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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
学校編1
30/135

執事さんはお嬢様が心配

校門から彼女が出てくるのが見えると、いつも胸のあたりがぎゅっとなる。なんとなく彼女は、いつも帰ってこないんじゃないかと思えてしまうからだ。本当に、何の根拠もなく。


「アシュレイ、お疲れ様です。学校はどうでしたか?」


馬車から降りて待っていた私が話しかけると、馬車まで真顔で歩いてきていた彼女は私の前で立ち止まった。そして、はぁ……とため息をつき、わかりやすく疲れた、という顔をした。


「どうか、というとものすごく嫌な目に遭いました。苛立っているので、あなたに嫌な態度を取ったらすみません」


苛立っていればいるでちゃんと報告してくるのが彼女の良いところだ。まあしかし、こうは言っていても彼女が関係ない人に八つ当たりすることは、ほぼないのだが。自由で変人なだけのように見えて、彼女は結構他人に気を遣うほうではあると思うし。


「構いませんよ。馬車に乗ってさっさと帰りましょう。」


私がそう言って手を出すとアシュレイは、素直に手に掴まって馬車に乗り込んだ。風邪の一件があってから、私と彼女の距離はかなり縮まったと思うのだが、いや、本当に縮まったかどうかは分からない。なにぶん、彼女は色々とわかりにくいのだ。


「何があったんです?」


馬車に揺られながら帰り道、私が聞くと彼女は窓の外を見たままで自分の持っていた昼食用のサンドイッチの籠を叩いて言った。


「他の令嬢に嫌がらせをしたと言いがかりをつけられて大勢に怒鳴られ、サンドイッチの籠をひっくり返されて何個か駄目にされました」


私は、驚きながらも表には出さないようにする。そんなことを、公爵令嬢相手に?大勢というが、公爵より上は王族しかいない。公爵家がそうゾロゾロと群れてくるとも思えないし、そう考えると格下の家の者どもがわざわざなぜそんなリスクをおかしてまで彼女に喧嘩を売りに来る?いくら15歳の学生たちとはいえ、貴族の上下社会は理解しているはずだ。そうなると、余程彼女を言い負かす自信があったのか、もしかすると彼女が平民上がりだから馬鹿にしているのか?しかも、いくらなんでも公爵令嬢相手に貧乏人呼ばわりとは。


「学校なんてやめてしまいませんか?」


しかし、貴族同士の王子を巡っての争いなんてよくある話だ。彼女がその気もないのにそんなものに巻き込まれるのは見ていたくない。聡明な彼女はきっと、そんなちっぽけな争いに心乱されていい人間ではないのだ。


それに、家で勉強していればずっと傍で守れるし問題だって起こらないだろう。この前のスペンサーが来るかもしれないのは面倒だが。しかし、私も学校に行くことをはじめ彼女に進めたことがあるので強くは出られない。


「いえ……私も、面倒だとはじめは思ったんですが」


嫌な予感がする。はじめは思ったが、今はどうだというのか。


「サンドイッチを落とされてなんだかかなり頭に来たので、納得がいくまで戦ってみようかと思って。原因のコーネリアス殿下がちょうど居ないので、遠慮もいらないですし」


きっと彼女の怒りは怒鳴られたことだとか言いがかりをつけられたことにはなくて「マリアがせっかく作ってくれたものを台無しにされた」ことへの怒りなのだろうと私は分かっている。彼女は普段そんなに大喰らいなほうではない。彼女が怒るのはいつだって、自分以外の何かのためにだ。だからこそ私は、彼女を怒らせるものに彼女を近づけたくはないと思うのだが。


「マリアには言わないでください。落ちたものは、私がさっき隠れて食べたので」


「結局食べたんですか?!」


「地面に落ちたものをこそこそと隠れて食うのは(みじ)めな気持ちでした。絶対に許しません」


少し冗談めかして彼女が言う。


なら食わなければいいのに……と思うが、彼女は渡されたものは律義に食べる人間なので、言うのは野暮か。風邪で届いた薬草も、一緒に届いた菓子類も数日かけて、すべて自分で食べていた。「会った時に感想を言わなければならないから、食べて感想をメモしている」らしい。横から見ていたが、見舞いを置いていった名簿の名前と照らし合わせながら「誰だこれ……」と唸っていたりもした。見境なく人助けをするので、一々相手の名前を覚えていないのかもしれない。焦げた菓子でも食べていたし、こういう時に変なものが紛れ込んでいたらどうするんだと心配でもある。


