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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
学校編1
25/135

風邪ひきお嬢様


アシュレイが雪の降る中、冬の川に飛び込んだ翌日。


アシュレイが寝ている部屋には、しきりに使用人が出入りしていた。バタバタと足音が絶えないので、アシュレイは中々気が落ち着かない。


「アシュレイ様、温室で育てた花をここに飾らせてもらいますね。早く良くなりますように」


「ザック……ありがとう、綺麗ですね」


昼過ぎには屋敷中にアシュレイが風邪だという情報が伝わり、アシュレイが寝ているベッドの横の大机には各人から持ち寄られた花が大量に花瓶に生けられていた。庭師のザックはまだしも、冬だというのに皆どこからこの大量の花を持ってくるのかはなはだ疑問である。住み込みの使用人の子供まで花を供えに来たし、お見舞いというより葬式状態である。


「アシュレイ!僕この前、馬車に轢かれそうになったのを助けてもらったんだけど覚えてる?ぼく、裏の野原から花を持ってきたんだよ!雪の下に、隠れて埋まってるんだよ!」


「おお、ありがとう。綺麗な花ですね……でも私は一応公爵令嬢なのでアシュレイ様と呼びなさい少年」


なぜ平民の子供が屋敷に当たり前のように出入りしているんだ、とアシュレイは内心困惑する。これについては、アラステアが親切心で「アシュレイの見舞いに来てくれる者は皆通してやりなさい」という命を下したせいなのだが、今、静かに寝ていたいアシュレイにとっては結構迷惑な話である。


「はーい!じゃあねアシュレイ様!早く良くなってね!」


「ありがとう……」


アシュレイが力なく引きつった笑顔で街の子供を見送る。アシュレイが苦手な「子供の相手」は特に精神をすり減らすものである。子供の発した「馬車に轢かれそうになったのを助けてもらった」という話が初耳だったので、部屋の隅にずっと立っているアルドヘルムが眉をひそめる。


自分の知らないところでそんな危険なことをしていたのかと。よく注意して見れば、アシュレイはもっと危険なことをたくさんしているのかもしれない。事後報告では説教をするほかに対応するすべはないのだが。


開け放した部屋のドアから大勢の人が出たり入ったりしきりに行き来している中、人が途切れた時にスッとダレンが入ってきた。そのままアシュレイが寝ているベッドの横に立つ。


アシュレイは少しだけ枕から顔を上げて、目だけギョロッとダレンのほうを見た。首を動かすことさえ面倒になってきているらしい。


「すごい量の花ですねお嬢様、俺も花持ってきたんですけど」


「ダレン……ああ、適当にそこ、置いといてください。ありがとうございます」


「はいよ。というか、エミリアのヒステリーでこうなったらしいですし、俺のせいですね……」


エミリア、と呼んでいるのを聞くだけでも結構親しい仲であることは確かなのだろう、となんとなしに分かる。幼馴染だと言っていたし、嫌いなわけではないのだろうが。ともかく、ダレンが居なかったからこうなったのは事実な訳で。


「はぁ……怒る気力も考える気もないのでアレですが、別にあなたのせいだと思ってませんよ。反省の弁を述べられても聞く気がないので、花を置いて早急に立ち去ってください」


「やっぱ怒ってるじゃないですか!……早く良くなってくださいね、お嬢様」


「はいはい、ありがとうございます」


花を置いたダレンは、そうして早々に部屋から出ていく。アシュレイは本当に怒っているわけではなかったのだが、体調が悪いので何も考えたくないのである。対応がいつになくおざなりだ。ダレンが立ち去ろうと、アシュレイのもとにはまだまだ人が押し寄せる。


「風邪には首にこの植物を巻くといいと聞きました、巻かせていただきます!!」


「ぐえっ!あ、ありがとうシェリー……あなたは腕力が強いですね、じ、自分で巻けますから……」


「あと、お腹を温めると良いと聞きました!!この布を巻いたお湯入りの壺を!!」


「し、知りえた知識を有効に使おうと実行に移すのはいいことだと思いますが、その壺は人間に乗せるには少し重いかもしれませんね、お、お湯を減らしてみたらどうでしょうか?」


殺す気か?とは言えないのでアシュレイは必死に自分への攻撃を軽減しようと務める。疲れがどんどん加速している気もするが、せっかくの気遣いなので無下にする気も起きない。意外にアシュレイは他人に気を遣うほうなのだ。


「あなたたち!!アシュレイ様がいつまでも落ち着けないでしょう、部屋から出た出た!お見舞いの品は部屋に入らないので、隣の部屋に置いていってください。ここに紙がありますから、自分のお見舞いがどれか書いていってくださいね」


軽く騒ぎになっていた部屋でパンパンと手をたたき、マリアが声を張り上げた。マリアに従って部屋から人が出ていき、マリアはアシュレイをベッドに寝かせなおし、毛布を掛けなおして部屋から出て行った。もはや、部屋に残っているのはアルドヘルムだけである。アシュレイは心底マリアに感謝した。今の状況にあっては、命の恩人くらいにありがたかった。


