかった。だからこそ、正面から自分に攻撃的な言葉をぶつけてくる相手には慣れていないのだ。
「そんなこと……決闘にも勝ったし、今日も事を収めたじゃないですか。クラスメイトにだって好かれていたんでしょう?」
アルドヘルムがフォローするように言うと、アシュレイは少し考えたような顔をしてからまた窓の外を見た。もう見慣れてしまった景色、あと20分ほどで屋敷につくだろうか。
「誰かに好かれるということは、誰かに嫌われるということです。今日のことで私を嫌いになった人だっていたでしょう。それに、謝罪してきた相手に対して喧嘩を悪化させるような態度を取ったのは私です」
「……別に、良いじゃないですか。あなたのしたいようにすれば。悪い人間をやっつけてスッキリすることのなにがいけないんです?」
「……いけないことはないですけど、そんなことやっちゃいけないんです。誰が悪い人かなんて、見る人によって違うんですから。私は公爵家の人間として生きるのに多分向いてない。あなたの言う通り学校はやめたほうが良いのかも」
アルドヘルムは前から学校なんて行かなくていい、と言った事があった。でも実際アシュレイが落ち込んでこんな風に思い詰めているのを見ると、それはそれでもどかしい気持ちにもなってしまうのだ。
「今日のこと、後悔していますか?」
アルドヘルムが聞いた。
「まあまあ……ですかね。教室から出てしばらく歩いているうちに頭が冷えてきて、なんだか〝間違えたな〟と思いました。ああ、クラスメイトと仲良くなったのはいいことですが。あんな、さらし者みたいにジェニ嬢に恥をかかせて、やりすぎました。誰にも人を裁く権利なんてないんですから」
アシュレイが少しうつむいて答える。
「では今日あなたがすべきだった最適解は?なにが正解だったんです?」
「……謝罪を快く受け止め、何事も無かったように接することです。……正直、ジェニ嬢だけが謝っていたのに腹が立ったというところはありました。男子生徒たちは私に一言も謝らなかったので」
そう、そして怒っているクラスメイトの手前、快く握手なんて対応はできなかった。けれど大恥をかかせる必要なんてなかったのだ。ジェニがどんな悪人であったとしてもアシュレイが今回受けた不快感なんて、一週間もすれば消えてしまうだろうという程度の気持ちだったのだから。
「あなたはこれをもって学び、後悔しているじゃないですか。あなたは学び、成長していずれ立派なご令嬢になりますよ。あなたは急にここに連れてこられたんですから、間違えるのは当然です。」
アルドヘルムの言葉に、アシュレイが驚いた顔で顔を上げた。アルドヘルムはニコニコと笑っている。いつも通り、ムカつくくらいにさわやかで余裕のある笑顔だ。自分は多分、情けない顔をしているな……ともアシュレイは思う。
「……優しいんですね、なんですか急に?学校を辞めさせたいのかと思ってたのに」
そして、今だけは学校なんてやめてしまえと言ってほしかった。
「アシュレイ、あなたと結婚するにあたって学校で貴族の社会を学んでおいていただくことは、私にとっても助かることだと思っています。私はあなたに自由に生きてほしいとは思っていますが、あなたがあまり自由に動くと、私があなたを守る手が届かなくなってしまいかねないですから」
「うへ~なんという婚約者気取り……あなたってどこからその自信が沸いてくるんですか?謙虚な私にはさっぱり理解できません」
「あなたが謙虚?」
そんな話をしているうちに、ガタン、ガタンと強く馬車が揺れた。今日は特に揺れたが屋敷の門を通る時は、いつもこうやって馬車が二度、つきあがるように揺れる。
アシュレイは目の前のアルドヘルムを見ながら「こんなめんどくさい15歳のガキ相手に真面目に受け答えして、大人って大変だなあ」と思う。そして、ダレンやシェリーが相手だったら多分、こんなに真面目に自分の話を聞いて、諭してくれなかっただろうな、とも思った。恋愛対象云々を抜きにしても、アルドヘルムはアシュレイにとって、間違いなく、今のところの人生において、一番自分に真面目に向き合ってくれる、頼れるお兄さんなのである。
なんだか、変な感じだった。鬱陶しいのに不快じゃない。アシュレイはアルドヘルムの顔をじっと見ながら、そんなことを思った。
「昼食べてないので、おなかすきました」
「では、帰ったらすぐに。」
馬車を降りると外は夕焼け。雪が解けて、まだ寒いけれど春の兆しを見せていた。