「どうするんですか?相手の名前を覚えていれば、アラステア様に報告すれば多分……多少酷い目にあわせることはできると思いますよ」


まあ、彼女の返事は想像できるがそう言ってみる。


「いえ、大人の力には今回頼らないことにします。それにお義父さんは温厚ですから、どうせ強くは言えないでしょう」


「そうでもないですよ、あの人は身内のことになったらかなり汚いことでもしますから」


「そうなんですか?でもそれならなおさら頼れませんね、私は汚いことはしないので」


そうなのか。汚い手は使わない主義らしい。しかし、彼女はあまり人に頼りたがらないので断るとは思っていた。学校内のことに私が口を出すのも変な話だし、今のところ彼女に目立った外傷はないし。


そういえば以前のロイズとの決闘でついた怪我も、今はもう綺麗に消えている。結構早く完治したので治癒能力が高いな……と、感心したものだ。


「アシュレイは、私にこんな話をして暴走するとは思わないんですか?」


「暴走ですか、具体的には?」


「私があなたに暴言を吐いた生徒を始末するかもとか」


そのように、彼女に嫌な思いをさせる者は心情的には全員始末してやりたいが、大人げないというものだ。一応、今のところはする気ないが。


「あなたは私のものなんですよね?なら、私が嫌がる面倒ごとを起こさないでくれますよね。今のはただの愚痴なので」


分かってるじゃないか、私はそういうかえって彼女に迷惑がかかるような暴走はしないのだ。冷静に、彼女に対してとるべき正しい態度で接する。それが嫌われないコツでもあるのである。


「ええ。あなたが望まないことはしないように心がけます」


「……別に、あなたを“私の物”とは本当には思ってませんが……本音をペラペラ喋れる相手は少ないので、これからも壁打ち相手になってください」


私が何も否定しないからか、彼女が少し後ろめたそうな顔で言う。別に私は、本心から彼女の物だと思われてもかまわないのだが。彼女は尽くされる、ということに不慣れなのかもしれない。


「いいですとも、光栄です」


「はあ、それにしてもどうしたものか。顔は覚えましたが、名前や家を全員分調べるのは骨が折れそうですね。個人情報ってどうやって調べればいいと思います?」


窓の外をやる気なく眺めながら彼女が聞く。その場では怒りで復讐を誓ったようだが、すでに面倒くさくなってきたようだ。わかるぞ、そういう気持ち。どうしようかと悩んでいる様子の彼女に、私が少し助け舟を出そうと思う。


「多分、写真と一緒に資料がありますよ」


「シャシン?って何ですか?」


彼女がきょとんとした顔をする。かわいいな、なんて思ったがすぐに、写真を知らないのか?!と私は驚いた。


「アシュレイ、写真を知らないんですか?!……ああ、でも貴族の中でも顔の記録をするくらいしか使わない貴重品ですからね……大陸のほうから渡ってきた、人や物や風景を見たままに記録できる装置なんですが」


「?なんだか、聞いただけだとよくわかりませんね……でも、なぜその、写真と一緒に資料があるんですか?まさか全生徒のがあるわけじゃないでしょう?」


「王都近くに住む公爵、侯爵、伯爵家の人間は限られているので、王族に次ぐ公爵家には必ず、伯爵、侯爵、公爵家の人間が記録された書類があるんです。三年ごとに更新されるんですが、去年更新されたばかりなので顔は分かるでしょう。私も載ってると思います。多分、ロイズ様の家にもあると思いますよ。相手の家の爵位は?」


「中心の女の子は伯爵家だったと思いますが、あとはどうなのか……」


「ともかく、アラステア様に頼めば見せてくれるでしょう。量が多いので探すのは大変だと思いますが、私は顔が分からないので手伝えませんね……」


「いえ、十分です。歩きまわって情報を集める手間が省けましたから、助かりました。探している間、お茶でも入れてください」


少しアシュレイに笑顔が戻って私は安心する。彼女は別に私に頼ろうと思って言い出したわけではないだろうが、それでも役に立てることは嬉しい。彼女は人に頼らなすぎる。


……なんて考えていたところでガタン、と馬車が大きく揺れて彼女が椅子から浮き上がり、驚いた顔のまま倒れ込んで目の前の席に頭をぶつけた。ゴンッというすごい音がして、私は血の気が引いていくのを感じる。


「大丈夫ですか?!」


「だ……大丈夫です。少し呆けていました。」


「道に石でもあったんでしょうね、気を付けてください。私が正面に座りますね」


「馬車で正面に座るのって、距離が近くてなんだか落ち着かないんですよね……」


打った部分の頭を押さえながら彼女が苦笑いする。俊敏なこともあるがボーっとしていることも多く、これだから放っておけない。それまで私と彼女は四人席に二人で対角線上になるように座っていたが、このことから真正面に座るようになった。


それから屋敷に帰り着くまでの数十分、彼女はサンドイッチの感想を事細かに話してくれた。彼女はたまに、どうでもいいことを楽しそうに話す。そして私はそんな彼女と、どうでもいい話が出来ることを嬉しく思うのだ。


それにしても、明日までに名簿をさらうのは大変だろうな、と思った。



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