騒がしいお見舞い
しん、と少し部屋の中が静まり返った。アルドヘルムもダレンも、マイリの話について考えていたのである。
「アシュレイ様は、寒かったからと……言ったんですか?」
アルドヘルムがマイリに質問する。マイリの話を聞き終わったアルドヘルムは、何と言ったらいいかわからなくて複雑そうな顔をした。ともかく、アシュレイは昔から他人だろうと助けるために、どこにでも突っ込んでいってしまう危険な性格だった、ということか。
エミリアを助けた時もためらいなく、といった様子だったが全くの見知らぬ他人相手でも迷いなく助けに行ってしまうというのは、かなり危険なのではないだろうか。見舞いに来た子供も馬車に轢かれるところを助けられたと言っていたし、馬車だって、下手をすればアシュレイも一緒に死ぬところだ。
「そうだよ。夏だったから寒いわけなかったけど、寒かったから火の海に飛び込んでいったんだっていう冗談かもしれないけど。アシュレイは、たまによく分からないことを言うから」
「……いえ、昨日のご令嬢になぜ助けたのかと聞かれた際にもアシュレイ様は、寒かったからだと答えていました。どういう意味なのかと思いまして」
「寒かった……たしかに昨日は寒かったけど……ご令嬢が寒いだろうから助けてやったってことか?……でもまあお嬢様、結構適当な時あるし」
「それもそうかも?」
「……」
マイリはアシュレイの過去話をしているときは一人称が僕に戻って普通の喋り方になっていたが、終わるとすぐに女の子ような口調になった。切り替えの早さは感心に値するなとダレンは思う。アルドヘルムは納得がいかないようで、難しい顔をして黙ってしまった。
……ということで場が沈黙しているところで、ノックの音がしてドアが開けられた。三人がその方向に目を向けると、メイド長のマリアがカートに紅茶とお菓子のセットを乗せて運んできたところだった。
「失礼します。お茶を入れたので、皆さんいかがですか?あなたはアシュレイ様のお友達だったわね、お菓子は好きかしら?」
「好き!」
「まあ!良かったわ」
マイリがマリアのお茶の用意を手伝おうと駆け寄る。同い年でも、マイリはアシュレイと違って人見知りせず人懐こく明るい。こんな明るい性格の女装少年と、問題が起こらなければ基本的に無気力のアシュレイ。正反対の2人が5年もずっと同じ劇団で親しくしていたことはなんとも妙なものである。しかし、友人なんてそんなものなのかもしれない。
「あなた、マリアでしょう?アッシュの手紙に、優しい人だから好きだって書いてあったわ!」
「アッシュ?」
「アシュレイ様の下町でのニックネームです」
ダレンが答える。アルドヘルムとダレン、アラステア以外はアシュレイの短髪の理由を知らないのだ。マリアも当然、アシュレイが劇団で男役をしていたことなんて知らない。
「まあ、そうなんですか!でも、アシュレイ様が私のことを好きだと言っていたなんて、嬉しいわ」
「アシュレイは好きって言葉は、本人には素直に言わないタイプだからね!」
「そうなの、ふふ……」
マリアとマイリがキャッキャウフフしている間、ダレンとアルドヘルムは長机の端のほうにそれぞれ座って茶が入るのを待った。元気なアシュレイの友人の少年の若さに当てられて、マリアもいつになく楽しそうだ。
アルドヘルムはまたすぐに戻ってアシュレイの隣に居たいと思っていたが、この空気では席を外すわけにもいかなそうでおとなしく座っている。それに、アシュレイは一人で静かに寝ていたそうだったし。
「あーあ、お嬢様は紐でもつけて括っとかなきゃ、いつかまたそういうふうに火事に飛び込んでいって焼け死ぬかもな」
「縁起でもないことを言うな」
「いやいや、冗談じゃなく。お嬢様は命を惜しむ感情が無さすぎるんだよな。この前も、ちょっと目を離したらめっちゃ高い木から降りれなくなった猫を助けようとして10メートルくらいの高さまで木に登ってるところで、降りる時5メートルくらいのところで案の定、枝が折れて落下して……」