ようやく静かになった部屋で、アシュレイがベッドにうつ伏して唸る。


「ああ……頭が痛い、寒い、暑い、怠い……この世のすべての嫌悪感をかき集めたような不快感です……あなたも感染しないように部屋から出ていったほうがいいですよ」


「他の人にうつしたら治ると聞きますから、いいんじゃないですか?私はあなたに風邪をうつされてもかまいませんし」


左様さようですか……」


アルドヘルムはアシュレイのベッドの横に椅子を持ってきて座る。アシュレイは何度か体勢を変えていたが、最終的に窓のほうを向いて眠ることにした。つまり、アルドヘルムに背を向けて、


「街からも何人もの人が来ていましたね。いつの間にあんな人数の人助けをしていたんです?」


「……顔に怪我して舞台に上がれないので、暇つぶしで街を歩いていたら……でも、あまり人助けなんかするものではありませんね。騒がしくて仕方ない」


「あなたはそれでも今後も人に親切にするんでしょう?みんな、あなたが好きなんですよ」


「あなたも私のことを好きだとか言ってましたね、本当に私が好きなら、疲れたので静かに寝かせてください」


「はい。黙りますから、あなたはゆっくり寝てください」


話が終わると、アシュレイは寝息も立てずに寝はじめた。アルドヘルムは、よく考えるとアシュレイの寝顔を見る機会はあまりないな、と少し覗き込む。熱は高いはずなのに青白く生気のない顔色に少しゾワっとする。死んでいるはずはないが、生きている人間と思えないような、蝋人形のような、無機物に見えるほどに整った顔だ。眠っていると、よりそう感じる。


ウィッグは昨日から乾かしているので短髪だが、心なしかアシュレイの髪が伸びた気がする。アルドヘルムは、アシュレイがこの屋敷に来てから結構経ったものなと一人で感慨深く思った。


時間が経ったぶん、アルドヘルムの知らないアシュレイの時間もたくさん増えただろう。いつのまにか屋敷の使用人たちと親しくなり、いつのまにか街の子供を助け、いつのまにか……


他にも、きっとアルドヘルムの知らないアシュレイの知り合いは着々と増えているのだろう。それに少しまた寂しさを感じながらも、アルドヘルムは、アシュレイが呼吸でわずかに肩が上下しているのを見て安心する。本当に、自分が変わってやれたら良かったのに。辛い目にあうアシュレイを、アルドヘルムは見ていたくなかった。


キィ。


ドアが小さく開く音がして、誰かの手が手招きをした。アルドヘルムがそれに気づいて、ドアに近づく。ドアの隙間から見るとダレンが立っていたので、アルドヘルムは静かにドアから廊下に出て、またドアを静かに閉めた。そして、小さな声でダレンに質問する。


「ダレン。どうした?」


「マイリって子、来てるんだ。あの子、確か……お嬢様の劇団の、友人だろう?」


「ああ!はじめてアシュレイ様に会った時にいた…」


「今、アシュレイ様はどうしてるんだ?」


「今ようやく寝たところなんだ。だからできれば、次に起きるまで待ってほしい」


「こっちの部屋に待たせてる」


アルドヘルムがダレンについて、マイリの待機する部屋に入る。マイリは相変わらず女の子らしい可愛らしい服を着ていて、そういえばアシュレイが、マイリは本当は男の子だと言っていたのをアルドヘルムは思い出した。


「マイリ。あなた、どうやってアシュレイ様の風邪情報をこんなに早く得たんです?熱が発覚したのは今朝ですよ。下町まで……」


「私の家は下町にないもの。私は演劇が好きだから劇場で働いてるだけで、街の中腹の、平民の中でも裕福な方の家に住んでるの。だから、ここからも近いわ。位置からすると、下町とこの家の、ちょうど真ん中くらいかしらね。」


「それでも情報が早すぎる気はしますが……あの、アシュレイ様は今ようやく眠りにつけたところなので、時間にゆとりがあるのなら彼女が起きるまで待っていてもらえますか?帰りはお送りしますから」


「ええ、もちろん。というか……本当は風邪だって知って来たんじゃなくて、昨日、アッシュが川に飛び込んで令嬢を助けたって聞いたから。こんな雪が降ってるのにって、説教しにきたの。風邪ひいてたから、もう自分で反省したでしょうけど」


昨日のことだとしても情報が早いが、一体誰から連絡がいっているのかとアルドヘルムは不思議に思う。令嬢の事件のことを知っているあたり、使用人の子供か誰かと繋がりがあったりするのかもしれない。


「アシュレイ様に説教ですか?」


「そう!アッシュは……アシュレイは、昔から、危ないことばかりするから。見てなきゃダメなの、誰かが必ず!あなた、アシュレイと一緒にいたんでしょう?すぐ助けてよ、まったく……」


「それについては、私も反省しています。……それで、昔から、とは?」


「……私が見てられない間、アシュレイを見てる人が必要だもんね。私が…僕が、アシュレイに出会った頃の話をしてあげる。」


アルドヘルムも、その場にいたダレンも、マイリの言葉に耳を傾ける。アシュレイの昔の話はあまり知らないので、2人とも執事として友人として、かなり興味があるのだ。マイリは異様に食い気味な2人の顔を見て少し呆れた顔をしたが、こほんと咳払いをすると、アシュレイの話をしはじめた。




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