クラスメイトたち
コーネリアスが居ないのでアシュレイは、今日はクラスで一人か、と思っていたが朝早く席に座っているとロイズやアニタ、ミアも教室にやってきて自然に集まった。
示し合わせたわけでもないのに集まってしまうのがアシュレイにはなんだかくすぐったくて、変な感じがした。嫌なわけではないのだが。
「アシュレイ、お前そのクマ……寝てないのか?!本当は傷ついていたのか……」
そう言いながら同情的な視線を向けてくるロイズをアシュレイが軽く小突く。
「昨日話を聞いただけだからなんとも言えないけど、気にする必要ないですわよ。アシュレイがそんなことするわけないもの。わかりきったことだわ」
「確かに……アシュレイは机に落書きなんてみみっちいことはし無さそうよね……」
「そうですわよミア、ロイズの時なんて公衆の面前で殴り合いなんてするくらいでしたし」
散々な言われようだが、心配する友人たちにアシュレイは慌てて言った。
「違いますよ!!昨日は昨日の人たちの名前と家を調べていたんです。該当者は3人しかいませんでしたが……多分、その三人以外は下級貴族らしくて見つかりませんでしたが」
「まあ!徹夜で?」
ミアがかなりびっくりといった様子でアシュレイを見る。確かに怒ったのは分かるが、それでわざわざ徹夜でその日のうちに個人情報を調べつくす執念が恐ろしいのだ。いくら上級貴族の名簿だけとはいっても、子の多い家も含めればその人数は500人以上にものぼる。
「ええ。名簿がすごい量だったので……手伝えるわけでもないのにずっとアルドヘルムが横に立ってて落ち着きませんでしたよ。座ってればいいのにね」
あの執事ならやりそうだ、と三人は納得した顔をする。ともかく疲れた様子のアシュレイは珍しいので、みんな昨日のことの重大さを考えているのだ。そんなことは知らないアシュレイが、先ほどから気になっていたことを質問する。
「……なんだか、朝なのに人が多いですね。」
「このクラスだけよ。私のクラスはまだ5人しかいなかったわ」
アニタが答えた。何かあったっけな、とアシュレイは思ったが話を戻した。
「でも相手の名前が分かっても、私は義父様に何か頼む気も頼る気もないので……脅すためだけに調べたんですよ。どうすればいいでしょう?私、あの令嬢のようにかわいくないので、下手に脅して悪評が高まるとより一層こちらが不利に……」
「違うぞエインズワース!!」
「誰?!」
昨日ロイズに話していたような心配事をアシュレイが掘り返して話しているとき、突然近くの席に座っていた男子生徒が立ち上がって向かってきた。アシュレイが転入してから自己紹介なんかの機会もなかったので、まだ名前を知らない生徒は多い。この男子のこともアシュレイは知らない。
「俺はアルダス=マリオット。男爵家の人間だけど、ぜひ覚えてくれよな!」
「え、ええ。自己紹介の機会がなかったですものね。……それで、何が違うんですか?」
なんだか快活な少年だ。名前は知らなかったが明るく、クラスでも体育会系というか、割と目立つ存在だった。短い茶髪を寝て起きたままのように立てていて、絵本で見たライオンっぽいなとアシュレイは思う。アシュレイは友達にならなそうな相手には興味がないので今まで話したことはなかったが。アシュレイの質問に、マリオットが答える。
「さっきお前が自分をかわいくないと言った事だ!!お前はかわいい!俺が保証するぞ!!なあお前ら!!」
「ちょ、お前らって……」
「そうだな!!俺たちはちゃんとお前が悪いやつじゃないって分かってるぞエインズワース!!」
「えっ」
アシュレイが引きつった顔で困惑する。朝、なぜこんなにこのクラスだけ生徒が多いのかと思っていたが、みんなそれをきっかけにワッとアシュレイの周囲に集まりだしたのである。
「お前は意地悪なやつなんて噂が流れてるが、大嘘だ!!俺はいつも、お前の〝一見完璧人間の美少女がふとした時に見せる間抜けな行動〟に癒されているぞ!!ゴミを拾うなどのお前の細かな善行を、みんなちゃんと知ってるんだからな!!女子も知ってるだろ!!!」
「そうよ!前に、私が転びそうになった時反射的に肩を支えてくれたわ!」
「そうよ!!アシュレイ様はかわいい上にカッコいいわ!!私たち、地面に落ちたサンドイッチを後で隠れて食べてたのも知ってるんですから!」
「見てたんですか?!!?そんなこと暴露しないでくださいよ!!!!」