猫を助けに木に登って自分が落下するというマヌケな行動をダレンによってアルドヘルムにチクられたアシュレイだったが、アルドヘルムはやはりこれも初耳だったので青い顔になる。
「猫でも助けるのか?!……初耳だが、け、怪我したのか?そんな様子はなかったが」
「いや、あの時は落ちる前に俺がキャッチしたんで無傷だったんだけど……なんでこんなアホなことするんですか?って問い詰めたら、自分より弱いものは助けるべきだからって。あんたも弱いもの側ですよって感じで……」
「ついて行くなら目を離すな、気をつけろ」
「お前はお嬢様のこと見すぎだけどな。お前気づいてないだろうけど、最近お嬢様に冷たい目で見られてるぞ」
「見られてない。私が一番アシュレイ様と仲がいい」
「いや……まあそう思うのは自由だが……」
「お茶が入りましたよ~」
「あ、ありがとうございます……」
三人は用意された茶を飲んで菓子を食べながら無言で時間を潰す。アシュレイのこと以外で特に話す共通の話題もないのだ。二時間ほどそうして、たまに置いてある本なんか読みながら時間を過ごした。
「アシュレイ様、何なさってるんですか!!」
静かに過ごしていたが、そんなメイドの声で平穏が一気に途切れる。三人は慌ててアシュレイの部屋に突撃した。3つ隣の部屋なのですぐ近くだったのだ。部屋に駆け付けると、なんとアシュレイがベランダの手すりに立っていた。
「ぎゃーー!!!何してんの?!早まらないでアッシュ!!」
「お、落ち着いて、とにかく今すぐそこから降りてください!今すぐ!!」
マイリとアルドヘルムが顔を真っ青にして慌てる。手すりに二本の足で裸足で立っていたアシュレイは、二人を見て慌てて手すりから降りる。どうやら自殺を志願していたわけではないらしい。
「何してたんですか?」
比較的冷静なダレンが質問すると、アシュレイはベランダの少し上、上の階との間の屋根部分を指さした。
「ちょっと、あの……あそこの隅の鳥の巣の雛が、落ちちゃいそうで……巣立ちの時期じゃありませんし、ここ、高いから落ちたら死ぬと思って」
「言っときますけど、あなたも落ちたら死にますからね?!俺がやりますから、降りてください」
「え?!危ないですよ!やめてください!!」
「いや、あんたがやってたことでしょうが!!」
自分のしていた行動を別の人がやると大慌てで止める様子は変なものである。結局、はらはらとアシュレイが見守る中で、落ちた雛鳥は手を下にかざしていたダレンの手の上に落ち、無事に巣の上へと戻された。アシュレイはほっとした顔をしてよろよろとベッドに戻る。
「あれ?マイリ、見舞いに来てくれたの?」
「あ、青い顔して何やってんの!!ちゃんと寝てなよ、アッシュ!」
「わ、わかったから!大声を出さないでよ」
アシュレイがマイリに詰め寄られて苦笑いする。鬼の形相で怒るマイリは、さながら“気は強いが主人公思いのツンデレ幼馴染”といった様子である。アシュレイが女でマイリが男なのが玉に瑕だが。マイリにぐいぐい押されてそのままベッドに座ったアシュレイに、アルドヘルムが駆け寄る。
「アシュレイ様、熱は?」
「うーん……薬も色々飲まされたし、少し寝たから、割と楽にはなりましたけど……」
「二時間しか寝てませんけどね。少し失礼」
流れるような動作でアシュレイの額に手を当てて熱をはかるアルドヘルムはまるで母親のようである。アシュレイも特に恥ずかしがりも抵抗もしない。もう好きにしろといった様子だ。
「うーん……当たり前ですが、朝と大して変わりませんね。まだ熱がありますから、おとなしく寝ていてください。次に何か危険なことをしたらキスしちゃいますからね」
「そ、それは……ド直球の脅しですね、思春期の私には非常に効果的ですし、かなりドン引きです」
真顔でとんでもないことを言うアルドヘルムに、アシュレイが引きつった笑顔を浮かべる。ダレンとマイリもアルドヘルムの目が本気らしいので恐ろしがっている。流石に本当にしようとすればダレンが止めるが、こう言われてはアシュレイもおとなしく寝るだろう。実際、アシュレイはいそいそと布団の中にもぐりこんだ。
