表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
主人公登場編
3/135

馬車に乗る

「馬車って、結構揺れるものなんですね」


アルドヘルムと一緒に尋ねてきたもう一人の執事、ダレン。その二人と3人で馬車に揺られているアシュレイは、アルドヘルムにそう言った。ダレンとはまだ会話していないので、アシュレイは向かい合っているのが気まずかったのだ。アルドヘルムは、驚いたようにアシュレイに返す。


「アシュレイ様は馬車、初めてなんですか?」


言っておいてなんだが、平民はそりゃ馬車なんか乗らないか、とアルドヘルムは少し反省する。


「そうなんです。昔、家に馬がいた時は上に乗ってみたことがあるんですが、馬車には…」

「ご令嬢が乗馬ですか…ハハ…」


アルドヘルムはそう言って、ドレスを着たアシュレイが馬を乗り回しているところを想像して笑った。アッシュとしての男装でなら、馬に乗っていて様になりそうだが。この国では女性が馬に乗る文化は無いに等しいのである。アシュレイは馬に乗れないような豪華なドレスなんて、普段から着ていないが。


長い馬車での移動、アルドヘルムは初めから気になっていたことをアシュレイに質問した。


「そういえば、いつの間に髪が……」


少年だと勘違いした理由には、髪が短かったこともあった。その短めの黒髪が、急にやけに伸びていたのでアルドヘルムは違和感を感じていたのである。後ろで髪を縛っている様子も無かったし。


「貴族の令嬢が短髪だとかなり問題でしょう?伸びるまではウィッグをつけろ……と、劇団員たちが。」


「そうだったんですか。髪が長いと、もうすっかりエインズワース家のご令嬢に見えますよ。あなたは元々顔立ちが整っていますが、エインズワース家の遺伝だと感じます」


「エインズワース家はみんな美形なんですか?なんだか気後れしちゃいますね。アルドヘルム卿、そちらの方は?」


自分が美形という点について否定しないあたりも、エインズワース家の容姿に自信を持つ他の人々に重なる部分があって、アルドヘルムは血の濃さを感じずにはいられなかった。


基本的に、ごく自然とナルシスト。自然過ぎてナルシストだと感じさせない美形。それも現当主アラステアに通じるところがある。自分の容姿に自信がありすぎて、あえて表立って言うことは無く、褒められても肯定も否定もしない。そういう余裕の持ち主たちなのである。


「もう私はあなたの執事でもあるのですから、アルドヘルムと呼び捨ててください。ダレン!お前も挨拶しろ」


アルドヘルムに促されて、二人の会話を黙って聞いていたダレンが自己紹介をした。


「ダレン=アルダートンと申します。挨拶が遅れました。アルドヘルムとともに、エインズワース家の執事を(つと)めさせていただいております。」


「私は、アシュレイと申します。ご存知の通り下町で育ち、貴族の流儀は存じませんので、これからお二人ともご指導のほど……」


アシュレイは、先程からなんだかピリピリした空気の二人に少し笑った。


「よろしくお願い致しますわ?」


わざと慣れない言葉遣いでそう言ったが、いずれ慣れなければならないと思うとアシュレイは面白く感じた。男役をやっていた頃とは正反対の言葉遣い、仕草、表情。違和感しかないのである。


「ふっ……ふふっ……」

「アルドヘルム!何笑ってんだお前!公爵令嬢様だぞ」


「いえ、あの、アシュレイ様は先程おばあさまから冷たくされたのに、あまり気を落としていらっしゃらないのですね」


アルドヘルムが、アシュレイにそう言うとアシュレイが口角を上げて、更にニッコリ笑顔になった。そして、人差し指を口の前に持ってきて小さく言う。


「あの人、本当は寂しがりやなんですよ。私のためを思ってあんなことを言ったと、わたしには分かっておりますので。だって生活の保障なんて、しようと思えば私が出来たんですからね。彼女にとって私が金づるなんかでは無かったことは明白です。」


「まあ、家を移りたくないと駄々を捏ねていたのに、あなたを養子に欲しいと言った途端、援助を平気で受けるあたり……あなたが公爵家に行くために自分が邪魔だと判断したんでしょうね」


ダレンがそう言ってから、アシュレイの様子をうかがう。ダレンは先程から、アシュレイとの距離感を測りかねているらしかった。ダレンやアルドヘルムは執事とはいえど、公爵家に勤めるほどの家を出た貴族でもある。有名人とはいえ下町で暮らしてきたアシュレイとは、育った環境も感覚も違う。


「あらあら、ダレンさんはそういうことをはっきりおっしゃるのね。でも、その通り。私としても、あの頑固な老いぼれがちゃんと暖かい家に移動して生活してくれるだけで恩の字ですよ。」


ダレンの言葉には少し挑発的な雰囲気もあったのだが、アシュレイは取り合わなかった。長く劇場で働いていると、喧嘩を売りに来る客だって多かったので慣れているのである。大抵のことでは怒らない精神が、アシュレイには自然と根付いている。


「アシュレイ様、本当にあの方のことが好きなんですか?」


老婆への口の悪さに呆れたようにアルドヘルムが言うと、アシュレイは流れて行く窓の外の風景を見ながら答えた。


「もちろん。アルドヘルム、あなたのことも好きですよ。綺麗な青い目、金髪。憧れます。」


顔も見ずに軽口を叩くアシュレイに少しアルドヘルムはむっとしたが、家のことへと話題を戻した。


「エインズワース家は、使用人ですら顔を見て選びますからね」


「なんと、アルドヘルム、顔には自信がおありで?そういえばダレンさんも、大柄ではありますが顔はキリッとしていてかっこいいですね」


「……あなたは、下町で育ったという割には下品でないし、公爵令嬢というには執事に優しすぎますね」


大きな体を折りたたむように正面に座っていたダレンは、そう言ってアシュレイに気の抜けたような笑顔を向けた。アシュレイはようやく柔らかい笑顔をみせたダレンに、手応えを感じる。


(公爵家としては、もう少し堅めの態度が好まれるかもしれないな)


アシュレイにとっては既に、ここでアルドヘルムたちと話すことすらも自分の生活の基盤を固める作業の一環であった。これから貴族に混じって生きていくのには、知らないことが多すぎる。だからアシュレイは学ばなければならないと思った。それにはまず、大量の情報と人脈を要するだろうとも思う。まだ新しい義父に出会ってもいないのにそんなことを考えるのは、いささか早計ではあるが。


「アルドヘルム、私にエインズワース家のことをたくさん教えてください。あと4時間もあるんでしょう?」


にっこりと笑ったアシュレイに、アルドヘルムはよしきたと説明をはじめる。ダレンは、目の前の令嬢と同僚の話に耳を傾けながら、外に降る雪を見て、屋敷についた後のことに思いを()せていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