わあわあと便乗して、クラスメイトたちがアシュレイを囲みはじめる。アシュレイには想定外のことだったので、今までにファンが大勢いたこともあったが、うろたえてしまう。アシュレイとしては劇団では演劇が上手いから人気だったので、学校で何もしていないのにアシュレイ本人に勝手に人気が出る、という状況には慣れていないのだ。
「エインズワース、俺たちはお前の味方だから。昨日は俺たち昼だからほとんど教室に居なかったけど、今度きたらお前の味方になるからな!」
「わ……私の味方に?なってくれるんですか?」
「そうですわよ、私たち、本当はずっとアシュレイ様と友達になりたかったんですから!」
「コーネリアス殿下とだって、ちょっと天然だけど親しみやすそうで、みんな本当は仲良くしたいんです」
「二人は雲の上の人だって思ってたから、あ、あんな女に負けるかもって不安になってるの見てたら、私たち、もどかしさでたまらなくなっちゃって……!」
アシュレイはびっくりした顔で呆然としている。ロイズたちも、アシュレイにはコーネリアス以外遠巻きにしていた印象だったので驚いていた。実はクラスメイト達はアシュレイたちに前から話しかけたいと思っていて、今日も朝からこのクラスだけこんなに人が集まっていたのは、昨日の騒ぎでアシュレイを心配していたからだったのだ。
「あ……ありがとう!私、なんて言ったらいいかわからないですが、話しかけても逃げていくから、みんなには嫌われているのかと思っていました。嬉しいです、あなたたちに信頼されるに足る人間だと知らしめて見せます」
「固いぞーー!!」
「責任感じないでーー!!」
「頑張って~!!」
教室が妙に盛り上がり、ワァ~!ウォ~!やるぞ~!!などとみんな騒ぎたっている。別に何かやるのはアシュレイなのでクラスメイト達が騒ぎを大きくする必要はないのだが、これを機にアシュレイは、コーネリアス以外のクラスメイト達とも気軽に話を出来るようになった。
それはアシュレイにとってかなり大きな収穫というか、悪い出来事に乗っかってきた思わぬラッキーだった。
「とはいっても、向こうがまた襲って来なければ私は何をするでもないんですけどね。私は別に、ジェニ嬢を集団でいじめ倒したいなどとは思っていないので、復讐とは他に何をすることに該当するのか……」
「……」
「……」
「……」
騒ぎ終わるとクラスメイト達は無言で各自の席に戻って行く。なんだか妙な光景だが、一時的に熱狂状態にあっただけで基本的に全員貴族なので、本当は控えめなのだ。ロイズたちも放心状態からもとに戻り、向かい合う。そんな時、予鈴が鳴り出した。
「あっ予鈴ですよ!教室に戻ってください!」
「ああ!昼休みにな!」
「また来ますね!」
「なるべく早く来るわね」
軽く手を振ってアシュレイは三人を見送る。教科書を開いていると、前の席の女子が振り向いて話しかけてきた。声が極端に小さいので、聞き逃さないようにとアシュレイはなんだなんだと前のめりに耳を澄ませた。長めの前髪で目元が隠れ気味のその女子は、恥ずかしそうに喋った。
「あの、私ステラって言います。ステラ=イーニアス。ま、前の席ですけどプリントをまわす以外、か、会話したことが無くて……あ、あの、歓迎パーティにも招待していただいてたんですけど、あの時は風邪をひいていけなくて、あ、あの公爵家の人間なので、今後もパーティとかでまた会う機会があると思うので、お友達になりませんか?」
「公爵家?!そ、そういえばその名前、名簿にあったような……よろしくお願いします!ステラとお呼びしても?パーティで知り合いが居なくて困るかもと思っていたので、心強いです。」
「ええ、もちろんですアシュレイ様」
「なぜ私があなたをステラと呼ぶのにあなたが私をアシュレイ様と呼ぶの?アシュレイでいいですよ、それでお願いします」
「は、はい!アシュレイ、私実は服を作るのが趣味で、あ、あ、あの、あなたにぜひ今度私の作った服を着てみてほしいと思ってるんですよ……あなたってその、美形でしょう?前から、いろんな服を着せ変えてみたいなって思ってて、ウフ、ウフフ……」
「え、ええ、ぜひ……」
なんだか、オタクの匂いがする。不気味に笑ったステラは公爵令嬢っぽくなくてなんだか面白い。個性の強い人のようだが、内向的なようなので、教室の温まったこの機会にやはり便乗したらしい。これまた思わぬ収穫だが悪くないぞ、とアシュレイは思う。それにしても今後どうするのかは一切決まらなかったので、昼休みにはまた何か考えなきゃなあ、なんて思う。
ノートを開いて、それはそうと数学はコーネリアスが苦手だから別ノートにまとめておいてやるか、とアシュレイはノートを開いた。