……と、いうところでドアがノックされてぞろぞろと護衛連れのコーネリアス、続いてアニタ、ロイズ、ミアが部屋に入ってきた。学校が終わってから待ち合わせて、見舞いに来たらしい。
「アシュレイ!今ちょうど起きたの?お見舞いに来ましたのよ!」
「だから川に飛び込むなんて馬鹿だと言ったんだ、1月だぞ」
「兄上に聞いて、風邪に即効効くらしい高級な風邪薬を持ってきたぞ!」
「ありがとうございます、みんな私から風邪がうつらないと良いんですけど」
アシュレイがベッドから上半身だけ起き上がって対応する。たかが風邪ごときであんなに大勢の見舞いが来た挙句、一国の王子まで見舞いに来るなんて公爵令嬢はすげえなあとぼんやりアシュレイは思った。まあ友達だから来たわけで、公爵令嬢云々はあまり関係ないのだが。
「ミア、あなたもお花持ってきたでしょう?」
「あわ、私は……」
みんなの後ろにもじもじして立っていたミアを、アニタが引っ張ってくる。花を後ろ手にかくして持っていて、やたらと恥ずかしがっている様子だ。和解して数日でこんなことになったので、顔を合わせるのが変な感じなのかもしれない。アシュレイは自分が押せ押せだったので特に気まずさは感じていないのだが。
「ミア!あなたも来てくれたんですね、嬉しいです」
「私、自宅の温室から花を……すごい量の花ね、アシュレイ」
ミアがアシュレイの横の机に大量に生けられた花の数々を見ておかしな顔をする。
「やはり見舞いというと花か薬になってきますからね、私、今日だけで謎の薬草を食事かってくらいの量食わされましたよ。草だけで腹がいっぱいになったのは生まれて初めてです」
「あなた、渡されたのを全部食べたの?!」
「せっかくですし……」
「せめて日を置くとか……あ、あなたやっぱり変だわ!ちゃんとお水とか、飲んでる?!コーネリアス殿下が用意してくれた錠剤の薬も飲んだほうがいいわよ、やっぱり生の草だけだと……」
「ミア、あなたも結構世話焼きですよね……」
「ち、ちが……別にあなたのことを心配してるんじゃないんですからねっ!」
「心配したから来たんでしょ?!」
謎のツンデレを発揮したミアに言われるまま、アシュレイはありがたく、コーネリアスの持ってきた薬を飲んだ。コーネリアスが「兄上に聞いて」と言っていたが、歓迎パーティの一件から第一王子のオズワルドと和解したのだろうか。アシュレイは気になったが、まあ学校で聞けばいいかと思って特に言及しなかった。
「私たちが居ると落ち着いて眠れないだろうからこれでさっさと帰るが、早く良くなるんだぞ」
「ええ。ありがとうございます殿下」
「アシュレイ、これ。教本の今日の範囲を紙に書いてきたから」
「ありがとうアニタ。助かります」
「私は特に見舞いの品を思いつかなかったので、新しい剣を用意した。今度戦おう」
「ロイズ、ありが……いや、おかしくない?!」
見舞いが終わり、部屋からぞろぞろと人が出ていく。貴族たちを呆然と見ていたマイリも、ダレンに送られて帰って行った。アシュレイは再び静かになった部屋で眠る。アルドヘルムはドアのすぐ横に椅子を置いて、アシュレイから離れた位置で眠っているアシュレイを見守る。
「おやすみなさいアルドヘルム、一人は寂しいので、そこにいてください」
「!……」
アシュレイの言葉に、アルドヘルムが驚いた顔をする。いつも一人で居たがるイメージだったが、風邪で気が弱っているのかもしれない。こういう時こそ、本音がぽろりとこぼれるものだ。アルドヘルムは向こうでこちらに背中を向けて眠っているアシュレイに、小さい声で返事した。
「ちゃんとここにいますよ、ずっと」
ここに一人だけ居る相手が自分であることが嬉しくてたまらない。アルドヘルムは、座っていつまでも、眠っているアシュレイの背中を眺め続けた。




